第180話 二度目の白
使徒を殺せないかもしれないという最悪の想像を聞き、平塚は焦って前に出ながら『憤怒』の闇を剣に纏う。
「そんな…そんな事があってはならん!この使徒の能力が及ぼす被害がこれ以上増えるのは絶対に避けねばならん!
それに奴はさっき新しい能力の使い方を覚えた、生かしてはおけん!今ここで切り殺す!」
全員がそれを呆然と見ているだけで止めようなどせず、ただ平塚のスキルで使徒を殺せる事を願う。
そして平塚は剣に纏った闇を思いっ切り縦に振り下ろした。
だが平塚らの願いは届かなかった。
平塚の闇は内野の闇と衝突すると、なんと剣に纏っていた平塚の闇は形を保てずに地面へと落ち、そして平塚の元へと戻って行った。
それとは逆に内野の闇は何ともなく、変わらずにそのまま使徒を包み込んでいた。
「なっ…何故儂の闇だけが消えるのじゃ!」
平塚は焦って再び闇をぶつけてみるも、何度やっても結果は変わらなかった。他の者もスキルで攻撃を加えてみるも、中の使徒に届いている様には思えなかった。
川崎はその間、必死にこの状況を変えられる方法を頭の中で必死に模索していた。ここで使徒を殺せず、作戦の立案者である内野が自分の行いに責任を感じてしまわない様に。
〔同じ闇が触れあっているのに、内野君の闇がビクともしないのは…単純に闇の大きさか?
だが…最初に内野君の闇の暴走が起きた時、塗本はそれに触れるとたちまち身体が崩れ始めたと言っていた。だがその時は内野の闇はそこまで広がっていなかったみたいだし、塗本の身体を形成する闇と同じぐらいの大きさだろうしサイズだけが問題とは思えない。
いや待てよ、闇にも『怠惰』『強欲』『憤怒』『嫉妬』で異なる性質があるから有り得ない話ではない。
『怠惰』『強欲』は魔物を闇で吞み込むという性質は似ているし、これは『憤怒』『嫉妬』とは違う。だから平塚さんの闇が通用しないのかもしれない。
それなら…〕
「残り15分です!早く…なんとかしないとっ!」
内野の近くにいた佐々木がスキルを使徒に向かい使いながら、腕時計で時間を見てそう言う。
流石のこれには怠惰メンバーも焦りを感じており、どうにか闇を突き破って中の使徒を攻撃出来ないかと色々試していた。
ある者はスキルではなく物理攻撃ならと武器を投擲したり、そこらの瓦礫を投げて見たり、逆にヒールを掛けてみたり、なんとなくペットボトルの水を投げてみたり。ただどれも効果は無い。
「俺の槍すら貫けないとなると普通の攻撃じゃ絶対に無理だ…」
「物理も魔力もまるで通らない、まるで無敵のシェルターですね…」
「クソ…やっぱり闇って水溶性じゃないっぽい!」
清水、田村、柏原が愚痴を吐く。そしてその3人が次に見るのは川崎の方であった。
「「どうしますか川崎さん」」
3人だけじゃない、この場の怠惰メンバー全員が川崎の方を見ている。
頼られるのはリーダーだから当然の事だし、それにはもう川崎は慣れていた。
だがもしもこれが内野の様な青年などだったら、その「頼られる」という皆から向けられる正の感情に押しつぶされていただろう。
「…内野君は起きそうか?」
「いえ、何度も顔に水掛けてますが起きません」
「…なら彼自身に動いてもらうのは無理か。それじゃあ…俺の残っている全魔力を使って大きな闇を作り、内野君の闇ごと全て丸々包み込む作戦にしよう」
もはや普通のスキルでは効果が無いのは自明の理であり、川崎が頼れるのは普通ではないスキルの『怠惰』だけだった。
『怠惰』は闇で魔物を吞み込み、吞み込んだ魔物を好きなように闇から出せるというもの。
最初の闇で魔物を吞み込むという段階は、内野の『強欲』に性質が似ている。なので平塚とはまた違う事が出来るのではないかと思っての案だった。
川崎は魔力が余っている者達に『マジックシェア』を掛け、使徒を包んでいる闇を前にする。
『マジックシェア』で魔力を共有している者達の魔力と自分の魔力を全て使い切る勢いでスキルを発動するつもりなのだ。
通常のスキルでは『バリアlv,4(50)』と、()の中の消費魔力量以上の魔力は使えない。
だが『怠惰』は()の中に数字が無く自分の好きな上限量の魔力を使える。なのでそれが可能だった。
「怠惰っ!」
その瞬間川崎の身体から現れた闇の量は凄まじく、内野が『強欲の刃』で刺され闇が暴発した時の量に匹敵するものだった。
それは使徒を包んでいる闇をはるかに凌駕する大きさの闇であり、余裕でそこら一帯を包み込めるものだった。
予め全員を避難させていたので誰も巻き込まれてはいない。
それを見ていた一同は膨れ上がる川崎の闇に多少の恐怖を感じながらも、同時にこれで使徒を殺せると安心もしていた。
川崎もこれまでにこれほど大きな闇を出してた事がなかったので、自分の出した闇にも関わらず少しだけ視界を埋め尽くす闇に恐怖を感じていた。
だが恐怖で固まっている場合では無いのは分かっていたので、とにかく全魔力をこのスキルに注ぐ事を考えていた。
だが強欲の闇を包んだ所で、自分の闇の中にいる川崎は異変を感じた。
使用者は自分の闇に触れても何も感じないので、さっきまで何も見えない事を除けば外で立っている時と変わらない感覚だった。
だがそれが僅かに変わった。闇に何か異物が混じったのか肌に異様な感覚がし始める。風に触れている様な、何かやわらかいモノに触れている様な異様な感覚。
そしてそれは次第に強くなっていき、逃げねばならないと川崎が退こうとした時、川崎の闇は崩れ始めた。
外から見ると、川崎の闇のドームが重力に引かれるように上から下に崩れ落ちたのだ。
「っ!?」
闇のドームがいきなり崩れたのでその場にいる全員が川崎の安否を心配したが、直ぐに崩れたドームから無傷の川崎が出てきたので一同は安堵する。
「川崎さん!一体何が…」
「駄目だった…みたいだ、もう崩れた闇が俺の身体に戻り始めている。どうやら『強欲』に『怠惰』は勝てなかったみたいだ」
川崎の出した闇は崩れているが、使徒を包んでいる闇は全く崩れる気配が無い。
『怠惰』の闇は『強欲』に負けたのだ。
〔クソ、大きさじゃないのか…これじゃあもうあと一つしか方法が無い…〕
まだ川崎の頭の中には、一つだけ使徒を殺せるかもしれない方法があった。それは『強欲』の闇を出した内野自身に何とかしてもらう事だ。
川崎は魔力水を飲んでステータスの力を出せる様にすると、直ぐに気絶している内野の元へと飛ぶ。
寝ている内野の傍には新島、二階堂、佐々木、柏原がいる。
内野を起こそうと二階堂がヒールしたり、佐々木や柏原が水をかけたりしているが起きず、完全に気絶していた。
「どうにか彼を起こすしかないな…」
「で、でも何やっても起きませんでしたよ?」
「…許してくれ内野君」
川崎はボソッとそう言い右手に短剣を取り出す。他の者が嫌な予感を感じたその瞬間には、その短剣を内野の腕に向かって振り下ろした。
「ちょ川崎さん!」
「止めちゃ駄目っ!」
新島が川崎を止めようと駆けようとするが、近くにいた二階堂が新島の腕を掴んで止める。
「彼を起こして彼自身に『強欲』を解いてもらうか、それが無理なら闇に入って使徒を殺してもらうか…って事ですよね」
「ああ、その為に痛みつけてでも彼を起こさねばならない」
そのやり取りで新島は川崎の意図が分かり、それと同時にこうなっているのは自分が弱いせいだという事も分かってしまった。
〔そうか…私が弱いから彼を起こすしかないんだ…
もしも私が強力なスキルを持っていたりステータスが高ければ、私が闇の中に入って使徒を殺しにいける。でも私は弱い、だから彼以外にこれを出来るのがこの場にいないんだ…〕
新島は自分の弱さのせいでこうなっていると思ってしまい川崎を止めらなかった。川崎が何度も内野の腕に刃を刺しこんでいるのを見ても。
そしてまた川崎もこれしか方法が無かったので短剣を持つ自分の腕を止める事は出来なかった。
〔こんな失敗をすれば、君はきっとこの作戦を思い付いた事を後悔する。
「作戦実行の判断したのは俺の責任だから君は悪くない」と言っても、責任という念はそんな簡単に消せるわけではない。だから俺が何を言っても君は自分を責めてしまうだろう。
それだけはさせたくない…君に責任を負わせたくない…
もしも責任の念が君の心がこじれさせたら…きっと俺みたいな合理性だけを求める酷い人間になってしまう…〕
川崎は必死だった。
この経験から負い目を感じて内野が変わってしまうのを避けたかったからだ。だから内野が起きる様に必死に内野を短剣で何度も刺した。
ついでに周囲の者に塩を持ってこさせ、それを傷口にかけて痛みを増やしても対。
だが川崎に短剣で刺されても、傷口に塩を塗っても、そこから血が出て身体がビクンと動くだけ、痛みを感じているのかは全く分からない。
ある程度刺したらヒールで回復をするという繰り返し、傍から見れば拷問している様にしか見えないが、内野は一向に起きる気配がしない。
「はよ起きろ内野っ!」
「内野君!」
「このまま寝てたら服脱がしちゃうよ~」
「頼む、起きてくれ!」
どれだけ痛みつけても起きないので、他の者達が声を掛けていたがそんなものでは当然目は覚めない。
だがそうと分かっていてもやらずにはいられなかった、声を掛けずにはいられなかった。
ただ、そこで梅垣のみ内野にではなく他の者に問いかけていた。
「黒狼っ!その指輪の中にいるんだろ!?
お前がフレイムリザードの時に内野君の闇から脱出していた…お前は闇から出る方法を知っているんじゃないのか!?」
内野にでは無く、内野の左指に付いている『哀狼の指輪』に対してだった。
時間が無くて内野とは話せていないが、梅垣は『哀狼の指輪』という情報についてのみは聞いていた。
黒狼のボスアイテムで、黒狼の魂が入っていて、これのせいで黒沼を吞み込む事になったというのも。
そして、それが内野以外の者のショップには無いという事も判明していた。
『哀狼の雷牙』という武器は他の使徒を倒したメンバーにもあったが、『哀狼の指輪』は内野以外所持していなかったのだ。
「お前が彼を彼を選んだのか、それとも偶々なのかは分からない。目的だって分からない。
でも少なくとも、黒沼を吞み込もうとしたのなら彼を強くするのが目的なんじゃないのか?
それなら…ここで使徒を吞み込むべきじゃないのか!?なら力を貸せ!」
梅垣の声は静かであり、同時に力強くもあった。
宿敵の相手に対して喋っているので力が入るのも当然だ。だが今内野が起きない以上、もはや頼みの綱になるのは黒狼のみであったので仕方なく頼み込んでいた。
だが指輪に掘られている狼の目は一切光らず、反応は何もなかった。
梅垣は「くそっ…」と言いながら指輪に掘られた狼の装飾の目を睨むも、次の瞬間には肩の力を抜いていた。策が尽きて諦めたのだ。
それに釣られてか周囲には諦めムード漂い始めた。
相変わらず内野は全く起きる気配が無く、クエスト時間はもう残り5分も無い。なので諦める者が現れるのも仕方が無いだろう。
「ちょっと待って下さい!内野君に魔力水を飲ませてみたらどうでしょうか!?」
だがまだそこには思考を放棄していない者がいた。それはこの場の誰よりも長い間内野の傍にいた新島である。
「梅垣さんの黒狼に頼るという方法で思ったのですが…黒狼は内野君の意思と関係無く無理矢理闇を出せていたんですよね?
それなら内野君が気絶してもMPさえあれば黒狼は闇を出せたり…闇を操ってこれを解除出来たりなんて事も…」
「っ!?そうかこの指輪にいる使徒なら…!」
梅垣の言葉からインスピレーションを得た新島の案はこの状況を打開出来るかもしれない光だった。
ちょうど柏原がペットボトルの水の代わりには魔力水を内野の鼻に突っ込もうとしていたので、川崎が内野の口を無理矢理開け、柏原がそこに魔力水を注ぎこむ。
すると途端に指輪の狼の目が小さく赤く光り、内野の身体から微かに闇が現れ始めた。
「ッ!私が内野君の身体を使徒の傍に運びます!」
「任せた!それと他のメンバーは魔力水を俺に渡せ、俺が『マジックシェア』で内野君と魔力を繋ぐ!」
それを見て一同は各々驚きを顔に出していたが、川崎に命じられると直ぐに行動に移した。
新島が内野君の身体を抱えて憤怒の使徒の近くまで移動し、その後他の者達から貰った魔力水を内野の口に注ぐ。
それと同時に川崎も魔力水を飲み魔力を回復してから『マジックシェア』で内野と魔力を共有し、黒狼が闇を出すのを手助けする。
魔力水を飲む度に内野の身体から出る闇の量は増えていき、その闇はダンゴムシの使徒を包む闇に加わっていった。
そして暫くするとさっきまで使徒を包んでいた闇が、ほんの微かだけ内野の方へと引っ張られるように動いた。
「動いた…いける、いけるぞ!」
「もっと魔力水を飲ませろ!溺死しない程度に」
新島の案が道を切り開き、その場のプレイヤー全員の心にあった絶念が消え去った。
全員が自分の持っている魔力水を渡していった事で魔力も十分。残り時間はもう1分しかなくなっていたが徐々に使徒を包む闇が内野の身体に引っ張られていくのは早くなっていた。
そしてクエスト終了時間が残り10秒を切ったころにはもう使徒の闇は人間数人分の体積しかなく、吞み込みきれるかギリギリの所。
「いけっ!全部呑み込んじまえ!」
「行けるぞ!」
何も出来ない人がほとんどで、声援を送る事しか出来なかったので気絶している内野に応援の声がかかる。
あとクエスト時間が終わるのが先か闇が吞み込み終わるのが先か全くわからないが、この場の全員が心の中で闇の勝利を祈っていた。
「3,2,1…」
そして秒読みをしていた佐々木が「1」と言った瞬間、その場にいた全てのプレイヤーの意識は一瞬にして途絶えた。
________________________
次に内野が意識を取り戻した時、内野は見覚えのある真っ白な空間にいた。
椅子が7つあり、その近くに自分含めて7人立っている。そして真ん中には真っ黒な球体浮かんでいる。
ここは以前50回目クエストが終わった後に来た、クエストの黒幕と他の大罪スキル持ちの者と初対面した場所だった。
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