第218話 赤き空
双子の次に目がいったのは、平塚の隣にいる身長2メートル越えの男だった。
男は内野と目が合うと、自分から自己紹介をする。
「あ…えーどうも、『高遠 日向』です。身長は205センチあって、腕のリーチを生かした戦闘スタイルで戦います。攻撃を避けるのは正直苦手です。
よろしくお願いしまーす」
気だるげな表情で声にも覇気が無いのでやる気が無いという印象を受けた。
現に今の自己紹介も小学生の双子が持っているポップコーンを見ながらのものだった。
そして高遠はしゃがんで双子に目線を合わせると、手をパーにして前に出す。
「ねぇそこの君、そのポップコーン5個ぐらいくれない?」
「いいよ!恵んだげる!」
「5個は欲張りじゃな~い?」
「恵んでくれてありがと」
なんと小学生からポップコーンを恵んでもらい始めた。
それを見て本当にこの人で大丈夫なのかと皆の顔に不安が浮かぶと、平塚と笹森は焦り彼について説明する。
「やる気が無い様に見えるだろうが腕は確かだから安心しておくれ。少し個性的なだけじゃ」
「そうです!
明後日の方向を向いてて話を聞いてなかったり、お腹が空いたら他の人に食べ物をねだったり、クエスト中でも隙を見て寝っ転がって休憩しようとしますが、戦闘中はとても頼りになるんです!」
「笹森、お前俺を擁護するつもりあんのか」
笹森のお陰でだらしない者だという印象は色濃くなったが、二人が役に立たない者を連れてくるとは思わなかったので、戦闘面だけは役に立つ人という印象に収まった。
その後全員が軽く自己紹介をした。そしてそれが終わると西園寺は手をパンと叩く。
「じゃあ顔合わせの自己紹介も終わった訳だし、僕らは今から二人を連れてキッズパークという所に行ってくるよ」
まさかの完全別行動宣言に驚くも、直ぐに西園寺からそのを説明される。
「僕ら色欲グループは全員『契りの指輪』で繋がっているから、クエストが開始したら全員一緒に転移しちゃうんだ。ま、だから今一緒に行動する理由が無くてね」
「む、能力の確認はせんのか?
てっきり今から全員の戦闘スタイルを共有し合い少しでも連携を取れる様にするものかと思っていたのじゃが」
「ヒール持ちの者がいるという確認が取れたからこれで良いと思いますよ。
人数が多いし多分今それを聞いても忘れちゃいますから。
それに潰れる前の渋谷を今のうちに全力で楽しみたいのでね」
西園寺はそう答えると川崎と平塚の前に行き、二つの同じアイテムを手に出した。
それは使徒のいる方向が分かるという能力を持つ羅針盤だ。
貴重なアイテムだが西園寺はそれを躊躇なく手渡してくる。
「これは僕がコピーして作ったものです。お二人はこれを持っておいてください」
「いいのか?」
「ええ、自分も持っているのでね。
平塚さんの憤怒グループも全員『契りの指輪』を付けているからクエスト開始と同時に転移するんですよね。
ならクエスト開始の転移で今ここにいるメンバーは3つに分かれる事になります。その分れるグループにいる者がそれぞれこの羅針盤を持っていれば…」
「転移でバラバラの場所から使徒の方向を見れ、正確な位置を掴めると」
「そういう事です」
一点からこのアイテムを使っても方向しか分からず、相手との距離は測れない。だが複数の地点からこのアイテムを使えば使徒の正確な位置を把握できるのだ。
なので転移する者がそれぞれこれを持っているのは効果的な使い方であった。
西園寺はこれを渡すと直ぐに背を向ける。
「どこを集合場所にするのかは使徒の場所が分かってから決めましょう。
じゃそういう事で~」
「バイバイ!」
「じゃあね~」
こうして色欲グループの4人は去っていった。
西園寺の隣にずっといた今回の防衛対象でもある灰原という男は一言も発しなかったので、彼については何も分からず仕舞いのまま。
西園寺達が去り、残された一同は各々自分の能力を話し合った。
(能力の内容は今後明かされていきます)
その後、内野は西園寺達みたいに特に何処かに行くわけでもなく、適当にベンチで仲間達と通話していた。
ちなみに今回は大まかに4つのグループに分かれて行動する事になっている。
一つ目は内野や梅垣がいる使徒討伐メンバー。
二つ目は訓練を積んだ者達の実戦組。内野の知り合いの大半がここに入っている。
三つ目は新規プレイヤーとのパワーレベリング組。まだレベルが40越えていない者達はここに入り一気にレベルを上げる。(パワーレベリングとはゲームで使われる用語で、低レベルの者が高レベルの者と一緒に行動して楽してレベルを上げる行為)
前回の様に怠惰グループの者がパワーレベリングを行うが、今回と前回の新規プレイヤーがここに入るので人数は90人とかなり多い。怠惰グループのメンバーだけでは人手が足りないので、何人か憤怒グループの者も手伝ってくれている。
ただ、怠惰グループも自分らの所の新規プレイヤーを育てなければならならず、憤怒グループの助けがあっても全ての新規プレイヤーを見るなど出来ないので、二つ目に紹介した実戦組グループと所々合併している所も多々ある。
四つ目は覚醒者グループ。川崎が保護した覚醒者3人に対して2,3人プレイヤーを付け、今回目覚めた覚醒者達を勧誘して回る。
内野は新島のスマホに通話を掛けたが、同じグループのメンバーはもう揃っている様で他の者達の声もほんのり聞こえてきていた。
〈内野君、そっちの方は大丈夫そう?〉
「うん。少し不安がある人もいるけど、大罪が3人いるわけだし大丈夫なはずだ」
〈…君だって大罪の一人なんだから自信を持って〉
「うん。てかそっちの方こそ大丈夫なの?
今回は精鋭メンバーに田村さん達がいるし…」
〈問題無いよ。確かに前回と比べたら同伴する怠惰グループの人はかなり少ないけど、訓練で皆かなり強くなったから。私もある程度は戦える様になったしね〉
新島は使い勝手の良い『ポイズンウィップ』のみを重点的に訓練し、ようやく多少無詠唱発動が出来る様になった。
毒の液で形成された鞭が手から伸びるというもので、攻撃にも移動にも使える。
『ポイズン』の毒もそうだが、術者の魔法力に比べて魔法防御の低い相手には激痛と激しい痺れを与え毒単体で相手を死に至らしめる事が可能。ただ術者の魔法力が足りなかったり強い相手だと少し痺れるだけで終わってしまう。
ただ『ポイズンウィップ』は相手に毒が効かなくとも、物を掴んで投げたり移動したり出来て攻撃だけで終わらないので、育てて正解と言えるスキルであった。
だが新島の成長が遅いのもまた事実。
工藤はこの訓練期間でどんどん新スキルの無詠唱発動を成功させていき、使い慣れた『アイス』の操作もかなり上達していた。
進上はスキルとかではなく梅垣の様に接近戦を鍛えており、既に一部の怠惰グループの者には勝てる様になっていた。
二人の成長スピードが速すぎるというのは清水や川崎も言っていたのでこの二人と比べるのはあまり意味が無いが、木村や森田とかの後からプレイヤーになった面々よりも成長は遅かった。
内野はそれが不安だった。
新島は平気な顔をしているがもしかすると自分の弱さに焦りを感じたり、成長を諦めてしまったりして、やはり自分の武器は『自殺への勇気』しかないなどと考えるのではないかと。
今こうして新島に通話を掛けているのもそうだ。とにかくほっとけなかった。
「新島には新島の長所があるし、単純な戦闘能力だけを見て他の人と比較しなくて良いからな。ほら、頭の回転の速さとかは工藤には無いしさ」
〈うん、大丈夫だよ。
それよりも私だけじゃなくて皆とも話したら?君に一言言いたいって皆…〉
〈おーい内野、お強い方々の足引っ張るなよ~〉
電話越しに松野の声が聞こえてくる。そしてそれに続いて他のメンバーの声も聞こえてきた。
〈さっきの聞こえてたわよ!私には頭の回転の速さが無いってどういう事よ!〉
〈内野先輩頑張ってくださいね!〉
〈俺の進化した砂壁で仲間は絶対に守ってみせるから、こっちは気にせずに集中しろよ!〉
工藤、木村、大橋の応援の声だとかが聞こえて内野の表情は明るくなる。
クエスト開始前だからか普段から聞いている味方の声でも安心感を覚えた。
「ありがとう、俺も訓練の成果を発揮できる様に頑張るよ。
使徒討伐成功の良い報告を待っててくれ」
内野はそう言い通話を切った。電話を切った時の内野は決意を固めた良い顔になっており、クエスト前だというのに不安や恐怖などは一切顔にでていなかった。
自分の中にある目標を達成する事しか考えておらずどんな魔物にも立ち向かう勇気を抱いていたのだ。
もう新島が死ななくて良い様に、新島があの武器を手放せるように強くなってみせる。こんな所で死ぬわけにはいかないし、立ち止まる訳にもいかない。相手が使徒とか関係ない、実戦経験を重ねて止まる事なく強くなってやる!
偶然だが、内野が決意を固めたと同時に空の色が赤色に変わった。
時刻は11時43分、これまた昼前の何でもないような時間だ。
不気味な空に気が付くのはプレイヤーだけで、まだ魔物が現れていないので一般人はまだ自分が平和な日常生活を過ごしていると思っている。これからここら一体が地獄になるとも知らずに。
内野は変わる空を見てこれから魔物が現れるのだと分かっても恐怖は現れなかった、決意は揺るがず瞳は真っ直ぐ前を向いていた。
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