第228話 救済に成り上がる死

使徒の本体が笹森の中に入り込んだが、どうやら使徒の狙いは笹森の殺害ではなく、あくまで中に入り込む事だった。

なので心臓は潰されておらず、笹森は死んでは居なかった。だがそれが良い状況とは言えず、むしろ…


「ッ!平塚さん!彼女ごと憤怒で使徒をっ!」


「…っ」


川崎は、今笹森ごと使徒を殺せる唯一の人物である平塚にそう言う。


「平塚さん…早く…」


笹森本人もそれを望む。

平塚は一瞬は戸惑うものの、彼は既に何十人もの仲間の死を経験した者。なのですぐに覚悟を固めて憤怒の闇を振った。


だがその直後、笹森の身体から、さっき使徒が身体から生やした大きなスラスターが同じ様に生えてきた。


「いっ…あぁぁぁぁぁ!」


一つの大きなスラスターが腹から生えてきて笹森はあまりの痛みに苦しみ声を上げる。そしてスラスターは笹森の意思とは関係無く起動し、憤怒の闇をギリギリの所で避けてしまった。


笹森の身体からスラスターが生え、最悪の考えが皆の頭に浮かぶ。


あの使徒…人の身体を乗っ取れるんだ、さっきまで俺らが戦っていた使徒も元は誰かの身体だったんだ!

でも今、笹森にはハッキリ意識がある、って事は…俺らはこれから笹森と戦わないといけないのか?あいつを殺さないといけないのか?


「助けて…助けて平塚さんっ!」


身体から機械が生えてくるのはかなりの苦痛で、笹森は泣き叫びながら平塚に助けを求める。


彼女を助ける為にも早く捕まえて殺さねばならないと考え、一同は動き出した。

だがその笹森の姿を見て、憤怒グループのメンバーの生見を除く3人は直ぐには動けなかった。


平塚は、今さっき自分が躊躇ったせいで彼女を殺せなかったのを心の底から後悔していた。

高遠も、自分が死に向かわせたはずの笹森がこれから死以上の地獄を味わってしまう事を察して自責の念に苛まれた。


そして牛頭は、自分の代わりになった恩人である笹森に対する感情がぐちゃぐちゃに入り混じって頭が真っ白になっていた。


〔そんな…そんなっ…俺の代わりに笹森が…俺のせいで笹森がっ!〕




牛頭一咲、彼女は望まれて生まれてきた子ではなかった。


父親は既婚者の子持ちだったが、浮気で身体の関係にあった者を生ませてしまったのだ。一咲を孕ったのは両親二人の悪戯な行為によるものであり、彼女は望まれて来た訳ではなかった。


幼き一咲は母親と二人で暮らす事になった。母は働きながらも彼女を育て、父親から払われる養育費も資金の足しにして生活していた。


だが母親はその後出会に恵まれる事はなかった。

そして生涯一人で一咲を育てる事になるのだと思うと、孤独の不安を一咲にぶつける様になった。

一咲は親から殴られ怪我をしたり、親が病んで自傷行為をしていたり、血の匂いを感じる事が多かったからか彼女はいつの間にか血の匂いにとても敏感な鼻になっていた。

それこそ親が病んで自傷行為をし、玄関先から感じるその血の匂いの濃さでその日の病み具合が分かるぐらいに敏感になっていた。


「あんたを身ごもってからあの人の浮気がバレちゃて関係も崩れて…全部あんたのせいよ!あんたなんか産むんじゃなかった!」


一咲は15歳になるまで、「あんたなんか産むんじゃなかった」という言葉を聞き続けて育った。

彼女は母親にも望まれて生まれてきた訳ではなかったのだ。



学校も上手く馴染めず不登校、だが家にいてもやる事は無く、彼女はほとんどの時間を公園や森で過ごした。

身体を動かすのは得意で退屈はしなかったが、時々目に入る望まれて生まれてきた子を見て、自分の境遇と比較する。


〔あの子は親に望まれて生まれてきた、だから親といても幸せそうな顔してる。

俺って何で生まれてきたんだ?誰に望まれて生まれてきたんだ?

…ま、望まれてないから今ここに一人でいるのか。考えるだけ無駄、考えたって自分の生を望んでくれる人や大切に思ってくれる人なんて現れない〕


そう思っていた。

だがその日、彼女はプレイヤーとなり仲間に出会った。


魔物を殺す才能があったので、彼女を頼る者、仲間だと認めてくれる者が沢山出来た。

それに自分の事を孫の様に思ってくれる平塚、妹の様に自分に接してくれる笹森など、彼女にとって初めて間柄の者も沢山出来た。

他者との関り方を知らないので愛想は悪いものの、彼女は愛されていた。そしてそれが心地よかった。




そんな自分の姉の様な存在が今、自分を庇って苦しんでいる。自分が動けなかったせいでこうなっている。

今までも仲間の死にゆく姿は見てきたが、自分のせいでこんな事になるのは初めてだった。

だから彼女はクエストの最中であるにもかかわらず、頭が真っ白になり身体を動かす事が出来なかった。


そしてそれは平塚も同じで、宙で動く手段を持っていなかった彼はただ苦しむ笹森の姿を見ながら落ちる事しか出来なかった。



「二人とも!手を!」


だがそこで、落下しながら笹森を見つめている二人の背後から内野の声が聞こえてくる。

二人が振り返ると、氷柱に乗った工藤と内野がこちらに接近してきていた。内野と工藤はそれぞれ片手で氷柱に捕まりながらも平塚と牛頭に手を伸ばしている。


「捕まって!」


「「ッ!」」


二人は言われた通り咄嗟に内野と工藤の手を掴んで共に氷柱に乗る。

そして氷柱はそのまま使徒に乗っ取られた笹森を追い駆ける。


『強欲』で無くなった魔力を、魔力水を飲んでステータスの力を取り戻した後、氷柱に乗って工藤を追い駆けようと提案したのは内野であった。

平塚と牛頭を笹森の元に連れて行く事が自分達に出来る最善の行動だと考えたからだ。


「俺らは使徒とまだまともに戦う力はありません!けど…今やるべき事は分かります。それは笹森を救う事です!」


「救うって…あいつを…笹森を殺すって事か?」


牛頭は目の端に僅かに涙を浮かべ震えた声で内野にそう聞き返す。

今の笹森にとっては死が救済であると内野は思っており、牛頭の為にも正直に自分の考えを話す。


「下手すると今の笹森はプレイヤーじゃなくて使徒扱いになっているかもしれない。そうなるとクエスト終了時に他の魔物と一緒にこの世界から消えるんだ。そして数週間一人で異世界で過ごす事になる、使徒に身体を操られ、苦痛を感じてな。

あいつにそんな目は遭ってほしくない…遭わせたくない。だから殺して救うんだ!」


「で…でも…」


牛頭は言葉に詰まる。

プレイヤーになり自分を必要としてくれた笹森を、自らの手にかける事など出来そうになかったからだ。


ただそこで、平塚は牛頭の肩に優しく触れながら顔を上げる。


「若者にカツを入れられねば動けないとは…情けない老いぼれじゃ。だが君のお陰で今、決意はついた。

儂はやるぞ、笹森を殺して救ってみせる!一咲!お主も共に笹森を救うのじゃ!」


「じじい…」


心の底から信頼している人にそう言われ、牛頭も次第と自分の中で決意を付けていった。


〔俺が招いた事だ、俺がケリを付ける…俺が笹森を救う!〕


「分かった…やる!絶対に笹森を救う!」


決意を固め直した牛頭の目にはさっき流した涙が浮かんだままだったが、目は力強く真っすぐ前を向いていた。


内野は二人を説得できてホッとするも、不安不満が自分の中に渦巻いていたので険しい顔のままだった。


〔これが俺に出来る限界だ…もう俺に出来る事はない。

使徒が笹森の身体を乗っ取っている以上、俺と川崎さんの大罪スキルで呑み込む事は出来ない。蘇生石で笹森が復活出来なくなるからだ。

だからもう俺は、相手の隙を突いてワンチャン狙いの『強欲』だとかは使えない。

それどころか、相手が接近してきた時に防衛で『強欲』を使うのも危険だ。もしかするとさっきの平塚さんの攻撃を避けたみたいに、また本体だけ闇を避ける可能性もあるからな。


つまり…今ここにいる俺はもう大罪の能力が無い普通のプレイヤーと同じって事だ〕


以前共に仮面達と戦った笹森の為に自分が戦えないと分かってしまい、仲間の背中を見て結果を待つ事しか出来なくなる光景が目に浮かんだ。そして自分の無力さを痛感した。


______________

不定期更新になりますが

『捻くれ者の俺と、同じクラスの美少女身体が入れ替わってる!?…と思っていたら、どちらも俺だった。あいつの人格は何処に消えた?』というラブコメ?を公開していくつもりです。暇な方はよければ見ていって下さい。

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