第201話 奇襲の目
「行くぞ内野っ!着いて来い!」
「え、あ、分かった!」
何故ここにいるのか尋ねる前に柏原は大声で内野にそう命じ、取り敢えず内野も柏原に続いて走る。
柏原は走りながら槍を両手に出し田村に飛び掛かる。田村はその場で跳躍して木の枝を掴み上から二人を見下ろす。
「これは流石に予想外ですが…ルールは変えません。私は逃げるだけで二人には一切攻撃しません。さて、たった10分間で動けなくなるほどの負傷を私に負わせられるでしょうかね」
「反撃無しなら3分で余裕だぜ!」
柏原は強気にそう言い田村を追い続ける。木々を素早く飛び越える技術は両者に差は無く、敏捷性の差もあまり無いが僅かに田村の方が早く、柏原は追い付けずにいる。
田村はマイルールである大木を中心とした一定の範囲内でしか逃げないと決めているのでそこまで遠くには逃げず、木から木へと飛び回っている。
だが内野は二人に付いて行けず距離を離されていってしまった。付いて行くのは無理だと察し、内野は柏原のサポートとして何をすべきか考える。
田村さんは大体大木を中心に半径50メートルの範囲内でしか動かないつもりだ。
しかも何故か木の上、赤い帽子の者には特に縛りは無いはずだしこれもマイルールか?
田村さんがどれだけ自分で決めたルールに固執するかは分からないが…そのルールを突ける作戦はある。
田村の後ろを柏原が付け続けており、田村が木と木の間を飛び太い枝に足を掛けようとした所、内野から発射された岩が枝の根元を破壊した。
足場を破壊された田村はこのまま地に足を付けるだろうと内野は考え、そこを狙って距離を詰める。
だが田村は落ちる事無く、空中でもう一度跳躍をした。
「内野!田村さんは『ステップ』を持っている!」
柏原は田村を追い駆けながら内野に田村のスキルを教える。これで内野は田村がずっと木の上にいる理由がなんとなく分かった。
自分を縛る為に上にいるのかと思ったが…逆か。
田村さんは『ステップ』を持ってて空中で方向転換出来るが柏原は出来ず、そこで機動力の差を出す為に田村さんは自分の得意なフィールドを選んだんだ!
それじゃあ柏原はいつまで追いかけても無駄だぞ!
内野はそれを告げようと柏原に目をやると、柏原は田村にバレない程度に小さい指で下を指すジェスチャーをしていた。
そして何かを訴えかける様に内野の目を見ていた。
下…下が何だ?柏原達の下には何も無いし…
だが何を言いたいのか伝わらず、内野は柏原が何を言おうとしているのか考えるのに夢中で棒立ちになる。
それを見てこのままじゃ伝わらないと察し、柏原は渋々口頭で伝える事にした。
「適当に深く穴を掘れ!」
あ、さっきの下を指すジェスチャーは潜れって事だったのか!?
なんで潜らなきゃならないのかは分からないが、取り敢えず柏原に従おう!
言ってもらいようやく指示を理解できた内野は自分の足元に穴を掘り始めた。木の根に当たっても根すらもサクサク掘れていくので、10秒も経たずに人が2人程は入れる幅で深さ4メートルほどの穴が掘れた。
すると柏原は田村を追跡するのを止めて、その穴へとダイブする。そして今度は横を指差す。
「田村さんに聞こえない様に穴の中で作戦会議をしたい。こっちに横穴を作れ!
「わ、分かった!」
指示に従い内野は横穴を掘り、柏原と共にその中へと入って行った。
内野が穴を掘りながら匍匐前進である程度進み、そこに柏原が入ってくる。内野はお互いの顔が見えるように光の玉を出す。
「よし、これで心置きなく作戦会議が出来るな。
正々堂々と追いかけ捕まえてやりたかったが、あれじゃあ何時間掛けても無理そうだったし仕方ない…それに『隠密』で姿を消してから捕まえるという手もあったが、それはカッコよくないから嫌だし二人で協力するぞ」
「そ、そうか…で、何か作戦はあるのか?」
「ああ。
俺達は今大木の下辺りにいるから、お前はこのまま大木の真下まで穴を掘った後、木の中を掘り進んで上がっていけ。
俺は田村さんをその木付近にまで誘導するから、俺が合図をしたタイミングでその大木から飛び出て田村さんに飛び掛かれ。
流石の田村さんも木の中からの奇襲は想定しないだろうし隙を見せるはずだ。そこを俺が叩く!」
『穴掘り』なら木の中を掘り進むのは可能だろうし、出来ない事は無いな。
ただ田村さんがそれを想定していないかどうかは分からない。でもこれ以外には手が無いしやるしかないか。
内野が頷くと柏原は「俺が雄叫びを上げたら合図だからな」とだけ言い、直ぐに穴の出口へと戻って行った。
柏原が土だらけになって穴から出てくると、田村は木の枝に腰をかけて余裕そうに座っていた。
「おや、作戦会議は終わりましたか?」
「余裕そうにしてられるのも今までだからな田村さん」
二人はそんな事を言い合うと、再び田村と柏原は森の木の上を駆けまわった。
柏原は田村を中央の大木に誘導する為に、槍を投げて枝を潰す事で田村の移動ルートを制限していった。
そして時間制限まで残り1分を切った所でようやく田村を大木付近にまで寄せられる事が出来た。
ようやくチャンスが到来し、ここで柏原は内野に合図を出す。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
柏原は田村を追い駆けながら雄叫びを上げる。
急に叫び始めたので田村は振り返り柏原の姿を確認する。田村が振り返って大木から目を逸らした事に、柏原は内心ガッツポーズをしていた。
〔よしっ、田村さんがこっちを向いたぞ!後はお前の出番だ内野!捕まえられなくても良いから田村さんの態勢を崩せ!〕
「なるほど、内野君大木からの奇襲ですか」
だがその直後、田村はそう呟きながら『ステップ』で大木から距離を取った。
まだ内野が一切動いていないのに何故奇襲場所がバレたのか柏原は分からず、「は…」と短い驚きの声を出すしかなかった。
「そんなにジロジロとこっちを見ていたら誰でも分かりますよ。それに誘導のやり方も下手です。柏原君、君は本当に素直で分かり易いですね」
「くっ…」
作戦失敗を察して柏原の表情は曇る。その顔を見て田村もこれ以上二人に手が無いのを察し身体から力を抜いた。
だが次の瞬間、田村は背中から何者かに抱き着かれた。
「捕まえたっ!」
「「なっ!?」」
観戦している怠惰プレイヤー、柏原、田村の全員が驚きを顔に表す。
なんと田村に抱き着いたのは内野であった。
〔内野君!?何故彼が後ろから…あっ…〕
田村が内野の来た方向に目を向けあるものを発見した。それは田村の背後にあるそこそこ太い木に空いている穴だ。
その木の中を掘り進んで内野は飛び出してきたのだろうと、田村は予想出来た。だがそれと同時に疑問もあった。
「柏原君、もしやさっきのは演技なのでは…」
「えっ…い、いや…知らない…」
柏原がさっき掘り進めろと言った木は中央の大木であったが内野が飛び出てきた木は違く、柏原も内野がどうして他の木にいたのか分からなかった。
この柏原の反応が嘘だとは思えず、これは内野の判断で行った事だと分かった。
「なるほど…さては内野君、自己判断でこっちの木に移りましたね」
「はい。一か八かでしたが成功しました…」
「……私の負けです。本来はこれは君達の動きを見る為のものだったのですが、これはこれで面白いの良いでしょう。
ただ一つ聞いて良いですか?貴方どうやってあの木に穴を掘ったんですか?
太さがあまりないので、私にバレずに人が中に入れる穴を作るのは難しいと思いますが」
田村に「負け」という言葉を出させて勝利した内野は腕を離し、田村の質問に答える。
「二人が知らない新しいスキルを使いました。実は穴に潜っている間にも『第三者視点』で二人の事は常に見る事が出来ていたんです。
それで田村さんを見てると、貴方の目が大木の方にチラチラと向いているのに気が付きました。それで自分の場所が大木の中にいるのがバレていると気が付き、他の木の中を潜る事にしました。
太くない木でも器用に内側に穴を掘れたのは『第三者視点』で木の曲がり方とかを外から見れたからです。田村さんは大木の方を警戒していたので気がつかなかったと思いますが、実は裏側は少し幹が割れたりしていますがね……」
「なるほど。そして『第三者視点』とやらで私が油断した瞬間を狙って飛び掛かったと…
柏原君の考えが顔に出やすいという特徴を知っているが故に、私は彼を見て完全に勝ちを確信していました。そこを突かれるとは不覚…」
田村は指を額に付けて悔しそうにそう言っているが、悔しさと同程度に嬉しさが勝っているのか少しだけ笑みを浮かべていた。
一方、それを聞いていた柏原も静かではあったが、悩みながら小さく独り言を呟いていた。
「本来は内野を囮にして田村さんを捕まえ、梅垣よりも早く田村さんを捕まえてやったって皆や梅垣に自慢しようと思っていたが…これじゃあ俺が捕まえたって言えないよな…」
「自慢する為にわざわざここまで来たんですか…」
柏原がここにいる理由がくだらないないものだと分かり内野が唖然としていると、柏原が何か良い事を閃いたのか「はっ!」と言い顔を上げて内野を指差す。
「よし、内野は俺の弟子だったって事にしよう!これで俺が捕まえたも同然だ!じゃあさっそく梅垣に自慢してこなくては!」
「それはいくら何でも横暴過ぎるぞ」
吉本に続き柏原までもが内野の自称師匠となってしまった。
そして柏原はそれを却下する内野の声に耳を傾ける事なく、ルンルンとスキップしながら脱落組がいる場所へと戻って行った。
田村を捕まえて内野はゲームクリアという事で、その場にいた青い帽子を被った者以外の内野と田村も戻る事にした。
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