第212話 いつでも全力
内野が前走者の背中を見ながらトラックを走っていると。突然観客のざわめきが起こり始めた。
観客達は皆どこか一点を見ており、何があったのかと内野もそちらを見てみる。
すると反対側のトラックで一人の選手が転んで地面に這いつくばっているのが見えた。しかもその人物は自分と同じクラスの新田。
結構酷く転んだのか膝の傷は大きく、これ以上走るのは無理そうであった。
あ…あの傷だとこれ以上走るのは無理だ。
可哀想だけど棄権するしか…
内野は今の自分に出来る事は特に無いので、他人事の様にそう思いながら走り続ける。このまま新田の隣を通り過ぎるつもりだった。
だがその直前、新田を心配する生徒達の声に混じる心無い声が耳に入った。
「は~最悪、これじゃウチの団最下位じゃん」
「男の方見てよそ見してたから転ぶのは当然っしょ」
「お、小西の次を探してたんかなw」
「これじゃあ内野の頑張りが無駄になるじゃん…最悪…」
このまま通り過ぎたらダメだ。このままじゃ新田がさらに学校で孤立する。
…新田を抱きかかえて走りゴールするか?
いや、変な噂がまた立つかもしれないし、何より俺に抱きかかえられて新田の心が傷つくかもしれない。
それに元々小西と一緒にいた新田が悪いし、最近ボッチになっているのも皆に謝れていない新田が悪い。だから自業自得としてこのまま何もしないというのも…
このまま何もしないべきかもしれないと内野は思っていた。
だが新田の横を通り過ぎる瞬間に彼女の顔を見てしまい、今の新田にある者の姿が重なった。
這いつくばって目を閉じている姿が、初クエスト時の新島の姿に重なったのだ。
あの時の新島に似ててしまっている、何もかも諦めてしまって自分の命を見ていない者の姿に似ててしまっている。
これはもう彼女の命が掛かった問題である…と内野は瞬時に感じ取った。
そして気が付けば新田の事をお姫様だっこしていた。
魔物に追われている最中に転んだ仲間を助ける様な感覚で、思わず身体が動いてしまった。
内野は自分が何をしているのか把握すると、恥ずかしさのあまり顔が赤くなる。そしてそんな内野と新田が目が合うと、新田は驚きながら声を出す。
「えっ…ど、どうしてあんたが…って、恥ずかしいから降ろしてよ!」
「お、俺だって恥ずかしいけど…けど…」
内野は自分の心情を上手説明出来ず、何も言えぬまま暴れる新田を抱えながら走り出す。
観客はこの展開に燃えたり声援を飛ばしたり騒がしくなっていたが、二人の耳に入るのは互いの声だけだった。
「降ろして!このままじゃあんたも最下位よ!?」
「負担にならないから問題ない!」
独王で調整しているのは敏捷性だけ、力はそのままなので一人抱えていたって今の内野には全く影響しない。
本来ならばさっきよりもスピードを落とすべきだろうが、今の内野はそんな事を考えている暇無かった。彼女をどう救えばよいのか頭で考えていたのと、彼女を抱きかかえて走っている恥ずかしさのせいだ。
新田は恥ずかしさのあまりさっきまでの暗い気持ちを掘り起こす暇もなく、謎にバクバク高鳴る心臓を感じながらも、内野に離してもらおうと抵抗する。
「こうなってるのは全部あんたのせいじゃん!なんで今更助けるのよ!」
「このままじゃ新田が死ぬんじゃないかと…」
「…はっ!?こんな怪我で死ぬ訳ないじゃない!なんで頑丈なアンタがそんな事も分からないの!?」
内野の真意を知らないので新田はその言葉の意味をありのまま捉えてしまい、内野が本気で自分が転んで死んでしまうのではないかと思っているのだと捉えてしまった。
〔な…なによコイツ…この顔絶対
こんな小さな怪我如きで馬鹿じゃないの?小西に打たれて脳みそ削れたんじゃないの?
そ、そんなに心配なの…?〕
新田の顔は赤くなる。
だがそれは怒りで頭に血が上っているのではなく、もっと他の感情によるものであった。
だが今はその感情が何なのかを自分の心に聞く暇なく、ゴールへと着いた。
順位4位。抱っこしてのゴールはルールに反してないのでその順位が新田の順位となった。
内野は新田を抱えながらゴールへ着くと新田を降ろし、直ぐに先生達に引き渡す。そして内野はまだもう一周有るので、再び走り始めた。
新田は先生達に運ばれながらも遠ざかる内野の背中を見ていた。
〔馬鹿だしムカつくのに…何よさっきの
小西が他校のヤンキーと喧嘩してた時の顔とは違う。それ以上の修羅場をくぐっている人にしか出来ないような顔な気がした。でもあの顔からは優しさというか…暖かさを感じた。嫌な顔じゃ無かった。
う…あれを見てからさっきまであった暗い感情が噓みたいに消えてる。ホントなんなのよ!〕
顔から熱が抜けない。
それどころか内野と離れて冷静になれてから自分の心を省みると、その自分の抱いている感情を自覚してしまい更に顔が赤くなる。
〔この感じ…初恋の時に感じたものと似てるし、やっと自分の中にある熱い心の正体が分かった。これは紛れもなく恋だわ。
決めた…絶対に堕としてやる、1年間小西の彼女を維持し続けて磨いた私の
新田は新たな目標を心に決め、先生に運ばれながらも内野の姿を遠目から見続ける。
上手く言えないけど…ここで動けなきゃ新島を守れない様な気がして勝手に身体が動いた。超恥ずかしいし、本当に新田には申し訳ないと思っている。
だがやらずにはいられなかった。あのまま放置していたら新島みたいに自殺しようとしてしまうんじゃないかと思ってしまったからだ。
でもどうしよう、新田に対して俺に出来る事なんてないよな…再び前を向いて歩ける様になる為には目標や生き甲斐が必要だと思うけど、俺にはそんなもの与えてやれないし…
今新田が考えている事など分からない内野はそんな事を考える。とっくに新田の目標に自分がなっている事など知る由もなく。
内野も続いてゴールした。順位は5位で、最下位が12位なので良い方ではあるがパッとしない順位。
ただ今の内野は1位を取った者達よりも遥かに注目を浴びていた。
「すげえぇぇぇぇ!」
「ハンデあってもこの順位とか…ガチでやったら一位狙えただろ!」
「キャー(≧∇≦)!お姫様抱っこロマンチックすぎ!」
「抱えてからも全くスピード落ちてないし、やっぱりパワー型なのか!」
「格好いいぞ内野ー!」
声援の盛り上がりは一番盛り上がると言われている団対抗リレーの時並みで、それを一身に浴びて内野は恥ずかしさのあまり顔を上げれなかった。
「勇太!よくやった!今日の晩飯はハンバーグだぞ!」
「格好良かったわよー!」
応援に来ている両親のそんな声が聞こえてきて、羞恥心が膨れ上がる速度は加速していく。
穴があったら入りたい…穴掘りスキルで今ここに穴でも作ろうかな…
例の噂に重ねて全国生徒の前でこんなことをしてしまったので、内野は変わらず今学校で一番話題になっている人物ナンバー1の座に君臨し続ける事になった。
幸い松野は次の借り物競争の入場列にいて内野が席に戻ってもイジられなかったが、クラスメイトからは様々な質問をされた。
「も、もしかして内野って新田に恋愛感情とか抱いてる?」
「ち、違うから!ただ後悔したくなくて身体が勝手に…」
案の定そんな質問をされて内野は必死に弁明するが、普通あんなことをするのは好意を抱いている相手に対してだけなので、内野の抵抗虚しく様々な憶測が飛び交う。
幼馴染の佐竹も内野に聞きたい事は色々あったが、力に関しては内野が話してくれるのを待つと誓っていたので「さっきのめちゃくちゃカッコ良かったぞ!」と少し冷やかすだけで済ませた。
その後、松野は次の借り物競争で『好きな子』を引いて何も出来ずに最下位となり、その後内野のクラスはあまり良い成績を残せずにいた。
次は尻尾鬼、本来松野がプレイヤーの力を使って金のタスキを守りきり大量に点数を手に入れる計画をしていた競技だが、相手に笹森がいて勝ちを望めなくなった競技だ。
松野は『独王』でステータスを貸してほしいなどと頼んできたが、いきなり高ステータスを持ち、それを制御出来なかったら大変なので内野はそれを断った。
赤、青、緑、黄の4団がフィールドの4隅に位置すると、尻尾鬼がスタートした。
各団逃げ役と鬼に分かれてフィールドに散開する
〔笹森は青団。俺達緑団とは向かい側だし笹森と衝突するのは時間が半分以上経過してからだろうし取り敢えず最初は他の奴らの警戒を…〕
松野が横の赤団と黄団に目を向けた瞬間、近くにいる山田が正面を向いたまま「なっ…」と声を出したので松野も直ぐに視界を戻す。
すると次の瞬間にはこちらに青団の一人がこちらに向かって来ていた。その者は松野が一番警戒していた笹森で、陸上部のエースの全速力に迫るスピード。
プレイヤーなのでそれ以上のスピードも出せるが人目があるので全力ではない。
そんな一目瞭然にこちらに向かってくる笹森と松野は目が合う。
周囲は笹森のスピードに沸き立っていたが、今向かい合っている二人の耳には入らない。
〔悪く思わないで下さいね松野さん。今回のルール変更で緑団が金タスキを守る作戦にしているのは耳に入れてますので、真っ先に潰させてもらいます!金タスキの防衛はさせませんよ!〕
〔笹森の野郎こっちに来やがった!守り切れるとは思えないが、このままいいようにやられるのは御免だ!〕
松野は金タスキを所持している山田を守る様に自分の背中に隠し味方の方に寄り、笹森に向かい合う。
笹森は他の緑団メンバーの間をスルスルと抜けてきて、直ぐに松野と対面する。
だがここで笹森は少しだけスピードを落とした。落とさざる得なかったのだ。
松野は山田を自分の背中にピッタリ付ける事で、真っ向から笹森が力任せに自分を振り払えない様にした。
〔もしもお前がプレイヤーの俺を飛ばせる威力のタックルをしたら、後ろの山田が死ぬ!どうだ、これでお前のパワーは封じたぞ!〕
〔うう…凄いやりにくい。でもそれだけで私を抑えられると思わないで下さいね!〕
笹森が回り込んでくるのに合わせて松野も山田を軸に動く。
プレイヤー二人が本気で裏の取り合いをしている光景は体育祭と言い収まるものではなく、もはや味方を守る者と魔物の戦闘。
そしてその光景に会場にいた全ての者の目は奪われ、他の選手たちも思わず足を止めて見ていた。
あいつら滅茶苦茶ガチじゃん
傍から二人を見てそう思う内野であった。
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