第190話 平和そのもの
「新島に変な事するんじゃないわよ!」
「判断を見誤るなよ」
「息子静めろ」
新島が内野の家に泊る事になり、内野は玄関前で工藤・佐竹・松野にそう釘を刺される。
変な気など起こすつもりないし余計なお世話…と言えれば良かったが、母以外の女性と一つ屋根の下過ごした経験などないので大人しくその忠告を心に刻む。
「安心しろ。二人っきりとかならまだしも、父ちゃんと母ちゃんもいるしそんな事になる訳…ないと思う」
「…そこはキッパリ言え。態度から不安を感じ取っちゃって安心なんて出来ん」
佐竹が更に不安そうな顔をしてくるので、次は堂々とした態度で言い切る。
「…大丈夫だから安心してくれ。昔からの付き合いなら俺のヘタレさは分かってるだろ?」
「最近のお前は……いや、なんでもない。そうだよな、お前は面倒くさがりのヘタレだよな。そんなお前を信じるよ」
「あまりにも酷い言い様だな」
二人は少し笑いながらそんな事を言い合う。
佐竹にそこまで言われてもイライラなどもしないし、流石昔からの仲というだけあって自分の事を分かっているなと思っただけで終わった。
そんな二人のやり取りが終わり、三人は「お邪魔しました」と言いながら家を出て行く。
玄関には内野と内野母と新島のみが残る。
「で、では今日はお世話にならせてもらいます」
「う、うん…」
「遠慮しないで何でも言って良いのよ!あ、そうだ!晩飯の前に新島ちゃんは先にお風呂に入ってはどう?入浴剤入れた一番風呂だし気持ち良いと思うの」
「え、でも泊めさせていただいてるご身分でそんな……」
「そんの気にしないで良いのよ!父さんや勇太の入った後の湯船に浸かるのは嫌でしょうし先に入ってらっしゃい」
内野の母が強引に新島に風呂を進めるので、新島は遠慮していたが断りきれずにお風呂場へと誘導された。
な、なんか家に新島がいるのって変な感じがする……てかなんかまだあまり実感も湧かないんだよな。女性が家にいて、今日一緒に同じ屋根の下で過ごすなんて。
「勇太、どうせ新島ちゃんがいるなら今日のハンバーグはあんたが作りなさい。もうお肉は母さんがこねてあるから、形にして焼くのは任せたわよ」
「えっ…普通テスト前の息子にそんな事させる?」
「今日はもう良いじゃない、みんなのお陰で結構勉強進んだんでしょ?」
「……それもそうか、俺も最近自分で作ってなかったから作るよ。
どうせならチーズインハンバーグにして、自作デミグラスソースでも作って最高に美味くしてやろう」
内野は基本的にカレーだとか簡単な料理しか出来ないが、好物のハンバーグだけは違った。小学生の頃から偶に自分でハンバーグを作ったりしていた上に、ネットで色々調べながら自分でソースも作っていた。
そして今日は客人に振る舞う事になったので、腕の振るいどころだと内野のやる気はかなり上がっていた。
20分後、新島が風呂から出てリビングに来ると、ハンバーグを焼いている内野の姿を見た。
リビングダイニングなのでキッチンとリビング間には壁などなく、新島が部屋に入ると直ぐに内野と目が合った。
普段見ない部屋着とお風呂上りの姿に内野の胸の鼓動は少し高まる。
「もしかして内野君が作ってくれてるの!?」
「そ、そうそう。今まで家族以外には正樹ぐらいにしか手料理のハンバーグを振る舞った事が無いから、ちょっとどんなもんか試してみたくてね。
ソースは自分好みに少し改良してあるから、もしかすると新島の口には合わないかもしれないけど…」
「ふふ、それは楽しみ」
自分から料理を作ると名乗り上げた風の言い方をして、少し恥ずかし気に内野が言うと、新島もそれ見て笑顔で返事をする。
母は今二階で内野の隣の物置部屋から布団を出している所で、リビングには二人のみ。
だがクエスト関連の話などは一切せず、内野が料理を作っているのを新島が横で眺めながら普通の会話をして過ごした。
お互いの好きなゲーム、このハンバーグとソースのこだわりポイント、最近の学校での調子等々…血生臭い話は無く平和な時間だった。
途中で内野の父が仕事から帰ってきてリビングにいる新島の事を見ると、さっきの内野母みたいな反応をしはじめたので、内野は面倒臭いながらも誤解の無い様にしっかりと経緯を説明した。
「そうか…彼女じゃないのは残念だが、工藤ちゃんに続いてこんな綺麗な方と知り合っている知れて嬉しく思うぞ…」
「ええそうね…最近勇太が色々と良い方向に変わってきていて安心したわ…もうあの事件で起きた嫌な事なんて無くなるぐらい…」
全員分のハンバーグが出来たので内野が食卓に飯を並べている間、内野の両親はそんな事を言い合っていた。
新島も食卓についているのでそれを気まずそうに聞いて黙っており、これ以上新島に気まずい思いをさせまいと内野はさっさと飯を運び、一同は飯を食べ始めた。
「んっ、このハンバーグ美味しいね!」
「ほんと!?久々に作るから心配だったけど良かった~」
美味しそうに自分の作ったハンバーグを食べてくれた事に安心してホッと一息つくと、内野も自分で作った飯を食べ始めた。
内野の両親はそんな息子を見て、最近常に頭の中にあった多数にも重なる不安を忘れ、二人の邪魔をしない様に静かに喜んでいた。
晩飯を食べた後、内野は食器洗いを両親に任せて風呂に入る。いつもなら湯船に浸かると心が安らぐが、今日は心が全く落ち着かない。
「…好きなのかな?」
つい口に出てしまったその言葉は自分に対してなのか、それとも新島に対してなのか自分でも分からなかった。
何だかんだで土曜日とか一番長く一緒にいたし、闇の中で手を握ってくれた時は心底安心した。そのせいか、今日も新島の近くにいるだけで胸が変な感じになる。
これって恋…なのか?
これまでに抱いた事の無い感情なので、これが何なのか自分でも分からず内野は浴槽に浸かりながら頭を悩ませる。
自分一人では解決する気がしないので誰かに相談したい所だが、スマホはリビングに置きっぱなしなので無理。
かと言って、今もまだ指にハマっている『哀狼の指輪』の黒狼に相談する訳にもいかない。
魔物に恋の相談なんて冗談じゃない。
クソ…なんか意識したらどう接したら良いか分からなくなってきた…
新島はもう風呂に入っているので、内野の部屋で待機していた。新島はリビングで寝るのだが、寝る前にも内野はテストの勉強をすると言うので、その手伝いをする為に今は教科書に目を通している。
新島は怠惰グループとの訓練に参加する為に暫くの間はここらで過ごすつもりだった。いつまでいるかの日数はまだ決まっていない。川崎の訓練がいつまで行われるのかも分からず、次のクエストがいつ来るかも分からないので数か月は家に帰らないつもりだった。
今まで引き籠りだったのでお金が無く、ここまで来た資金、ホテル代などは全てショップでQPと交換したものである。
1QPで10万円と交換なので一か月過ごすのには2,3QP使えば十分である。だが
QPの貴重さはこれまでのクエスト経験から知っているので、お金にQPを使うのは避けたく新島は安物のカプセルホテルや、安い飯を食べて過ごすつもりだった。
だが内野の母の有り難い申し出によってお金の心配が無くなった。それに夜一人で退屈になる事も無くなり、何よりもクエスト関連の話をいつでも内野と相談できるので、良い事尽くめである。
新島が少しでも内野に恩を返そうと教科書に熱心に目を通していると、風呂から上がった内野が階段を上ってくる脚音がする。
だがその音の間隔は短く強く、少し急いで登ってきている様な足音であった。
そして内野が勢い良く扉を開いて部屋へと入ってきた。風呂を出てからあまり身体を拭かずに来たからか、かなり内野の髪は濡れていた。
「な、何をそんなに焦っているの…?」
当然の疑問を内野にぶつけると、内野は左手にハマっている『哀狼の指輪』を新島に見せつけ、一言だけ言う。
「黒狼が…喋った…」
「……えっ?」
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切りが悪くなるので今回は話が短くなり、しかも前回と同じような終わり方で申し訳ありません。
この作品が処女作なので、ほのぼのとした雰囲気の場面を書くのが苦手なもので文章や表現が拙い所も多いかと思います。
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