第191話 完璧な者の思考回路
内野は勢い良く扉を開けて部屋へと入り、「黒狼が…喋った…」と報告してきた。
内野に黒狼の声が聞こえたり、黒狼が黒沼を吞み込もうと闇を暴発させたりしたのは強欲と怠惰グループのプレイヤーに知らされているので、新島も黒狼が喋る事は知っていた。
なので新島が気になるのはどんな事を喋ってきたかだった。
「黒狼が喋ったって…何を?」
「ちょっとお風呂場で恋バn…あ、いや新島の事を考えていたら、そしたら…」
内野は事の経緯を説明し始めた。
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内野がお風呂場で新島の事を考えて頭を悩ませていると、『哀狼の指輪』に掘られた狼の装飾の目が赤く光だした。そして頭の中に誰かの声が聞こえてくる。
『カノジョカラハナレルナ』
「っ!?」
その声は男性のものなのか女性のものなのか分からない不思議な声だが、聞き覚えのある声。前のクエストで肉塊の魔物に『強欲』を使うとした時に聞こえた「コレハ…ダメダ……」という声だった。
内野は浴槽に身体を沈めてまったりしていたが、そんな場合では無くなり直ぐにその場で立ち上がる。
黒狼、今のは俺の心の声に答えたって事で良いのか…?
喋れるならお前の目的を教えてくれ!
さっきと同じように返答してくるのを期待して内野は心の中でそう念じてみるが、反応は一切無い。
だがもうまったりと浴槽に浸かっている気分でも無くなったので、急いで風呂を出てそれを新島に報告しに向かった。
いつもは念入りにタオルで髪の水分を拭きとっているが、今日はだけはそれを疎かにして。
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「…てな訳で、俺が新島の事を考えていたら急に喋りはじめたんだ」
「お、お風呂場で私を……」
「え、あ、違うから!やましい事を考えてたとかじゃなくて、その…新島は勉強を教えるの上手かったな~って思い返してただけだから」
卑猥な事を考えていると思われてもおかしくなかったので、内野は急いで弁明をする。
新島は特に嫌な顔をせずに少しだけ笑うと、直ぐに真面目な表情へと戻り黒狼の言葉について考える。
「ふふ、それは別に大丈夫だからそんなに焦らなくても大丈夫だよ。
それよりも『カノジョカラハナレルナ』の意味だけど…内野君が私の事を考えていたって事は、カノジョは私の事だよね。どうして黒狼は私から離れるなって言ったんだろう…」
黒狼は俺と新島をくっつけようとしている…なんてふざけた考えは置いといて、「『闇耐性』を持っている新島と一緒にいると俺が動きやすくなるから一緒にいろ」って感じかな。
コイツの目的は分からないが俺に直接害を与えてくる事も無いし、なんかこれも俺を引っ搔き回す為の無茶苦茶な言葉というより、アドバイスって感じがするし。
自然と黒狼が自分に敵対しているとは思えず、内野はそう考える。
その考えを話してみると新島は何もを返事をせずに『哀狼の指輪』に目をやる。
「ねぇ…教えられるなら教えて。私は貴方と初めて会った時、何故か妙な懐かしさを感じたの。それは工藤ちゃんも感じたいたみたいだけど、もしかして私達と何処かで会った事があるの?」
新島が前から言っていた妙な懐かしさについて尋ねるが、指輪は何も語らない。
「なんだよコイツ。勝手に喋り始めたと思ったら急に黙るし…好き勝手過ぎるだろ」
「何か理由があるのかな…この事は一応川崎さんに報告しておく?」
「だね。
それと妙な懐かしさについて一つ思い出したんだけど、新島と工藤と同じ様に進上さんも同じことがあったのか聞いてみようと思う。以前梅垣さんとそんな話をしてたけどすっかり忘れてた(91話)」
という事で勉強を始める前に川崎と進上に連絡する事となった。
先ず川崎にその事を説明すると〔了解〕と返信が帰って来る。川崎が何も聞いて来なければ特にこちらから何もいう事は無いでのこれで会話は終わりかと思ったが、少しすると続けて長文の返信が送られてきた。
〔この話も含め、今週の日曜日に全7グループでとある場所に集まって直接情報交換する事になった。
1グループ辺りのメンバーは大罪1人とグループメンバー1人の計2人で、14人で集まる予定だ。
協調性の無い『傲慢』とは連絡が繋がらなかったから集まる大罪は6人になるだろうが、変わりの者が来るという。
内野君が誰を連れていくかを決めて良いが、出来れば話について来れる者で頼む〕
内野の個人チャットに続き、強欲グループにそう説明文を送られてくる。
連れて行く者と言われ、内野の頭に浮かんだのは梅垣だった。
あの人なら話についていけないだなんて事も無いだろうし、これは決定で良いな。てか『傲慢』を除く全大罪が現実世界で集まるのか。
…大丈夫かな、揉めて戦闘になったりしないよな?
大罪スキルとかいうチートスキルを持ってる奴が本気で争ったら大事になるぞ。
とりあえずその心配はさて置き、続いて進上に黒狼への懐かしさについてメッセージで尋ねる。
〔僕もフレイムリザードのクエストで黒狼を見た時、既視感というか懐かしさを感じたよ。当然二人と同じく黒狼に会った事なんて無い。
話を聞く限り『闇耐性』を持った僕含めた3人にそれがあるんだ、不思議だね!〕
するとそう返信され、いよいよ『闇耐性』と黒狼には切っても切れない何か重大な関係があると判明した。
だが黒狼にそれを聞いても何も答えず、二人で考えても何も進まない。
そんな歯痒い気持ちが残っていたが、とりあえず梅垣に日曜日の集まりの同行を頼んだ後はもうテスト勉強をする事にした。
連絡すると、梅垣は
偏差値50以下の高校にいる様に内野が勉強が好きではないが、友達や仲間に教えられながら勉強するのは楽しく、今日の勉強は全く苦ではなかった。
それどころか普段クエスト関連の血生臭い話しか出来ない仲間とこうして過ごせる事が嬉しく、勉強すらも楽しく感じていた。
新島に英文法を教えてもらっているが、塾の講師と同じぐらい説明が分かりやすく、教えられた内容がすんなりと頭に入ってくる。
「内野君は時制のミスが多いから、テストが終わった後にどういう時に過去完了形や現在完了だとかの時制になるのかだとかを勉強し直した方が良いね。
あと前置詞の位置が違う事が多いから、そこを意識してやってみて」
「分かりやすく問題点まで教えてくれありがとう、めちゃくちゃ助かるよ。
もしかして偏差値高い高校とか通ってた?それか塾の講師のバイトとかやってたの?」
「良い高校には通ってたからね」
新島の表情は変わっていないが、声のトーンが僅かに下がっている事に内野は気が付いた。
…新島っていつから引き籠ってたんだろう。
年齢を聞いてないから分からないが、新島は多分20歳ぐらいだ。高校卒業後からだとしたら2年は引き籠っていると考えられるが…聞いても良いものなのか…
今日同じ家に泊る訳だが、もしも新島の過去が暗いものならどう声を掛ければ良いのか分からないし、そんな事を聞いてしまえば気まずい空気になってしまいそうなので、内野の中には躊躇いがあった。
「…内野君は聞きたい?昔の私の話を」
「えっ」
「その反応…図星だね」
新島が自分の心読んだかのようなタイミングでそんな事を言い出したので、内野は驚き手を止める。
心の声は漏れていなかったし、顔にもあまり出していなかったはずだ…
「どうして分かったの?」
「もしも私が内野君なら私の過去を知りたいと思うし試しに言ってみたの。それに…もう話しちゃっても良いかなって思ってたからね、言葉にするのは怖くなかった。
…勉強しながらで良いから聞いててくれる?」
「うん…聞かせて欲しい」
内野が新島の目を見てそう言うと、新島は机の上にある教材に目を逸らす。
その反応を見て、目を見て向き合ったままだと話にくい内容なのだろうと思った内野は、新島の為に教科書を読んでいるフリをしながら話を聞く事にした。
「これは私が高校生の頃、まだ自分の正義が正しいものだと信じていた…精神が未熟だった頃の話…」
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『新島 藍』は昔から明るい性格で周囲に笑顔を振る舞っていた。
新島には正義感と行動力があり。中学生の時は学級委員長を務めていじめっ子を説得し、クラスの虐めを根絶した。その姿は虐められていた者から見ればヒーローとも呼べるものだった。
そこそこ勉強も出来たので、受験期でも友達の勉強を見て助けたりしていたので、色々な人に愛されていた。
そしてルックスも良く頭も良いので、当然異性から言い寄られる事も何十回もあった。
家庭は他の家と比べたら裕福な方で家族仲良好。絵に描いたような順風満帆の人生であった。
そんな挫折や絶望知らずの素晴らしい人生を送ってき、彼女の中には嫉妬だとか憎悪などの負の感情は一切無く、彼女の思考回路は『善』で出来上がっていたと言えるだろう。
誰かの為になる事をすると自分も幸せになれ、運動神経が無い事以外完璧な人間だった。
受験を終えて新島が入った高校は、偏差値70の都心にある私立の女子校。元々東北住なので新島は両者と離れて学校の寮で生活する事になったが、新しい生活が楽しみで期待に胸が弾んでいた。
それに自分のこの性格と成績なら高校で友達も沢山作れると確信していたので不安はあまり感じていなかった。
そして案の定その予想通りとなった。
新島はその高校の最初のテストでもトップの成績を取り、その人柄の良さから中間試験を終えた段階で友達の数はかなり多かった。
だがそんな新島を良く思わない連中も多数おり、その連中の中にはこの学校の理事長の娘である『東条 夢』もいた。
まだ自分の事嫌っている人がいるというのを知らずにいた頃、新島は偶然校舎裏でイジメを目撃した。一人の生徒を三人が囲んで罵声を浴びせている所である。
四人とも新島の同級生である一年生で、その三人の中には『東条 夢』もいた。
当時の新島はまだ東条の事を知らなかった。理事長の娘が同じ学年にいるというのは耳に入っていたが、会った事の無い者の顔なんて知る訳がなく、ただのイジメだと思って新島はそれを止めに向かった。
仮に東条の事を知っていたとしいても、当時の新島には見過ごすなんて選択肢はなかっただろう。何故なら彼女の思考回路は『善』で形成されているから。
「何をしているの!?
そんな事して恥ずかしくないの?寄ってたかって一人に対して…」
「は、誰だお前…って、あ。
お前あれだよな新島藍だろ。こっちのクラスでも話題になってるぞ、美人で性格も良く、しかも頭が良い奴がいるって。
で、今こうしてイジメ現場に飛び込んできたって事は、本当にイイ子ちゃんなんだ。私がいてもお構いなしにイジメを止めようとしてくる恐れ知らずの…」
東条は目の前にいるのが新島だと気が付き、鋭い目つきで睨みながらそう言う。
相手はこちらを知っているようだが、新島は彼女の事を知らない。なのでここで新島はとある一言を口にしてしまた。
「私がいてもって…貴方が誰だか知らないけど、イジメを止めるのは当たり前でしょ!?」
この新島が放った「貴方が誰だか知らないけど」というのが、東条の怒りに火を付けた。
偏差値70の高校に通っているだけあり、東条はこれまで常に学校でトップの成績を取り、親も金を持っており小学生の頃から女王様気分の学生生活しか送っていなかった。
だが今回初めて新島にトップの座を奪われ、東条は一方的に新島に対してライバル意識を向けていたのだ。
だが自分の事を知らないと言われて、東条の女王様プライドが怒りの導火線と化してしまった。
「…は?何、理事長の娘で成績2位の私すら眼中にないって訳?」
「っ!?
理事長の娘の人が同級生にいるとは知ってたけど、貴方がそうだなんて知らなかった。
でもね…そんな多数で一人をイジメる様な悪人なんて眼中にあるわけないでしょ。
貴方みたいな見てて気分が悪くなる人を見るぐらいなら、一緒にいて幸せな気持ちになる人を見ている方がよっぽど生産的だもの」
全て新島の本心だ。
『善』の思考回路を持つ新島は、悪である東条に一切容赦などしなかった。まるでヒーローが怪獣をやっつける様である。
そんな事を言われ、当然東条は激情した。
「これは私なりのストレスの発散方法なのよ!あんたがどれだけ幸せな人生を歩んできたか知らないけど、少なからず他の奴らからの過度な期待にストレスは貯まるだろうし分かるわよね?
昔から大人や同級生に期待され続けたから私だって大変なのよ。そして私のストレスを発散できる方法がこれだったの。
そんで、いじめは悪だからこれでしかストレスを発散出来ない私はストレスを貯め込んでろとでも言うの?」
「貴方にどんな理由があろうと、イジメをして良い理由にはなる訳ない。そんなのをイジメを許容する理由なんかにさせない」
二人の言い合いに混じれず、他のメンバーただ見ているしかなかった。
「…途中から見たアンタは分からないと思うけどコイツは私の悪口を言ってたのよ。
先にやられたから10倍返しにしてるだけ。これの何が悪いの?」
途中で東条はいじめられていた者の髪を掴んでそんな事を言う。
すると髪を引っ張られている者は東条と新島の顔を交互に見て弁明を始める。
「違う!悪口を言ったのはアンタらの素行が悪いからで、言ったのは全部本当の事だから!私は悪くない!」
「じゃあ悪口は素行が悪い私へのやり返しって事ね。そんじゃやり返しが許容されるなら私が更にやり返しても問題ないでしょ。あんたが始めたものだもの、私のストレスサンドバッグになるのを受け入れろよ」
「始めたのはアンタだろうがっ!」
今度はイジメられていた者が東条の襟に掴みかかる。だが東条は柔道を習っていたのでそれを跳ね除け、イジメられていた者を逆に抑えつける。
それを解こうと抵抗するが、次の東条の一言でイジメられていた者の反抗心は一蹴された。
「私があんたの事を親に言いつけたらどうなるか分かってるの?苦労して入ったこの学校から出て行く事になるのよ」
「っ…」
東条は親の権力を使い相手を黙らせた。
さっき悪口がどうたらという話があったので新島は全面的に片方の味方をするつもりは無かったが、こんな卑怯な手を使う所を見てしまったらもう黙ってなどいられなかった。
「困ったら親の力を使って黙らせるって…それは卑怯者がする事だよ」
「アンタだって環境に恵まれて育ってきたからここにいるんでしょ。他の者だってそうだし、私だけが卑怯者だと言われるいわれはない」
「環境に恵まれたかどうかじゃなくて、貴方が彼女と話合わずに親の力だけで終わらせたのが問題なのよ」
新島の反論に東条は舌打ちをし、新島を睨みながら立ち上がる。
「ちっ…成す事言う事全て癪に障る奴わね…
じゃあそんな正義のヒーロー様の貴方に聞くけど、アンタはどうやってストレスを発散してるの?」
話のすり替えだが、こうして聞いてくる事にまだ話し合いの余地を感じたので新島は素直に答える。
「私は誰かの為に動く事で幸せな気持ちになれるし、それだけで勉強のストレスなんか吹き飛ぶ」
「はっ…まさか見返りを求めない善をばら撒く事で気持ちよくなれるだなんて本気で言わないわよね」
「…なれるよ」
新島が本気でそう言っているのだとなんとなく感じ取った東条はそれを鼻で笑い、新島に顔を近づける。
「それじゃあ試してみるとするわ。貴方が本当に見返りを求めずに人助けをするのか」
「試すっていうのがどういう事かは知らないけど…良いよ、やってみなよ」
「言ったわね、絶対に化けの皮を剝いでやる」
それだけ言うと東条は取り巻き達と共に立ち去った。
東条が何をしてくるのかは分からないが、新島は化けの皮など被っていなかったので何をされても何も問題無いと、この時は余裕に思っていた。
だがこれが新島の『善』が崩れる初めの一歩になってしまった。新島の思考回路を構成する『善』の崩壊の。
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