第224話 科学の活路
次に使徒が現れた場所がちょうど新島達がいる所だと分かったのは、次の使徒が現れてから1分経過した所だった。
「ッ!?無事なんですか!?」
「連絡は着かない。余裕が無いからか、あるいは…」
川崎は全滅、とは口に出して言わなかったが、それを察する事は容易だった。
ただそこまで距離は無いので、こうして立ち止まって向こうの連絡を待つよりも向かう方が確実で早い。なので一同は使徒の元へ向かって行った。
頼む…頼む!新島、工藤、大橋さん、木村君!生きててくれ!
早まる鼓動で胸が痛くなるも、それを我慢しながら内野は走った。
戦闘音が鳴り響いていた。
激しい銃撃戦を行っているかの様な銃撃音、壊れる建物の音。これらの音が使徒のいる場所から聞こえてきた。
自衛隊が使徒と戦っているのかと思ったが、使徒相手にまともに戦えるわけが無いのでそれは無いと直ぐに頭からその候補を消した。
だがそれ以外思い浮かばないのも確かで、これは紛れもなく銃声であった。
「プレイヤーがわざわざ銃を使うとは思えないしな…まさかあの使徒か?
手にガトリングが付いているという傲慢グループの…」
川崎はそう呟いていたが、間もなく答え合わせの時間となる。
一同が大通りを横に曲がった所で正体が判明した。
交差点の中央で激しく戦闘を繰り広げていたのは『傲慢』の大罪である『椎名 豪』と、女性型のロボットの使徒だった。
傲慢の使徒の能力が一撃喰らえば即終了の恐怖を植え付ける能力だと言うのに、椎名はそれを恐れず接近戦を行っている。
だが内野にとってはその戦闘の事よりも仲間の安否の方が重要で、使徒の周囲を見回す。
そして見つけた。建物の上からこの戦闘を見ている新島、工藤、木村の3人の姿を。
安心しながらも、大橋の姿が見えない事に焦りもあって、上手く言い表せないぐちゃぐちゃな気持ちであったが内野は、建物に飛び上がり皆の元に駆けつける。
「皆!大橋さんは!?」
「あ、内野君…無事だったんだね、良かった」
「大橋ならここに…」
「内野…先輩…」
皆も内野との再会を喜んではいたが複雑な顔をしていた。
だが大橋が死んだという訳では無い。現に大橋が屋上の室外機の傍に座っているのが内野の視界に映っている。
ただその様子はいつもの大橋とはかけ離れていた。
膝を折って身体を小さくし、小刻みに震えている。
ま、まさか…
「大橋さんが僕らを守る為に…使徒の能力…恐怖を植え付けられる波を喰らって…」
木村の口からそう告げられ、内野は悪い予感が的中してしまった。
数分前、使徒が現れた時に強欲グループと怠惰グループのメンバーは別れた逃げた。怠惰グループの者らは使徒相手に全員で仲良く逃げても全滅するのがオチだと考え、どちらかが生き残れる可能性をかけて2手に分かれて逃げた。
使徒は先に怠惰の方を追い駆け殺し、次に新島達を追い駆けにきた。そこで大橋が皆を庇い能力に喰らった所で、傲慢の椎名がやって来たのだ。
この恐怖を植え付けられる能力に当たってしまった味方をどうすべきか?と聞かれたら、答えは簡単、蘇生石のセーブが挟む前に殺すべきだ。
それが有能な者なら尚更で、一生使えない駒になる前に殺すのが最善である。
つまり失くすに惜しい有能な者がこれに当たったら、仲間はその者を殺すしかないのだ。
大橋はうずくまりながら内野達の顔を見ると、謝り始めた。
「すまん…む、無理だ…俺はもう戦えん…家に帰してくれ…もう帰りたい!帰してくれ!
頼むよ…お願いだぁ…帰りたい!さっさと帰してくれよぉ!」
情緒不安定で、大橋は怒鳴ったり謝ったりを繰り返していた。
その心乱れている姿にはいつもの大橋の面影は無い。怯える小動物が威嚇で大きな鳴き声を上げているかの様だった。
そんな大橋の姿を見て立ち尽くす内野の肩を梅垣が触れる。
「大橋さんの事は後だ。今はあれから目を放すな、これ以上犠牲を増やさない為にも。
そして3人に今のうちに聞いておきたいのだが、相手の出した波の範囲はどうだった?」
「え、えっと…敵を中心に10メートルぐらいの範囲です」
新島がそう言った所で、今内野達がいる建物の壁に何かがぶつかり、屋上にも衝撃が伝わってきた。
何かと思い内野らが屋上から身を乗りだすと、壁には使徒に飛ばされた椎名が張り付いていた。お腹を貫かれており、このままでは直ぐに死んでしまう状態だ。
大罪が一人欠けさせる訳にはいかないと、そこに川崎達も駆けつけ守り、二階堂が彼をヒールしようとする。
だが彼は二階堂の手を突っぱねた。
こんな状況でも一匹狼を貫く馬鹿なのかと思ったが、次の瞬間にはその理由が分かった。
椎名の身体から出現した闇が人の形を形成していき、数秒後にはその闇は椎名そのものになっていた。しかも現在の負傷した椎名とは違い、今出現したのは怪我が無い状態の椎名だ。
あれが自分の複製を作る能力がある『傲慢』か!?
だけど複製を作った所で本体が死んだら…って、え!
そんな予想を遙かに上回る光景が目に入った。
それはさっきまで負傷していた椎名の身体が闇になり、新しく現れた複製の方に取り込まれたのだ。
本体だと思っていた椎名すらも複製だったと分かり内野が困惑していると、新島が椎名については話始めた
「最初に現れた椎名さんすらも身体が闇で出来てて、今みたいに消えたの。もしかすると本体はどこか離れた場所にいるんじゃないかな」
「…複製すらも複製を作れるって事か」
二人がそんな話をしている間にも椎名は川崎達を押しのけて前に出る。
相手は今援軍の到着により慎重になっているから攻撃してきていないが、隙を一瞬も見せられない状況なので、椎名が前に出るのを口で止めるしかなかった。
「待て椎名、流石に使徒相手を一人でするのはキツいだろ。ここは俺達と…」
「いらん。一人の方がやり易い」
そう言うと椎名は単独で前に出て、またしても使徒と一騎打ちをしに接近する。しかも椎名は手に何も武器を持っておらず素手で戦闘をしていた。
「使徒相手に素手で、しかも一人で戦って勝てるわけがないのにね。
…てか、狙いにくいなあの敵」
西園寺は腕に砲身を出して使徒をスナイプしながらそう言う。今回の使徒の身体は小さい上に、今椎名との戦闘で激しく動いているので狙撃は無理そうだった。
そして更に、椎名ががむしゃらに使徒に接近しているので椎名のサポートをするのも難しかった。
使徒は両腕がガトリングになっているが、先には引っ込み刃も付いており、椎名の攻撃を華麗に避けながらも着実に椎名にダメージを与えていた。
だが少しでも使徒から離れるとガトリングが飛んで来るので、ある意味常に接近し続けるというのは正解の判断でもあった。
「…ま、それも一人で戦う場合の話だがな。人数が揃ったらあんな無理に詰める必要は無い。
総員、今から距離を取りながら相手を圧倒する弾幕を張るぞ」
川崎は精鋭メンバー、そしてたった今合流出来た新島達にそう命令を出す。
ただ、今攻撃したら椎名にも当たるのは確実なので内野は屋上から下りて川崎に尋ねる。
「椎名が前に居ますけどどうするんですか?」
「構わん。あの様子じゃ協力してくれなさそうだし、このまま状況は変わらないだろう。椎名を巻き込むつもりでスキルを使え。
あの椎名も複製ならば巻き込んだって問題無いはずだしな」
「そ、そうですね」
複製なら良いかと納得し、内野達はスキルで相手を攻撃する準備が整った。
主に今いるメンバーで遠距離攻撃が可能なのは強欲グループでは内野、工藤。
憤怒グループでは生見、高遠。
色欲グループでは西園寺、双子。
怠惰グループでは田村、二階堂、原井、そして川崎の出した魔物。
これだけいれば遠距離からでも使徒を圧倒出来るという判断で、皆スキル使用の準備をする。
「椎名!使徒を本気で倒したいなら死ぬ気で使徒をこっちに向けて抑えろ!複製のお前なら問題無いだろ?」
「んだよ怠惰、勝手な事言いやがって」
「…今のそいつに一人で勝てるとまだ思っているのか?」
「うるせ」
椎名はそう言いながらも、川崎の言う通り敵の攻撃を身体で受けながら使徒の腕を掴み、使徒を川崎達の居る方へと向けた。
椎名の協力のお陰で絶好の攻撃チャンスが訪れ、川崎の「撃て」という合図で皆は一斉に攻撃を開始した。
一斉にスキルが放たれるその光景は綺麗であったが、それを真正面から見ていたらきっと恐ろしい光景であっただろう。
「お前らならコイツをやれるって言うんなら…大人しく渡してやるよ」
ただ椎名は攻撃が飛んで来ると同時に「ウィンド」で使徒を皆のいる方向へと飛ばした。
皆はスキルの軌道を変えてこちらに飛んでくる使徒に当てようとするも、相手がスラスターを空中で吹かして加速したのも相まって向かってくる速さがあまりにも速く、あまり攻撃を当てられないまま使徒の接近を許してしまった。
「清水ッ!」
「分かってますよ」
清水はすかさずこちらに飛ばされてきた使徒に向かい槍を突き刺すも、使徒は足裏と背面にあるスラスターで身体の向きを変えてその槍を避け、それと同時にガトリング砲を清水に向ける。
だがそこで裏から飛び出した梅垣が使徒の腕に剣を当て、そこで生じた隙を狙って清水が使徒を上空へ蹴り上げた。
使徒はそれも腕でガードしていたが、流石の清水のパワーを真正面から受けたのでガトリング部分を守る腕の装甲はへこんでいた。
「もう一度一斉射撃だ!」
再び使徒にスキルを構え、皆で一斉にスキルを放つ。
使徒はスラスターを使い空を飛びながら両腕のガトリングを撃ち、それらを撃ち落としながら避ける。
その使徒のガトリングの射撃は一発一発の弾もそこそこ大きい上に威力が洒落にならない程高く、皆のスキルを打ち落とすのには十分だった。
全部撃ち落とした!?嘘だろ…こっちは何人で一斉に撃ったと思ってんだよ!
この場にいる全プレイヤーの一斉射撃を防ぎ、使徒はそのままゆっくりと地面に足を付ける。
こっちの人数に相当警戒しているのか向こうからは攻撃をしてこない。
「魔物と戦ってる気がしませんね。まさか対人戦の練習がここで役に立つなんて思いませんでしたよ」
「今回ターゲットに選ばれた奴と大罪以外で前に出るべきかな~あれじゃスキル何回使っても防がれそうだし」
「機械なのか人間なのか気になるから解剖…というか解体かな、とにかく早くあの身体を確かめたい!」
田村、薫森、生見のそんな声が耳に入ってくる。
「あいつの出す波に触れると一発アウトだから迂闊には近づけないね」
「ロボットの可能性にかけて相手の充電切れを待つってのは?」
「少しでも動きを止められれば儂の『憤怒』で確実に斬れるが…近づいて足止めする役が必要じゃ」
西園寺、柏原、平塚の声も川崎の耳に入る。
今ので使徒相手には何度スキルで攻撃しても無駄だと分かり、皆の声に耳を傾けながらも川崎は思考していたが、判断に困っていた。
〔長期戦と短期戦、どちらを選ぶべきだろうか。
短期戦なら接近戦一択だ。もはや遠距離攻撃のみでの戦闘は泥仕合になるだけだからな。だが接近戦ではこっちの数の利を生かせない。
相手の恐怖を与える波の範囲は10m…能力発動前にカメラアイが赤くなるという動作が挟むらしいが、相手の動きの速さを考えると…接近戦をするならもう犠牲は出るものとして考えるしかないな。
ただ、長期戦だと無理して攻めなくて良い分話は変わってくる。こっちには数の利があるから交代していけばスタミナの問題は無く、相手は完全にロボットという訳ではないからもしかすると後半になるにつれてバテてくるかもしれない。
だが、もしも一度でも他の使徒だとかが邪魔しにきたらこれは完全に崩れる。時間を掛けるのにもリスクがあるという事だが…〕
川崎のその思考を妨げる様に、使徒はスラスターを吹きながら、そしてガトリングを撃ちながら高速で距離を詰めてきた。
一同は各々距離をとって攻撃するも、使徒は他の者らには目を向けず川崎一直線に向かってくる。
「なっ、川崎さん狙い!?」
「いや違う!西園寺さん!」
「いーや、色欲狙いだね」
その場にいるほぼ全員が使徒の狙いが川崎だと思ったが、吉本と牛頭の二人はいち早くそれを察して西園寺に警告を出す。
そのお陰で西園寺は剣に持ち替え自衛を出来、近くにいた灰原が使徒を突飛ばす事が出来た。
もしも二人の警告が無ければ負傷していた可能性があったので、西園寺もこれには冷や汗を流しながら感謝していた。
「警告助かるよお二方。なんで相手の狙いが僕だって分かったの?」
「カメラアイの奥にあるスコープの動きが見えました」
「勘。それよりまだくるから警戒して」
二人は全く違う方法で相手の狙いが分かった様だ。
まだ西園寺の一人狙いをしてきた理由は分からなかったが、それは彼の口から告げられる。
「僕を狙ってきた訳は…恐らくEMP爆弾を作ったからだと思う。
簡単に言うと一定の範囲の電子基板を破壊するって兵器ね。機械部分を停止させらるか試そうと思って出してみたのだけれど、僕を狙ってきたって事はこれは有効っぽいね。
異世界産のロボットにも効くとは…なんとも不思議だ」
お喋りしている暇はなく使徒は次の攻撃を仕掛けてくる、がこれで使徒討伐の活路は見えた。
「異世界の科学に人類の科学で勝ってやろう。いくよ皆!精一杯僕を守ってね!」
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