傲慢な罪人編
第186話 死んだ仮面達
昨日、10時から18時にわたり魔物という人を襲う凶暴な生き物が横浜を中心とした15㎞×15㎞という広範囲に現れた。
今判明している負傷者数は10万人、死者数は5万人。だがまだ数え切れていないだけで双方の数は今後も伸びていくだろう。
災害と呼べてしまうレベルの被害に、ニュースではこの出来事を魔物災害と名前を付けていた。
テレビ・ネットニュースではこの魔物災害についてしか報道されておらず、SNSでもその出来事についての記事ばかりがトレンドに上がっていた。
テレビには死体を映せず、どれだけ悲惨な光景になっているのかを世に発信出来なかった。
だが視聴者数やフォロワーを稼ぐために魔物災害地へと足を踏み入れていくネット配信者などが多く、そんな彼らが惨状をネットに上げる事で多くの人が魔物災害の恐ろしさを知った。
今は魔物が一匹も居ないので人命救助に人員を割いているが、それでも人手不足が続いている状況だった。
それに何故魔物が突然消えたのか分かっていないので、突然またそこに現れるかもしれないという懸念もあり迂闊に被災地中央に行けず、作業は難航している状況である。
〈日曜日〉
内野はとあるホテルのベッドに横たわり、魔物災害の記事やらを眺めていた。
すると部屋の入口付近から内野の母の声が聞こえてくる。
「朝ご飯買ってきたわよ」
母の声はいつもよりも低い、あんなことに巻き込まれたので気分が低いのも仕方がないだろう。
昼飯が出来たと呼ばれたのでベッドから起きて部屋を出ると、そこには目を釘付けにしてネットニュースを読み漁っている内野の父がいた。
折れた右腕にはギブスを付けおり、今は慣れない左手でスマホの操作、食事を行っている。
「ほら勇太、これを見てみろ。やっぱり俺達以外にも透明な魔物に攫われそうになった人が大勢いるみたいだ」
そんな状態だが父はいつも通りの雰囲気で、透明な魔物についての記事を見せてくる。この記事を見せてくるのには理由があった。
それは仮面達に攫われた所を助けてくれたのがその透明な魔物だからだ。
内野の両親は昨日、二人で買い物に行こうと外を出た所で仮面を付けた者達に攫われた。
二人は勿論抵抗したが彼らの力には歯が立たず、車に連れ込まれてしまった。
父は仮面の者達に「スマホのパスワードを教えて、あんたの息子を呼び出すから」と言われたが、パスワードを教えずにいると片腕を折られた。
だがそれでも答えずにいると今度は母親の両腕を潰すと言われ、父はスマホのパスワードを答えた。
幸い母は攫われる直前にスマホをいじっておりロックが解除されていたのでパスワードを教えてもらう必要がなく、父みたいに脅されはしなかった。
二人連れられたのは別の建物だが、とある建物に到着すると二人とも暫くの間は椅子に縛られ動けない様にされた。
だがそんな時、突然二人は縛られていた椅子ごと透明な何者かに連れ去られた。
その透明な存在は二人を引っ張りながら外へと出ると跳躍してそこらの建物の屋上に並ぶほど高く飛ぶと、あまり高所が得意では無い二人は気絶してしまった。
そして次に目を覚ました時には何故か学校の教室で二人並んで寝ており、近くには息子の勇太がいた。
二人が目を覚ますと勇太は状況の説明をした。
今は魔物という恐ろしい生き物が暴れている、二人は透明な魔物に連れ去られてここまで来た、ここは避難所で多くの被害者が集まっている事など。
普通ならそんな事を聞いても到底信じられないが、他の教室にいる負傷者を見た事でそれが真実なのだと二人も信じられた。
その後は軍の者に連絡先だけを聞かれ、3人で家へと帰宅する事になった。
だが近場の駅は暫く動きそうになく、道路も混雑しているのでバスやタクシーで帰るのも厳しい。
それにまだ内野の父の腕が痛むので、この日は近場の泊れる所に泊る事になった。
そして今日、朝ご飯を食べた後ホテルを出て家に帰るつもりだ。
佐竹へは「親が魔物の被害にあって、そこに向かっていたから連絡出来なかった」と言い訳した。これで内野が連絡に出ず、内野家に誰も居ない理由も納得してもらえた。
家族三人で母がコンビニで買って来てくれたおにぎりを食べる。
父は記事を見て分かった魔物の情報について色々話していたが、母はずっと浮かない顔をして話にあまり反応しない。
何があったのか心配になり内野は尋ねてみる。
「母ちゃん、どうしたの?」
「その…昨日あんな事があったから少し考え事があって…」
「ああ、そうだよね。魔物とかいう訳が分からない生き物が突然現れたし混乱しちゃうのは…」
「ううん、考え事っていうのは魔物じゃなくて勇太の事よ」
悩み事が自分の事だと言われ、何となくこれから母が何を言おうとしているのか分かった。
「平気で人を攫い腕を折る様な人達がいるんじゃ…もう引っ越すしかないと思うの。どうせ法で戦って勝っても仲間が報復に来るだろうし…それが一番だと思う。
今回は魔物のお陰でどうにかなったけど、もしもあのまま勇太が呼び出されてたら何をされていたか分からない…下手すると殺されてたかもしれないと思うと……もう…耐えられない…」
母は途中から泣きながら喋っていた。父も同じ意見で静かに頷く。
「…昨日母さんと話して決めたんだ、どこか他の所に引っ越そうと。
まだ場所とかは未定だが、かなり離れた所に移るつもりだから勇太には転校してもらう事になる。
俺は今の仕事を辞める訳にはいかないから行けないが、そこで母さんと二人で暮らしてもらうつもりだ」
父の声のトーンもさっきより低く真剣なものになる。
さっきまでの魔物の話題はこの話に繋げる為の入りであったが、母が耐えきれずいきなり本題に入ったので父もそれに乗ったのだ。
ただ引っ越すという話が出るのは内野もある程度予想出来ていた。
魔物の影に隠れてしまっているが、人を攫って腕を折るなんてあまりにも異常過ぎる。
だからその話が出るのは内野も分かっていたので、説得の準備も出来ていた。
「その件についてだけど…ちょっとこれを見てほしいんだ。血とかあるから母ちゃんは苦手かもしれないけど」
内野は自分のスマホで動画投稿サイトを開き、とある動画を見せる。
それはとある男性が魔物災害地へと忍び込みカメラを回しながら現場の状況を説明している動画。
しばらく男性が歩くと、道の真ん中に4人分の死体があった。
青・緑・黄色・紫の仮面を被っており、全員魔物の爪に引き裂かれたのか様な大きな傷が身体にあり血だらけで倒れている。
まだ全員息はあるが傷が酷すぎて動けず、もって数分だと思われる状態だ。
「っ!?勇太これって…!」
「こいつらって…」
内野の両親にはこの倒れている被害達に心当たりがあった。忘れもしない、自分達を攫った連中だ。
これが内野が頼んで川崎達に用意してもらった秘策、暴力仮面野郎達は死んだ事にする作戦だ。
カメラを持って喋っているのは佐々木で、この倒れている死体役は正真正銘内野の両親を攫った仮面達だ。
本当ならそこらの死体に仮面を被せ、それをあたかも両親を攫った仮面達に見せかけるつもりだったが、それは死者への冒涜になるので本人達に死んだふりをする事となった。
リアリティを出す為、当然全て本当の傷である。あれだけの事をしたのだから痛い目を見てもらおうという一部のプレイヤーの意見を反映し、川崎が出した魔物に瀕死にしてもらったという。
「そう、多分こいつらって二人を攫った連中だよね。ここで映像は止まってるけど、どうやら全員助からず死んじゃったみたいなんだ。救助が追い付かなかったらしい」
嘘である。動画を撮り終わった後にしっかり二階堂の『ヒール』で直してもらっているので今では全員ピンピンしている。
だがこれほどのリアリティな映像を見せられた二人はそれを信じざる得なかった。
「確かに全員この仮面を付けてたし服も一緒だ…それじゃあ彼らは…」
「全員もう生きてないって事だよ…多分二人が透明な魔物に攫われたのを追い駆け、いつの間にか魔物の現れた所に足を踏み入れちゃったんだと思う」
「そ、そうなの…」
二人は喜んで良いのか悲しめば良いのか分からず困惑していたが、そこで内野が二人に提案を出す。
「まだ俺に目を付けている奴らはいるかもしれないけど、これに懲りてもう絡んで来ないって可能性があるから、引っ越すのはもう少し後にしない?
それに俺…あの事件以来友達が増えて結構学校が楽しくなってきたから、このまま通いたい。
お願い!危険かもしれないけど、引っ越すのは次何か起きてからにしてくれ!」
折角手に入れた友達と離れたくない、住み慣れた家から離れたくない、という思いで内野は二人に頼みこむ。
「…母さん、勇太の言う通りもう少し様子を見てみるか?」
「……そうしましょうか」
これには二人も困ってはいたが、仮面の者達がいなくなったらならと迷いながらそう判断を下した。
これで内野は転校、引っ越しを無事に免れる事が出来た。
元はお前らのせいだから礼は言わんけど。
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4人は激痛に耐えて撮影されていたが、実は佐々木がカメラを回すのが下手で3テイク取る事になったので、この動画時間の倍ぐらいの間この怪我で放置されていた。
なお、動画撮影後に誰からも労いの言葉や身体の心配はされなかった。
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