第193話 私の武器
「…正月に帰省した時に私の異変に気が付いた両親が退学させてくれたの。
それ以降は通信の学校に通って勉強をしてたんだけど、以前よりも勉強が頭に入らなくて結局1浪して、今年20歳になる。
バイトもせず、浪人のくせに勉強も大してせずに成人を迎えようとしてるんだ…高校入りたての時の私じゃ絶対に想像出来ない姿だよ…」
内野は新島の話を聞いて言葉を出せず、気が付けば勉強の手は止まっていた。
昔の新島の姿に対する驚きと、東条に対する怒りと、新島の境遇に対する悲しみ、そんな感情が渦巻いていたのでどんな言葉を掛けるべきか分からなかった。
「…結局私の思考回路を形成していた『善』は、助けた者から感謝される事で成り立っていた『善』だったの。
そんな16年かけて作った『私』が完全に崩れちゃってもう…何もかもどうでも良くなっちゃってここまで落ちぶれたの…」
「そ、その…新島は悪くないと思うし…」
「私が悪かったんだよ。自分の事を見えていなかった未熟な私が悪いんだよ。東条に負けた私が悪いのよ。自分を真の善人だと疑わなかった私が悪いの」
新島の震えた声で言う自虐的な言葉を聞き、内野の胸は痛くなる。
そんな事言わないでくれ…だってそうだとしても今の新島は…
内野の心の言葉を遮る様に、新島は一呼吸置くと少しだけ笑みを浮かべて再び口を開いた。
「でも今は落ちぶれて良かったと思ってるよ。
だってそのお陰で私はプレイヤーになれたし、私だけの武器を見つける事が出来たもん。
それに何より…皆に出会えたもん。今ではもうあの時東条にハメられて良かったと思ってる」
「新島だけの…武器…?」
「…うん、これも素直に話すよ。
実は私ね、初クエストで転移される直前に自殺しようとしていたの」
「えっ…」
「コンビニに行こうと外に出てた時なんだけど、コンビニの隣に建設途中の大きな建物があったの。
思い切りの良さは健在だったみたいでさ…それを見てなんか「死のう」って思っちゃったんだ。
そしてその建物の屋上に行って飛び降りようと足を外に出し、浮遊感を感じた瞬間、意識が途絶えた。
……それで気が付いた時にはロビーに転移してたの。最初はあの世に来たかと思って、内野君達も私みたいに死んだ人なのかと思ったよ」
内野はその話を聞いて息を呑んだ。
あの時ロビーで出会った新島は自殺しようとしていただなんて思ってもみなかった驚きの感情もあるが、それと同時にクエストの存在に感謝していた。
もしもクエストが無ければ新島が死んでおりここに新島は居ないから、そもそも新島の存在をニュースの報道でしか知る事がなかっただろうから、クエストがあって良かったと。
「それで私の武器はこれのお陰で手に入ったの。『自殺への勇気』という私以外誰も持っていないであろう武器を。
自分から本気で死への一歩を出せた私は、今生きている誰よりも死への勇気を持っているという…」
「っ…やめろ!」
内野は思わず強い声で新島の話を遮ってしまった。内野から新島の武器について聞いたので最後まで話は聞くべきだろうが、それ以上新島からそんな言葉を聞きたくなかった。
「でも…運動センスも無く、工藤ちゃんみたいにスキルを使う才能も無い私にはこれしか無いの。命を使って戦うぐらいしか…」
先週の木曜日の話し合いの川崎からの情報で、詠唱アリでスキルを使った時に自分の魔力を使いきれなかったらスキルを使う才能は見込めないとあった。
新島は一回目のスライムのクエストで魔力を使いきれなかったので、才能が無いのが確定してしまっていたのだ。
だがそれが分かってても内野は新島の武器を否定したかった。
「そ、そんな事無いだろ!
ほら、前のクエストで土竜の目に気が付いたのも、肉塊の魔物を落とし穴に落とすって作戦を考えたのも新島だ。戦闘じゃなくてそういう所で貢献できるからそんなのに頼らなくても良いはずだ!」
「…ゴーレムのクエストで君を助けられたのも私のその武器のお陰だし、死ぬかもしれないのに闇の中に入って君を助けられたのもその武器のお陰なんだよ。
…だから否定しないほしいの」
「っ…」
自分は新島のその武器に助けられ、今ここにいる。それに気が付いてしまった為、内野は否定する言葉を失ってしまった。
その通りだ…俺は新島の死を恐れぬ行動があったから生き残れた。そんな過去があるから俺に否定なんか出来ない…
でも…これからは変えられるはずだ。
「俺、もっと強くなるよ。もうお前がそんな勇気を出さなくても大丈夫な様に強くなってやる!だから待っててくれ!」
「…そう言ってくれるのは凄く嬉しいけど、クエストは待ってくれない。だから君が危険な状況になったら私は迷わずこの武器を使うよ。
これはもう私が決めた事だから、絶対に曲げない」
内野が力強い声でそう言うと、新島は微笑んでいる様な困っている様な顔をして下を向く。
そして新島は自分の決意を話すが、新島のその言葉が内野の心に火を付けた。
もう死なせない、死なせてたまるか、強くなってやる!新島がもう俺を庇わなくて済む様に!
内野が心の中でそう決意した所で、内野の部屋のドアの前で「ガタッ」と何かが床に落ちた様な音が聞こえた。
何かと思い内野が扉を開けてみると、そこには内野の両親がいた。母が地面に落ちているスマホを拾おうと態勢を落としていたので、さっきの物音は内野の母がスマホを落とした音だと分かった。
「もしかして…聞いてた…?」
「え、あ…い、いや…俺は母さんと一緒に寝室に行こうとして、偶然お前の部屋の前でスマホを落としたんだ」
内野の問い詰めに父は目を逸らしてそう言うので、今度は母に問い詰める。
「母さん…聞いてたの?」
「…うん。
勇太の「もっと強くなるよ!」とか「待ってて!」って言葉を聞いて、つい動揺しちゃってスマホを落としちゃった…」
「な、なるほど…ちなみにそれ以外の所は聞こえてないよね?」
「ええ、扉越しだったし力強く言ってた所しか聞こえなかったわ。
ごめんなさいね…父さんが聞き耳立ててたから私もそれに加わっちゃって…」
良かった~少なくともクエストについての話は聞こえてないみたいだ。
だがあそこだけ聞こえたとなると…まるで俺が新島に告白したみたいな感じになるじゃん。
…あ、それで母さんは動揺してスマホを落としたのか。
てか父さんは息子の部屋のドア前で聞き耳を立てるとか正気かよ。
真実を聞いた内野は再び父の方を見る。
「で、父さんは何か言いたい事でもある?」
「…仮にフラれたとしても、勇気を出して踏み入れた一歩は決して無駄にはならないぞ。その経験は必ず自分の力に…」
「今日は階段で寝てろ」
「せめて廊下にしてくれ」
良い事を言って誤魔化そうとした父にそう言い放ち、内野はドアを閉める。
そのやり取りを座って見ていた新島はクスクスと笑っており、内野は恥ずかしくなって頭を掻く。
「二人共俺が異性と関わっている所を見た事ないから興奮してるんだ。ほんと困った両親だよ…」
「そう?困ってるというよりかは楽しそうな感じに見えるけど」
新島に言われて気が付いたが、内野は笑顔だった。
クエストで死を近くに感じた事で、このいつも通りの日常を大切に思える様になったからだろうか。
それとも新島がいて気分が舞い上がっているだろうか。
どうしてかは分からないが親に部屋に聞き耳を立てられていても、悪くない気分だった。
「…勉強に戻ろう、そしてもう家でクエストの話をするときは予め誰も聞いてないか確認してからにするぞ」
「ふふ…はいはい、じゃあ教科書の続きからやっていくよ」
一度は互いに暗い心境になったものの、両親のこの件のお陰で再び二人共笑いあえ勉強の続きへと戻れた。
そして2時間程勉強をすると、久々の勉強で疲れたのか二人に眠気が襲ってきたので、今日はもう寝る事にした。
内野は自分の部屋で寝て、新島はリビングに引かれてた布団で眠りについた。
ただ、寝る前に新島は真っ暗なリビングで一人考え事をしていた。
ゴーレムのクエストの時、私は黒狼に襲われそうだった内野君を助けた。考える間もなく身体が動いて、次の瞬間には意識が途絶えて私はいつも通り家の中にいた。
でも黒狼が今にも内野君に飛び掛かりそうな所を見た時、私が咄嗟に動けたのは、死への恐怖が無かったからというのもあるけど、誰かに背中を押されたから動けた気がする。
あの場で私の後ろには誰もいなかったか、当然だけど実際には誰も私の背中を押してないけど、とにかくそんな感じがした。
黒狼に会う前の、工藤ちゃんと進上さんを探しに一人で向かった内野君を追いかけたのは間違いなく私の意思だった。
誰かの為に動く彼の姿を昔の自分に重ねてしまって追い駆けてしまったのをよく覚えてる、だからあれは私の意思で動いたものだと言い切れる。
それじゃあ内野君を黒狼から庇った時、その何者かが背中を押してくれてなかったら私は…内野君は…
そんな事を考えている間に眠気は限界に達して、普段考え事があると中々眠れない新島の意識はそこで途絶えた。
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新島が「私が悪かったんだよ」と自虐的な事を言った時、主人公なら「おっと、俺の好きな人の悪口はそこまでだ」ぐらいカッコイイ事を言ってもらいたいものですね。内野はそういうキャラじゃありませんが。
(ちなみにこのセリフはどっかのYouTubeのコメ欄で見たものなので、作者が自分で考えたもではありません)
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