第219話 嫉妬の使徒

空が赤くなり、内野らプレイヤーはそれまで自由行動をしていたが直ぐに川崎の元へ集合した。


今この場にいないメンバーは色欲グループの4人と憤怒グループの5人を除けば、防衛対象の吉本とその護衛の田村の二人だ。

当然この場にいる全プレイヤーの指揮を取るのは川崎である。


川崎は先ず手の上に羅針盤を乗っけ、その針が刺す方を見ていた。


「南東…品川方面か、少なくとも覚醒者組や他の仲間達がいる方向じゃあないな」


一先ず一体目の使徒が現れたのが仲間のいる方向じゃなくて安心する。

そして平塚と西園寺からの使徒のいる方向の情報をまとめると、使徒がいる場所が簡単に分かった。


「使徒がいるのはレインボーブリッジ付近だ。西園寺が使徒の居る場所の近くに転移したみたいだから急ぐぞ」


「「はい!」」


こうして使徒を倒す為、一同は動き出した。



何の力も武器も持たない一般人は突如現れた魔物に蹂躙されていた。

鋭い爪を持つ魔物に引っ搔かれた者は次の瞬間にはただの肉塊になって吹っ飛んだり、大きな口をもつ魔物に次々と食べられたり。前回のクエストと同じように地獄絵図となっていた。


さっきまで人だったものが次々と力なく倒れ動かなくなる光景を見て多少心は痛むも、立ち止まって助けたりなどしない。


道中に現れる魔物は基本的に先頭にいる梅垣、清水、柏原、高遠の4人が倒して進んでいるが、使徒の元に早くたどり着くのを優先しているので最低限しか倒さない。


そこかしこから聞こえてきてしまう悲鳴や助けを求める声を、一切聞こえぬふりをして進むのは精神が擦り減っていく。

ただ前回のクエストもそうだが、時間が経過すると慣れてしまうのだ。現にクエスト開始直後はこの光景や音に胸を痛めていた内野も、数分したらそれに慣れてしまい平然と彼らの事を無視できるようになっていた。




渋谷駅までレインボーブリッジまで6,7㎞以上あるが、20分足らずでその付近まで来れた。この辺りはクエスト範囲ギリギリの所なので、肉眼でクエスト範囲を仕切る赤い壁を見る事が出来た。


以前7グループで話合いをした時に情報共有をする為のメッセージグループを作ったので、今回使徒の近くに転移した西園寺達はそのグループに使徒の情報を共有していた。


今現れている使徒は嫉妬グループの魔物を強化+凶暴化させる能力をもつ使徒だ。この凶暴化は人にも効果があり、橋の上にいた多くの一般人がそれを喰らい、今はゾンビ映画のパンデミックの様な事態になっているという。

凶暴化した者同士は潰し合わないのでプレイヤーが凶暴化した者を殺さない限り数は一向に減らないそうだ。


使徒は偶然レインボーブリッジの橋の上に現れ、橋の入り口に西園寺達がいて抑えているのでまだそこまで被害は広がっていない。だが西園寺達がいる方向とは逆の方の被害がどうなっているのかは分からない状況である。

ちなみに内野達が来る方向は西園寺達がいる所とは逆、つまり被害がどうなっているのか分からない方面だ。



この話を川崎がしている時、使徒の場所に近づいてきたので、ちょうどその凶暴化した人間達が目に入った。


さっきの説明通り、その姿はまるでゾンビだった。

身体能力が強化されているので動きがノソノソと遅いタイプのゾンビではなく、全力ダッシュで迫ってくる。

目が充血している事以外は見た目は普通の人間と変わらないが、人を視界にとらえると唸りながら一目散に走りだし、捕まえたら相手が絶命するまで噛むなら殴るなりし続けて一般人を殺して回る。

凶暴化した人間は痛みを感じないので普通の者が反撃してもまるで効果がなく、数も多いので一方的な蹂躙が行われていた

ちなみに普通の人と同じくプレイヤーは視認出来ない様で、ゾンビはプレイヤーには一切襲って来なかった。


そんな酷い現場を前にしてもプレイヤー達の目はゾンビにでは無く、橋の奥にいるという使徒に向いていた。人のゾンビはは脅威ではないからだ。


「西園寺がいるのは対岸で、使徒はこっち側に向かって来ている様だ。挟み撃ちの形で使徒を追い詰めるぞ。

橋上での戦闘は普段よりも足場に注意せねばならないから慎重に動くように」


川崎のその指示を聞きながら、二階堂はそこらの店で手に入れた双眼鏡で橋の奥の方を見ていた。

途中まで双眼鏡を目に遭わせて顔を動かしていたが、「あ…」と言い途中でその動きを止める。


「どうした?」


「見えました!情報通り植物の見た目をしてる魔物なので…恐らくあれです!動きは遅いですが結構もうこっち側に来てます」


「ふむ…二階堂、西園寺への連絡は任せた。俺達はここらにいるゾンビ達を今のうちに全滅させておいて戦いの舞台を整えるぞ」


「「了解!」」


内野らは橋の近くにいるゾンビを一掃しに向かう。

凶暴化している魔物は手強いが、結局やっている事はいつもの魔物狩りと変わらないので、凶暴化している人を切るのと比べたらよっぽど楽だった。

今は理性を無くしているだけで見た目は普通の人間なので、彼らを切るのは流石に内野も簡単に割りきれず、ゾンビを一掃した後、内野は自分の手が震えているのに気が付いた。


これまで助けを求める者達を見殺しにしたりはしてきたが、直接自分の手で人を殺したのは初めてだったので、こうなるのは仕方が無かった。

もしも凶暴化した人間らが襲ってきていたのなら多少割り切れたかもしれないが、彼らは無抵抗だった。

よっぽどステータスの力を持つ魔物を切るのより楽なはずなのに、無抵抗な人を殺している様な感覚のせいでなんだか肉を切る感覚が魔物よりも生々しく感じてしまった。


切れた…殺せた……殺せちゃった…

人型の魔物を切るのとは訳が違う、間接的に殺すのとも全然違う。久々に手にあの感覚が…


「大丈夫か?」


自分の震える手の平を見つめている内野に話しかけてきたのは柏原だった。

柏原含め他の者も多少は人を殺すのに不快感などがあって良い顔ではなかったが、それでも普段とあまり変わらぬ顔と態度をとれている柏原に、内野は少し尊敬の念を覚える。


「大丈夫…初めて魔物を切った時の生々しい感覚を久々に感じただけだから、前にみたいに直ぐ慣れる…」


「おお、慰めはいらなそうだな。そういう強気な言葉は嫌いじゃないぜ」


普段は無謀に清水に戦いを挑んだり、梅垣に一方的に勝負を挑んだりしている柏原にまさか気遣いが出来るとは思わず、内野はさっきまでの嫌な感触を忘れて驚く。


「え…慰めようとしてくれてたのか?」


「まぁな。戦闘もでき、仲間を思いやれて尊敬させる者こそ強者だしな」


「強者?」


「ほら、梅垣と清水さんって戦闘は出来るけどリーダーシップとかは無いだろ?

戦闘面の差を埋めるぐらいリーダーシップでぶっちぎりに勝ってば総合的に俺の方が強いって事になるから、あの二人を越える強者になるって理論よ」


「…やっぱりお前はお前だな、なんか凄い安心したわ]


「どんな状況でも俺は俺だからな。恐怖とか絶望だとかクソくらえ、いくらでも掛かってこいってもんよ」


近くに強気な奴がいるだけで心が救われるんだな…サンキュー、もう大丈夫だ。


柏原に勇気づけられ、感化され、内野は顔を上げられた。

もう人が切られる光景を見ても、彼らの死体を見ても震える事はなくなっていた。



周囲の魔物らを皆殺しにして使徒と戦う舞台が整ったので、あとは使徒が近づいてきて仕掛けてくるのを待つだけだった。

こちらから仕掛けるのもアリだったが、数は少ないが海にも魔物がいるのでそれは危険だと判断してここで待ち構える事にした。


「さっき飛べる魔物に偵察させたが、どうやら空中への攻撃手段もある様で落とされたみたいだ。しかも一匹は凶暴化させられた」


「怠惰で出した魔物も喰らうとなると…塗本君だけに前を張ってもらうのは厳しいですね。やはり慎重にちまちま攻撃を与えていく方法が良さそうですね」


川崎は二階堂と作戦を話している。

もしも怠惰で出した魔物に凶暴化が聞かなければ、塗本や魔物達に前線を任せる事が出来た。ただそれは叶わず、どんな者だろうと凶暴化には抗えない様で、プレイヤーの誰かが前に出ざる得なかった。


「…奴の能力に誰かしら喰らえば、こっちの被害は格段に大きくなる。だから基本は遠距離攻撃主軸に相手を削るぞ。幸い相手の動きはあまり早くないみたいだし、一定の距離を保って戦えば平気なはずだ。

ただそれだけじゃ相手を殺しきれないと俺が判断したら、何人かは前に出てもらう」


「でも前に出た人が凶暴化の能力を喰らったら不味いですよね…清水さんなんかがそうなったらもう使徒の相手をしている暇なんかありませんよ。」


二階堂の言葉には川崎は何も返さず、梅垣に視線を向ける。

そしてこう言い放った。


「俺は君が前に出るのが最適だと思う。出れるか?」


「…相手の動きがどれ程かは分からないが、やれるぞ」


川崎は梅垣を指名し、梅垣もそれを受け止め返答した。

梅垣は攻撃を避ける事においては清水よりも上回っており、最も凶暴化する可能性が低い。そして最悪凶暴化しても清水と自分がいれば止められる。そう考えての選択だった。

当然相手の強さによっては前に出るメンバーを増やしたりはするという。


「それじゃあ俺の指示があったら前に出てくれ。内野君は彼に『独王』を使っておき、その時が来たら渡せるだけステータスを移してくれ」


「了解しました」


個を強化するのに最適な『独王』が活躍する時だ。


この『独王』というのは黒沼を強欲で呑み込んだスキルで、これを使用した者や自分のステータスを移せるという能力がある。

黒沼はこのスキルで繋がっていた相手を眷属と呼んでいたので内野もそう呼ぶ事にした。


内野は最近『独王』のスキルレベルを5まで上げたので眷属とは大体ステータスを30%まで分け合える。ステータスを移動させる度に移動させるステータスの大きさ相応のMPを使う。


そしてこの能力は黒沼が運を100にしてスキルを強化したので、クエストの転移などが起きても眷属は解除されない様になった。

これで運を100にして強化したスキルは強欲で奪っても、その強化された内容はそのまま適応されるというのが判明した。

ちなみに今眷属として繋がっているのは塗本と梅垣だけだ。


梅垣さんなら大丈夫だとは思うけど…

もしも…もしも梅垣さんが凶暴化したら俺達の手で殺さないといけないんだよな。俺が『独王』を使っているから梅垣さんのステータスを奪えるし、多分清水さん達ならそこまで苦戦せずに殺せるだろうけど…嫌だなぁ…

仲間を自分の手にかけるのなんて想像したくない…


「見えた!もうそこにいるよ~!」


内野の嫌な想像をかき消すかのようなタイミングで薫森の声が聞こえてきた。

その警告を聞いて全員が橋の方へ目を向けながら武器を手に持つ。


皆の視界の先には、禍々しい色と見た目の動く植物がいる。

ぶつぶつと気持ちの悪い赤黒い粒の実、茎や根にある紫色のシミ、既に何人か殺し溶かしたであろう食虫植物、目の様に見える丸い実。

そんな見る者全てに不快感を与える様な魔物がツルをうねうねと動かしこちらに向かって来ていた。

そして周囲にはその使徒に凶暴化させられた魔物達が数匹いた。


「総員戦闘態勢へ!西園寺達が来るまでは無理をするなよ!」


こうして8人のプレイヤーVS使徒の勝負は始まった。

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