第188話 魔物研究者

明日は佐竹と共に被災地に行くので、内野は今日のうちに勉強を出来るだけ進めようとしていた。

晩飯を食べる前に2時間、食べた後2時間勉強して寝るという簡単な時間配分だ。


よし…先ず今日は大嫌いな英語と歴史を…


♪~


勉強机に腰を掛けた瞬間、誰かから着信がかかる。まだ勉強を始める前だしこれぐらい良いかと通話に出てみると、相手は松野だった。


〔なあなあ、この前クエストの仲間で出掛けてみようって話したけど、それ何時いつにする?

テスト終わった後は川崎さんの所の訓練に暫く行く予定だけど、それが一通り済んでからか?〕


「う…今テスト勉強しようとしてたのに、そんな盛り上がりそうな話をされたら勉強が手に付かなくなるぞ…」


〔んじゃあ今話すのはやめとく?〕


「いやしよう、赤点回避できる点数なら一夜漬けでどうにかなるだろうだろうし。

取り敢えず誰を呼ぶかだとかを決める前に、俺に一つ考えがある。今って新島とか、離れた所に住んでる人も水曜からの訓練の為に東京のホテルに宿泊してるみたいなんだ。

だからそのメンバーが東京にいる今週~来週中に東京の遊園地だとか行ければ良いと思う。流石に二泊三日も遠出して訓練を厳かにするわけにはいかんからな」


〔だな。あくまで訓練最優先で、一日訓練休んでその合間に何処か行くっていうので良いな。

次の話だが、メンバーは誰を誘う?〕


「誘う人か…

俺と松野は絶対に来るとして、新島、工藤、進上さんには来てもらいたいな。後は木村君、大橋さん、梅垣さん…ぐらい?」


内野の上げた名前はどれも以前松野が工藤に聞いた時に挙げられた名前だったが、想定よりも内野が挙げる名前の数は少なく、松野は少し驚いていた。(184話)


〔あれ、工藤に聞いた予想よりも随分と少ないな。飯田さんとか森田とかは?〕


「飯田さんと松平さんは…多分二人っきりで何処か行った方が良いと思う、ああいう雰囲気だしな。

川柳さんは遊園地に行きたいって感じの年齢じゃないから誘うのを渋る。

森田とか尾花さんみたいに黒狼のクエストで会った人は俺以外の人があまり話せない気がするから誘えん。ま、尾花さんはコミュ力あるし皆とも仲良く出来そうだから誘うのもアリだけど、ナンパし始めそうだから避けたい…

…そうなると多くて9人って事になるな」


〔…今それを頭の中で考えたのか。

その頭の回転の速さを勉強に使えてたら良かったのにな、どうしてそれを勉強に使えないのだろうか〕


「うっ…」


松野に痛い所を付かれて内野は黙る。

これ以上勉強の邪魔をしてはいけないと松野は思ったのか、話が済むと「明日のボランティアには俺も行くわ」とだけ言って直ぐに通話を切った。


めちゃ勝手に同行宣言してくるじゃん…まぁ正樹は松野の顔を知ってるし多分許してくれるから良いけど、念の為連絡しとこ…





〈月曜日〉

結局昨日は佐竹の後に、新島だとかの一緒に出掛けたいメンバーに声を掛けたので、勉強時間は2時間も取れなかった。


そしてそんな状態で朝を迎え、内野、佐竹、松野は駅近くの公園に集合する。

佐竹と松野はお互いにあまり話した事はなかったが、例の動画で映った松野の行動から佐竹は良い印象を持っていたので直ぐに仲良くなれた。


そして電車に乗り、被災地近くの集合場所へと向かう。

避難所で負傷者の介抱か、実際に被災地で救出活動をするかによって集合場所は異なる。今回内野達が参加するのは被災地での救出活動の方である。

集合場所にされているのは何百人も集まれるぐらいそこそこ広い公園で、その付近の車道は救助隊や救急隊などの許可された車両しか入れなくされていた。

なので最寄り駅から暫く歩いていると、都会の車道なのに全く車が走っていないという珍しい光景が見れた。



集合場所に到着するとプラカードを掲げている人が数人おり、プラカードにはそれぞれの市区町村の名前が書かれていた。

住んでいる地域ごとに分かれて行動するみたいで、既に内野達と同じグループの所には100人近くの者が集まっていた。


点呼はしないし、このボランティアへの参加に身分証明などは必要は無い。

大災害のデッドラインである3日を越す前に少しでも人命救助をしたいので、そんな事に時間を費やしている暇は無い様だ。

(※デッドラインとは、被災発生から3日を過ぎると被災者の生存率が著しく低下するというもの)


老若男女問わず募集しているので、少ないが老人・女性・子供もいる。だが内野はその人達が被災に行って大丈夫なのか不安になった。


地震の被災地のボランティア感覚で来てるのかもしれないが、今回はそこら中に惨い死体だとかが転がってるから…あの人達は大丈夫か?

てかそれに佐竹もそういうのにはあまり慣れてないだろうし心配だ…


内野がそんな心配をしていると、メガホンを持った自衛隊員の人が声を出し始める。すると集まっている人達は静まりそちらの方を見る。

内野は内心で、自分の学校の集会とは大違いだと思いながら耳を傾けて聞く。


そこで自衛隊員の人が言った事をまとめると

・これからグループ事にそれぞれ被災地に向かうのでプラカードを持った人を先頭に並んでついて行く。

・魔物が現れる危険がある為、武装した隊員数十名がグループに同行する。

・被災者発見時に使用する担架・水や食料・包帯などの荷物は手分けしてグループメンバーで持つ。

・郵便物にも記載してあるが、悲惨な光景を見て気分が悪くなっても自己責任。

・4時間後にここに戻ってくるので、帰りたい人はそのタイミングで帰宅する。途中離脱は難しい。


というもので、説明が簡潔にされると直ぐに行動開始となった。

3人は力のある男子高校生という事で、軍手を受け取ると食料の入った大きなカバンを担当させられる。


内野がその鞄に手を伸ばした所で、先に鞄を持とうとしていた佐竹が声を出した。


「うおっ、これ結構重いな…二人はこれ持てるか?」


「え、ああ…大丈夫だと思う」

「俺も大丈夫」


佐竹が声を出していなかったら、内野と松野はそれを片手で軽々と持ち上げている所だったので危なかった。

佐竹だけでなく周囲の男性達も荷物が入った鞄を背負うのには苦労していたし、流石に十数キロある荷物を軽々持ってしまっていたら弁明のしようが無かったからだ。


それを見て松野がぼそりと話かけてくる。


「なぁ内野、救助活動するなら俺らプレイヤーが単独で動いた方が良かったんじゃないか?

これじゃあ移動するにも時間がかかりそうだし」


「それは思うけど…基本的に被災地には武装した自衛隊員だとかが同行しないと入ってはいけないから、俺らが人を助けていてもそれを見つかったら面倒な事になる。

ま、そのルールを無視して被災地に入ってる奴を取り締まる事には人員を割いてないみたいだから、実際は大丈夫だろうけど」


「そうかぁ…お前はこれ以上面倒な事を起こさない様にしないと駄目だもんな」


二人はそんな事を話しながら、周りと同じように鞄を背負うのに苦労しているフリをし、グループ行動が始まった。





行動開始して10分。

集まったボランティアのうちの20%ぐらいの者が嘔吐して人命救助どころじゃなくなったので、本来途中離脱は出来ないがそのメンバーだけは二人の自衛隊員が同行してさっきの公園へと帰っていった。

とんでもない出オチだと思うが、初っ端で腕がミンチ状態になっている人間の死体を見たのでそれも仕方がなかった。

その様な見た者の気分が悪くなりそうな死体を予め片づけておければ良かったが、やはり人員不足もあり、人命救助を優先するという方針で動いているので誰も死体を片付ける暇が無かった。

死者の尊厳だとかよりも生者の命を優先するのは当然なので、こればかりはどうしようもない。

散々それらの死体を土曜日に見てきたので内野と松野は問題無かったが、佐竹は顔色が悪くなっている。いや、佐竹だけではなく他の者達の顔色も優れていなかった。




行動開始して1時間。

残ったメンバーで進んで倒壊した建物の瓦礫に埋まっている者、負傷が大きくその場から動けなかった者を20人ほど救出した。

怪我人はグループに同行している2つの大型トラックに乗せられている。

荷物の食料だとかは人を救出する度に渡しているので徐々に荷物は軽くなっていた。


行動開始して3時間。

かなりの人を助けられたがボランティアで来た者全員は、メンタル面とフィジカル面の両方の疲労が鮮明に顔に出ていた。

このグループを取り仕切る者はこれ以上の活動は無理だと判断し、1時間予定の時間よりも早く切り上げて公園へと戻った。


公園へ着いて各々の荷物を決められた所に置く。


「意外に早く終わったな」


「午後からまた他の所から来たボランティアの人で同じ事をやるみたいだぞ。

どうやら体力ある人はもう一回行けるみたいだけど、流石にあんな思い荷物を持ってまた数時間動くのは無理だ。今日はもう飯でも食って帰ろうぜ」


佐竹が肩を回しながらそう言う。

松野と内野はあまり疲れてはいなかったが、これ以上は佐竹の身体が限界なので今日は帰宅する事にした。

今の時間は11時半と昼飯を食べるのにはちょうど良い時間だったので、3人は最寄り駅付近のファミレスで昼食を取ろうと歩いていると、内野は見覚えのある人物とすれ違った。


首にカメラを掛けているメガネの男、『生見 研』であった。以前臓器パズルをしていた彼の顔は鮮明に覚えていたので一目で分かった。


「あっ…」

「あ、内野君じゃないか!」


相手も内野の顔を覚えていたので一目で内野に気が付いた。そんな二人が知り合いなのは今の反応で分かったので、松野と佐竹は二人の関係について尋ねる。松野は生見と会うのは初めてなので、彼がプレイヤーだと言うのはまだ知らない。


「おお、二人は知り合いなのか」

「親戚か?」


え、この人とはどういう関係だと言うべきだろう…親戚だとか言ったら、万が一佐竹が俺の両親に生見さんについて聞いたら嘘だとバレるし…


「え、ええと…生見さんは土曜日に避難所で会った人だ。そうですよね生見さん?」


「…うん、彼とは避難所で会ったんだよ」


内野は咄嗟に嘘を付くと、生見もその嘘に乗ってくれる。二人がそれで納得した所で、生見は質問をしてくる。


「もしかしてボランティアでここに来たの?」


「はい、疲れたのでもう帰る所ですけどね」


「それはちょうど良かった。私もボランティアに参加しようとしてた所だったから、経験者の君にどういう事をやったのか教えてもらいたいんだ。数分で終わるし、ちょっと一緒に来てもらえる?」


「はい、大丈夫ですよ。じゃあ二人は先にファミレスの中入ってて」


「「おっけー」」


生見は内野と二人っきりで話したいというので、内野は松野と佐竹に先にファミレスに入っておく様に言う。


そして生見に先導してもらい付いて行くと、人気ひとけの無い路地裏にまで来た。


「人が居ない所でわざわざ話す必要があるって事は…クエストについての話ですか?」


「おおっ鋭いね!

そう、聞きたいのはボランティア活動についてではなく、君が『強欲』で手に入れた使徒のスキルについて聞きたいんだ。

闇に呑まれて死体が残っていないから解剖出来ないが、あの魔物について疑問があったので君のスキルでそれを解明出来ないかと思ってね」


なるほど、生見さんらしい質問だ。


生見の行動に納得したので、内野は嘘など付かず大人しく本当の事を告げる。


「使徒を吞み込み手に入れたスキルは『ストーン』、パッシブスキルは『第三者視点』というものです」


「あああ…やはりそうか。実はあの使徒の転がって移動する移動方法に疑問があったんだ。

現実にも転がって移動する虫はいるけど、それはあくまで坂や風を利用して転がっているだけだから自力で回っている訳じゃない。それに転がっている間は、当然だが周囲を見る事なども出来ない。

でも話を聞く限り、あの使徒は転がっている状態でも『憤怒』をスキルで防げるぐらい正確に周囲の状況が見えていたみたいだし、平地を自力で転がっていた。

それはもうアルマジロみたいに嗅覚や聴覚を使って周囲の環境を感知したり、触角で感じとれるとかいうレベルじゃない動きだ」


「…あいつは転がっている間は『第三者視点』というパッシブスキルで周囲が見えていたという事ですね」


「そういう事。怠惰グループの者から聞いたが、スキルの訓練は後日するんだってね。その能力が判明したら私に連絡をくれると助かるよ」


生見は謎が解明出来て満足気な穏やかな顔になりながら、内野と連絡先の交換を申し込む。

生見がそんな穏やかな顔をしていると気味が悪い感じがするが、本当に彼は魔物について熱心に研究しているのだと改めて分かり、内野の中には少しだけ生見に対して尊敬の念が生まれていたので反抗せずに連絡先を交換した。


「あっ、そういえば生見さんはどうしてここに?もしかして魔物の死体を研究しに来たんですか?」


「まぁそんな感じ。現世に死体が残るのならば、この鞄に入る程度の魔物の死体なら持ち帰れると思ってね。それじゃあ私は先を急ぐよ。

他の者とは違って君は興味深そうに私の話を聞いてくれるから話し甲斐がある、また今度面白い話を聞かせてあげるよ」


生見は背負っている大きな鞄をポンポンと叩いてそう言うと、手を振って内野に背を向ける。

正直気色が悪いとは思うが、生見の話は面白かったのでそれも悪くないと内野は思っていた。


だが生見は角を曲がろうとした所で一旦足を止め、内野の方に振り返る。


「そうだ、そんな君に一つ聞いておきたい事があるんだ。君は魂の存在を信じているかい?」


「…え、魂……?」

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