第214話 重なる二人の闇

全力でアトラクションを回り、上手い飯を食い、この日は全力でテーマパークを楽しみつくした。


閉園時間の数十分前には、アトラクション全制覇を一日じゃ出来なかったので「また今度来よう」などと約束し、各々自分の家方面へと帰宅していった。




進上は皆と解散して一人になった後、メロンパンを食べながら海岸沿いにあるフェンスに腕をかけて海を見ていた。


街灯があっても薄暗く、ここがデートスポットの近くで周囲にはカップルが多かったので、そんな中一人海を見つめてメロンパンを食べている後ろ姿はどこか異様だった。


進上がボーっと海を眺めていると、背後からカモメが飛行してきて進上の手に持つメロンパンを奪おうと接近してきた。

進上は視界の端でそれを捕らえると、次の瞬間にはカモメの頭を空いている方の手で掴んで止めた。


そして親指と人差し指でトンビの小さな頭を潰しながら海へと軽く放り投げた。その時にメロンパンにもトンビの血が付着してしまったので、メロンパンもトンビを投げた箇所へ投げる。


海にはメロンパンと絶命し動かなくなったトンビが浮かぶ。

普通なら周囲にいた者はそれに気が付くだろうが、夜で暗かったので誰一人それに気が付かない。


「やっぱり僕にはこっちの方が合ってるみたい…皆と同じ楽しみを味わうのは無理みたいだ。

はぁ…早くクエスト来ないかな。クエストが来るまでどうしよう…訓練じゃ退屈だし…」


男は何処か寂し気にため息交じりにそう呟くと、その場を後にする。

袖に付着した血が見えない様に袖を捲りながら駅の方へと歩いていった。



帰宅までの道中で様々な生き物が目に入った。

鳩、野良猫、飼い主と散歩中の犬、人間。もっと小さい生き物を挙げれば蟻や蜘蛛などの虫が多数入る。

様々な生き物を見て、進上は再びため息をつく。


「魔物以外の生き物を殺したら内野君達に嫌われちゃうのかな…」


夜道一人でそんな事を呟く進上の姿は不気味としか言い表せなかったが、そんな進上の本性を知る者はまだ誰一人いなかった。




それから十日経過したが、この十日間は変わらずいつも通りの日常を過ごしていた。

内野に関する校内での噂は相変わらず色々あるものの、小西みたいにこの学校を抑えるつもりなどないというのは広がっているので、以前よりも内野に対する恐れを抱く者はいなかった。

そのせいで以前みたいに風紀を乱す輩は増えたが、ここの生徒が外で悪事を働いたという情報はまだ流れていない。


だが一番の変化はそれらの噂に関するものではなく、ある個人による内野への接触のものだった。


「勇太君、ちょっとここ分からないから教えてくれない?」


授業が終わり真っ先に内野の席にやってきたのは新田だった。髪を染めたり過度なメイクをするのを辞めて今は普通の女子高生らしさを取り戻し、最近は内野によく接触してきている。


「新田…俺も英語苦手だから山田か松野に聞きに行った方が…」


「じゃあ一緒に聞きに行きましょ!それにしても苦手な所が合うなんて…やっぱ私達気が合うんじゃないかしら!」


新田は明るく内野の手を無理矢理引っ張って山田の元にまで行く。


最近の新田はどうしたんだ!?

なんか小西と付き合っていた時と雰囲気がまるで違うし、やけに俺に絡んでくるし触ってくるし…俺の事を恨んでないのか?

あの体育祭の後、今まで迷惑かけた人達に謝罪したみたいで今は他の友達も数人出来たみたいだし心配なさそうなのは良いが、こうも急に変わられると自惚れた考えがつい頭に浮かんでしまう。

あの体育祭でのお姫様抱っこで俺に惚れたなんていう…


内野は知らないが二人が付き合っているという噂はあった。

体育祭から付き合い始めたというのもあれば、それより前から付き合っていたというものもある。

どちらも最近新田がべたべた内野に接触しているのを多数の人に見られているから広まった噂だ。


内野が新田の接触を拒まずされるがままなのも噂が加速する原因の一つだ。

新田が自分の行動を制限するような頼みをしてきたら拒むだろうが、新田の頼みや接触は毎回"一緒に何かしよう"というもので、別に内野にマイナスな事は一切起こらないものだった。


今の頼みもそうだ。松野とか友達と話す時間が無くなるわけでも無く、むしろ友達と話しながら勉強も出来るという良い事ばかりのものだ。

そんな風に新田が上手く内野に接触していたので、周囲から見たら内野がされるがままの状態に見えるのだ。


ただ内野が必ず新田のどんな頼みでも断るものがある。それは放課後と休日の予定だ。

内野は毎日訓練をしに向かっているので、新田ではなく他の者の誘いでも放課後や休日の遊びの誘いは毎回必ず断っていた。

放課後は無理だと早い内に察したので、新田は学校内で猛アピールする方針で動くようにし、今こんな事になっている。


〔内野が放課後何処に行っているのかは知らないけど、校内でじわじわと距離を詰めていけばいずれ分かるし、焦らずゆっくり堕としてやる!〕


そんな新田の思惑を知らずに、その日も内野は新田と共に休み時間を過ごしたりした。




今日は少し遅くまで訓練をし、家に着くのは19時半前だった。もう母が晩飯を作り終わっている所で玄関前からカレーの匂いがしてくる。


おっ今日はカレーか、最近食べてなかったからいいな~


と思いながら玄関のドアに手を伸ばした所で、内野の意識は途絶えた。





気が付けばいつも通り見慣れた光景が目の前に広がり、そして周囲には訓練で今日見たばかりの面々が揃っていた。

ここはロビー、遂に2ターン目の二回目のクエストが開始するのだ。


「よっ、1時間ぶりぐらいだな」


「まだクエスト3回目なのに随分と余裕そうだな」


松野はまだ3回目のクエストだが余裕気にそう言う。

たっぷりと話す時間があり、松野だけでなく他の面々も心構えが出来ていたので動揺している者は少ない。


それにここ数日でロビーに転移した時の新規プレイヤーへの色々な説明役など、各々役割を決めていたのだ。

以前と変わらずに基本的なクエストについての説明+連絡先の交換は飯田と松平が行う。森田が『フレイムボム』を使い騒がしい新規プレイヤーらを鎮めるのも前回と同じ流れだ。


今回も転移の度に魔力が全回復するというのを利用しロビーでスキルの訓練を行うので、新規プレイヤーがそこに近づかない様に大橋が砂の壁を作る。

ロビーにいられる時間は30分間なので15分間は内野達普通のプレイヤーがスキルの訓練を行い、残りの15分間は新規プレイヤー達にスキルの訓練を行わせる予定だ。

新規プレイヤーがスキルを人に向けたりしない様に新規プレイヤーの訓練はスキルの訓練を終えた者が監視して行い、以前の妊婦の女性にスキルが当たってしまうなどという様な事は起きない様にする。


以上がロビーでの決め事だ。

30分とあまり猶予が無いので、者によってはクエストボードが出る前なのに直ぐに訓練を開始しはじめている。


かく言う内野も直ぐにスキルの練習を始めようとしていた。

特別スキルの数が多い上に重要人物なので、新規プレイヤーの案内などはせずに優先して訓練を行う事に誰も反対しなかった。


内野の隣には上機嫌の進上がおり、ひたすら剣に炎を纏い攻撃する『炎斬一閃』の練習をしていた。

炎系のスキルは森の中ではあまり使えないので今練習している。内野もここでは『火炎放射』の練習をするつもりだ。


内野はスキルを使い口から火を引きながらも、横目で進上の剣筋を見ていた。

進上は素手の状態から始め、インベントリから剣を出した瞬間にスキルを使い剣を振っている。インベントリから出すのが抜刀で、ひたすら居合を繰り返し行っている。


炎によって通常の刃以上のリーチになっており、初見じゃ距離を見誤りそうである。

しかもこの進上の居合で恐ろしいと思ったのは、インベントリから出した瞬間に振るので元の武器のリーチが見えない事だ。

通常、相手が現在持っている武器によって戦う距離を変えるが、進上のこれはその読み合いを相手にさせないものだ。


今も居合を行っているが、振る武器は剣、槍、杖だったりする。

杖では物理攻撃力が反映されないが、剣の様に炎が伸びて相手を斬れる。横から見ていると分かるが槍よりもリーチがある。


杖はほとんど全てのスキルが素手よりも強化され、梅垣や清水みたいな完全物理アタッカーじゃない限りはかなり使えるものだ。

内野も一応『鉄の杖』を所持はしているが、基本は川崎から貰った『黒曜の剣』や『哀狼の雷牙』を使うのであまりメイン使う事は無い。

自分が前線に立っていない時に杖に持ち替え『バリア』を使うぐらいだ。


やっぱ武器の切り替えが早いな…今は単調な動きだが、実戦で武器チェンジを何回もされたら攻め方に困りそうだ。味方ながら恐ろしい。

てか…なんか進上さんめちゃくちゃ上機嫌だな。


内野は『火炎放射』で口を開けて炎を出しながらも進上に尋ねる。


「はにかいいこほほへほはっはんへふか(何か良い事でもあったんですか?)」


「あ、顔に出てた?

ようやくクエストが来たーって少しテンションが上がってるんだ」


聞き取りにくいだろうに、進上は内野の言葉を聞き取り普通に返してくる。

内野は流石に喋りにくかったので一度スキルを止めてから喋りなおす。


「ああ~そういえば進上さんは魔物と戦うのが好きなんでした。訓練も毎日来てますしやる気満々ですね」


「…うん。少しでも多くの魔物を殺せるように練習は欠かさないよ」


戦闘が好きなのは理解できないが、進上の事を頼もしくは思っていた。

前のクエストで尾花と木村から進上の活躍は聞いているし、訓練でも彼の動きの良さは分かったからだ。



その後もしばしスキルの練習を行っていると、周囲がざわつく。

もう慣れたので何となくクエストが発表されたのだと分かり、一同は練習の手を止め、内野は炎を吐く口を閉じてクエストボードの方を見る。


クエストボードが出るのは変わらずにこの大聖堂の前にある竜の石像の下で、人混みを抜けて内容を確認する。

_________________

防衛対象

〈レベル128〉宮田 愛駆

〈レベル110〉灰原 啓

〈レベル96〉薫森 一紫

〈レベル94〉井口 俊太

〈レベル94〉牛頭 一咲

〈レベル75〉吉本 美海

〈レベル39〉川崎 慎二



場所:渋谷

クエスト開始:3日後の昼時

クエスト時間:8時間

___________________

知っている名前が多数あった。

吉本、薫森はそれぞれ怠惰と傲慢グループの者で、訓練でよく顔を合わせている。

牛頭は平塚と一緒にいた憤怒グループの者。

慎二は川崎の弟だし、なにより同じグループの者だ。


慎二はそのボードにある自分の名前を凝視し、ゴクリと唾を呑み込み。

顔には酷く冷汗が出てきていて顔に動揺を現わしていたが、そんな慎二の背中を大橋が叩く。


「大丈夫だ安心しろ!契りの指輪があれば転移時に一人になる事はない!」


大橋がポンポンと慎二の頭に大きな手を乗せて安心させると、慎二もさっきまでの動揺が収まりホッと一息つけた。


「ふぅ…ありがとうございます、もう大丈夫です!

お兄ちゃんもいるし仲間も沢山いますからね!」


自分に言い聞かせる様にそう言うと、みるみるうちに慎二の顔は元に戻っていった。

大橋は豪胆で勇ましい者、そういう認識が皆の中で普通にあったのでこの行動になんら不思議な事などなかった。

内野も大橋さんらしいな…とほっこりとしていただけで、一見この場に闇など存在しない様に見えた。


ただ、大橋の心の中だけはそうではなかった。


〔ああ…また俺はこれを演じるのか…〕


この場において、大橋の心にのみ闇は姿を現していた。

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