第213話 幸せな時間
結局制限時間最後までは笹森から金タスキを守り切れず、緑団の作戦は失敗した。
金タスキを守る為に松野が鬼としての役目を果たしていなかったのもあり緑団の点数はあまり伸びなかった。ただ金タスキを守れなかったのは何処の団も同じなので、超大差を付けられた訳では無い。
松野は内野の傍で地団駄を踏んで悔しがっていた。
「クソー!今回で初めて運動会で勝てると思ったのにぃ!
小学生の頃なんか赤団白団しかないか二分の一の確率で勝てるはずなのに、それでも負け続けたから今度こそはと思ってたのに!」
「あーそれであんなにガチだったのか」
勝敗にあまりこだわりがない内野は松野の駄々に適当に返事しながら点数ボードを見る。
さっきの尻尾鬼で一番点数を稼いでいたのは黄団の佐竹であった。
佐竹は鬼で二団の金タスキを奪い、他にも普通のタスキを多数奪っていたので一人で稼いだ点数は圧倒的トップだった。
元々佐竹の対抗馬であった山田は逃げ役、そして笹森と松野はずっと金タスキ争奪戦を繰り広げていたので、他にエースが居なかったというもあって堂々のMVPだった。
ただやはり注目を浴びているのは松野と笹森の二人で、二人共競技終了後は大人数に囲まれていた。
こうして内野含めプレイヤー3人はこの体育祭で圧倒的に知名度と人気を得た。
これが今まで陽キャ達が体育祭を楽しみにしていた理由か。確かに気持ちいいし、今その気持ちが良く分かった。
浴びせられる声援、男友達との勝利の喜びの分かち合ったり敗北を共に悔しがったり、友達と一緒に同じ団の者を応援したり、楽しくない訳がない。
内野は初めて体育祭の楽しさを知り心が高ぶっていた。松野みたいに勝敗への頓着は無いが、今まで楽しめなかった分もっと楽しんでやろうとやる気が上がる。
「松野、次の騎馬戦は俺が騎手でお前が騎馬だ。笹森も騎手みたいだけど、騎馬が一般人だから全力は出せないはずだ。次は笹森に勝つぞ」
「おう!あいつにリベンジだ!」
こうして二人は熱を入れなおし、体育祭へと臨んだ。
その後、騎馬戦で笹森に勝利し一位、団対抗の綱引きでも一位と高得点取得を重ねて緑団の総合得点は他の団と大差をつけて一位になった。
途中の大繩飛びで最下位を取ったものの、次のクラス対抗リレーでも内野のクラスは1位を取り点数の差はかなり広がっていた。
もう残されているのは一番の目玉である団対抗リレーのみ。最後の4競技からは合計点数が隠されるのでポイントが分からない様になっているが、緑団が最下位にならない限りはもう他の団は絶対に巻き返せない点数となっているのはなんとなく全員が分かっていた。
内野と松野がその隠れた点数のボードをボーっと見ていると、同じく横でそれを見ている他の団の人達の声が聞こえてきた。
「緑団強すぎてもう勝ち筋なくね…リレーには山田と内野もいるんだろ」
「流石に萎えるよな~」
「クソ…せっかく今日の為に必死に練習したのに…活躍してモテるはずだったのに…」
「これはもう勝敗が決まってる様なものだな」
「体育祭の為に陸上部は入って足速くなったのに…クソ!俺のモテモテ計画がっ!」
意気消沈して肩を落とす者ばかりだ。
もうほとんど勝敗が決まっているのでテンションが下がるのも当然だが、一番の目玉競技を前にこんなに皆のテンションが低いのは初めてだった。
だよな…楽しみだから皆これまで努力してきたんだよな。ステータスの力は命懸けで手に入れたものだが、やっぱりズルはズル、いんきちだ。
俺がそんなズルで活躍するっていうのは、本来今まで頑張ってきた人達が当たるはずだったスポットライトを奪うみたいなものだ。
それは…違う気がする
そしてそんな光景を見て、内野はある事を思い立った。
内野が団対抗リレーを棄権し、他の者に出てもらう事にした。棄権理由は単純に腹痛があまりにも酷いからというもの。
代わりに出るのは松野ではなく山田の友達で、急遽順番替えをする事になり緑団は大慌てする。
ただ競技が始まる前には話は着き、無事に競技は開始した。
内野と松野はグラウンドから少し離れている場所でその光景を見ていたが、内野には松野に聞きたい事があった。
「お前ならてっきり俺の代わりに出るって言いだすものだと思っていたが…なんで立候補しなかったんだ?」
「俺もこの力で勝つのは違うなって思っただけだ。こんなんじゃ本気で体育祭を楽しめた気にならないし、なにより真剣に勝負している皆に申し訳が立たないからな」
松野は澄ました顔でそんな事を言う。
あんなに勝ちに貪欲だったのに変わったな。二人して今になってようやく気が付いた事だが、やっぱり正々堂々と勝負しないと真に体育祭を楽しめたと言えないだろう。来年はステータスの力無しでやってやる。
内野も晴々した様な澄んだ顔で来年の事を考えながら団対抗リレーを見守る。
来年クエストがどうなっているのかも分からないし、自分が生きているのかすらも分からない。だがそれでも今だけはそんな暗い事を頭に浮かべず普通の学生らしく来年の事を考えていた。
「勝ったのは……青団です!」
「「やったぁぁぁぁぁぁぁーーー!」」
緑団は負けた。団対抗リレーで最下位を取って負けたのだ。
敗因は山田が転んだからだ。実は尻尾鬼で笹森と松野の勝負に巻き込まれた山田は松野に足先を踏まれていた。さっきのクラスリレーまでは我慢して走っていたが、ここの最後の最後で足を滑らせてしまったという。
そしてどの団も実力が拮抗していたが青団が1位になり、緑団が最下位になったので点数がギリギリの所で追い越されてしまった。
さっきまで済ました顔をしていた松野も自分の団の敗北、それと山田の負傷の原因が自分だと聞くと膝から崩れ落ち、落ち込みながらも謝っていた。
あの松野の余裕は自分の勝利を確信していたから出せていたものだと分かり少し残念に思うも、そんな姿も面白いし、山田も笑って許していたので良いかと思えた。
それにリレーが接戦でかなり盛り上がったので後悔は一切無かった。
この体育祭で内野はクラスメイトとの仲を深められ、少しだが悪い噂が薄れていった。薄れるというよりかは、内野の長距離走での行動で噂が上から塗り重ねられると言った方が良いかもしれないが、とにかく校内で内野にまつわる噂の系統は少し変化した。
そんな結末で体育祭は幕を閉じた。
内野の中では新田についての悩みはあったが、新田はもう新たな目標を決めていたのでその悩みが杞憂に終わる事など知る由もなかった。
「そして勇太が女の子を抱きかかえてゴールしたんだ!いや~ああいう思わず人助けしちゃう所は母さんに似ているんだよなぁ~」
内野家の食卓に新島と内野一家が飯を囲みながら今日の体育祭について話している。
内野の父が酒を飲みながら新島に息子の自慢話をしている。新島は今日も訓練に向かっていたので体育祭に来れず、今日の内野の活躍を喜々として話している。
内野は父にあの時の事を話されるのが恥ずかしいので、飯を食い終わった父には直ぐに風呂に入ってもらい、新島から父を離した。
「はぁ…うちの父ちゃんが毎度毎度ごめん」
「あの人今日の勇太の活躍が嬉しくて仕方がないみたいなの。酔っ払いの相手は適当に「はいはい」と返事しとけば良いからね」
「今日の体育祭がどうだったか気になっていたのでお気になさらないでください」
大分新島も内野家での生活に慣れて馴染んでいた。
だがこの生活が続くのはもう長くは無かった。日曜日にクエストの仲間で遊園地に行くつもりだが、その日を境に新島は家に帰る予定なのだ。
「でも新島ちゃん、明後日の日曜日には帰っちゃんだよね…また寂しくなるわね。いつでも来て良いからね!」
「はい。多分また何度もこっちに来る事になるのでその時にまた泊まらせていただきます」
内野も新島が居なくなるのを寂しく思うが、今は日曜日のお出かけの楽しみの方が大きかった。
来るメンバーは内野、新島、工藤、進上、松野、木村、泉、二階堂が来る。
本当は大橋などにも来てもらいたかったが用があると断られたので、この8人で行く事になった。
普段は訓練だとかクエストだとかの殺伐とした事を考えねばならない所でばかり合う人と、この日はフリーな気分で合えるというだけで内野も興奮していた。
土曜日の訓練を越え、遂に日曜日のお出掛け当日となった。
待ち合わせ場所は現地集合だが、家が近いメンバーは最寄り駅で集まり向かい、全員が約束の時間には集合していた。
内野達がやってきたのはネズミの王が統べている国のテーマパーク、日本で最も人気のあるテーマパークだ。
子供から大人まで楽しめるアトラクションが多数あり、皆お金をQPから手に入れられるので、今日は夜まで遊び尽くすつもりだ。
特に工藤と二階堂の2人はテンションが高く舞い上がっていた。
「チュロス沢山食べるぞー!」
「可愛いぬいぐるみ沢山買うぞー!」
工藤は飯、二階堂はぬいぐる集めが目的。
そんな二人ほどでは無いが他のメンバーも全員まだ開演時間前の朝なのに元気だ。
中学生から社会人までいて…傍から見たら何の集団なのか全く分からないな。でも多少歳が離れてても皆もう既に楽しそうだし、企画して良かった…
「始めが重要だからな、走って向かうぞ!訓練で習得した動きを今ここで使う!」
「いや走ったらダメだからな」
園内のルールを堂々と破ろうとする松野を静止しながら、内野は新島に目を向けた。新島はさっきから一言も発さずにどこか寂しそうなしんみりとした表情で門を見つめていたのだ。
「どうしたの?」
「…中学卒業記念祝い以来に来たから懐かしくてね。あの時とはかなり私変わったなぁ…」
新島は高校をやめて引き籠ったり、クエストに参加するプレイヤーになったり、新島自身中学から現在まででかなり変化があった。
その激動の数年を思い返し中学の頃の記憶にまで戻って、今この光景を懐かしんでいるのだ
また数年後、同じ様にこの光景を懐かしめたら良いな…いや、懐かしめる様にしてみせる。日本は壊させないし、新島も死なせない、仲間も死なせない。
また全員で今この時間を懐かしめる様に。
「あまりしんみりとした雰囲気になるなよ~」
そう言いながら内野の小腹を松野が突いてくる。
今日は完全にクエストの事を忘れて楽しむと決めていたのに思わず頭がクエストの事に繋げてしまっていたので、松野には「悪い悪い、サンキュー」と礼を言い気を切り替える。
そうだ、今日はもうこういうのはナシに皆で楽しむんだ!
「よし。じゃあ先ず皆最初に何処行きたいか意見を出し合おう!」
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