第197話 プレイヤーの死
模擬戦が終わり疲れて座っている内野に、川崎はクーラーボックスから取り出した水を差し出す。
そして内野は意図せず発動した『第三者視点』について川崎達に説明をした。
「…ふむ、自分の視界が塞がった時に発動するパッシブスキルか。ただこれは上位スキルだし、もっと使って練度を上げていけば常時発動させたりするのも可能かもしれないな」
「でも自分で目を瞑っても発動しなかったんですよね…」
「上位スキルはどれも扱いが難しい。基本スキルや戦闘技術という土台が出来上がった状態で使う事で、ようやく真価を発揮するものと言えるな。
だから俺達はまだ強欲グループのプレイヤーにこのスキルの存在を教えていないんだ。この訓練でその土台が出来上がった者に教えていくつもりだが、まだまだ先は長いな」
これで怠惰グループが上位スキルの存在を隠している理由が分かった。
確かに凄いスキルが手に入ると聞いたら、ある一定数の人達は上位スキル獲得の為にしかSPを振らなくなると思う。
俺だってそんなスキルの存在を聞いたらロマンがあるし狙うだろう。
川崎は続けて口を開く。
「清水みたいに体術で戦うよりも、多様なスキルを使って相手を翻弄する戦闘スタイルの方が良さそうだし、これからはそれを伸ばす訓練をしていこう。MP100回復する魔力水は一日二本までならこっち持ちで渡せるから、今あるスキルの練度を上げるんだ。先ずは『独王』からだけどな」
黒沼を呑み込み手に入れた『独王』という、味方にステータスを分配したり、逆にステータスを奪ったり出来るスキル。能力だけ聞けば普通のスキルよりも強いが、これには上位スキルの印は無かったので普通のスキルという判定だ。
手に入れてからまだ一度も使っていなかったので内野はこれを使うのを少し楽しみにしており、ワクワクしながら川崎にスキル使用の許可をもらう。
「じゃあもう今使ってみても良いですか?
どんな風にステータスを渡せるのか試してみたいですし」
「良いぞ、試しに塗本に使ってみてくれ。塗本の物理防御力を『独王』で上げて、清水の攻撃をどれだけ軽減できるか試してみよう」
そう言いながら川崎は闇から塗本を出し、これから行う事の説明をする。塗本は青い顔になりながらも「了解しました…」とサンドバッグになるのを受け入れた。
内野は震える塗本の胸に手を当てると
「独王」
スキルを発動すると、その瞬間に自分と塗本が透明な線で繋がった様な気がした。
そして試しに自分の物理防御力を移してみようと念じてみる。
「…どう?君がこのスキルを正しく使えないと俺が苦しむ羽目になるから絶対に失敗しないでね?」
「ちょ、緊張させないで下さい…一応やってみましたが成功してるのか分からないです」
内野が手を塗本から離して下がると、それに入れ替わる様に清水が前に出る。そして清水は軽く塗本の溝を拳で突いた。
それを喰らって塗本は前のめりに屈むが、直ぐに顔を上げる。
「ガフッ………あ…でも昨日と比べたら全然マシだ…」
何故昨日も清水に溝を殴られたのかとという質問はさておき、これで内野の『独王』が成功したのが分かった。
ただやった後に、こんな方法じゃなくても『独王』の能力を確かめられたんじゃないかと内野は思い口にする。
「その…わざわざ塗本が殴られる必要あったんですかね?
物理攻撃力を上げて、どれぐらいの力加減で岩を壊せるようになるかって検証で十分じゃ?」
「ああ、普通にそっちの方が検証し易いだろうな。これは塗本への罰を含めてのものだ」
「罰…?何をやらかしたんですか?」
内野の問いを聞き、塗本は下を向いて黙り込む。そしてそんな塗本を見て川崎と清水は小さくため息をついた。
「黒沼の話だ。本当はもう少し経過してから言おうと思っていたが、昨日塗本が小野寺達の前で言ってしまったからもうここで君にも教えよう。
…『黒沼 浩司』は蘇生石で生き返れない」
「…えっ」
川崎から告げられた残酷な事実に、内野は放心状態になる。だがそんな内野を川崎は待たない
「蘇生石を使えば今いる偽物の黒沼の身体に黒沼の魂が戻るはずだが…黒沼に使っても効果が無かった。『強欲』『怠惰』で呑み込まれた者は生き返れないんだ。
ま、生き返れたら『怠惰』で同じ者を複数呑み込めてしまうし、それを防ぐ為のものなんだろう」
「ちょ、ちょっと待って下さい…小野寺と話したんですよ…復活した黒沼を説得しようって…」
「…残念だがそれは出来ない」
それじゃあ…プレイヤーは闇に呑まれたら本当の死を迎えるって事かよ…もう生き返れないのかよ…
内野は胸がズキズキと痛み胸を抑える。新島が死んだと聞いたときと同じ痛みだった。
この時内野の頭に浮かんでいたのは、説得して改心した黒沼が見せた笑み、そして交わした手の温もりだった。
だがそれをもう感じる事は出来ない、改心した黒沼と仲間になるという小野寺との約束も果たせない。これが本当の死なんだと内野は初めて実感した。
そして蘇生石の存在が如何にプレイヤーの心の支えになっていたのか思い知った。
「口を滑らせたって事は…小野寺達はそれを聞いたんですね…?」
「ああ」
「どんな…感じでした?」
「新橋と島之上(青と黄仮面)は難しい顔をしていたな、悲しみたいけど本気で悲しめないという風な。
薫森と早大(紫と緑仮面)は特に何も思っていなかったみたいで、普通に話を受け流していた。
小野寺は…絶望を顔に出して項垂れていたな。あいつが一番ショックを受けているのは目に見えて分かった。
…今日は訓練に来ず家にいるみたいだ」
そうだよな…小野寺は一番黒沼を心配していたもんな。そりゃそうなる…
内野の落ち込み具合は新橋達以上のもので小野寺の次に酷かった、ただ清水はそれが疑問だった。
「お前が黒沼と言葉を交わしたのはほんの数分だろ?どうしてお前がそんなに落ち込んでいるんだ?」
「…俺が黒沼を殺してしまったからに決まっているじゃないですか。小野寺との約束を守るつもりでいた俺自身がそれを破ったようなもんだし…」
「ああ…人を殺すのは初めてか」
清水はそれだけ言うともう何も言わなかった。塗本も申し訳なさげな顔をしているだけで、普通に喋れるのは川崎だけだった。
「『強欲』で吞み込まれたら生き返れないだろうなっていう予想は、君の能力を聞いた時点で分かっていた。
俺も『怠惰』で吞み込んだ奴を生き返らせられなかったしな」
「…じゃあ川崎さんはこれをいつ小野寺に説明するつもりだったんですか?」
「相応の準備が整ってから言うつもりだった。完全にこっちの都合だが、これを公表するには準備が必要だったんだ」
「準備…?」
川崎言っている事が何なのか全く分からなかったのでそう呟くと、川崎は話すか迷いながらもゆっくり口を開く。
「先ずはある男の話をしよう。
かつて俺達怠惰グループには『大河原 死渡』という男がいた。そいつは大罪スキルを持つ俺に続く実力者だったが、残虐で、人と魔物に一切見境が無いという誰も救えないぐらい絶望的な性格をしている者だった。
そんなアイツは俺に『強欲の刃』を刺してき、俺の身体から出た闇に呑まれていった。
これで『怠惰』で呑まれた奴は蘇生石で生き返れないって俺は知ったんだ。だが皆はまだこれを知らず、大河原が蘇生石で生き返れないのを皆は「プレイヤーを辞める手段があるのかも」だとか思っている。
だがこの黒沼の話を皆にするとそんな考えは消え、生き返れない事=大罪スキルに呑み込まれたという事が広まってしまう。そうなると俺に不都合な事が起きる可能性があるんだ」
「川崎さんに不都合な事…?」
「…俺が大河原を『怠惰』で一度も出していないのはどうしてだと思う?何でそんな有能な駒を使わないでいると思う?
答えは簡単、俺にはアイツを制御出来ないからだ」
川崎が自分で吞み込んだ者を制御出来ないなんて言うとは思ってもみず驚き、さっきまで黒沼を事を考えて感じていた胸の痛みが取れた。
「俺に呑まれた魔物が言う事を聞くのは、俺がその魔物の生殺与奪の権を握っているからだ。俺はいつでも仲間の魔物の魂を完全に消す事ができ、それを本能で理解しているから俺の命令を聞くんだ。
だが大河原は違う、狂ってる。自分の命すらも惜しくないという勢いで、なんと呼び出した瞬間に俺を攻撃してきたんだ。アイツの攻撃は術者の俺には通用しなかったが、他にそこに人がいたら死んでいただろうと思う暴れっぷりだった。
その制御出来ないという理由があって俺は大河原を一切使わないでいる。ま、俺は魔物の意思を強制的変えて動かす事が出来ない…とでも思っていてくれ」
まさかの怠惰の弱点的なものをカミングアウトされたが、内野は完全と言える程川崎の懸念を察する事は出来なかった
「黒沼の話をすると、生き返れない事=大罪スキルに呑み込まれたという事が広まり、川崎さんが大河原を使役しているのがバレる。
…これの何が問題なんですか?大河原を好いている人がいるのなら分かるのですが、そんな人いるとは思えませんし」
「問題は「大河原を使役しているのに何故使わないんだ」という疑念が生まれる事だ。
この疑念から『怠惰』の「意思を強制的変えて動かす事が出来ない」という弱点を考察される必要がある」
「こ、考察って誰にですか?」
「当然敵にだよ、敵と言っても一つじゃないけどな。
先ずは塗本の言っていた王国人という奴ら(123話)
次に仮面達みたいな事を考える他グループの奴ら。
そして…怠惰グループの俺を中心としたこの精鋭メンバー以外の者達。俺はそいつらにヘイトを向けられているから警戒すべき敵と見なしても問題無いだろう。
それに場合によっては君達強欲グループのプレイヤーからも俺達の敵が現れるかもしれない。そうなると何処から情報が洩れるか分からない。
だからその小さな疑念が芽生えるのすら防がねばならないんだ」
心配し過ぎ…だとはとても言えない。前回のクエスト中に怠惰グループと別れて行動し始めた強欲グループのプレイヤーも十数人いたし、強欲グループのプレイヤーから敵となる存在が現れてもおかしくないからだ。
なので内野は反論は特になかったが、一つだけ気になる事があった。
「『怠惰』の「意思を強制的変えて動かす事が出来ない」というのが敵にバレたら不味いのはどうしてですか?
別にバレても戦闘で不利になる事なんて無いと思うのですが…」
「…意思を強制できない、心を操れないというのを知られ、魔物の俺への忠誠はあくまで自分の命を握られているからだとバレれると…相手はその忠誠を崩す方法を考えるだろう。
例えば…命を取られる事以上の恐怖、誘惑、希望の心を見せたりしてだ。
ほら、傲慢の使徒は相手に恐怖心を植え付ける能力があるという報告があっただろ?
そういう対象の心を変色させる能力で俺の魔物も使えなくなる可能性があるんだ」
「なるほど…対象の心に影響を及ぼすスキルとかもあるかもしれませんしね…」
一応これで川崎の考えに納得した。
するとそのタイミングで生見がいる方のテントからある者が歩いてきた。
「そ、そのぉ…ちょっと偶然話を聞いてしまったのですが…ど、どうしましょうぅ…」
自信なさげな女の子の声。顔を見なくてもその声が『吉本 美海』のものだというは内野にも分かった。
その美海の姿を見て、普段あまり動揺を見せない川崎が珍しく目を丸くして驚いていた。
「美海…今は向こうで訓練中じゃなかったのか?
それに俺はこの話をする前に周囲に魔物を配置していたはずだが…」
「…えぇ、あ、実は訓練中に森の中を迷っちゃって、なんか火事っぽい黒い煙があったからそこを目指して歩いていたら魔物がいて…「やっと訓練所に帰って来れた!」と思っていつも通りその魔物を瀕死にさせてしまいましたぁ…
川崎さんの姿を見つけて訓練の為の魔物じゃないと分かったので直ぐに謝りたかったのですが真剣な話をしていたので…邪魔できずここで待っていました…」
「…ちなみに何処から何処まで聞いていた?」
「『黒沼 浩司』は蘇生石で生き返れないって所から最後まで全部聞いてました…」
川崎は目元に手を当て下を向きため息をついた。
こうして川崎がこの秘密を明かしている者は内野と美海を加え、そこに清水と二階堂を足した5人になった。
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