第230話 無情の中の殺意
胸の痛みがすっかり消えた内野は、上空に浮かぶ氷柱に乗りながら下の様子を見ている。
そして使徒について判明している事を思考、分析する。
(さっきよりも追い詰めやすくなってるし使徒は倒せそうだ。
多分ステータスが使徒のものではなく笹森のモノになっているからなのと、笹森の意思で抵抗されると使徒が思う様に動けないからだ。
さっきの身体に宿っていた時の使徒は、使徒本体のステータスで戦えていた。これは宿った身体の主が死んでいたからと考えるのが妥当だろう。流石にさっきまでの使徒レベルのステータスが、宿ってた身体の主のものとは考えにくいしな。
そしてさっき平塚さん達を前にして止まった様に、使徒は笹森の意思を完全に無視して動く事などは出来ないのが分かる。
この二つのデメリットがあるのに、どうして使徒は笹森をさっさと殺して自分のステータスで戦闘をしないのかって疑問は上がるが…恐らくやりたくても出来ないって所だろう。
魔力が枯渇気味だから今は笹森に宿って、笹森にスキルを使わせる事で自分の魔力を出来るだけ使わずに、クエスト終了まで時間を稼いでいるのだと考えられる。
ただクエスト終了まではまだ4時間以上ある。絶対に笹森の身体だけじゃMPは足りない。
となると…恐らく使徒は笹森のMPが無くなってきたら笹森を殺してステータスを取り戻し、他の身体に飛び移って宿主を変えるだろう。
もうこれ以上笹森と同じ目に遭う人が出ない様に気を付けるべきはこれだけだ)
「…工藤。今から使徒はこっちの攻撃してくるかもしれないから、避ける準備をしておいてくれ」
「え…」
内野は隣の工藤にそれだけ言うと、平然とした声で上空から皆に警告を出す。
「皆!使徒の狙いは時間稼ぎで、いずれ絶対にさっきみたいに次の寄生先の身体を確保しに来る!
これ以上笹森と同じ目に遭う者が出ない為にも、それだけは気を付けてくれ!笹森の魔力が無くなってきたら使徒は笹森の事を直ぐに殺すだろうし、そうなったら警戒を強めてくれ!そうなったら絶対に近いうちに本体は飛び出してくる!」
その声は一切震えてなどおらず、普段の内野の声となんら違いがなかった。
それ故に
川崎は、内野のその行動と今の彼の状態に驚き、戦闘中だというのに上を見上げる。
(仲間である彼女がこんな目に遭っているのに、どうして彼はあそこまで平然としていられるんだ…
あの声と顔、無理して言っている様には見えないし、まるで彼女の凄惨な姿に一切感情を揺さぶられてない様な…)
この時、上を見上げていたのは川崎だけじゃない、使徒に乗っ取られている笹森含めて他の者らも内野の方に意識が向いていた。この場に似合わぬ彼の声により無理やり意識を向けさせられたのだ。
笹森が今の内野の言葉聞き動揺する。そしてそのせいか使徒は身体を動かす反応が少し遅くなった。
「ま、魔力が無くなったら死ぬって…どういう事!?なんでそんな事が分かるのよ!使徒と戦いもしてないアンタが勝手な事言わないで!私は絶対に死なない!」
「今お前が動揺し、そうやって身体の動きが鈍ってるのが何よりも分かり易いだろ。使徒にとって笹森の意思は邪魔なんだ」
「嘘よ!じゃあ私は
そ、そんな訳がない!あっていい訳がない!」
笹森が内野に意識を向けすぎているからか、使徒は梅垣らの攻撃を避ける動きが更に鈍くなった。
そこで使徒は、笹森の感情に渋々合わせるかの様に攻撃対象を前線にいるメンバー達から、上空にいる内野のに変える。
内野は使徒がこちらにガトリングを発射してきたのを確認し、ある確信を得た。
(やっぱり使徒は、笹森が生きている間は彼女の意思によって動きを制限される。これも彼女の攻撃の意思が下の皆から俺に移ったから、それに従ってこっちを攻撃してきたんだ)
わざと今の笹森の意識がこちらに向く様な言い方をしたのはこれを確認する為だったので、内野はその狙いは見事成功したと言えるだろう。
工藤は乗っている氷柱を操作して放たれたガトリングの弾を全て回避する。
「ね、ねえ勇太!これからどうするの!?
流石にずっと避け続けるのは厳しいわよ!」
工藤の操作技術がいかに優れていても、吉本みたいに弾道が全て見えたりする訳ではないので、二人の乗っている氷柱に弾が当たり落とされるのは時間の問題だった。
ただ、下にいる皆のカバーのお陰で今はまだそこまで弾幕は激しくない。
内野は工藤の「これからどうするの」という質問に答える為、簡単に自分の考えを口にしていく。
「これで使徒は「笹森の意識は邪魔」だって思っただろう。俺はこのままここから笹森をもっと挑発して、笹森の意識をこっちに向けさせる。
そしたら使徒は笹森をさっさと殺して身体を完全に乗っ取るはずだ」
「…え」
内野は平然と述べた。
工藤は、一瞬自分の横にいる男が内野では無い別の誰かなんじゃないかと錯覚してしまうほど違和感を覚えた。そしてそうであって欲しいとも思った。
だが今自分の横にいて、それを述べた人物は紛れもなく内野勇太である。平然とあんな事を言える内野が恐ろしく、工藤は目を見開いて驚き、腕が小さく震える。
以前のクエストで、内野が一般人にヒールは使わず見殺しにするという判断をし、工藤はそんな彼を恐ろしい感じた事があった。(135話)
その時と同じ様に工藤は今、彼に恐れの感情を抱く。
「なっ…なんで…なんでそんな事をそんな顔で…そんな声で言えるの…?」
彼女の目は驚愕と恐怖が入り混じった目であった。
内野はまさか自分が彼女にそんな目を向けられるなどと思ってもみなかった。普段の彼ならこんな事を言えば絶対に引かれると、口にする前から分かっていただろうが、今の彼の感性ではその思考に至らない。
それに、そもそも今の内野にとっては工藤から向けられる感情などどうでもよかった。重要なのは使徒に笹森を殺させる事のみ。
「笹森の苦しみが続かず、俺らも戦い易くなるという最良の手だからだ。
工藤はとにかく弾を避ける事だけに集中してくれ」
内野は工藤にそれだけ言うと再び下を向いて、笹森に向かってまたしても言葉を発する。
「使徒の為に無抵抗になっても、俺らの為に抵抗しても、どのみちお前の死は避けられない。だから潔く生きるのは諦めてくれ」
「そんなの嫌よ!絶対に死にたくない!
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!
私の代わりにお前が死ねぇぇぇぇぇぇぇ!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」
笹森は完全に内野にブチギレた。
使徒はその笹森の強い意思に従い動かざる得ず、梅垣らが浴びせてくる攻撃を無視してボロボロになりながら、ひたすら内野に接近しながらガトリングを発射した。
その弾幕の中を工藤は氷柱を操作し躱そうとするも、氷柱に一発直撃してしまい氷柱は壊れ、それに乗っていた二人は落ちる。
内野は直前で工藤を腕に抱えてバリアを5層張っていたので、落下中に数発弾が被弾してもバリアが崩れるだけで無傷で済んだ。。
そして使徒は頭上の内野に気を取られ過ぎて、自分の真横に並走して飛び上がってきていた清水と梅垣に気が付かなかった。
清水がフルパワーで使徒を攻撃する役。
梅垣が笹森の身体から使徒が飛び出してきた時に本体を討つ役兼、使徒の能力が発動された時に『ステップ』で清水を連れて退く役である。
しかも今、使徒の身体に唯一生えているガトリングは内野達の方を向いているので、二人を迎撃するには使徒が能力を発動するしか無かった。
この二人の動きは川崎の指示によるものである。
(内野君の狙いは使徒に笹森を殺させる事だな…まさかこんな方法を思いつくとは思わなかったが、今は彼の考えに乗ろう。
この清水と梅垣の追い詰めによって、今の使徒に残された選択肢は二つ…)
工藤を抱えて落下している最中の内野は、川崎の指示によるサポートに感謝する。
(ナイスです川崎さん、俺の意図が分かってくれましたか。
二人の追い詰めによって使徒が取れる選択は、能力を発動するか、笹森を殺してステータスと身体の支配権を完全に取り戻す、この二択だけになった。あの間合いじゃスラスター吹かして逃げるのも無理そうだしな。
どっちを選んでも構わない。どちらにせよ、どうせお前はこの窮地を脱したら必ず笹森を殺すんだから)
内野は落下しながら、笹森の右目から生えている使徒のカメラアイに目を合わせる。
ただのスコープなので感情は読み取れないが、内野は心の中で使徒に向かい呟く。
(…さっきは平塚さんと牛頭に「笹森を殺して救おう」って言ったが、笹森を救うのは平塚さんでも牛頭でも無い。プレイヤーじゃない。
笹森を殺して救うのはお前だ、使徒。お前が笹森を救うんだ)
その直後、使徒はその内野の心の声に気圧された様に、使徒は笹森の内部で脳を破壊し彼女を殺した。体内から機械を生成する能力で脳を完全に潰したのだ。
そして完全に身体の主導権を取り戻した使徒は空中で清水の攻撃を喰らうも、なんとか直前で身体を逸らせたので衝撃を完全に喰らう事は避けられた。
だがそれでも肉体は下半身と上半身が分かれそうになるぐらいボロボロになっている。ギリギリ機械の装甲が両半身を抑えているお陰でまだくっついているという状態だ。
使徒が思った通りの選択をしてくれたので内野は心の中で安心する。
だが今の内野の状態では感情が発生してもその直後には全て消え、結局心の中の様子はほとんど変わらなかった。
(良かった。これでもう笹森が苦しむ事は無い。それに笹森が死んだ今、俺は『強欲』を使う事が出来る。
笹森は恐怖を味わいながら死んでいったんだ、お前も闇の恐怖に呑まれながら死ね)
怒りや安堵も湧かないが、使徒に対する殺意だけは決して消えなかった。
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