第221話 絶望の種
西園寺の遠距離からの狙撃によって赤黒い実が実る箇所は吹き飛び、それと同時に色欲グループの3人が下層から現れ使徒へ攻撃した。
灰原という男が大楯を持って使徒にタックルし怯むと、小学生の双子がそれぞれ剣で使徒の茎へ攻撃する。
使徒はすかさずハエトリソウで二人の攻撃を防御しようとするも、二人の見事に息の合った連携を抑える事が出来ず、姉の方(小町片栗)の攻撃は茎に当たる。
「灰原さん、ここ硬い!」
だが小町のステータスでは使徒の太い茎を切断する事が出来ずにいた。
そこで川崎は皆に指示を出す。
「西園寺が作ってくれたチャンスだ!ここで押し切る!梅垣と清水の援護をしろ!」
川崎の号令を聞き、全員が使徒へと向かって行った。
一番警戒すべき赤黒い実は無くなり、もう恐れるものはないと全員が武器を持って前に出る。
しかも今は二階堂がツルを抑えているので、相手に反撃・防御の手段は無い。前に出る絶好のチャンスである。
「清水、オーバーパワーを使うぞ!内野君は梅垣にステータスを移せ!」
川崎は清水に触れてオーバーパワーを使いながらそう命令を出す。
そして内野は言われた通りに『独王』で自分の物理攻撃力と敏捷性のステータスを出来る限り梅垣に移して梅垣を強化した。
相手の攻撃手段はもう潰れた!いける…いけるぞ!
使徒はなんとか残っているツルや葉を飛ばすも、薫森や原井にそれを跳ね除けられて清水と梅垣を止める事が出来ず、二人の武器は相手の茎を貫き切断する寸前だった。
だが二人の武器が相手に届きそうになった瞬間、灰原が二人の襟元を掴んで二人を無理矢理使徒から遠ざける。
明らかな利敵行為に一同は「は?」と思わず声が出ていたが、次の瞬間には灰原がこうした理由が分かった。
それは、使徒の茎内部に赤黒い実があったからだ。
そこはさっき片栗が攻撃した箇所で、その時の攻撃で少し表面が削れたお陰で灰原は見つける事が出来たのだ。
もしもこのまま二人が攻撃していたら相手に大打撃を加える事は可能だったろうが、二人とも凶暴化していただろう。
危なかった…二人が凶暴化してたら最大のチャンスが最大のピンチになってた所だった。
でも灰原って人のお陰で二人とも無事だ。あの人さっきから無言で何も言わないが、動きが凄く良いし色欲グループのエースなのか?
灰原は使徒からある程度離れると二人から手を放す。
使徒を前にしてきっかり礼を言う暇など無いので、助けられた二人は軽く視線を合わせるだけ。
「川崎さんっ!ツタが私から離れていきます!」
そしてそれと同時に、岩のパスワードアーマーを纏いツタを引っ張っていた二階堂がそう叫んだ。
使徒はツタを自分の元に戻そうとしており、二階堂はそうはさせないと引っ張っていたが、パワー負けして引きずられてきたのだ。
それを見かねた川崎は二階堂の近くに行って一度ツタに触れると、「もう離せ」と命じる。
二階堂はその命令に従いツタから手を放した。
だが使徒の元に戻っていくツタには一匹の魔物が張り付いていた。
それは川崎が出した小人型の魔物であるゴブリンで、ゴブリンはツタを掴んでいる。
そして川崎はまたしても皆に指示を出す。
「全員、俺の合図で一斉にもう一度前に出ろ」
川崎がその指示を出している間も、使徒はツタを自分の元に戻しながらも張り付いてきたゴブリンを叩き落とそうとしていた。
そして空いているツタでゴブリンを地面に叩きつける。
だがその瞬間、ツタに張り付いているゴブリンの背中から闇が現れたかと思うと、その闇の中からカジキの様に前方に鋭い上顎を持つ魚類の魔物が現れた。
そしてツタに叩き落とされる瞬間にカジキはそのゴブリンから飛び出し、使徒の茎にある赤黒い実に刺さる。
そして実を貫かれてしまい実は使徒の意図とは関係無く爆発し、それが突撃の合図となった。
「今だ!」
二度目の突撃が始まる。今度はもう相手の身体に実を隠せるスペースは無く、さっきの様に実を隠しもっているという事は無さそうであった。
「もう俺達の負け筋は相手が海に逃げる事だけだ!総員奴の動きに注意して絶対にコイツを海に逃すな!」
川崎は今思考をフル回転し、唯一の使徒を討伐出来なくなる負け筋を頭に浮かべていた。
〔今この場において最も警戒すべきものは海だ。
海にはまだあの赤黒い実が浮かんでいるし、水中の魔物が凶暴化している状態。だから使徒が海に逃げたら俺達は海に入れず、何も出来ずに逃げる奴を見届ける事しか出来なくなる。
これだけだ、これだけ警戒しておけばこいつをここで殺れる!〕
川崎は橋の下層や側面にも魔物を配置し、使徒が海に落ちない様に最大の警戒をする。
そして薫森、原井、塗本、二階堂には側面から使徒を囲む様に前に出ろと指示を出した。
10人の猛者達に囲まれた使徒はもう防御すら間に合わず、全力でツタを振り回したり茎にある刺を飛ばしたりするも、どれも数秒の時間稼ぎしか出来ず突破された。
使徒はツルと根を横に伸ばしてどうにか海に落ちようとしていたが、この時には清水の槍はもう数寸で使徒の身体を貫けるという所まで来ていた。今度はもう赤黒い実もなく、清水の攻撃を阻むものはない。
「おらぁぁ!」
そして今度は皆の望み通り、清水の槍は使徒の中央にある太い茎を貫通した。
すると植物型の使徒の身体はみるみるうちに力なく萎れていき、直ぐに動かなくなった。
その動かなくなった使徒の死体を前にして一同は一度ピタッと動きを止める。
内野はこれで使徒を殺せたのかと心に喜びが沸き上がりそうになっていた。
「お、終わった…!?」
「いや、レベルが上がっていない。全員でその死体を消滅させるぞ」
「まだ使徒の魔力の反応はそこにある」
内野はこれで使徒を倒せたかと動きを止めてしまっていたが、川崎は直ぐに魔物を出して使徒の死体を焼こうとしていた。梅垣も魔力の反応をまだこの使徒の身体から感じていたので警戒したままだ。
他の者らもまだ気を抜いておらず、残った使徒の死体を完全に消そうとしていた。
そうか、まだコアゴーレムみたいに本体が残ってるから生きてるのか。だけどコアらしきものは…
内野が魔物の周辺をキョロキョロと見ていると、川崎が魔物に使徒の身体を燃やしている裏で、目の様に見える白黒の丸い実がコロコロと横に転がり海に落ちそうになっているのが目に入った。
立ち位置的に薫森もそれを見れており、それがコアだと勘づいた薫森は直ぐに飛び出しその玉を回収に向かう。
橋の柵が壊れているせいで球はもう少しで落ちてしまうギリギリの所だったので、薫森は急ぎフェンス代わりにシャドウウェポンで槍を生やす。
だがシャドウウェポンで外壁が現れた瞬間、ボロボロだった橋の側面がボロボロと崩れ、シャドウウェポンのフェンスごと球は落下してしまった。
「それを回収しろ!」
ようやくそれに気が付いた川崎が指示を出し、側面や下層で待機していた魔物らは身を乗り出してキャッチする。だがその球を掴んだ魔物の手は次の瞬間には穴が開いていた。まるで球に触れた部分が削れるかのように。
やばい!あれは絶対に海に落としちゃ駄目だ!
二番目に球に気が付いていた内野は既に走り出しており、その魔物が玉を落とした段階で既に橋の側面に身を乗り出していた。
そして『ゴーレムの腕』で腕のリーチを伸ばし掴むのに成功する。
だがこのに球触れた瞬間、ゴーレムの腕の手の平に握られている玉から身体中に激しい振動を味わったと同時に、ゴーレムの腕の掌が削れて球は落下していった。
「振動だ!超細かい振動で触れたものを削っている!」
一見丸い球体だが触ると表面はザラザラとしており、そんな球がリューターの様に振動している。そのパワーはゴーレムの腕や魔物の手の触れた部分を数秒立たずに粉々にする凄まじいもので、使徒らしい高ステータスの本体である。
実際にゴーレムの腕で触った内野は今ので分かった事を告げる。
すると次の瞬間には梅垣が内野の横を飛び出していた。そして空中でそれを両断しようと剣を振るう。
だが球は切れず、ただ落ちる軌道が変わるだけだった。
「っ…誰か頼む!」
梅垣は自分が切るのは無理だと判断し、怪我覚悟で玉を蹴り上げた。一瞬だが球に触れてしまい梅垣の足の肉と骨は削れてしまうも、僅かに球を上に上げるのには成功した。
そしてその球が飛んだ先にいたのは…
「怠惰」
既に闇を出している状態の川崎だった。
川崎は闇を纏いながらその球に空中で触れると、さっきまで誰も取れなかったのが嘘の様に使徒の本体である球を掴み取り、そして呑み込んだ。
そして10秒立たずして闇が消えると、そこにはもう使徒の本体である球は無くなっていた。
「梅垣、魔力は?」
「無い…完全に消えたぞ」
「あ!レベルも上がってるよ!」
色欲グループの双子と梅垣の確認により、これで嫉妬グループの使徒を殺せた事が確定する。
すると次の瞬間には皆の力が入った肩は下がり喜び、何人かはホッと一息ついて腰を据えていた。
使徒との直接の戦闘時間は僅か20分。しかも死傷者なども誰一人出ていない。
完全なる勝利と言っても過言ではなく、全員がこの結果を噛みしめて喜ぶ
「しゃぁぁぁぁ!」
「割とあっさり倒せたね~でもスリリングな戦闘でめちゃくちゃ楽しめたよ」
内野はさっき飛び出していった梅垣の腕を掴んで落ちない様にしていたので、最初に目が合ったのは梅垣だった。
この時の梅垣は足に負傷を負っているのにも関わらず、皆と同じ様に喜びが顔に出ていた。
普段見れない様な梅垣の顔を見えて内野は更に嬉しくなりながらも梅垣を引き上げる。
「やりましたね梅垣さん!」
「ああ…まさかこんな簡単に使徒を殺せるとは思っていなかったから少し拍子抜けしたがな」
「確かに簡単だったね、でもあれを1グループだけで倒せってなったら…かなり大変だったろう」
二人の会話にある者割り込んで入ってきた。
それは狙撃によって使徒への反撃の機会を作りだした西園寺で、皆の喜ぶ姿を横目に見ながらこちらに近づいて来ていた。
「正直僕の色欲グループメンバーが揃っていてもこの敵を倒せたとは思えないよ。
清水という男の突破力にも目が惹かれるが、やっぱり一番は川崎という司令塔の存在だね。彼の判断が勝利への道を切り開いていた…と見ていて思ったよ」
「見ていてって…もしかして狙撃後も何処か近くにいたのか?」
「うん。狙撃した後は『隠密』を使ってここの下層にいたよ。
万が一海に逃れようと使徒が落ちてきたら、『ウィンド』と『グラビティ』の同時使用で逆に上に打ち上げてやろうと思っていた所さ。
でもまぁ、司令塔さんがそれすら警戒していてくれたから出番が無かったけどね」
西園寺はそれだけ言うと今度は川崎の方へと向かう。
そして川崎の前に立つと手を前に差し出した。
「やっぱり貴方達と組んだのは正解でした。我ながら最高の判断だったと数週間前の自分をヨシヨシしてあげたいぐらいですよ。
もう少しで憤怒グループと貴方の残り二人の仲間も着くでしょうし、この調子なら今日もう一匹行けそうですね」
「…ああ、もう一狩りいけそうだな」
共闘を経て交わした握手、この時の二人の心境は恐らく同じものであり、二人は手だけでなく心も繋がっているのだと内野は見ていて思った。
もう西園寺は…色欲グループは完全に味方なんだ。これからもう一匹使徒を倒すっていうのに心強くて不安が消えるな。
クエスト中なので完全に油断していたわけでは無いが、内野らは暖かな感情を載せて二人の姿を見ていた。
ただこの時、たった一つ海に残っていた絶望の赤黒い実が水の流れに流されていたというのに誰も気が付くことができず、これが後に更なる絶望を呼び起こしてしまうというのをこの時の彼らは知る由も無かった。
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