第215話 観察眼

今回ターゲットになっている者達はかなり高レベルのプレイヤーが多かった。レベル39の慎二が選ばれたのに違和感があるくらいだ。


「慎二君を選んだのは、川崎さんや怠惰グループメンバーの行動を制限する為と考えるのが良さそうだね」


近くにいた新島が自分の考えを話す。

この新島の考えには内野も賛同だったが、少し違和感もあった。


「それはそうだろうが、どうして川崎さんを狙い撃ちしたのか気になる…高レベルプレイヤーを選択したのは、普通に強い人達を早めに削っておきたいって思惑だと思う。

でもそれなら慎二君を入れるよりも他に強い人とか入れるんじゃないかと思うんだ…」


「それほど相手からも警戒されてるって事なのかな?」


「それはありそうだな…」


内野は再びクエストボードに目を向けて考えてみる。だがこの少ない情報から相手の意図を読み取るなど無理で、内野は諦めてクエストボードから視線を落とす。

だがそこで背後から声がした。


「…もしやあそこにある『井口 俊太』という名前の者…嫉妬グループの『高木 俊太』じゃないか?」


内野達の背後にいたのは梅垣と中村であり、今の発言は梅垣のものだった。内野と新島は梅垣の言っている事を理解出来なかった。

「それはどういう事ですか?」と内野が聞き返してみると、梅垣は自分の考えを話し始める。


「結婚して籍を入れたらステータスボードの左上に表示される名前はどうなるのか…ってこの前中村と話していたから思いついたのだが、高木愛冠ティアラはまだ結婚出来る年齢じゃなさそうだし、あそこに表示される名前は俊太の元の苗字なんじゃないかと思ってな」


「あ、なるほど!

てか…よくそんな話になりましたね」


「中村の結婚関連の話を聞いてたら話がズレてな」


「話をズラしたの間違いだろ」


隣にいた中村が手に持っていたアイスを梅垣の頬に当てて突っ込む。

一体どうしてそんな物を持っているのか気になり尋ねてみると、中村は自分の背負った鞄を見せつけてくる。中には他にも色んな種類のアイスがあった。


「皆はこの裏技使っていないのか?

ここに来る時に荷物判定になったものは一緒に転移されるが、戻ると転移直後の状態に戻るから、ここで物を食っても帰ったら復活してるんだ。自分の身体も戻るから満腹感とかも転移前の状態に戻るけどな。

毎日クエスト転移の時間に食べ物詰めた鞄を用意するだけで良いし、二度味わえてお得だから次からやってみな」


「せこい…」


話が逸れたので梅垣は咳ばらいをして話を遮り、元の話へと戻す。


「コホン…それでだ。もしもあの俊太が嫉妬の所の奴なら、今確定した5人は全て別グループだしこれで色欲と暴食グループ以外の所からターゲットが選ばれているのが確定する。

分かっていないのは残り2名だし、この二人がそれぞれ色欲と暴食グループの者なら全グループから選出されている事になるな」


「そうですね。

となると…相手は全グループからターゲットを選んで全大罪の行動を制限するのが目的なんでしょうか。

でも3,4人ぐらい同じグループから選出しないと、そこまで長い時間大罪の行動を制限できませんよね」


「使徒は一時間に一体現れるという規則性があるから、こっちが優位なのはクエスト開始直後の使徒が一体しかいない時だ。

その時間に大罪の行動を制限出来れば良いと考えているのだろう。

それに使徒が減っていくにつれてターゲットを殺せる確立は下がるし、高レベルプレイヤーをターゲットに指名出来るのは使徒がまだあまり死んでいないこの段階のみ。だから今のうちに強い者を削るという相手の判断は頷けるな」


梅垣の考察には反論点などなく、内野と新島は納得していた。そして内野は再び防衛対象の名前をレベルに目を向ける。


〈レベル128〉宮田 愛駆

〈レベル110〉灰原 啓


二人共かなりレベルが高い、この二人は色欲と暴食グループのエースなのかもしれない。

彼らを失うのはプレイヤー側の大きな損失になるし、クエスト中に会えたら絶対に守り切らねば…


まだ見た事ないその二人を思い浮かべる内野であった。

ただ次のクエストは憤怒・色欲・強欲・怠惰グループの精鋭メンバーで動くというのを決めているので、作戦をどうするかというのは帰ってから川崎達と話さねばならない。

なので内野は再びスキル練習へと戻っていった。




ロングヘアーでメガネをかけた地味な女子高生、『泉 真衣』はスキルの練習をするのでもなく、新規プレイヤーの訓練を手伝うのでもなく、ただある者らを見つめていた。


泉はそこまでクエストで内野と大きな関わりは無いが、この最近の訓練で皆の気遣いが出来たりし、急激に交流関係が広まった。なのでテーマパークに行った時も浮くことなく参加していた。


そんな彼女が見ているのは大橋と進上だった。

今大橋は訓練場所を仕切る砂の壁を出しながら新規プレイヤーの世話をしていた。


〔大橋さんは以前から彼らしくない暗い顔をする事が多くて…それが彼を見るきっかけになった。

不意に見せたあの表情は作れるものじゃない。今だから分かるけど、あれはリーダーという役を重荷に感じていた飯田さんが偶に出していた顔と同じで、疲れている人の顔。

…もしかして大橋さんにも飯田さんみたいな悩みがあるのかな。でも前に訓練の休憩時間に聞いてみたけど、大橋さんは元気に「何も無い!」と返してくるだけで一向に話そうとしてくれない。

きっと飯田さんみたいに何かしら事情があるんだろうけど…そんなに信用出来ないのかな。何かしてあげられないのかな。

…とりあえず今度木村君に相談してみよ。それに今は新規プレイヤーのお世話の手伝いをしよう〕


問題はもう一人の方、進上だった。彼がいなければきっとこんな所で棒立ちしておらず、直ぐに大橋のサポートに向かっていただろう。

だが彼に対する不安が頭を過っており、目を放せない。


〔木村君が称えていた人だし悪く思うのは失礼かもしれないし、私の気のせいかもしれないけど…彼は少し異様な感じがする。

気が付いたのはこの前のテーマパークで皆で出掛けた時、彼は笑みを浮かべていたが楽しそうにしている様には見えなかった。

でも今は、ロビーに来てからは…作った笑みじゃなく本気で嬉しそうにしてる。薫森さんみたいに戦闘が好きなのかもしれないけど、それとは何か違う気がする…

いや、きっと考えすぎだよね。さっきから進上さんが武器を振る度に襟の奥に乾いた血の跡が見えるせいで変な思考になっちゃったせいだよね。だって血なんて訓練でいつでも付くもん〕


弓使いの泉の観察眼はすさまじく的確だったが、そう結論付けて進上について深く考えずに大橋のサポートへと向かった。





その後は特に何事もなく時間が経過し、ロビーにいられる時間は残り数分となっていた。前回同様にここでも『強欲』を使い少しでも無詠唱発動に近づく為、内野は皆から離れて発動の準備をしていた。

だがそこで工藤が一つの提案をしてくる。


「ねぇ…『強欲』の発動がてら私もやりたい事があるの」


「やりたいこと?」


「…強欲の闇の中に入りたい」


工藤は震えた声でそう提案してくる。

以前のクエストで工藤が自分を助けに闇の中に入れなかったのは知っていたが、内野は一度もそれを責めてなどいない。

ただ工藤の中ではそれが引っ掛かり続けており、もう一度自分を試したかった。


「自分から入るのは無理でも…立っているだけで勝手に闇が広がってくれるならいけると思うの」


「それは良いけど…そんな無理しなくたって…」

「そうだよ、私もいるし無理して闇を克服しなくても大丈夫だよ」


内野に続いて新島も工藤を止めようとするも、工藤は目を瞑ったまま黙って首を横に振る。


「ずっと新島ばかりに任せてたら、いざって時に私は動けない。闇の中に入れない。後悔したくないから…だから…お願い」


工藤のその覚悟を無下にするわけにもいかず、内野は工藤の近くで『強欲』を使う事にした。

ただ内野が工藤へ近づき始めた所で、後ろからやってきた者に呼び止められる。


「待って!それ僕もやるよ!」


「進上さんまで!?」


2人と同じく『闇耐性』を持っている進上も走ってきて、工藤の横に並ぶ。


「僕も闇の中を体験しておいた方が良いと思うんだ。もしも二人が居ない時が来ても内野君を救いだせる様にね」


「いいんですね?やりますよ?」


「うん、良いよ」

「や、やるなら私の気が変わらない内に早くしてちょうだい…目を瞑ってるとどんどん不安になってきちゃうから」


ずっと目を瞑り震えている工藤と、平然とした顔でいる進上が並びながらそう返事したので、内野は近づき『強欲』を発動した。





〔え…あれ…何も感じない、身体が無くなっちゃった…死…死んじゃった…?〕


目を瞑っていた工藤は身体から感覚がなくなると直ぐに目を開けてしまったが、視界は変わらず聞こえなかった。

何も聞こえず感じず、そもそも本当に瞼を開けられているのか疑わしいほどだった。


新島からは身体の全ての感覚が消えると聞かされているが、それは想像以上に工藤の心に恐怖を植え付けた。

闇という生物の根源的な恐怖を前にし、工藤は闇から出ようともがこうとした。


〔やばいこれ…怖い、怖い!

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い〕


冷静さの欠片もなくもがいていたが、どちらが上か下かなども分からず、身体を動かせているのかも分からないので工藤の中の恐怖は爆発的に増加していた。

もう二度と光を見れないのではないか、もう二度と音を感じられないのではないか、もう二度と何にも触れられないのではないかと思いながら。


ただそこで突然工藤の手に感覚が戻った。

何者かの暖かい手が自分の手を握る感覚だ。


そしてそれを感じた次の瞬間、工藤の視界に光が戻った。


「大丈夫か工藤!」

「工藤ちゃん!」


他にも周囲から心配する声が投げかけられていたが、耳によく入ってきたのは内野と新島の声だった。

自分の手には新島と内野の手が握られており、自分を引っ張り出してくれたのがこの二人だと分かる。


闇から出てきた工藤の顔は涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃで酷いものだった。

普段だったら直ぐに顔を拭うだろうが、自分が死んでいない事を確認できた安心感の方が大きく、工藤は一切顔を拭う事なく二人の身体に顔をうずめた。


「こわかったよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!死んじゃったかと思ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「え、ちょ…」

「大丈夫、もう大丈夫だから」


そして子供の様に工藤は泣いた。

内野は工藤の突然の行動に動揺して何も出来ずにいたが、新島は直ぐに頭を撫でてあやし始めた。


この時は二人の服に涙と鼻水がついてしまう事を配慮する余裕などなかったので、ひたすら二人に抱きついて泣いた。


そして次第に冷静さを取り戻してきた所で、今の自分が周囲の注目の的になっているのを自覚し、恥ずかしさのあまり更に顔を二人の服にうずめる。

顔は赤く、そして熱くなり、穴があったら入りたいと思う工藤であった。


「内野…今すぐここに穴掘って、穴に入りたいぃ…」


残念ながらロビーは穴を掘れず一切傷を付けられなかったなかったので、上着を工藤に貸してそれで顔を隠させる事にした。





進上はそれを周囲の者と並んで見ていた。

彼は闇に呑まれる寸前で闇から逃げたのだ。


進上は工藤と違い目を開けており、広がる闇の恐怖に耐えられず気が付けば身体が動き、その場から離れていた。


それを悔しいと思う気持ちもあったが、それ以上に今は興奮し歓喜していた。

内野と新島が仲睦まじく工藤を撫でてあやしているのに興奮していたのを見て。


〔新島さんはあんなのに自分から入っていったんだ…狂ってる、自分の命を一切見てない人にしか出来ないし、あの人は僕以上に狂ってる!

でも僕以上に死生観が狂ってる人が傍にいて、内野君はあれほど笑顔だ。

もしかしたら…僕の本性を知っても彼は僕を認めてくれるのかな?ありのままの自分を見せても僕を仲間と呼んでくれるのかな?〕


進上がそんな期待に心弾ませていると、終わりの時間が来た。

青い光がプレイヤーを包み始め、皆元の場所へと戻って行った。

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