第226話 見透かせる弾道

工藤がEMP爆弾を付けた氷柱を飛ばすと、明らかに使徒の動きが変わった。

さっきまで西園寺に張り付く様に追いかけていたが氷柱を警戒し始め、渋々西園寺への接近を諦めて引く場面が多々発生する。


工藤の氷柱の操作技術は素晴らしく、相手の砲身が向けられた段階で退いているので撃ち落とされる事なく耐えていた。


ただ、使徒はEMP弾の場所を何らかのセンサーで常に探知できる。

これは西園寺がEMP弾を出した瞬間に襲ってきた事と、今の使徒の動きから見て分かった事だ。

なのでいくら氷柱を死角から飛ばそうとも意味hs無かった。


「梅垣の魔力探知みたいな感じで常に氷柱の場所がバレてるって事ね…」


「ああ。でも相手は氷柱の追尾性能の良さに気が付いたから、反撃の機会が減ったのも確かだ。このままなら行ける…」


この氷柱のお陰で出来た時間稼ぎしにより西園寺はEMP弾とその発射装備を出す事が出来て、これを他の者に渡す事で更に戦い易くなった。

そして次第に使徒は攻撃寄りの動きから逃げ寄りの動きになってきていた。


「良い流れです!このまま押してきますよ!」


田村の言う通りプレイヤー側が優位になってきている状況だ。

ミスればその優位も無くなるが、皆最初に比べたら遥かに動きやすくミスする確率も低くなっている。


もう一押しで氷柱のEMP弾を当てられそうという所まで来ているが、避けるのに徹底し始めた使徒にその一押しが中々訪れず、暫く進展が無い状況が続いた。



内野も皆と同じくそれは分かっていたが、今の自分では工藤を抱えて使徒の攻撃を避けるしか出来る事が無く、自分がその一押しに慣れないのを悔やむ。


〔下手に前に出て皆のペースを崩したら相手に反撃の機会を与えるだけだ。

大丈夫、まだ戦闘が始まって40分。クエスト時間は4時間以上残っているんだしまだ焦る時間じゃない。

いや、他の使徒が現れる可能性があるから時間を掛けるのもリスクが増えるだけか…本当は『傲慢』の椎名が手伝ってくれれば終わるのにな。この膠着を崩す一押しになってくれれば…〕


椎名は変わらず少し離れた建物から内野らを見ていた。

周辺の魔物を倒したりしてレベルを上げる訳でもなくただ見ているのだ。


共闘するつもりもなく自分のレベルを上げるつもりもない、そんな彼の行動はもはや理解不能であり、内野らは彼らの事を考えるのは辞めていた。



「フィールドは完成した、そろそろチェックメイトの時間だよ」


そんな膠着状態が続いていた最中、突然西園寺がそう呟いた。

少し遠めにいた内野は最初はその意味が分からなかったが、西園寺らの視点が地面に一瞬向かった事でその意味が分かった。


地面のそこかしこにEMP弾が転がっており、その近くに小型の魔物達がいるのだ。


これが戦闘を行いながら西園寺が均等に撒き作りだしたフィールド。怠惰と合わせる事でただ地面に転がる弾を好きなタイミングで起爆でき、それが交差点のそこら中に巻かれていた。


そうだ…思えば後半はあいつずっと空で戦っていたし、この交差点から逃げようともしていた!

そして皆それを防ぐような動きをしていた、だから膠着状態だったのか!


内野は使徒の攻撃を避けるのが精一杯で気が付かなかったが、他の前に出ている者達はそれに気が付いていた。なのでその西園寺の言葉の意味も瞬時に理解出来た。


「皆、使徒の包囲ご苦労様!」

「準備は整った。次に使徒が地に足を付けさせたら確実に当てられる、アイツを叩き落とせ!」


西園寺と川崎のその命令に従い、一同の動きは包囲を目的としたものから変わり、空中の相手を落とす動きへと変わった。


前に出ている梅垣、清水、柏原、原井、薫森、高堂、笹森、小町(双子)が一斉に動きを変え、流石の使徒も行動を制限されながらそれを全て避けきるのは難しい。ただEMP弾がばら撒かれている地に落ちない事を最優先しているので、多少の攻撃は身体で受けながら空に上がっていた。


不味い!あのまま上に行かれたら逃げられるぞ!


このまま上に行かれたら逃げれるという内野の考えは正しい。使徒みたいに自由に空中で動けるのが梅垣と工藤の氷柱ぐらいなのでそんな事誰でも分かった。


使徒もここまで戦闘で、空中で自由に動ける者が梅垣のみだとか色々学んでいた。

清水のパワーは自分より高い、梅垣は空中で動ける、双子は常にどちらかがこちらの死角にいる様な動き方をする等々、この数十分の戦闘でデータは集まっていた。だから警戒が偏っていた。


そしてそれ故に、まだこの使徒の前で一度も『闇』をみせず、強さを見せつけていなかった者への警戒が薄かった。


「お主、完全に儂を忘れておったな」


それは完全に使徒の意識外の上方から闇を放ち飛び出してきた平塚だ。

川崎の合図と共に『ストーンガーディアン』で岩のパワードアーマーを装備した二階堂に撃ち上げてもらい、空中で怠惰で出した魔物にキャッチしてもらってここで待機していた。


敵が思わぬ場所におり、更にその敵が手に出している謎の闇を出していたので、使徒はロボットであるが明らかにそれに驚いていた。

だが直ぐに空中で態勢を変え頭を下にし、足裏と背面にある全スラスターを全力で吹かして下に逃げようとする。


「ふむ…驚きながらも判断が早いのぉ。じゃが脚は貰うぞ」


平塚は使徒が逃げると同時に『憤怒』の闇を纏った剣を使徒に振る、そして憤怒の闇は使徒の両足を見事に削り取った。

それにより使徒は空中でスラスターを吹かせなくなり、使徒はただ落下すのみとなった。


「工藤!」


「分かってる!」


工藤は何も言われずとも、その使徒の近くに氷柱を向かわせる。

そして落ちてゆく使徒の傍に氷柱を並走させた。距離は2メートルも無く、十分EMP爆弾が届く範囲だ。


「起爆!」


川崎は氷柱に張り付く虫にそう命令を出して氷柱のEMP爆弾を起爆させる。


だがそれと同時に使徒のカメラアイが赤くなった。

それは使徒が能力を使う前の動作で、西園寺の報告通りその直後使徒の身体から青色と黒色が入り混じった波が放出された。


使徒を中心に広がったその波は大罪スキルの闇とはまた別の恐怖心を掻き立てるもので、離れてい見ている内野らも背中が凍りつく感覚に襲われた。


だが直ぐにその恐怖よりも、EMP弾が起爆しない事の方へ意識が向かう。


「な…なんで起爆しないの!?」


「…知性がほとんど無い虫型の魔物ですらダメだったか」


川崎が出した魔物が波を喰らい制御不能になったので起爆出来なかったのだ。保険に虫の闇の中に他の魔物も潜ませていたが、その魔物すらも行動不能になってしまった。


工藤は虫による起爆が無理だと察し、使徒に直接ぶつけようと氷柱の軌道を素早く変えるも、使徒は背面のスラスターで僅かに空中で動いた後、ガトリングで氷柱を撃ち落とした。そしてついでに落下地点にあるEMP弾も破壊して落下地点を確保する。

脚が無いのでガコンと大きな音を立てて落下するも、当然落下ごときではダメージは無い。


仕留めきれなかったが、使徒の脚を無くせただけで十分相手の機動力を封じられたので、西園寺は武器の射程内にまで接近しEMP弾を発射する。


「じゃあね機械君」


西園寺の放ったEMP弾は使徒に直撃し爆発した。

すると使徒のカメラアイからは光が消え完全に動かなくなった。


これで終わったかの様に思えるも、さっきの使徒同様にまだ何かあるでのはないかと、今度の内野は警戒を緩めなかった。


「電磁パルス攻撃による機械部分の損傷100%、パージ開始」


EMP弾を喰らい動けなくなった使徒からそんな音声がする。それは感情や抑揚のない機械の声だ。


そして使徒が「パージ開始」と言った通り、自分の身を包む全装甲、手のガトリング、背面のスラスターを全て一斉に噴出し取り外した。


中から現れたのは大人の女性のフォルムの肉体。全身の皮が剥がれていて常に全身から血を流しており、とても痛々しい姿。死体に慣れてない一般人が見れば一発でトラウマになるであろう見た目だった。

目にあったカメラアイも外れるので今その使徒の目は空洞になっており、こちらを視認出来ているのかすらも分からない。


「ガトリングが無くなり腕も肘まで消えた、脚も平塚さんのお陰で膝下まで無いし、これはもう相手は詰みじゃない?」


「いや、使徒は油断ならないから警戒はしておけ」


内野は工藤に警戒を促しながらも使徒を見つめる。他の者らも一時接近をやめて様子を見ていた。


〔手負いの相手が一番危険ですからね、皆さん迂闊に攻めないのは良い判断です。ここは遠距離攻撃で様子を見ましょう〕


田村は手の平を相手に向け、様子見で『ストーン』を発射してみる。他の者も遠距離攻撃のスキルを使用する。

するとそれと同時に使徒の空洞の目からカメラアイが生え、そして更に全身にガトリングの砲身が生えてきた。


身体中からガトリングの砲身が現れたのを見て一同が頭に浮かべた嫌な予感は、次の瞬間にはその通りになっていた。


「「屈め!」」


数人の警告の声が重なると同時に、使徒は全身に生やしたガトリングを一斉に稼働し撃ち始めた。

数が増えたから一弾ごとの威力が低くなるという事もなく、全ての弾が先程と同じような高威力で、交差点を中心とした周囲の建物と地面が同時に壊れ始める。使徒に向かい飛ばしたスキルも全て消しとばされ、使徒には攻撃は届かない。

もしも使徒に詰めていた者が居たのなら弾を避けきれず死んでいただろう。


プレイヤーは弾に当たらない様に退きながらも屈む。

この全方位射撃をされると誰も立って避けたり出来ず、もはや当たるか当たらないかは完全に運になっていた。


「なんだあれ!近づけねぇぞ!」

「機会を生やしたり撃つのにも大量に魔力を使っているから長くは撃てない!弾はどうにか各々で防げ!」


誰かの助けに行く事も出来ず避けられないので、今は各々防ぐしかなかった。

内野は工藤と共に地面に潜った上でバリアを張って難を逃れていたが、防御手段が無い者達はその弾に当たってしまう。


「ッ!」

「やばっ!」

「あぁぁぁぁ!」



牛頭、薫森、小町希望(弟の方)の3人はどうにか急所はズラすも身体の一部を怪我してしまった。特に退くのが遅れていた希望は、小さい身体であるにもかかわらず下半身に弾が直撃してしまっていたので、直ぐにヒールを掛けねば死んでしまうほどの怪我だった。


希望のぞみぃぃぃぃぃ!」


姉の片栗が弟の名を叫ぶも、彼の助けに向かえる者などこの中には誰一人…


居ないと誰しも思っていた。

だがこの中でただ一人、今回の防衛対象でもある吉本のみが立ち上がり希望のぞみを助けに向かった。

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