第220話 狂化は強化
戦闘の舞台はレインボーブリッジ。
二層構造になっている橋で特殊な構造の橋で、上層は首都高、下層は一般道と電車が通る。普段は大量の車が走っているが、今動いている車は一切無い。当然電車も動かない。
ただ内野達がいる上層には中の人がいなくなった車が多数放置されており、ただでさえ橋上で足場が限定されているのに更に足場が悪いので、かなり戦いにくい戦場であった。
対岸から橋を渡ってきた凶暴化した魔物らは内野達を見つけると全速力で向かってくる。
使徒はまだ遠くにおり、ゆっくり向かって来ていたので各々その魔物の対処をする。
内野に向かって来たのは、爛れた顔で右半身が異常に膨れている茶色のゴブリン。
さっき凶暴化した弱い魔物と戦ったので分かるが、凶暴化した相手はしっかり急所を狙い一瞬で殺すか、足を切り落とさないと動きは止まらない。
なので内野は得意の槍投擲で相手の左肩の骨を貫通し砕いた後、膨れていない方から首を切りつけた。
訓練を熟していたお陰で確かに首を切断する事は出来た。
ただゴブリンの膨れた右半身は粘着質なのか首を切断しても首は堕ちず、そのまま内野に向かい引っ掻いてくる。
まさか首を切っても死なないとは思わなかったが、内野は冷静に『ストーン』で首とくっ付いた膨れた部分を破壊し、首を落とす事は出来た。
首を斬られても尚、痛がらずに俺に向かってくるか…
内野は横目で落ちたゴブリンの首を見た後、他の者のサポートに向かおうと周囲を見る。ただ内野以外の者もちょうど凶暴化した魔物を倒しており、手助けは必要なさそうだった。
だがその時、使徒が奇妙な動きをしているのを内野は視界の端で捉えた。
使徒は赤黒い実を上方に向けると、それを上方向へと飛ばしたのだ。
その曲射弾道はまるで迫撃砲で、その赤い実は内野らプレイヤーの元へと向かって落ちてくる。
涼川からの情報で、赤黒い実の爆発に当たると凶暴化するとあった。なのでこの実は一番注意を払わねばならない攻撃である。
「そこから離れて!実が飛んで来てる!」
内野は咄嗟に皆に警告を出して自分も退避する。他の皆も常に使徒を視界の端に捉えて戦っていたので飛んでくる実からは無事に全員離れられた。
ただ使徒の攻撃はそれだけでは終わらず、実を避ける為に少し寄ってきた清水と二階堂にツルを高速で伸ばす。
そこで二階堂は『サンドウォール』で自分と清水の足元から砂の壁を生やし、二人を持ち上げる様に壁は上に伸びる。
ツルもその上がる二人を追いかける様に上へ延びるが追い付けない。
砂の壁で上に到着した時点で清水はもう槍の投擲の構えをしており、次の瞬間には槍を使徒に投げつけていた。
使徒は食虫植物の部分でその槍を受け止めようとするも、相手が槍に触れた瞬間に槍はピカッと光り、爆発と共に雷を周囲に撒き散らした。
これは清水のスキル『雷爆』で、雷撃を撒き散らす爆発を起こすというものだ。そこまで魔法力が無いので清水は普段あまり使わないが、一掃能力はあるし、槍が当たらなくても爆発が当たる事もあるので使用するのは時と場合を選ぶ。
この雷爆のお陰で使徒のツルは一瞬動きが止まり、二人は安全に下へと降りて来れた。
実っていた赤黒い実も破壊出来たが、時間経過により再び赤黒い実は生成されていた。
高速で再生する実を見て清水は舌打ちをする。
「ちっ…あの赤い実の生成部分を潰すつもりだったが駄目か…一部は壊せたが、あまり戦況は変わらんな」
「人数が揃うまでは時間稼ぎで構わん。総員このままこの距離を保って戦うぞ」
憤怒、色欲グループが来るまでは無理をしないというスタンスで一同はそのまま戦闘を続けた。
相手のツルによる猛攻を避けながら赤黒い実を全て避けるのは内野の実力では不安だったので、内野は一旦下がる様に命令を受けた。
不甲斐ないがこれが最善だ。大丈夫、別に俺がいなくたって皆の避ける負荷はあまり変わらない。
不甲斐なさを悔みながらも、内野はずっと使徒の警戒をしつつ赤黒い実に注目する。
相手はあの実の起爆タイミングを完全に制御するのは無理だと考えて良さそうだ。
飛ばした実にプレイヤーが近いと空中で起爆していたりもしたが、地面に落ちたものは必ずその2秒後以内に起爆している。
もしも完全に起爆タイミングをいじれるなら、相手は絶対に地面に落ちたやつをわざわざ起爆せず残しておくはずだ。そうしておくだけで俺らの足場は無くなっていくわけだしな。
それをしないという事は、ある程度の衝撃を与えたら自動的に爆発してしまうという事だろう。だから海に落ちた実は消えずにぷかぷか浮かんでいるのだろう。
内野は海に落ちた実に少し目をやる。
4,5粒海に落ち、今それらが水面に浮いているのだ。
と言ってもそれが爆発して水中の魔物が凶暴化しても、結構な高度差があるので問題無いだろうと内野は目を再び使徒に向ける。
視線を上げると、空の魔物が川崎目掛けて急降下して来ている場面だった。
内野は「川崎さん!上!」と咄嗟に声を出しながら『ストーン』でその魔物を打ち落とそうする。
ただタイミング的にストーンでの援護は間に合いそうはなく、内野は咄嗟に川崎に『バリア』を張ろうとする。
だが急降下してきた魔物が川崎の頭に触れそうになった直前、なんと川崎の頭頂部から人間の腕が生えてきて、その腕は魔物の首を掴みヘシ折った。
そしてその人の腕から更にトカゲの魔物の顔が出現するとその魔物を炎を吐いて火だるまにし、使徒の赤黒い実に目掛けてそれを投げつけた。
その火だるまになった魔物を使徒は受け止めようとするも、細いツルではツルの先が燃えて止められないので、使徒は仕方なく攻撃に使っていた太いツルを防衛につかった。
内野は今の光景に一瞬頭が混乱するも、川崎の頭頂部と生えてきた腕の境目に闇があり今のが『怠惰』を使った防衛だと分かる。そしてさっき魔物を掴んだのが塗本だというのも。
「ナイスだ塗本、そのまま上の警戒は任せたぞ」
「任せてください」
川崎は自分の頭頂部に僅かに塗本を出し、ずっと上方向を警戒させていたのだ。
しかもよくよく見ると、川崎は背中に闇と魔物の目があるのが分かった。
これは魔物の身体の一部を出して自分の死角を魔物に見張らせるという『怠惰』の能力の応用だ。
以前内野は松野と共に清水に聞いた事がある。
「怠惰グループの者でガチタイマンしたら誰が一番強いのかどうか」
二人の予想は清水で、清水に純粋な好奇心で聞いてみたのだ。
だが清水の答えはこうだった。
「基本的には俺だが、魔力の事とか後先考えずに本気を出せるとしたら…間違いなく川崎さんだな。
あの人の「魔物を出す」という能力だけを聞くと。接近したら弱いだとか思うだろうが、あの人は間違いなく個でも最強だ」
この「後先考えずに」というのが重要らしい。
普段の川崎は怠惰で出した魔物も出来るだけ殺されない様にしているが、もしも川崎がそれを無視してきたら勝ち目は無いという。
それがどうしてかは教えてくれず分からなかったが、今少しだけ分かった気がした。
自分身体から自由に取り込んだ魔物を出せ、しかも出した魔物の身体からも他の魔物を出せ、相手が予想だにしない攻撃や防衛が可能なのだ。
薫森が川崎さんにコテンパンにやられた理由はこれか…(153話)
薫森をボコボコにしたのは単に魔物を沢山出して単純な数の暴力のお陰だと思っていたが、そうじゃなかった。
あの人は純粋に『怠惰』の使い方が上手く、あれで薫森を圧倒したんだ!
内野は川崎に対して尊敬の念を抱く。
だが今は使徒を相手にしている最中。前に出なくて良いとはいえ、いつまでもそんな事をしていられる暇は無い。
突然地面から根が出て来て、その根は8人の足に向かって伸びる。
内野はブレードシューズに刃を生やす事でそれを切れたが、二階堂、柏原、原井は根に足を掴まれてしまった。
3人とも直ぐに根を切断するも、その根が絡んできた部分が痺れて3人は上手く動けない。
「しくった!」
「っ…」
柏原と原井は腕の力でどうにか使徒から一旦距離を引くも、二階堂はまだ前線にいたままだった。
使徒は片足を上手く動かせなくなった二階堂を集中的に狙おうと、他の者への攻撃に割り振っていた全てのツルを二階堂に向ける。
「二階堂さん逃げて!」
このままでは二階堂がやられてしまうと、内野らは二階堂に逃げる様に声をかける。
本当は助けに行きたい所だったが今からでは『ストーン』を飛ばしても援護出来ず、ただ二階堂がこれを避けてくれるのを祈るしかなかった。
だがそんな心配は無用で、二階堂は自分の逃げ場を無くすかのように囲んで向かってくるツルを確認すると、あるスキルを発動し攻撃を防ぐ。
「ストーンガーディアン!」
スキルを使用すると二階堂を取り囲む様に岩が高速で再生されていき、すぐにその岩は全長3メートル程の人間の形になる。
しかも中にいる二階堂の動きに合わせて動くので、それはまるで岩のパワードアーマーとも言えるものだった。
そのパワードアーマーを纏った二階堂は使徒のツルに掴まれても簡単には引きずられず、その間に自分の足に『ヒール』を掛けて足の痺れを無くす。
そして立ち上がると身体に絡まるツルを引っ張り、使徒と二階堂は綱引き状態となった。
「今がチャンスだよ!」
二階堂は皆に向けてそう叫ぶ。
今なら厄介だったツルが全て二階堂に向けられており、防御にツルを使われないのでこれがチャンスだと皆も瞬時に理解し、本体への攻撃を重ねて行う。
この時、皆の意識は使徒に向いていた。
ただそこで、内野のみ橋下の海に浮かんでいる実が爆発したのに気が付いた。
一番下がっていて視野が広かったお陰だ。
なんで今爆発した?
今あそこの実を爆発しても海の魔物が凶暴化する事以外特に何も…………っ!?
内野の頭にある考えが過った次の瞬間、海にいた魔物が橋上にまで飛び上がり川崎達に牙を向けて数匹突進して来ていた。
「横!」
内野の咄嗟の声掛けで皆その突進を避ける。ただ凶暴化した魔物は魚類で陸では呼吸出来ないはずなのに、海に戻ろうとせずずっと鰭をばたつかせて川崎達を噛もうと近づいてきていた。
「痛みを感じないだけじゃなく、呼吸出来るか出来ないかも無視してくるのか。凶暴化とは恐ろしいな」
川崎はそう言いながら身体から塗本を出すとその魚型の魔物の首を切断してから海に投げ飛ばさせる。
その時についでに周囲に残っていた車も飛ばしたので、ある程度戦いやすい戦場にはなっていた。
二階堂はまだ全てのツルを受け止めているままだがかなり距離は近く、使徒の実を避けるのは困難な距離だった。
残念ながらさっきの攻撃で全ての実を破壊出来ず3,4粒残っていたので、誰がどう見ても、直ぐに二階堂は避難しなければならない状況だ。
ただ川崎は二階堂に「引け」と命令しない。
「いいぞ二階堂、もう数秒ツルを止めておけ」
「…はいっ!」
何故二階堂を引かせないのか分からずに、二階堂を引かせるべきだと川崎に口を出そうとした……その直後、使徒の赤黒い実を生成する部分が丸ごと弾け飛んだ。
誰の攻撃分からなかった。何処からの攻撃か一切見れなかった。
少なくともここにいるメンバーがやった様には見えず、内野達は目を見開いて驚く事しか出来なかった。
ただ清水や梅垣など一部のメンバーには見えたそうで、彼らは使徒の先の対岸の方を見ていた。
「川崎さん、今のは…」
「西園寺の狙撃だ」
そしてこの実が潰れたのと同時に、下層から色欲グループの3人が現れ、使徒へと攻撃を始めた。
「あの厄介な実は潰した、ここからは攻め放題のフィーバータイムだよ」
そして色欲グループの灰原という男が持っているスマホから、西園寺のそんな声が聞こえてきた。
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