第231話 クソ機械

身体の主導権を奪ったが使徒の身体は既にボロボロ。

上半身と下半身は使徒が出した外殻装甲のお陰でくっついるレベルの身体の損傷、これまでプレイヤーに身体傷つけられたので皮膚は怪我だらけ。


それが笹森の身体だと思うと心が痛む者も多かったが、今の内野は目の前の使徒を敵としか認識しておらず、心が痛んだりなどは一切無い。


「皆、笹森がいない今、これで大罪スキルで奴を呑める様になった。アイツを闇で呑み込むのを協力して欲しい。

そしてそろそろ次の使徒が出現する時間だから、常に誰かしらコンパスを見て次の使徒の居場所を監視しておいてくれると助かる」


工藤と共に地に足付けた内野のその言葉に、さっき工藤が抱いた様な感情を一瞬抱くも、多くの者にはその彼の姿が頼もしく思えた。

だが内野と工藤によりここまで連れてこられた平塚と牛頭は、今の内野が本当にさっきまで話していた内野と同一人物なのかと信じられなかった、疑わざる得なかった。


(う、内野君…?

先程までの彼とは様子が明らかに違い過ぎる…儂らと話していた時の、儂らを説得していた時の彼の優しい目じゃない。あの瞳はまるで…闇じゃ…)

(さ、さっきまでのアイツと訳が違う。

声も瞳も顔付きも…まるで心が入れ替わったみたい、他の誰かが乗り移った様な変わり方だ。

きっと二重人格なんだ、そうに違い無い。だって…じゃなかったらあんな無慈悲に笹森に声を掛ける事なんてできっこないはず…だ)


人が変わったと思うのも仕方ないほど、今の彼は普段の様子とはかけ離れていた。だが今はステータスを取り戻した使徒との戦闘中なので、いつまで内野の変化に意識を向けている場合じゃない。


使徒はこのままでは誰の身体も乗っ取れず死ぬと思い、全力で逃げに徹し始めたので、最後の詰めとしてその使徒をほぼ全員で追った。

笹森を殺した使徒に対し殺意を剝き出しにしながら。


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木村、新島、小町(弟)の3人は、使徒が笹森の身体を乗っ取った地点に残っていた。

笹森の身体を乗っ取った使徒が逃げたのは、二階堂が小町の負傷を『ヒール』で回復させた直後。なので今の3人は全員負傷は酷くなく、まともに動ける程度の身体であった。

ただ二階堂は小町の怪我を回復すると「私は皆を追い駆ける。3人は取り残されてる大橋さんと合流して」と言い、皆のいる方へと向かってしまった。


木村、新島の二人が付いて来れないから下した判断で、その二人より戦闘が出来る小町は二人の護衛役として残された。

なので3人はさっき大橋がいた所にまで戻っている最中である。


笹森が使徒に身体を乗っ取られてしまう所を見てしまったので、3人の顔は明るくない。

その空気に耐えられなかった木村は、頭に思い浮かんでいる希望を口にする。


「笹森さんはまだ死んでいませんでしたし、向こうには『ヒール』を使える二階堂さんが行きました。きっと使徒本体だけを倒し、笹森さんと一緒に皆で帰って来るはずです!」


「そうだと良いね…」


新島は口ではそれに同意するも顔が明るくない。木村は彼女のその様子を見てなんとなく感じた事を口にする。

その間、二人の護衛役である小町は一言も発しない。


「…内野先輩達の事が心配ですか?」


「良く分かったね。

そう、内野君と工藤ちゃんの事が心配。さっき内野君は自分の元に使徒が接近してくるのを『強欲』を使って防御してたけど、笹森ちゃんの身体が使われ彼女が生きている今、彼はピンチの状況でも『強欲』を使えないんじゃないかって思ったんだ…」


一般人の人や新規プレイヤーの事を助けられないと思い切り捨てた場面は知っている。だが笹森は、共に学校で仮面の者達と戦った仲間。知らない人達とは訳が違う。

だから彼が無理にでも笹森を救おうとするのではないかと心配だった。


「内野先輩は頭がキレますしきっと大丈夫です!

さっきは強い人達とはぐれてた上に、少し使徒に接近していたから狙われたのであって、先輩ならそれを学んで以降動く様にすると思うので、もうあんな事態にならない様にすると思います!」


木村の評価通り、新島も内野ならもうあんなヘマはしないと思っていた。

だが頭から完全に不安は拭う事は出来ない。だから彼女はこんな事を思ってしまっていた。


(…彼が、仲間すらも「仕方ない」と思ったら切り捨てられる心の持ち主であってくれたらどれだけ良いだろう)


今ここにいる彼女は知らないが、内野に対するその酷い願いは叶っていた…


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またしても同時刻、進上は他の場所でグループ行動を行っていた。そのグループの顔見知り強欲メンバーは進上を除いて3人。

内野の学校での友人である松野。

弓使いでフレイムリザード戦以降交流が出来た泉。

そして高宮。彼はフレイムリザードのクエストの時に木村を置いて逃げようとしていた青年である。


あと怠惰グループの者が二人と、怠惰グループの新規プレイヤーを10人。総勢16人のグループである。


ただ新規プレイヤーを抱えての行動なので、進上はグループ行動の進行の遅さに不満が募っていた所だった。


(やっぱり一人の方が自由でいいな~

でもどうしよう、一人行動するだなんて言ったら皆に止められちゃうだろうし、無理にでも一人行動したらい皆からの信用も無くなっちゃう…)


そう思いながらも進上はグループ行動を続け、魔物を狩り進んでいた。

その中で一匹、体格が一軒家並みに大きいカバの様な魔物がいた。頭が大きく比重がかなり傾いているからか動きは遅いが、大きな口から放出される炎や氷の息などの範囲がかなり広く一同は苦戦していた。


ただその戦闘中、進上が接近すると魔物はスキルで口から強風を出してくる。その大きな口から発せられる風は口が向いている狭い範囲にしか向かわないものの、その方向にのみはかなりのパワーがあった。

風圧だけで建物の屋根が剥がれ、その屋根が宙を舞い遠くに吹き飛ぶレベルのものだ。


進上は相手の攻撃を思わず避けてしまったが、今の攻撃を見て一つ閃く。


(そうだっ…!

あの攻撃を浴びて遠くに吹き飛ばされたら、一人行動する理由にもなって自由に動けるじゃん!スマホも壊れたって事にしとけばその後合流出来なかった理由にもなるし!)


とにかく単独で動きたい進上は完全に思い付きで行動し、魔物の風の攻撃をわざとと受けに前に出た。

そして風の攻撃を直に浴びると、進上はその風吹く方向の遥か彼方へと吹き飛ばされていった。


「し、進上さん!?」

「おい進上!死ぬ前に『帰還石』を使うんだぞ!」


松野らは吹き飛ばされた進上を心配し、怠惰グループの者は進上が生き残れる様に咄嗟に『帰還石』を使う案を伝える。


だが進上にはその声は耳に入らなかった。そもそもこれは彼自身が望んだ事なので、聞こえたとしても当然『帰還石』など使わない。

高さは最高300m程まで打ち上げられ、そして元の地点から1,2㎞飛ばされる勢い。だがそんな状況でも進上はこれから一人行動を出来る事に歓喜していた。


(身体は無事、ヨシ!ある程度物理防御上げて無傷で落下したら、あとは自由だ!

って…あれ、進路の先で誰か…空に向かって銃でも撃ってるのかな?)


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内野達は使徒を囲み追い詰めていた。

身体がボロボロの使徒は身体から生成した機械のフレームと装甲でどうにか原型は保っていたものの、皆の攻撃によってその装甲だとかもほとんど崩れる。

そして新しく機械を生成する魔力も惜しいのか、使徒は新しくガトリンも装甲もスラスターも作らない。


だが手負いの相手は何をしてくるのか予想が付かず危険なので、この段階まで来ると遠距離攻撃スキルでの削りがメインになっていた。


「終わりだ使徒、俺の闇で呑んでやる。いいですよね、川崎さん?」


「ああ、勿論構わない。だが近づけば相手に能力が発動される危険があるぞ」


「相手のカメラアイを破壊します。何度生やしても破壊し続け、魔力が枯渇するのを待つのが一番かと思います。

相手の視力を奪うという目的もありますが、今までずっと使徒は能力を使う際にわざわざカメラアイの色を変えていましたし、もしかするとカメラアイが無いとあの能力を使えないかもしれないので、あれを最優先で破壊します。

西園寺、カメラアイの狙撃は出来るか?」


「…出来るよ、任せて」


今の内野が新鮮で西園寺は驚いてはいたが、嫌いではなかった。

西園寺は『色欲』で腕にライフルの砲身を生やし、長距離狙撃の時よりも倍率の低いスコープで使徒のカメラアイを狙い撃つ。


あまりの弾の速さに、撃った瞬間には弾は直撃し、正確な狙撃によって使徒のカメラアイは根本から完全に崩れた。

その時に顔にある装甲も崩れて笹森の顔が見えるも、怪我だらけで血塗れになっており、もはや誰の顔なのか言われなければ誰だか分からないほどであった。


彼女のその酷い顔に特に憤怒グループのメンバーは胸を痛めるも、次の瞬間、笹森の身体の右目から使徒の本体が出現し、使徒本体に付いているカメラアイをそこから覗かせる。


(もはやカメラアイを生成する魔力すらも惜しいって所だな)

「あの使徒本体のカメラアイは破壊出来るか?」


「ん…使徒本体の耐久がどれぐらいか分からないから、最悪狙撃で本体を殺しちゃうかもしれな……っ!」


内野が西園寺の方を向いていると、西園寺の表情が変わったので直ぐに視界を使徒に移す。

笹森の首の内部からナイフの刃の先端が出現したかと思うと、その刃が180°回転して首を切断した。

そして首のその断面にはスラスターが生えており、そのスラスターを吹かして首ごと使徒は上空へ逃げて行った。


使徒は、プレイヤーは相手を追い詰められそうになったら慎重に動く様になるというデータに賭け、予め首の内部にスラスターを生成していたのだ。

ただ内野は使徒のこの行動に焦りはしない。使徒が笹森の肉体を捨てて逃げるのは予想済み。


(自分にスラスターを生やして逃げないって事は、どうやら本体の身体には機械は生やせないみたいだな。とりあえず皆のスキルであれを落として落下地点であの方法をとれば……あっ)


だが次に起こる事を予想出来た者は誰一人居なかった。まさかこんな所で偶然空をプレイヤーが飛んできて、その者が使徒を叩き落とすなど。


「うおっ!」


空中を高速で飛んでいた進上は目の前に現れた生首を剣で叩きを落としたのだ。しかもその時にちょうどスラスター部分を破壊した。


(どうして進上さんが…いや、今はそれはどうでも良い。落下してくるのが早いから余裕は無いが…いける。使徒を呑める、次の使徒の出現時間前に)


内野は使徒の落下地点にまで走りながら、以前倒したダンゴムシの使徒のアイテムである『恐れ無き虫の鎧』の胴防具を付け、工藤へ指示を出す。


「工藤っ!俺がスキルを発動したら俺の防具に氷柱をぶつけて突き飛ばせ!」


内野は本日二回目のスキル発動なので、『強欲』を使ったら頭痛が発生して動けなくなる上にステータスの力も消える。

このスキル使用後に動けなくなるという制限のせいで、使徒の真下で『強欲』使ったら内野は相手の発動する能力を避ける事は出来ない。

だがそこで、工藤に自分の防具を攻撃してもらい突飛ばしてもらえれば、強引にでも使徒から離れられるのだ。


内野は工藤の返答を待たずにその作戦を実施してしまったが、これを理解してくれると信じて落ちてくる使徒のみを見る。

クルクルを空中で回りながら落ちてくる生首の目の中には使徒本体のカメラアイがあり、真下にやってきた内野は再びそれと目が合った。


「強欲」


そして内野が相手より先に能力を使うと、使徒も目の色を赤色に変色させて能力を発動しようとする。


この時、内野は身体から力が抜けて激しい頭痛に襲われるも、ずっと使徒から目を離さずにいた。

さっき内野が落下中に見た使徒の目と、今の使徒の目。赤色になっているだけではなく、何かが違った様に思えた。


「…不思議とお前の感情が分かる…それが恐怖だ。それが笹森が味わった感情だクソ機械」


内野が使徒にそう言い捨てた所で、狙い通り工藤の氷柱が内野の防具に向かい突っ込んでくる。内野の身体は氷柱の進行方向に吹き飛ばされた。

だが闇は使徒の落下地点に残ったままで、機械の使徒は内野が出した闇へと呑まれていった。

最後に使徒が恐怖の感情を覚えたのかは誰にも分からないが、確実に言える事がある。


それは1時間にも渡り続いた戦闘、大切な仲間の命が散る事になった戦闘が幕を閉じたという事だ。

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