第184話 クエストの結末(プレイヤー)
工藤鈴音は内野達精鋭メンバーと別れた後もレベル上げの為に全員固まって行動していた。
ただ今までとは違い清水や田村さんだとかがいなかったから行動はこれまで以上に慎重になり、魔物を殺す効率は下がっていた。
15㎞×15㎞とクエストは広範囲だが、使徒は7体いる。その内の一体に出くわしてもおかしくないので基本的にクエスト範囲外近くを動いていた。
だがそこらにいる弱い魔物はクエスト範囲を囲っている自衛隊に殺されているのがほとんどだったから、残っているのは銃が通用しない強い相手ぐらいだった。
流石は怠惰グループという事だけあって、精鋭メンバーが不在でもそれらの魔物を撃破していき順調にレベルを上げられていった。
相変わらず工藤のやる事は瀕死の魔物に触れる事のみだった。工藤は貴重な『ヒール』持ちという事で負傷したプレイヤーにスキルを使ったりしたが、強欲グループメンバーの中には今日一度もスキルを使っていない者も何人かいるだろう。
〔正直今回のクエストで成長したのはレベルと『ヒール』の練度だけなんじゃないかと思ってる…いや、グロさ耐性が付いたし、瀕死の人を見て見ぬふりする事も出来るようになったからそんな事は無いか。
ただ、戦闘技術が上がっていないのは確か…本当にこれで良いのかな?〕
「すみません、俺らって本当に最後まで魔物と戦わなくて良いんですか?」
クエスト終了30分を過ぎた頃、工藤の隣にいた松野が怠惰グループの江口という人にそう質問した。江口という者は細目で表情の柔らかい中年男性で、『魔力探知』を使って魔物の索敵をしている人だ。
今残っている怠惰メンバーの中で川崎や田村に代わり指揮役をしている者でもある。
「うん。戦闘技術を磨くのはいつでも出来るけど、レベル上げは今しか出来ないからね」
「戦闘技術を磨くのって…いつでも出来る事ですかね…?」
「『怠惰』は魔物を出す能力だから、川崎さんのMPがもつ限りはいつでも実戦出来る。だから今クエスト中にやらなきゃいけないのはレベル上げであり、君らに経験を積ませる事じゃない…っていうのが怠惰側の意見だね」
「え、じゃあ川崎さんは後日俺達の為に実戦の機会を与えてくれるんですか?」
「そのつもりみたい。具体的に何をするのかは聞いてないけど」
江口のその言葉で、少なからず強欲グループメンバー全員にあった「ステータスが強くなっても技術が追い付けない」という不安が解消された。
工藤もそれを聞いて安心していた。
そしてそれ以降のクエスト行動中、内野達への心配以外は特に一同に不安などなかった。
怠惰グループと共にいれば死ぬことは無い。後日戦闘技術を磨ける。
それらの安心が一同の心を緩めていた。
漫画とかだと皆の気が緩んだ所に強敵がやってきて平穏を壊したりって事があるが、今回はそうならずクエスト終了まで特に何も起きなかった。
だから工藤は松野とこんな会話をする余裕もあった。
「なぁなぁ工藤。実はこの前内野とさ、いつか強欲グループのプレイヤー数人で何処かに出掛けないかって話してたんだ。
俺はまだプレイヤーの知り合いが少ないし、呼ぶメンバーは内野の知り合いって事になるのだが何人ぐらいになりそうだと思う?」
「良いわねそれ!ちょっとあいつの知り合いの数を頭の中で数えてみる」
先ず最初のクエストで出会った同期の私・新島・進上は入る。
次に2回目のクエストで内野が出会ったという木村。彼以外にもあのクエストで仲良くなった人がいたかもしれないけど私はそれは知らないし一人としてカウントしておこ。
3回目のクエストでは大橋と泉……の二人ぐらいかな。他にも大勢いたけど他のメンバーとはあまり話してなかった気がするし。
4回目の黒狼のクエストでは尾花・森田・川崎(怠惰の弟の方)の3人。
そして何だかんだで話してる事が多い梅垣と、リーダーポジションだった飯田と松平。それと仮面騒動で内野の学校に助っ人として駆けつけてくれた川柳。
となると…ざっと数えて13人かしら?
ただ出掛けるとなると人数はそこそこ減る気がする。飯田はあまり内野と絡みがあった様に見えないし、梅垣もそういうのに参加するかと思うと……微妙な気がするし。そもそも学生と社会人の予定が合って一緒に出掛けられるとは思えない……
「ま、大体貴方含めて10人ぐらいだと思うわ」
「そっかー結構な人数になるな。でももしそのメンバーで出掛けられたら本当に楽しそうだよな!」
「確かにね!皆の普段とは違う一面だとかも見れたりしそうだし、何処に行っても楽しめそう!
あっ、今のうちに行く場所の希望を出しておくけど私は~」
こんな平和な会話をしながらクエスト終了時間を迎える。
クエスト時間になった瞬間に意識が途絶え、気か付けばいつも通りのロビーにいた。
そこには強欲グループのプレイヤーしかおらずさっきまで近くにいた江口は居ない。だが代わりに、現在離れている場所にいる新島と梅垣がそこにいた。
そして大聖堂の前方にはまた大きなモニターがあり、別の空間にいる内野を映し出していた。
「あっ…え…」
「新島!良かった無事だったのね!」
「…うん、無事だったけど…ちょっと…ね」
最初に新島に気が付いた工藤がそう声を掛けるが、新島と梅垣の表情は暗い。間違いなく向こうで何かあったに違いないと一目で分かった。
松野が二人に話を聞こうとそっと話しかける。
「その…一体何があったんですか?」
「…使徒を殺しきれなかったの。あとほんの数秒と惜しい所だったんだけど…」
使徒を殺しきれなかったと言われて一同が抱いた感情は、新島達とは違い使徒を殺しきれなかった悔恨の念ではなく、使徒をあと一歩の所まで追い詰め得られた事に対する歓喜や期待だった。
「すごいな…俺達は黒狼に手も足も出なかったというのに、他グループと協力した事で1回目のクエストなのに使徒を追い詰める事が可能なのか」
「僕らがレベル上げをしていた間に死闘が繰り広げられていたんだね…」
「今回逃してしまったのは惜しいですが、このまま順調に行けばクエストでもその魔物を倒せそうですね!」
大橋、飯田、松平がそれぞれ声を出す。他のメンバーも3人と同じ様な事を思っていたので「怠惰グループは凄い」だとか歓喜の声が飛び交っていた。
ただそんな声を上げられていたのはレベル上げに同行していたメンバーだけで、新島・梅垣は勿論、途中で怠惰と同行するのをやめたメンバー、それと新規プレイヤー達は違かった。
ここに来ての新規プレイヤーの境遇は主に2種類。
一つはクエスト範囲に行かずに家で待機していて、ニュースを見ていただけの者達。彼らは「ほ、本当に魔物が現れた…」「私達はこれから生き残る為にどうすれば良いのでしょうか」という従順な態度で、今回のクエストに参加していたプレイヤーに指示を求めていた。彼らは死ぬような事は無いので数が多く20人程残っていた。
もう一種類の者達は、「今回はクエスト範囲には近づくな」という忠告を無視してクエストに参加してしまった者達。彼らの反応はどれも酷いものだった。
「い…いやだ…あんなのと戦えるわけがないぃぃぃ!」
「痛いの怖いよ…何故か今は治ってるけど…さ、さっきまで私の腕が…」
「ああ…あぅ………あぁ……」
「おぇぇぇぇぇ……思い出しただけで…吐き気がぁ…」
魔物に怯える者、痛みに恐怖を覚える者、精神が壊れた者、悲惨な光景を目の当たりにして嘔吐する者。残っているのはこの4人のみだが、立ち直れる者は居ても1人ぐらいだろう。
今いるのは4人だけだが、今回の新規プレイヤーは50人越え。クエストに行かなかった者が全員生きているとすると、クエストに行った者は30名程。なので生き残ったのは30人中たった4名だけだと考えられる。
そうなるのも当然だ。一般人は魔物に「殺される」か「逃げる」しか選択肢は無いようのなもので、たとえプレイヤーでもあってもレベル1であればその2つの選択肢に「雑魚の魔物を殺せる」というのが加わるだけだ。
だから彼らはほとんど一般人と変わらないのだ。
そして次に目に付いたのは、田村と川崎の一般人を見捨てるという方針に賛同できず途中で抜け出した者達。
彼らはもともと15人いたはずだが、今残っているのは半数の8人。彼らの暗い表情からも残りの7人は死んだのだと察せられた。
なのでこの場で暗い顔をしていないのは、怠惰グループと共に行動していた20人のみである。
と、何となく一同が状況を把握しや所で、ある3人が集まり明るい顔でハイタッチを交わしていた。
「ありがとう…本当にありがとう!二人のお陰で妹を守り切る事が出来たっ!」
三人のうちの一人が感謝の言葉を述べていた。
その3人とは、尾花の妹を守るために序盤でグループ行動を抜け出した進上・木村・尾花であった。
彼らは尾花の妹の防衛に成功したのだ。
進上は新島と工藤を見つけると、二人の元へ駆けつけてくる。
「良かった二人共無事だったんだね!内野君の安否はあのモニターで分かったけど、二人の安否は分からなかったから不安だったんだ」
「進上さんもお元気で良かったです」
「え、ええ…それよりもあんたよく3人で生き残れたわね」
「病院に籠って魔物を丁寧に一匹ずつ殺していったので誰も死なずにクエストに乗り切れました。殺した魔物の数は少ないですけどね。
途中で停電しちゃって妹さんの人工呼吸器が止まってしまったので緊急発電機を守備したり、魔物を怖がる妹さんの為に近場のおもちゃ屋のぬいぐるみを取ってきたり、閉所での魔物との戦い方も分かってきたり…色々ありましたが3人とも無事ですし目的も達成できたので万々歳といった感じです!」
進上がそう言うと、3人笑顔で横に揃って親指を立る。7時間ずっと一緒にいたからかかなり息が揃っている。
「ぬいぐるみを渡したと言っても葉月(尾花の妹の名)には俺達の姿は見えないから、偶然を装って割れた窓から投げ入れたんだけどな。ちなみにこれは木村君の案だ」
「へへへ…やっぱり一人で心細いですしあれが必要だと思いましてね…」
「ま、まぁ尾花の妹が無事ならそれで良かったわ」
こうして工藤・新島・進上は互いに同期の生存を確認し合い、その後はモニターへ集中した。
そんな三人の目が行き届かない所で、一人の男の心は折れかけていた。それは強欲グループのメンバーでかなり重要なポジションな者、川崎慎二だ。
川崎の弟という事もあってクエスト中は怠惰グループの者に特に手厚く守ってもらっていた。
なので慎二の心は魔物の恐怖によって折られたのではなく、人によって折られていた。
〔僕は…たった8時間で一体何人見殺しにしてしまったのだろう。
あの人達の悲鳴や助けを求める声が耳から離れない…あの悲惨な光景が目から離れない…脳裏に焼き付いてしまった…
まだ自分に余裕が無ければそんな事を考えずに済んだかもしれないけど、僕には余裕があった。彼らの心境を考えるだけの余裕があってしまった。
だからなのかな…だから僕は皆に置いて行かれたのかな。
僕以外の人達は暫く経過すると一般人の死体程度じゃ何も関心を示さなくなった。人間の死体が視界に移っても、他の事にピントを合わせていたから人の死体がピンぼけして見えていないんじゃないかと思うぐらいだ。
でも僕には無理だった、8時間経過した今でも出来る気がしない…〕
慎二は木村同様に穢れ無き心を持つ少年だった。だが木村とは違い心の正義を掲げて突っ走れる様な性格をしていなかった。違いはそれぐらいだが、その差があまりにも大きかった。
〔…僕も途中で離脱していった人達について行った方が良かったのかな〕
そして心が折れた慎二は心の中でそんな事を考えていた。
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