第229話 無心の大罪人

使徒に身体を乗っ取られた笹森を川崎達は追いかけていた。

『独王』で敏捷性を強化してもらっていたので一番笹森に追いつけそうなのは梅垣だった。


笹森の身体からはロボットの装甲、頭からはカメラアイ、片腕からはガトリングが生えてきている。

身体の肉や皮を突き破ってそれらが生えてきており、彼女は機械が身体から生えてくる度に叫んでいた。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃ!助けてぇぇぇぇぇ!」


〔すまない…君を救う為にも今ここで殺させてもらうぞ〕


梅垣も彼女とは何度も会っている。なので今の梅垣の心情は使徒を殺す事ではなく、彼女を救う事がメインになっていた。


笹森が抵抗していて使徒が上手く身体を動かせないからか、使徒は空中でスラスターを吹かして移動しているだけで走ってはいない。なので梅垣のスピードでもどんどん距離を詰める事は出来た。


だが梅垣がある一定の距離まで踏み込むと、笹森の両眼から生えたカメラアイが赤くなる。使徒の能力発動の合図だ。


梅垣はその波が見えた瞬間に横に避け範囲外に出る。

梅垣は素早い動きで範囲外に逃げれたのでその波には誰も当たらなかった…


訳ではない、一人その範囲にいる者がいる。

それは現在使徒に身体を乗っ取られている笹森だ。


彼女は自分の中にいる使徒が発した波を浴びてからは、一言も発さない様になった。

そして笹森が抵抗を辞めて一瞬手足から力が抜けると、使徒が思い通りに動ける様になり突然機敏な動きへと変わる。

宙で180度回転し梅垣の方を向くと、手からガトリングを撃ち始めた。


梅垣はそれを避けながらも距離を次第に詰めていくと、笹森が再び喋り出す。


「嫌だぁ…死にたくない…死にたくないよぉ…お願い殺さないで…」


「さ、笹森!君の為にもここで君を殺す!だから抵抗してくれ、使徒に抗ってくれ!」


「痛いのはもう嫌だから…逆らっても痛いだけだからぁ…死にたくないからぁ!」


抵抗すると無理やり身体を動かされ痛みを感じる、だから抵抗しない。

使徒の能力によって痛みに対する恐怖や死に対する恐怖が膨れ上がり、笹森は使徒に抵抗せず身体を明け渡してしまっていた。

普段の笹森ならこのまま生きるより死んだ方が良いと判断していただろうが、彼女に植え付けられた恐怖がそれを許さない。


「死にたくない!死にたくないよぉ!」


悲痛な彼女の叫びは、あまり彼女と面識が無い者達の心を乱すのにも十分過ぎた。

ターゲットを守るという正しい判断をしたが故に彼女はこうなってしまっているからだ。


〔貴方は正しい判断を下せ行動出来た者で…蘇生石で生き返るとはいえここで死なせてしまうには惜しい人です。だから今ここで貴方を救ってあげます〕

〔君の犠牲は無駄にはしない、俺らが必ずこの使徒を殺す。ターゲットも守ってみせる〕


田村と川崎は自分の心の中にある彼女への想いは口にはしなかったが、彼女を救う為に殺すというのは一致した。

そして梅垣の足止めの甲斐あり、怠惰グループ、色欲グループのメンバーは彼女を囲む事が出来た。

本当はここに平塚と椎名が居てくれたら良かったが、平塚はさっきかなり高く飛び上がっていたので落ちるのに時間が掛かりそうで、椎名は協力的では無いのでそれは叶わない。

椎名は今も少し後方から川崎達を見ているだけで、共闘しようという気概は一切見えない。


「笹森の身体に入っても、使徒の保持する魔力自体は変わってない、さっきの全身一斉掃射でかなり魔力消耗していたから、もう最初の2割程度の魔力も残ってないぞ」


「…あいつが笹森の魔力を使えるのかどうかで戦闘時間が変わってくるな。

それに笹森のスキルを使う事が出来るのかというのも重要だ。生見、彼女が持っているスキルは?」


梅垣が魔力感知で感じた相手の魔力の量を報告し、川崎はそれを聞いて自分の頭にある考えを述べて生見に尋ねる。


生見は必死に笹森が持っているスキルを思い出す。

生見も普段は魔物の身体だとかにしか興味が素振りをしているが、仲間がこうなってしまっているので彼も流石に真剣な表情になっている。


「『フルスイング』『サンダーランス』『マジックウェポン』『メンタルヒール』、パッシブは『自動魔力障壁』『視力向上』だとか持っていた気がする。残念ながら後は覚えてない…」


「『メンタルヒール』か。彼女自身があれを使って今のあの恐怖に呑まれた状況を脱する事ができたら楽だが…流石にメンタルヒールでは使徒の能力は緩和できんか。それにあの精神状態だと、そもそもメンタルヒールを使う余裕も無さそうだ。

皆、今生見が言ったスキルを警戒して戦うぞ」


川崎は皆にそう命じる。そして田村が『ストーン』を発射したのを合図に戦闘は再び始まった。


前に出るメンバーなどは特に変わらず、さっきより少しだけ慎重に立ち回る。

使徒の動きは途中まで変わらなかったが、皆の攻撃を避けていると、使徒はガトリングになっていない方の手にハンマーを取り出した。


そのハンマーは以前の戦闘で笹森が使っていたもので、使徒の生み出した武器ではなく紛れもなく彼女が持っていた武器である。

そして使徒はその武器を持つと、腕に補助スラスターを生やすと同時に『フルスイング』を使いハンマーを振った。


その威力はすさまじく、誰も当たりはしなかったものの風圧で周囲の者の姿勢が崩れる程だ。


「ごめん…ごめんね…でも死にたくないの。それに抵抗すると身体中に痛みが走るの…だから…痛いのも死ぬのも嫌だから皆が死んで、私の代わりに死んで…」


「そうか…今のは君の意思での攻撃か」


笹森は攻撃した後、ただひたすら謝っていた。

これにより今のは紛れもなく笹森の攻撃意識によるものだと分かる。しかも笹森が使うスキルは笹森が持っている魔力を消費して使うという事も梅垣の魔力感知で分かった。

つまりさっきと違い使徒のガトリングの攻撃は緩むが、その分笹森のスキルによる攻撃が増えるという事だ。

ただ、ステータスは笹森のもののままなので動きは遅くパワーも下がっている。


いくら笹森のスキルが加わってもステータス減少の影響はかなり大きく、さっきよりも追い詰めるのは楽になっていた。

だが追い詰める度に笹森の悲痛な叫びは酷くなり、皆の心をかき乱す。


「なんで!なんで私を傷つけるの!私達仲間じゃないのぉ!?」


「ッ…」


皆は彼女の言葉を聞いて顔を顰めながらも彼女と戦い続ける。

その後も、笹森は恐怖の波を喰らってしまった影響で錯乱して発狂し続けた。


そしてそんな彼女の目の前に、上から二人が降り立つ。


「儂らが今からお前を救ってみせる」

「笹森に救ってもらった命で…今度は俺が助ける」


工藤と内野の氷柱に乗ってここまで来た平塚と牛頭が到着し加勢する。


笹森は大切な人二人を前にすると一度足を止めた。使徒に乗っ取られているが、彼女が二人を襲うのを抵抗しているのだ。


「ああもう…一咲なんか救わなきゃよかった、動かなきゃよかった、こんな目に遭うならあんな事しなければよかった!

何で私だけこんなに苦しんでるの!?なんでよ!なんで私がこんな怖い目に遭わないといけないのよぉぉぉぉぉぉぉ!」


「その恐怖もここまでじゃ、そのまま止まっていてくれ!」


「嫌!死ぬのも痛いのも全部怖い!怖いのは嫌ぁぁぁぁぁ!」


だが笹森は感情が高ぶると再び抵抗を止めて動きだし、二人に対して飛び掛かる。

二人に対しても笹森は容赦なく攻撃に意思があるようでスキルを発動したり武器を取り出したりしていた。



内野はそんな彼女の様子を氷柱の上から見下ろし、心を痛め胸を抑えていた。

彼女は今、痛みの恐怖と死の恐怖によって味方を容赦なく攻撃している。

大切な味方を傷つける方がマシと思う程の恐怖を笹森は二つ味わっているのだと思うと、更に胸が張り裂けそうになる。


それは隣にいる工藤も一緒で、彼女も心の痛みによって身体が震えていた。


「恐怖の前じゃどうしようもないわよね…私も闇にビビって動けなかったから笹野の気持ちはよく分かる。今、笹森はただ恐怖から逃げてるだけなのね…」


工藤のその小さな呟きを聞いて、内野は震える手に力が入る。


大橋さんに続いて笹森もあんな状態に…使徒の恐怖を植え付ける能力は対象者の者の心だけじゃなくて、その仲間達の心にまで傷を与えるのかよ。

…胸が痛ぇ…もう恐怖で錯乱して味方を襲う笹森のあんな姿見たくない…見たく…ない…


内野は心の中でこれ以上笹森の姿を見たくないと念じた。

これ以上胸の痛みが大きくなってしまうのが怖かったから。




だがその直後、さっきまであった内野の胸の痛みは完全に消えた。

しかも消えたのは胸の痛みだけじゃない。使徒に対する恐怖、自分の無力さへの悔い等々、あらゆる感情が消えていた。


この感情がキレイさっぱり無くなる現象はもう何度も起きており覚えがある。

始めてのクエストで帰還石を買えずにいた時(5話)

フレイムリザードのクエストで黒狼に追われていた時(50話)

光の使徒に襲われた時(164話)

これで4度目の経験だ。そしてこうなると、毎回頭の中からノイズが消えて思考能力が向上する。


また起きた、今回はいつもとは違って特に俺がピンチじゃない時に起きたな。

取り敢えずどうしてこうなったのだとかはさておき、今は俺に出来る事を探そう。


川崎や西園寺達ですら心が痛んでいた。

だがこの場でたった一人、一切心の痛みを感じてない者が出現した。

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