第211話 波乱の体育祭の幕開け

途中でリレーの順番決めを抜け出した内野は今松野と校舎裏にいた。

さっき教室であったことを昼飯を食べながら松野と話し、時間を潰している最中だ。


「ま、なんかおかしなぐらい噂に尾鰭が付いてるからな。小西に並んで番長を張っていたあの傍若無人の暴君の鬼瓦先輩がそうなるのも頷ける」


「え、あの人そんなヤバい人だったのかよ。俺が例の裏番だと分かってからは結構礼儀正しい人だったんだけど。敬語もしっかり使えてたし」


「ああいうヤンキーのグループって上下関係厳しいから、そういう態度を心得てたんかもな。で、お前はどうするんだ?」


「どうする…って?」


「番長だとか言われてるけど、それを認めるのか否定するのかって事。思えばお前がどうしたいか聞いてなかったからな、今どっちを選びたいのか聞かせてくれ」


う~ん…番長だとかって恐れられるのは嫌だけど、俺の噂が広まってからは学校の雰囲気は良くなったしこのままでも良い気もするんだよな…


内野が黙って悩んでいるので、松野は更に選択しやすい様に言葉を掛ける。


「お前が裏番でいる間はそんな平和な学校になるはずだ。

でも今みたいに裏番だと恐れられたりするのが窮屈だと思うのなら、正直にあの噂は全て嘘だって早めに言っておいた方が良い。今リレー決めの所には他学年もいるし、そこで言えば結構早くその話は広まるだろうよ。

それに裏番長だとかって言われてると後々面倒くさい事になりそうだし、お前がそれが嫌なら素直に噂は全て嘘だって言っちゃえばいい。

他人の事考えず自分の事だけ考えて選んじゃえ」


「……難しいな。

確かにそれは面倒だけど、皆が幸せに過ごせるならこのままでも良いとも思ってるし…自分がどうしたいのかも分からない」


「お前クエストの時は即判断即行動って感じなのにな。どうしてこういう時は迷うんだ」


「皆から感謝されるのが気持ち良い…って事を知っちゃったからかもな」


結局その場では内野は判断を付けられないまま昼休み終了5分前になってしまい、内野は念のためリレーの順番がどうなったのかを確認しに戻った。



ゆっくりとドアを開けて教室に入ると、教室内にいる全ての者と目が合った。

予想通り一瞬教室内には沈黙が流れるが、ここから予想外の事が起きた。


ドア付近に座っていた1年生が手を上げながら、ビビらず内野に質問をしてきたのだ。


「あの~今学校で流れている噂って、内野さんが公言した者じゃない嘘だっていうの本当ですか?」


「え、う、うん…全部噂に尾鰭が付いて、それが大きくなっただけで…」


「や、やっぱりそうだったんですね!」


内野の返答を聞くと、教室内にいた他の者達までホッとした顔になる。

一体何があって皆の反応がこんなになっているのか分からず少し困惑するが、山田含めた他4人のクラスメイトが鬼瓦の代わりに前に立っているので、山田達が皆に何かを言ったのだと何となく分かった。


「皆…なんて言って説明したの?」


「内野君は噂で流れている様な事は言ってないってね。

小西君の事だとか色々あって今の彼にはそんな学校を統治するような余裕なんて無い。それに彼は誰かの意見を強制したり力で脅迫したりしない人だって、クラスメイトの皆に説明してもらったら信じてくれたよ。

クラスでの君の言動は普通の生徒そのものだし、それをありのまま説明しただけだけどね」


山田に続いてクラスメイトの者達も内野に声をかける。


「噂に流れているものが大体嘘だっていうのは分かっていたけど、今まで何も出来なくてごめんなさい…」

「あまり話した事は無いけど、お前が小西みたいなやつじゃないって言うのは分かるぞ」

「大人しいタイプだもんね、あんなの嘘に決まってるって前から分かってたもん!」


「みんな…ありがとう!」


クラスメイトのそんな言葉を嬉しく思い、内野は皆に礼を言う。

そんな内野の姿を見て、他学年の者は今さっき内野のクラスメイトが言った事の信憑性が更に増した。


そしてこのタイミングで先生が教室に入ってきて「次の授業に遅れない様にもう解散しろ」と言ってきたので、話し合いはここで解散する事になった。

各々教室を出る時にしていた会話はリレーの話ではなく、内野の噂についてで、その話はたちまち学校中に広まっていった。




内野は山田と二人で話しながら教室に向かっている最中、改めて山田に感謝を述べる。


「ありがとう。自分じゃ決心出来なかった事だったから助かるよ」


「それは良かった。さっきの話は皆に広める様に言ってあるから、きっと早いうちに噂は消えるよ。

ところで念のため確認しておくけど…あの噂って本当に内野君が言ったものじゃないよね?」


「当たり前だ、じゃなかったらお礼なんて言ってないよ」


「良かった~

皆の気を使って教室を出たりする様な人が言う様なことじゃないって思って勝手に動いちゃったけど、もしも違かったらどうしようって思ってたんだ。

余計なお世話にならなくて良かった良かった」


山田は明るい笑顔で親指を立てる。それに釣られてか内野も自然と笑顔になっていた。


あの噂が嘘だと広まったらきっと元の荒れた奴らが学校に現れるだろうが…やっぱり学校の風紀を良くするよりも自分の自由さを求めたいよな。

俺は大罪スキル持ちで、俺は仲間の命を背負う事になるんだから訓練の方に集中しないといけない。もう学校でのトラブルは御免だ。


内野はもう学校では悪目立ちしない様にしようと決意を固めた。

今回は山田達に背中を押してもらって判断したが、これからは出来るだけ自分が望む様に判断を下そうという反省も頭に入れ。


廊下で他の生徒たちがリレーの話をしているのを聞き、リレーの順番について聞いていなかったのを思い出したので、教室には入る前に山田に聞いてみる。


「あ、ところで俺のリレーの順番はどうなったの?」


「ああ、内野君はアンカーだよ。

君の脚の速さは体育の授業で分かったから、全員納得してくれたよ。

それにあんな酷い事件で名前を憶えられているのも、アンカーで活躍したら多少それを払拭出来るんじゃないかと思って皆で考えたんだ!」


アンカー…最後の大トリか。

緊張するけど皆が俺の為に考えてくれたものだ。それにこれで俺の悪い噂が薄まるのならば、いくらでもやってやろう!


「ありがとう、期待に応えてみせる!」


「うん、頑張って!」


山田が拳を前に小さく突き出してくるので、内野は山田と同じく拳を突き出し拳を軽く合わせた。

山田やクラスメイトの暖かさを感じて気分は絶好調で上機嫌、そんな平和な学校生活が始まった。




家に帰ると新島がおり、今日返ってきたテストの点数が全てそこそこ良かった事を告げて互いに喜び、その後松野と工藤と一緒に訓練に向かう。


実に充実した日々だ。クエストへの不安もあるが、そんなものは今の幸せな時間の前では小さくてほぼ感じない。

訓練は辛いものが多いが、強くなって皆を守る為だと思えばいくらでも耐えられた。


西園寺がちょくちょく顔を出しにわざわざ訓練場にやってきたり、憤怒グループの者も訓練に協力してくれたり、生見が川崎と話に来たりなどもして他グループとの繋がりも濃くなっていった。



そしてそんな日々を数日過ごし、遂に体育祭本番の日となった。


「緑団!絶対に勝つぞー!」


「「おーー!」」


同じ色の団の全員で円陣を組んで目標を叫び、体育祭が始まる。

内野の最初の出番は長距離走。男子1500m、女子は1000m走るというもので1クラスから男女1ずつ出場する。

その同クラスの選ばれた女子は『新田 杏里』、小西の彼女だった者だ。


小西が例の事件で殺人未遂として捕まり少年院に入ってからはもう別れている。だが今まで彼女がカーストの上位に居られたのは小西の彼女という地位に居たからであり、それが無くなった今、彼女の学校生活は豊かなものじゃ無かった。

これまで他の生徒に女王気分で上から接していたので嫌われており、クラスの女子からハブられている。

一応元小西の仲間達といるのでボッチではないが、同性の友人はもういないようだ。


一応運動は出来るのでこの競技で上位を狙う事は可能だが、同性の彼女への応援の声は全くない。


逆に内野はここ数日で山田達に流してもらった訂正の噂が広まり今注目を浴びているので、同クラスだけでなく他クラス・他学年からも応援の声が飛んできた。


「あ、あれって内野さんじゃん。頑張って裏番長さーん!」

「いや、裏でもないし番長でもないらしいぞ」

「鼻折らない様にしろよー」

「気に食わん陸上部の奴を潰してくれ!」

「女子にモテモテの陸上部のエースをボコってくれー!」


入場している最中に飛んで来るふざけた声援のそれらを全て無視し、内野は隣にいる新田を横目で少し見る。

自分の彼氏を潰した相手が隣にいるが、怒りを露わにすることもなく、曇った顔をしたまま黙って地面を見ていた。

内野も彼女への声のかけようがなく、両者の間には沈黙が流れる。

ただ周囲は騒がしいので両者の気まずい雰囲気など他の者は誰一人感じとれなかった。


…俺が何言っても全部「あんたのせいじゃん」って思うだろうし、こっちから言える事は何も無いよな。


彼女と特に会話する事もなく入場を終え、選手全員がスタート位置へと立つ。

男女同時に開始するが、女子は男子よりも500m走る距離が少ないので男女のスタート位置は異なる。

毎度一度に走る人数が多くないかと言われているが、長距離走は見ている側が途中で飽きやすい競技で、男女に分けてやると後にやる方の声援が小さくなって選手が可哀想という理由でずっとこの方式で行われている。


そして先生のスターターピストルの合図で、選手全員が同時に走りだした。


ステータスとかいうチートを使って申し訳ないが、悪いけど上位は取らせてもらう。この体育祭で少しでも俺の悪い噂が消える様にな。

それに…ぶっちゃけこういう目立ち方は昔からしてみたかった!


内野は前方を走る陸上部と同じペースでその後ろを付いて行く。日々の訓練のお陰で加減は出来るので、後は望み通りの順位に合わせて走るだけだ。

ただこのまま加減して走っても汗の量だとか息の上がり具合で加減しているとバレるので、予め松野に『独王』を使っておいては尻ながら敏捷性の能力を調整していった。


ただ内野の走るフォームは武器を持ちながら走るもので定着しており、その傍を走る陸上部は

〔こいつ…こんな変なフォームでこんなに早いのかよ!〕

と驚きながら走っていた。


内野が上位をキープしていたのと同じく、女子グループの新田もスタートから上位を維持しており順調に進んでいた。

ただ自分への応援の声は聞こえてこない。


〔はぁ…なんで私だけなのよ。他にも小西の取り巻きに媚び売ってた奴いたのに、小西が消えてからは心を入れ替えたとか言って即見捨てて…〕


実は今、内野のクラスの勢力は少し複雑になっている。

元々は小西の取り巻きのヤンキーグループにクラスの男女半分ぐらいいたのだが、小西が消えた上に内野が教室にいる事でヤンキー達は好き勝手出来ず、クラスのカーストが均一になった。


小西というリーダーがいなくなったからといってカーストが均一になる訳がない。普通ならそうであるはずだが、内野という「ヤンキー殺し」という番長がおり、内野のその噂は今までカースト下位だった者達の味方の様なものばかりだったので、カースト下位の者達の地位が自動的に底上げされた。


こうしてクラスのカーストはほぼ均一になってしまい、元々小西の取り巻きのヤンキーグループに所属していた者達は今までカースト下位だった大人しい者達とも上手く共存せねばならなくなった。


ほとんどの者がこうした状況になり素直に今までの事を謝罪した。男子はまだ反抗的な者は3人程いるが、女子は唯一女子で新田だけが出来ていなかった。

それが今新田がボッチになっている最大の理由だ。


〔媚び売る相手は誰でも良いってか?謝れば全て許されるってか?

冗談じゃない、何も間違ったことをしていない私がどうして頭を下げなきゃならないの。

1年の頃に小西と同じクラスになって、こうしないと良い学園生活を送れないと誰よりも早く悟って努力してここまで来た。どうして努力した私が頭を下げなきゃならないの。

一番賢かった私がどうして頭を下げなきゃならないの。小西の彼女である私を嫉んでいた女共は全員怠惰だっただけでしょ。正しいルートを引く努力をした私が上に立つのは当然のことじゃない!

…これが崩れたのはぽっと出のアイツのせいだ〕


新田は走りながら内野を尻目に見る。

内野が男子のトップに張っている姿を見て、新田は手に力が入る。紛れもなく怒りの感情はあったが、それは顔に出なかった。というより出せなかった。

バッドで本気で殴られてもピンピンとしてる奴が敵に回るのがどれだけ恐ろしい事か分かっていたので、この怒りがバレないように新田は学校では完全に怒りを外に出さなかった。


〔あいつが居なければ私の選んだ道が正しい事になっていたのに…なんだよアイツ!私の一年の努力を無駄にしやがって!

返せ、私の努力を返せ!返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ!〕


内野を見て心にある怒りが貯まるが、その度に新田の身体には力が入っていき、新田は本来のポテンシャルを出せなくなった。

そして足に無駄な力を入れてしまった事で、新田はトラックの曲がる所で足を捻ってしまいあまりコケてしまった。

手に無駄に力を入れていたのと、目で内野の方を見ていたのもあって手を地面に付いた時に手首まで捻ってしまった。


膝の擦りむき方も酷く、周囲からは心配の声が上がる。ただ新田を気に食わない者達からは密かに笑われていた。


「は~最悪、これじゃウチの団最下位じゃん」

「男の方見てよそ見してたから転ぶのは当然っしょ」

「お、小西の次を探してたんかなw」


〔もう…本当に…なにこれ。

努力は人を裏切らないって何よ…ぽっと出の奴に簡単に全て潰されるじゃない…〕


先生達と保健委員の者が駆けつけてきて「大丈夫か!?」と言っているのは聞こえていたが、もう自分を笑う者の声を聞きたくなく、耳を閉じていないのに次第に音が聞こえなくなってきた。

音が聞こえなくなり最後に目に映ったのは、自分を笑う者達の顔だった。


〔…はぁ…そう、私は堕ちたのね。これが底辺からの眺めって事ね。

もういいや…もう全部面倒…努力してもダメなら何したって…〕


何もかも全て諦めてしまおうと思ったその瞬間、新田の身体は何者かに抱きかかえられた。

先生達はまだ向かって来ている最中のはずなので違く、それじゃあ一体今自分を抱きかかえているのは誰なのだと新田が目を開けて確認すると、一番近くにあったのは赤面した内野の顔だった。

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