第223話 恐怖降臨

内野達は約20分掛けてサボテンの使徒を目視できる距離までやってきていた。


電柱に近い太さのサボテンの針によって周囲の建物は9割方倒壊。

そして人や魔物など見境なく針を飛ばしているのでここらの地表に生きている生き物はおらず、静寂に包まれた地獄絵図だった。他の場所の阿鼻叫喚の地獄絵図とはまた違う。


そんな光景の中内野達は歩き、そしてある者らと合流した。


「1時間半ぶりじゃのぉ。そっちで使徒を倒したようじゃが、誰一人欠けなかったとは圧勝だったのじゃな」


平塚率いる憤怒グループ5名と、今回の怠惰グループの防衛対象となる吉本とその護衛をしていた田村だ。

この二つはこっち側で既に合流していて、これで精鋭メンバー全員が集結した。


一同はお互いに誰一人死なずに合流出来てホッと一息ついた。


「ぜ、全員無事で本当に良かったですぅ…」

「MPもまだかなり残っていますし使徒をもう一体倒すのも可能そうですね」


顔見知りメンバーが無事で吉本と田村はそう言うが、平塚達憤怒グループと田村達の顔は決して良いものじゃない。


こちら側で何があったのかの説明を田村が行う。


「あの動かない敵になら平塚さんの『憤怒』が確実に当たるので倒せると思い、私達は平塚さん方と合流し次第あのサボテンに挑みました。

ただ…あのサボテンはあまりに大きく、平塚さんの『憤怒』でも削り切れませんでした」


「うむ…あのサボテンは付けられた傷をどんどん再生するから、やるなら一発で両断でもして奴を殺すしかない。だが儂の上限MPを全て使ってもあれを両断出来る闇は出せぬのじゃ」


あの大きさの敵を一発両断する大きさの闇を出すのには膨大な量の魔力がいるのか…

てかなんだよあれ、さっき植物の使徒と戦ったからあれが敵っていうのは素直に受け入れられるけど、大きさのスケールが段違い過ぎるだろ。


平塚一人の攻撃じゃ削れる限界がある。それを他の者らでカバーすればいけるかもしれないが、恐らく全員が全魔力を使いきる事になる。

クエストがまだ数時間続くというのに精鋭メンバーがそんな状態になれば、最悪ここにいる大罪を守り切れず、使徒討伐という功績を打ち消しマイナスになる程のハンデを抱える事になる。


なのでここで出した川崎の判断は


「…あの使徒の討伐は後回しにしよう。

情報だとあいつは動かないみたいだし、離れてしまえば俺達のとって害は無い」


「それが正しい選択だよね。あれを無理して倒すのは他の使徒達を倒してからで十分だと思う。

ま、『怠惰』『強欲』であれを包めるのなら話は別だけど…正直厳しいでしょ?」


西園寺の言う通りあれを闇で全て呑み込めるヴィジョンが浮かばなかった。

少なくとも『怠惰』の性能を熟知している川崎は『怠惰』の闇では無理だと確信しており、残るは『強欲』だが、こっちは試すのにリスクがあった。

もしかしたら出来るかもしれないが、失敗すれば貴重な全魔力と一回のクエストで使用できる強欲の回数が減るのだ。これからまだ数匹使徒が現れるのにそれを行うのは危険過ぎる。


ただ、一応川崎の中では『強欲』を試すという考えもあった。


〔もしかしたら彼の呑み込む事に特化している『強欲』の闇ならいけるかもしれない。あの闇は俺らの『怠惰』『憤怒』の闇を全て打ち消していたし強力だ。

だが、この使用制限があるので彼の大罪スキル使用は温存しておかねばならない。

あの前のクエストで光の使徒に遭遇した時の様に、『強欲』は彼が自分の身を守る為の最大の防衛手段でもあるわけだし…今後の使徒との戦闘で何が起こるか分からない以上はこれはリスクがデカいな〕


これが川崎の判断であり、誰もこれには異論など無かった。


サボテンが5分に一度針を飛ばすという情報だけ手に入れ、一同はサボテンから離れて次の使徒が出現するまでレベル上げをして待つ事になった。


_________________________


同時刻、新島のいる訓練組は魔物を順調に倒していっていた。

今ここに居るメンバーは工藤・木村・大橋の顔見知りメンバーと護衛の怠惰メンバー3人。そして新規プレイヤー10人だ。


訓練の成果もあってそこそこ強い魔物も4人なら殺す事が出来るレベルになっていた。

大橋と木村というタンク役がおり、その裏から工藤の『アイス』、新島の『ポイズンウィップ』で相手を倒すという役割分担が上手く噛み合い訓練の成果が出た。


ただ新規プレイヤーの10人の内、7人の精神はかなりボロボロになっていた。

残りの3人は戦闘センスの有無はともかく、取り敢えずメンタル面での心配は問題無い様子。


仕方が無いとはいえこの7人はプレイヤーとして戦い続けるのは厳しいかもしれないというのが現段階での評価だ。

そしてそれらの評価になった者に対しても平等に訓練の機会を与える事は出来ない。戦えない者を鍛えるなど無駄な行為でしかないからだ。


正義感が強い木村や慎二はそれに納得できない様子でもあったが、これを呑めねば怠惰グループと協力が出来ないので渋々受け入れていた。


「それにしても…まだ僅か数回しかクエストを受けてないのにこういう光景にも慣れてしまうものなんですね…なんか自分の変わり方が怖いです」


こういう光景とは人や魔物の痛々しい死体が散乱している光景だというのは、その場にいる全員が分かった。

自分ながらその慣れを恐ろしいと感じてしまうのは仕方が無いだろう。


一通り周囲にいる魔物達を掃討し終わり束の間の休息時間が出来た。

その時、大橋は赤い空を見上げていた。


木村は大橋と同じように空を見るも、そこにあるのはただの赤い空。

ヘリの音は聞こえるもここからは見る事が出来ず、特に空にはなにもない。


「空に魔物でもいましたか?」


「いや…内野は俺よりも遥かにクエストの経験が無いのに、この魔物達よりも遥かに強い使徒を相手にしているのだと思うと…ここでこの程度の魔物の攻撃に怯む自分が情けなく思えてな」


「そんな、大橋さんの方が僕なんかよりもよっぽどタンク役として優れてますし自分を卑下しないで下さい!

そもそも内野先輩は大罪スキルという超強いスキルがあるので…」


「いや、これだけは間違いなく言える。彼はきっと大罪スキルがなくたって俺より先に行っていただろう。

実際…フレイムリザードのクエストで黒狼に襲われた時にあの場を切り抜けられたのは内野の大罪スキルじゃなく、内野自身の潜在的な能力のお陰だと俺は思ってる」


間違いないと木村も心の中で同意した。

木村は初クエストで内野に命を救われたのをはじめに、その後幾度も同じように助けられた。なので木村は少々内野の事を過大評価している面もあった。

だけど何でも出来る人だとも思ってはいない。


「確かに内野さんは凄いですけど、誰かが支えてあげないといけません。その役に僕らがなりましょう!」


「…だな」


木村と大橋がそんな話をしているのを工藤と新島は聞いていた。

休憩時間だが工藤には不安があり浮かない顔をしていた。


「内野、精鋭メンバーの中に混ざって戦えてるかしら…」


「流石に梅垣さん達精鋭メンバーの動きについていくっていうのは厳しいと思う。でも彼なりに頑張ってると思うよ。

内野君はその場で最適な動きが出来る人だから下手な事はしないし、脚を引っ張ってりはしないんじゃないかな」


まるでわが子を心配するかの様な様子の二人。

これほど心配にしてしまうのは、訓練期間で精鋭メンバーの動きの凄さを知ってしまったからだ。



「おーい新規君達。大丈夫か、動けるか?」


休憩時間が終わると怠惰グループの一人が新規プレイヤーらにそう尋ねる。

3人はまだ動けそうだが、残り7人はこの調子では戦闘はおろか付いてくるのさえキツそうだった。


「…無理そうな新規プレイヤーを置いて他グループと合流するべきか?」


怠惰グループの一人が小声で一人事を言うと、新規プレイヤーらはこの地獄に置いて行かれると震えあがり、泣いてその者に縋った。


「お、お願いです!家に帰して下さい!」

「せめて魔物が居ない場所まで送って下さい…」


「…クエスト範囲外までの距離はここから2㎞ぐらいか。仕方ない、道中の魔物を倒しながらでも行くか」


何処で魔物を狩っても特に変わらないのでこの班のリーダーを務める怠惰プレイヤーはそう決め、休憩時間を終わらせ動き出そうとしていた。



この時、誰一人時間を確認していなかったのであと数秒でクエスト開始から3時間経過するというのを把握していなかった。

1時間ごとに出現するを警戒せねばならないが、運悪く怠惰プレイヤーの一同が他の事を考えていたので、今は誰も警戒をしていなかった。



そして数秒後、近くに青色の光と共にこの世界に魔物が転移してきた。

この青色の光と共に出現するのは他の魔物と同じで、一同はさっきまでと同じ様に魔物を倒そうと武器を手に出し構える。


だがその青色の光が消えて見えたのは、全身がサビているロボットだった。身長は成人女性ぐらいで、身体のフォルムも女性の様。そして両腕にはガトリング砲が付いている。


この魔物と相対した瞬間、この場にいる全員の動きが一瞬止まる。

空気が完全に絶望色に染まり、その空気から伝染するように皆の顔には絶望が現れていた。


この外見の魔物は新規プレイヤーを除く全員が聞き覚えがあったから…いや、恐らく外見の情報を貰わなくても分かっていただろう。

この一瞬で場の空気を凍らせ、存在しているだけで本能で絶望を感じ取らせるその魔物が使徒である事を。

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