第203話 作られた人物像
各々の能力の公表が終わると、少し早いが今日の訓練は終了と川崎から告げられた。
「結構ハードな訓練で満身創痍の者が多いし、今後の訓練メニューを考える為にも今日はこれで解散しよう。あ、内野君は渡したい物があるから少し残ってくれ」
「分かりました」
内野のみ呼び出しを受けたので他の者達が帰っていく中、内野のみその場に残った。工藤・新島・松野は帰る方向が同じなので近場で待ってくれている。
川崎は内野の前に立つと、一つの剣を手渡してきた。
その剣は持ち手から刃まで全て黒色の剣。軽く手に持ってみるだけでも普段使っている鉄の剣の3倍ほど重量があるのが分かった。
「これはさっき清水との訓練で壊れた武器の代わりだ。これはレベル80を越えるとショップに並ぶ『黒曜の剣』、特別な効果は無いが切れ味はかなり良いし是非使ってくれ」
「壊れた武器って…あ、『ゴーレムの腕』の事ですか!?
川崎さんには良くしてもらっているのでそんな弁償なんて…」
「壊れた武器が修復されるのは転移が起きた時のみ。だからさっき清水が壊してしまった君の武器は次のクエストがあるまで使えないんだ。
それは訓練にも支障が出るし、あの大きな腕の武器を使い訓練出来ない分、この剣に慣れてもらいたい。
ま、単純な弁償と言うよりは、訓練に支障をきたさない為の出費みたいなのだから素直に受け取ってくれ」
そう言われ、遠慮して受け取らないのはかえって失礼だと考えた内野はその剣を受け取る事にした。
そして内野が試しに剣を振ろうとした所で、ショップに並んでいるとある一つのアイテムを思い出した。
それは『哀狼の指輪』と並んでショップ欄にあった『哀狼の雷牙』という武器だ。
「あ…川崎さん、やっぱりこの武器は俺じゃなくて他の人に渡した方が良いかもしれません」
「ん?どうしてだ?」
「今までQPの問題で買えませんでしたが、今なら黒狼のボス武器である『哀狼の雷牙』が買えるんです」
「ああ…『ゴーレムの腕』を使った訓練の代わりにその武器で訓練を行うのか。ただどんな武器か分からないし、試しに出してみてくれないか?」
川崎の言う通り、内野は今この場でショップを開いて武器を購入する事にした。
内野の所持QPは512、そして『哀狼の雷牙』購入に必要なQPは50なので内野は躊躇いなく購入へと進んで行った。
途中でこの武器の説明文が現れる。
『主を止める為に自ら命を捨てる選択をした哀れな狼。自動で魔力が貯まり、
本人のMP消費無しで雷を放つ事が出来る』
雷を放てるという特徴があるが、どういう形状の武器なのか記載が無いので見た目は分からない。名前が雷牙とあるので動物の牙の形状をしているのかと内野は予想している。
ただ一切役立たない武器とは思えないので、内野は画面に現れる「購入しますか」という問いに即YESを押した。
すると目の前に青い光が現れ、そこに手を差し出すとから『哀狼の雷牙』と思われる物体に手が触れた。そして光が消えるとそれの見た目が見える様になった。
第一印象は普通の黒い両刃の短剣だ。
ただよく見ると柄や持ち手の下部、それと刃の側面などの箇所に鋭い牙の様なものが付いている。
柄と持ち手の下部にある牙は良いのだが、刃の側面から生えて反り上がっている牙は内野と川崎から見ても…
「邪魔…」
「邪魔だな」
邪魔という一言に尽きた。
この短剣で敵を切りつけた時、刃の側面から生えている牙が邪魔で刃が深く通らないのだ。牙が上を向いているこのデザインだと、突くぐらいしか相手に有効打を与えられない。
「黒幕がデザインを考えたのだろうが…ちょっと…あまりにも欠陥構造過ぎないか?」
内野は左手の指にはまっている『哀狼の指輪』に目を合わせながらそう呟く。黒狼がこの武器に付いて何か答えてくれるのを期待したがそれは叶わず、少しの沈黙だけが流れた。
黒狼が何も答えなかったのを確認し、川崎は頭を掻く。
「…黒狼からの返答は無かったみたいだな。でもこの牙に相手の攻撃を引っ掛けられたりするだろうし、防御面では優れてたりするデザイン…かもしれないぞ。
ま、これの雷を飛ばす能力があるとはいえこれ一本での戦闘は厳しいだろうし、やっぱりこの『黒曜の剣』は受け取ってくれ」
「ええ…そうします」
取り敢えず『哀狼の雷牙』がどんな見た目の武器か確認でき、今日はここで川崎と別れた。
そして自分の事を待っていてくれた工藤・新島・松野3人と合流し、4人で山を下りて帰っていった。
寝る前、内野と新島はテレビゲームを部屋で共にプレイしていた。協力プレイのアクションのゲームで、二人ともこのゲームのプレイ経験がありサクサク進められ、普通に会話をする余裕もあった。
最初は普通にゲームの話をしていたが、途中で内野は踏み入った事を新島に尋ねる。
「…そういえばさ、新島はどんな戦闘スタイルにするつもりなの?」
「敵の攻撃は全部避けられるし攻撃特化にするよ」
「違う違う、クエストの方の話」
「え、あ…そっちね。私は接近戦じゃなく、スキルを使って遠距離からの戦闘が出来る様になりたいな。
一応今回の訓練でも買った杖を装備してスキルをメインに使って戦ってたんだけど…結果は酷かったよ。
新しく手に入れた『ポイズンウィップ』『グラビティ』を大して上手く使えなかったし…やっぱり工藤ちゃんの様には戦えないや」
自虐気味に新島はそう言う。ただ何となくそんな返答をしてくるだろうと内野は予想していた。
内野は今日帰宅してからずっと新島の為に何か出来ないか考えていたのだ。どんなネガティブな言葉が出ても対応出来る様に脳内シミュレーションは完璧にしておいてある。
「工藤は単純にスキルの操作が上手いけど、新島には工藤とは違う戦い方があると思う。
確か新島は『ポイズン』『ポイズンウィップ』『グラビティ』の3つのスキルを持ってるんだよね。それならさ、無詠唱でのスキルが出来る様になったら二つのスキルを合わせた複合技なんかどう?
例えばポイズンで出した毒の液体をポイズンウィップを振り回して拡散させたりとかさ。
新島は頭が良いんだし、きっとスキルを無詠唱で発動できる様になれば奇想天外な攻撃方法が沢山思い作って。だからさ、取り敢えず俺と一緒にスキルの無詠唱発動を目指そう?」
「…確かに無詠唱でのスキル発動が出来る様になればそういう事も出来るかもね。でも無詠唱を習得した上にスキルの同時に発動なんて…どれだけ練習すれば良いんだろうね。まだ今は先が見えないや」
丁度ここでゲームのステージクリア画面になったので、内野は新島の目を見る。
新島の顔は不安と言うよりかは疲れているかの様な目と表情をしていた。スキルの同時発動なんて今の新島には遥か遠くにある難関な目標で、それを思い浮かべて疲れたのだろう。
遠くにあるというだけで決して辿り着けない目標では無いと内野は考えていたが、実は実際に目標に辿りつけるかつけないかというのは重要では無かった。
この目標を目指している間、新島が『自殺の勇気』という自分の武器を忘れて動いてくれるのが何よりの目的だからだ。
田村も言っていたが、人の思考回路は日々の積み重ねから構成されていくものである。
なのでこの訓練期間を新島が「自殺の勇気という武器しか私には無い」と思い過ごし、それが新島の思考回路を構成するものになってしまうのを内野は避けたかった。
「難しいのは分かるけど、時間はあるよ。だから一緒に頑張ろう」
「時間は無いよ…クエストは待ってくれないもん」
「俺は待ってるから大丈夫」
普段なら絶対に掛けられない様なくさい言葉だが「これで新島から自殺という武器を無くせるのならば…」と考えると幾らでもくさいセリフを口に出来る気がし、この時は恥ずかしさなど微塵も無かった。
それを聞いた新島は嬉しいのか不安なのかよく分からない表情になるも、一旦目を閉じると「ふぅ」と一息付いていつも通りの表情へと戻る。
「…分かった、大変だろうけど目指してみるよ。かなり時間は掛かるだろうけどね」
「っ!うん、一緒に頑張ろう!」
新島のその言葉を聞けた事に安堵し、思わず内野の頬は緩む。そして緊張が解けると同時にさっきの自分の言葉が恥ずかしくなってきて、顔が少し赤くなっていた。
そんな内野に気が付いた新島は小さく笑う。もうしんみりとした雰囲気の話はこれで終わった。
この晩、二人は夜中まで楽しくゲームをして過ごした。
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0時頃のとあるアパートの一室。一人の男が洗面台の鏡で自分の顔を見つめていた。
トイレに行こうとした時に不意に目に入った自分の顔が
〔…間違いなく俺の顔だ〕
だが当人にとっては今の顔は異常だった。
〔そういえばこの前も同じように自分の顔を確認してたな。
最初は…フレイムリザードの時のクエストから帰還した時だったか…〕
その男の名前は『大橋 大吾』
普段皆の前では豪胆な振る舞いをしており、クエスト経験があって判断能力も優れ、率先して皆の盾になれる勇気ある頼れる者。それが強欲グループのプレイヤーからの評価だった。
だが今、大橋の顔はそんな勇ましい男とは到底思えない顔になっている。
頬が一切上がっておらず表情が無、そして瞳の中には一切光が無い。
〔俺はクエストで『勇ましく豪胆な大橋』という人物像を作り上げた。
内野君が初めて怠惰メンバーと話をしたのかグループチャットに張ってもらい、そこで見た田村という男の言葉で最近になってようやく気が付いた。
自分の理想の像を作り演じる事が俺の心の逃げ道だったんだ〕
大橋は普段の活気ある自分の顔を作ろうとするも成功しない。相変わらず瞳と表情は死んだままである。
〔フレイムリザードのクエストで俺は黒狼へ恐怖し、背中を向けて逃げた。
奴への恐怖は『勇ましく豪胆な大橋』に相応しくない行動を俺に取らせたんだ。
そしてそれ以降、その仮面が剥がれてきて遂にはクエスト中でも『勇ましく豪胆な大橋』を演じられなくなってきている〕
今はどうやってもあの顔を作れないと分かった大橋は自分の顔から眼を背けると、敷布団の中に入り目を閉じる。
〔これは飯田さんみたいに「リーダーの名が重かった」と素直に慣れたら救われる問題でもない。
だって演じる事をやめて気が楽になるわけでもないんだ。誰かに曝け出してどうにかなる問題じゃないんだ。
あくまでこれは俺の心の逃げ道であり、心が弱い俺を助ける為の道具。絶対に無くしてはならない道具、壊れてはならない道具だ。
だから…だから頼む…早く死んでくれ元の俺。お前は死んで『勇ましく豪胆な大橋』な俺を本物の俺にしてくれ〕
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