第210話 平和?な学校生活
〈月曜日〉
先週でテストが終了し勉強から解放され、今週の金曜日には体育祭がある。
なので普段は9割の学生にとって憂鬱な月曜日も、この日の月曜は皆の気分は下がっていなかった。
内野は教室で体育祭の話をしている同級生の声を聞きながら、ちょうど去年の今頃の自分を思い出す。
…去年までは友達もいなくて運動も出来なかったし、体育祭前の時期は憂鬱だったな。
馬鹿みたいに熱い青空の下で知らない者達が走っているのを見るのは退屈だし、自分が出る競技も大して活躍出来ないから苦痛で仕方が無かった。
でも今は…
「内野君おはよう!今日は団対抗リレーの順番決めがあるから、昼休みは予定開けといてね」
内野が頭の中で去年の自分を思い浮かべていると、山田が内野の席の方に歩いてきた。
部活の朝練終わりなのか体育着で、水で髪を濡らしているのでタオルを首にかけている。そんな濡れ髪姿のイケメンにクラス内の数名の女子はキャーキャー盛り上がっていた。
「おはよう。体育着なのは…部活の朝練?」
「あ、実は僕って部活無所属なんだ。大学受験の勉強で忙しいからね。
今体育着なのは、体育祭の尻尾鬼の練習を陸上部の人に手伝ってもらってたから」
ああ~そういえばそんな競技あったな。
確か各団逃げ役9人・鬼6人選出し、タスキを奪われない様に逃げたり取ったりするやつ。
逃げ役はひたすら逃げ、鬼はひたすら他の団の者を追い駆け、制限時間終了時に残っていたタスキと奪ったタスキの数で点数が入るというゲームだった気がする。
しかも各団一人の逃げ役は金の刺繍が入ったタスキを持っており、そのタスキの点数は奪えば通常の3倍、守り切れば5倍のポイントが入る。
当然狙ってくる者が多いから味方がブロックしても守り切るのは難しく、これまで最後まで金タスキを守りきれた者はいない…って先生が言ってたな。
「もしかして山田が金タスキなの?」
「そう、だから逃げる練習をしておいたんだ。
タスキを取られた逃げ役は味方の援護に回れるから時間が経てばある程度は守ってもらえるだろうけど、敵の方が人数が多いから自衛を頑張らないと」
「守るのは俺に任せておけ」
どこからともなく二人の会話にある者が入りこんできた。
山田の後ろから声がしたので振り向くと、そこには松野がいた。
松野は自分の顔に親指を向け、どや顔で二人の方へとゆっくり向かってくる。
「俺は鬼役だが、初めから山田の援護をしよう」
「「え…?」」
「これまで誰もやってこなかっただろうが、ルール的には何の問題も無いはずだ」
「いや、そうじゃなくて鬼が一人いなくなるのはチームの点数が下がりそうだし、松野君は自分の役目を果たしたほうが良いと思う。金タスキを守りきるのは正直厳しいし」
「そうだぞ。前人未到と前代未聞の違いぐらい分かっているよな?」
二人にそう言われ止められるが、松野は余裕気に「フフフ」と小さく笑いながら片手を出して5本指を立てる。
一体何を言いたいのか分からないが、松野は馬鹿ではないし何か深い考えがあるのかと思ったので、二人は話を聞く事にした。
「さっき職員室に提出物を出しに行った時、体育祭実行委員会の担当先生達のこんな会話が聞こえたんだ。
「ロマンを求める為に、金タスキを守りきった時の点数を今の点数の更に5倍し、普通のタスキの25倍の点数にしよう」ってな」
「え!?それじゃあ金タスキを守りきれば敵団全てのタスキを奪う点数と同じぐらいになるって事!?」
「ああ。これほどの点数ならやってみる価値はあるだろ?」
おいおい、そんな簡単に点数決めちゃって良いのかよ。誰だよ体育祭の担当教員。
ま…そうしても問題ないぐらい金タスキの死守は難しいって事なのかな。
松野の報告通り、朝のHRの時間で尻尾鬼の点数変更が告げられた。
この金タスキ死守で与えられる点数は団対抗リレー、クラス対抗リレーの両方で1位を取り得られる点数と同等で、この金タスキ死守を目指そうという意見の者達はどこのクラスにも現れた。
そしてクラスでこの金タスキ死守を目標にしようと松野は提案し、山田含めて尻尾鬼に参加するメンバーは全員それに賛同した。
同じ団の1,3年にも山田から話を通せば意見は通るだろうと考えており、松野の作戦が団の作戦になりつつあった。
そして松野は自分にはステータスの力があるので、勝利を確信していた。
〔今のステータスの力がある俺なら山田を守りきれるはずだ。ラグビー部のタックルにだって怯まないし、肉壁となって山田を守れる!
先代達にも出来なかった事を成し遂げてみせるぞ!
おっと、インチキだって言わせないぞ。これは命懸けで魔物と戦って得た力だしな(怠惰グループとのパワーレベリングで得た力)
この勝負、緑団の勝ちだ!〕
松野は心の中で悪い顔をしてそう考えていた。
後に、自分よりも高レベルプレイヤーである笹森が敵団で尻尾鬼に参加するというのを知った時は膝から崩れ落ちて「終わった…」と呟いていた。
内野は昼安みに山田と共に団対抗リレーに出る者が集う教室へと行った。
その教室にいるメンバーはそれぞれ1-3組、2-3組、3-3組の運動神経抜群の者達、つまりほぼ全員が運動部の陽キャ達だった。
男子も女子もサッカー部バスケ部野球部陸上部だとかの一軍ばかり…で、俺だけ帰宅部の場違い。なんかここにいるだけで身体が萎縮する…
内野と山田は隣同士の席に座り全員揃うのを待っていると、他の学年から小声で話声が聞こえてくる。
「山田先輩チョー格好良いな…」
「嫉妬出来るレベルのイケメンじゃないよな~西園寺っていう最近話題になってる新人アイドル並みの顔だし」
「キャー超イケメン(≧∇≦)」
廊下を歩いている時も思ったが、やっぱ山田は人気者だな…
そんな山田について話している声を聞いていると、同時に他の声まで聞こえてきた。
「あれ、山田先輩の隣にいるのって…裏番の内野さんじゃない!?」
「いや…全く凄まじいオーラとか感じないし人違いでしょ」
「顔どんなだったっけ…個性が無いパッとしない顔だったから思い出せん」
誰も自分の顔を覚えていないのを悲しむのか、裏番長だと覚えられていないのを喜べばよいのか…
複雑な気持ちが入り混じったまま内野はリレーの順番決めに参加した。
だが全員出席しているのか確認する為に司会の者が一人一人名前を呼びあげていき、内野があの小西を倒した鼻折りの内野だと分かると、さっきまでガヤガヤと皆の話声で騒がしかった教室は静まり返ってしまった。
「え、えっと…本日は足元が悪い中お越しいただきありがとうございます。進行を務めさせていただく
司会の者は体育会系の赤髪ピアスの男で、さっきまでは「ヒャッハー!絶対に他の団を潰してやるぜ!アンカーは俺で決まりだ!」と意気込んでいたが、今では内野がいると分かり萎縮しながら敬語で進行をしている。
以前松野が話していたが、この学校には内野の噂について色々尾鰭が付き広まってしまっている。その中に「内野はヤンキーとか髪を染めている奴が嫌い」というものがあり、それを知っている者が鬼瓦の髪を見た内野が暴れ始めないかとビクビクしているのだ。
「女性は奇数で男性は偶数、そして18番まで番号を決めたいと思います。
だ、誰かこの番号やりたいって希望がある人とかいませんかね?」
司会の問いに誰も答えない。
内野と同じクラスの者はそれらの噂がなんとなく嘘だと分かっているが、あまりの気まずさに意見を言える雰囲気ではなかった。
…なんだこれ、気まず過ぎるって。
さっきから他の人と目が合ったりするし、もしかして「番長が先に好きな所をお選び下さい」的な感じか?
そういうのはいいから!さっきまでの騒がしい雰囲気は苦手だけどさ、今と比べたら全然マシだったし、皆さっきのテンションに戻ろ!
内野が気まずく緊張しながらも挙手する。
すると司会の鬼瓦は「は、はい!内野さんどうぞ!」と上擦った声で指名する。
「その…他の用があるので自分は離席します。俺の番はどこか適当な所に入れちゃっていいですよ」
自分が居ると話が進まないと考えた内野はこの場から立ち去る事にした。
すると司会の鬼瓦はすぐさま廊下の方へと向かい、内野が扉に手をかける前に扉を開け、お辞儀をする。
「かしこまりました!学校のパトロールですね!お勤めご苦労様です!」
「え…あ、まぁ…そんな感じです」
こうして内野のみ開始1分経たずでその教室を後にした。
他の者達は何事もなく内野が教室からいなくなったのでホッと一息ついていたが、山田は難しい顔をしながら内野のその後ろ姿を見ていた。
そしてある決意を固めると、挙手をしながら立ち上がった。
「…皆、内野君の噂について話があるんだ」
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