第227話 正しい判断
彼女は今回のクエストの防衛対象なので本来こんな危険な事をすべきではないが、彼女にはこれを避けきり彼を助けられるという絶対的な自信があったのだ。
「彼女死ぬつもりか!?」
「あの子防衛対象なのに死んじゃうよ!?」
「え…
吉本の事を知らない平塚、生見、片栗などがそう声を出す。川崎ら怠惰グループのメンバーも彼女の行動には驚いてはいたが、彼女の実力を知っていたので反応は違った。
「吉本!無理はするなよ!」
「大丈夫です、全部見えてます!」
吉本は
吉本の「全部見えている」発言は彼女の事を知らない者からすると嘘としか思えなかったが、彼女が全ての弾を華麗に避けつつ着実に希望の方へ向かっているのを見て、本当に飛んで来ている弾を全て見切っているのだと分かり目を見開き驚いていた。
〔大丈夫、全部見える。私なら全部避けられる〕
おどおどした普段の彼女とは打って変わって今の彼女の背中は頼もしく、穴に潜りながらも見えた彼女の動きに内野は目を惹かれていた。
やっぱり美海ちゃん凄い…一緒に訓練をしてた時も思ったけど、やっぱりあの子の目は異常だ。梅垣さんや清水さんでも避けきれないと判断した弾幕の中を、あの子だけは避けれている。
スキルじゃないから『強欲』でも『強欲の刃』でも決して奪えない彼女だけの特殊能力…俺にもあんな力があったらな…
彼女が持っている特別な力に羨望の目を向けていたが、当の本人はそれに気が付く事もなく、半身がズタボロになった希望を救い出し二階堂の元へと向かって行った。
二階堂の所まで30m以上はあるが、吉本は希望を抱えたままでも難なく辿り着いた。
二階堂の傍には木村と、さっき怪我した木村をここへ避難させた新島もおり、木村と二階堂がガード系のスキルを張っていたのでここらで一番の安全地帯になっていた。
弟の希望がそこに連れていかれ怪我を直してもらっているのを見て姉の片栗は目に涙を浮かべ、心の中で弟の恩人の彼女に感謝していた。
ただ今はそれを直接述べる暇など無く、全身射撃を止めた使徒の次の行動を警戒する。
使徒は目からカメラアイ、胸から大きなスラスターを生やすと、周囲を確認してからスラスターを全力で吹かして横に高速で移動を始めた。
使徒が最初に向かって来たのは内野と工藤がいる方向だ。
二人は今穴の中にいるので、穴から出て避難するのは厳しい、かと言って今から更に下に潜っても使徒の波の範囲外にまではいけない。
となると、もう内野が思いついた二人が助かる方法は一つしかなかった。
「工藤、目を瞑れ!」
「えっ…」
「強欲」
傍にいた工藤が『闇耐性』持ちなので使える最強の防衛手段だ。闇に慣れていない工藤に目を瞑らせ、内野の闇は二人を包みこむ。
内野の身体から闇が発生し、さっき平塚の攻撃で闇の恐ろしさを知った使徒は腕に生えたナイフを地面に突き立てそれを軸にし方向転換した。
その方向にいたのは牛頭。
さっきの全方位射撃で脚を負傷していた彼女は自分の足で逃げられないので、『ウィンド』で自分の身に強風を起こし上方に逃げる。
ただ使徒もそれに追随する形でスラを吹かす方向を変えて上に向かう。
「来んなクソ機械!」
牛頭は『ウィンド』を上手く使い使徒から逃げるも、使徒は牛頭を追いかけ続ける。
他の者はその使徒を撃ち落とそうとするが、使徒は他の者らが接近してきた瞬間に全身のガトリング砲を数発撃ってくるので使徒を落とせない。
西園寺は腕に砲身を生成しスナイプし使徒に行いヘッドショットを行うも、使徒は頭部を完全に破壊されても動き続けた。
「はっ…中身が本体じゃないのかよ!」
「それより
平塚は仲間を助ける為に闇を出しながら飛び上がる。牛頭はそれを見て平塚の元に逃げる様に風を起こし逃げる。
平塚は闇が少しでも使徒の牽制になればと思っていたが、使徒は平塚が手に持つ闇を見ても一切狙いを牛頭から変えない。
まさか軌道を変えて来ないとは思わなかったが、このまま突っ込んできたら使徒を完全に憤怒の闇で包めるので、平塚としては好都合だった。
「行ける!完全に消滅し殺す!」
平塚は闇を纏っている剣を振る。
だがその瞬間、使徒の心臓辺りから小さな機械の魔物が飛び出した。
平塚の闇は使徒の身体から飛び出したその小さな機械以外の、元あった肉体を完全に闇で包み消滅させる事が出来た。
ただ、今飛び出した機械の方が使徒の本体であるというのをなんとなく平塚は察しており、「殺し損ねた」と心の中で思う。
小さな機械は4本足で中央には赤いカメラアイが付いている。
さっきの植物の使徒に続き、平塚以外の一同も今飛び出した機械が使徒の本体であると察した。
だがそれに気が付いても、今誰もその小さな機械に攻撃出来る者はいない。
平塚はたった今闇を振ったばかり、牛頭は両手で風を操作している。他の者らも飛び上がっていたが、間に合わない。
使徒の本体は4本足を一か所にまとめてドリルの様な形になると、牛頭の心臓を貫こうと空中で高速回転を始める。
その刹那、牛頭の頭のには走馬灯が過る。
クエストで既に何回も死に掛けた事、死んだ事はあったが、
〔あ…これ…俺死ぬわ〕
彼女は死を覚悟した。
今回のクエストのターゲットである自分は、運を100にした時に作ってもらえるという特別な蘇生石でしか生き返れない。となると、もう自分は生き返れないかもしれないという不安が頭にあった。
人との付き合いが苦手で戦闘面しか取り柄が無いが、それすらもダメだと判断されたら、運を100にしてでも自分を生き返らせてくれる人など居ないのではないかという考えが頭を過る。
〔使徒に心臓を貫かれてもヒールは間に合…わなさそうだな。下に落ちるまで結構時間あるし、それに使徒のステータスなら心臓を貫くと共に俺の身体をぐちゃぐちゃのミンチに出来る。死んだ、俺の人生これで終わりかよ。
他グループのプレイヤーと協力出来る様になったからもう俺の代わりはいる…誰もわざわざ俺を生き返らせないよな。
皆自分が生きるので精一杯だし、そこまでして生き返らせるなんて…〕
牛頭は死を受け入れ、目を閉じる。
悔いが無い訳では無かった。ただ彼女は能力があるが故にこの攻撃を避けられないと分かってしまい、目を閉じるのが一番恐怖を味わずに済むと思って目を閉じた。
平塚は牛頭を助ける為に自分の持ちうる全ての力を使い使徒の本体を攻撃しようとするも間に合わず、彼は最後に目を閉じ諦める牛頭の姿を見てしまい絶望する。
〔駄目じゃ…駄目じゃ…そんな事あってはならん!
あの時みたいに子を失うなど、力を持っても尚救えないなどと…!〕
大罪スキルを持っていても救えない、手がもう少し伸びれば救える距離なのに救えない、それがより一層平塚の心を乱した。
そして使徒は背後にいるそんな彼の事など一切待たず、ドリルを回転させながら牛頭の胸へと飛び掛かった。
だがその瞬間、笹森がハンマーを振って牛頭を吹き飛ばし、牛頭は空中で真横に吹っ飛んだ。
本来笹森がここまで飛び上がるのは間に合わないはずだが、さっきの戦闘中に見せた高遠とのコンビネーションで彼に空中足場になってもらい、ここまで来るのが間に合った。
しかし、笹森は一人で空中で動く手段を持ち合わせていないので使徒の攻撃は避けられない。攻撃を喰らうのが牛頭から笹森に変わっただけだった。
だがそれで良かった。これが正しい判断だと笹森は信じていた。
〔一咲は死なせちゃ駄目…ターゲットになってる一咲は死んじゃ駄目!
これで良いの、これは正しい判断なの!だ、だから…だから怖がらないで私!〕
これから自分が死ぬのだと分かっている笹森は、『メンタルヒール』を自分にかけて落ち着きを取り戻し、最後まで心の中で自分を誇ろうと思った。正しい判断を咄嗟に下せた自分を。
そしてその笹森の下で、彼女の空中足場となった高遠もこれが正しい判断だと信じていた。
ただ、笹森が牛頭の代わりになるつもりだというのを分かりながら彼女を死なせに行かせた彼の心は、当然穏やかなものじゃない。
〔すまん笹森…お前にこんな役やらせちまって…必ず生き返らせる、必ず使徒は倒すから!〕
目の端に涙を浮かべながら仲間を死に向かわせた彼は、最後まで頭上の笹森の姿を見続ける。
そして皆の視線が集まったその直後、笹森はドリルで胸をえぐられ、使徒に身体の内部に入られた。
身体から力が抜け、笹森はハンマーを手放し落下していった。
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