第179話 最悪の状況

高速道路の100メートルにも渡る道は田村の『メテオ』で倒壊され、その瓦礫は下の建物を押しつぶす。

建物に生存者が隠れていたりしたかもしれないが、そんな事を確認する暇は無かったのでこれの犠牲者の数は分からない。


ただ瓦礫が遠くに飛び散ったりしているので周囲への被害がかなり発生しているのは確かだった。


使徒を殺す為とはいえ…これじゃあ本当に大罪人だな。


内野は『強欲』のスタンバイをしながらそんな事を思っていた。『強欲』を使うタイミングは上にいる田村が合図してくれるので、田村からは一切目を逸らさずに。

スキルの使用が遅すぎれば内野は新島もろとも潰されるので早めに合図を出してくれるみたいだが、闇を出すのが早すぎるのにも問題があった。身体から闇を出して暫く経過すると闇が身体に戻ってくるからである。


「タイミングはシビアだけど大丈夫…きっと成功するよ。それに想定よりも時間は残っているから、万が一失敗しても平塚さんが使徒を殺してくれるだろうし心配しなくても大丈夫だよ」


隣にいる新島が内野に声を掛ける。気休めの言葉だが、その言葉は内野の心を落ち着かせるのには十分だった。

元々平塚がいれば殺せた相手だが、この作戦が失敗して使徒を殺しきれなかったなどという事態になれば自分の責任になってしまうからだ。


「だな、俺が駄目でも平塚さんが使徒を殺してくれるよな。

…次に俺が意識を取り戻した時はクエストが終わっている頃かもしれないし、後は任せたよ」


「うん、任せて…今日は沢山動いて疲れただろうしぐっすり眠ってて良いよ」





高速道路上にいるメンバーの残る仕事は、引き続き使徒が壁を突き破って高架下に落ちるのを防ぐことだった。


使徒は前方の爆発からこのまま進むのは危険だと判断したのかさっきよりも勢いを付けて横に逸れてくる。

後から来た助っ人の二階堂も加わり使徒を抑えるのを手伝い、逆の方には生見と一咲が加わる。

使徒の右左には約10人のプレイヤーが囲んでおり全員が二階堂の『ヒール』で万全な状態。

仮に使徒が急な方向転換が出来て全ての力を横方向に集中出来たのなら脱出は出来ただろうが、残念ながら使徒が転がれる基本的に前方へのみで、いきなり直角に回りだしたりは出来ない。

なのでMPが枯渇した使徒には、この横と後方に展開されたプレイヤーの壁を突破する手段は無かった。


絶体絶命の使徒だがここで一つの活路を見出した。

それは周囲のプレイヤーが囲っていない前方だ。


使徒は一か八かで前方へと急加速をして皆を突き放そうとする。

この急加速には全員が追い付けたわけではないが、十分な反射神経と敏捷性を持っていた清水、梅垣の2人のみは使徒に並走出来た。

だが使徒の左右にいるのが二人のみになってしまったので、今横に逸れてきたら防げない。


そして使徒は清水よりも物理攻撃力が低く力が弱い梅垣の方へと曲がろうとしてくる。


〔俺一人じゃ防げない…誰かっ!〕


梅垣が使徒の側面に手を付けてもそれを抑えられず、このままでは使徒に脱出されてしまう状況だ。


だがそんな状況が、一人の男があるスキルを使った事で一変する。


「オーバーパワー!」


川崎の声だった。

実は川崎は助っ人の3人が来てからは再び鳥型の魔物に乗り、使徒の少し前方に位置していたので二人に追いつくことができていた。

そして今行ったのは梅垣に対しての『オーバーパワー』だ。本来これを使うには対象に触れねばならないが、川崎には『怠惰』を合わせたある裏技があったため多少離れていてもスキルを梅垣に使用できた。


さっき左脚を魔物の腕にした様に、川崎は魔物の一部位だけでも現わせる事ができる。しかもそれは自分の身体からだけではなく、自分の出した魔物からも可能だった。

なので今は川崎の手の平から魔物の長い腕が生え、その魔物の手の平から更に他の魔物の腕が生える、これを何回も繰り返して離れている梅垣の身体に触れられた。

その光景に名前を付けるとすれば「腕の鎖」とも呼べるものだった。



そんな川崎の活躍によってステータスが倍増するというスキルを掛けてもらい、そのお陰で梅垣の力が上がる。

そして更に力が高い魔物達を『怠惰』で梅垣の横に配置したもらえたので、プレイヤーが梅垣だけでも使徒を抑える事が可能になった。


「もう少しだ!抑えろっ!」


道が途絶えるまでもう200メートルもなく、あと10秒程耐えられれば良い。だが『オーバーパワー』を掛けてもらってからは魔力の減りが大きく、このままでは自分のMPが尽きるが先だと梅原は薄々感じていた。

だがそれすらも川崎はカバーする。


「マジックシェア!」


そう川崎がスキルを唱えると、梅垣は自分の魔力が全然減らなくなった事を感覚で把握し理解した。

この『マジックシェア』というスキルのお陰で術者である川崎とMPが共有になったのだ。


これでもう梅垣は魔力枯渇の心配は無く、全力で使徒を押す事が出来た。


「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!」

「グラァァァァァァァァァァァァァァ!」

「ガギャァァァァァァァ!」


使徒も最後の力を振り絞っての突進を仕掛けてきたので、川崎の出した魔物と並んで梅垣は声を出して使徒を押し返す。


道が途絶えるまで残り100m……50m…



「内野君、今です!」


田村が合図を聞き、内野は最後に一瞬だけチラッと新島の顔を見てからスキルを使用する。


「強欲っ!」


スキルを使用した瞬間に内野は意識を失い、力なく前に倒れそうになる。それを新島が受け止めてすぐにその場から避難を始める。

闇が放出されて動きにくいのに加え、瓦礫で足場が不安定で歩きにくい。なので移動のスピードはいつもと比べたら遅かった。だがそれでも田村が余裕を持って合図を送ってくれたので使徒の落下に巻き込まれる事は無さそうだった。



そして道が途絶えるまで残り数メートルのギリギリの所まで来た時点で、川崎は「引けっ!」と使徒を抑えている梅垣と清水、それと魔物と後方の全員に命令をする。


一同はそれに従い、道が途切れる直前で使徒の身体を抑える手は無くなった。

そして使徒は転がる勢いを落とす事なく空中へと飛び出し、その後は水平投射の軌道で落下していく。


「横軸合わせは任せてください」


田村も使徒と共に高速道路から飛び出し、空中で使徒をスキル攻撃をし、内野の出した闇の中に落下する様に横軸を合わせる。

空中なので田村の岩を飛ばすスキルを使徒に当てるだけでも十分合わせる事は出来た。


そして田村によって横軸が合わせられたのを、美海は高架下から見ていた。美海の役割は使徒が勢い良く飛び出し過ぎて闇を通り過ぎて落下してしまうのを防ぐというものだ。

美海の目は飛んでくる物の軌道を読んだりするのが得意なので、使徒の落下先を想定する事など容易かった。


〔今の田村さんの攻撃で勢いは殺せましたが、このままじゃ少し闇を通り過ぎてしまいますね…〕


「つ、強さ3ぐらいで殴ってください!」

「あいよ~」


軌道の変え方は先程の田村と同じく空中で使徒を攻撃するというものだが、美海だけではそれは厳しい。なので使徒を攻撃する役割の人はもう一人いた。

それは『シャドウウェポン』で使徒の居場所を知らせ続け、邪魔な魔物を殺して進んでいた薫森だ。


この美海が言った「強さ3ぐらい」というのは「3割ぐらいの力で殴って」という薫森に対しての指示だった。薫森はそれをあらかじめ聞かされていたのでそれに従い、落下中の使徒を殴る。


すると軌道が少しだけ変化してさっきよりも落下先は内野の出した闇に近づいた。だが僅かにズレている。

そこで最後に手を出すのは、それを完璧に把握出来る美海自身だった。


〔この方向から4割ぐらいの力で蹴れば…〕


美海が高速道路の柱を跳躍で経由し、落下する使徒に向かって飛ぶと使徒に蹴りを入れる。

すると美海の想定通りに使徒の落下していく軌道が変化した。


「ら、落下地点を合わせられました…!」


美海は上にいる後のメンバー、それと下で内野を抱えて使徒から離れようとしている新島に向けてそう報告する。


そして美海の報告通り、使徒は内野が出した闇へとピンポイントに落下した。


「「よしっ!」」

「良くやった!」


上からは数人の喜んでいる声と、美海を褒める川崎の声がする。後は誰にも何も出来る事はなく、全員で使徒が闇に呑み込まれていくのを見ているしかなかった。


使徒が落下時に闇に触れ、闇ぁh下から上へとじわじわと広がっていく。使徒は直ぐに転がり始めて闇が広がっている個所からは脱出するが、一度身体に付いた闇は払えず、じわじわとその闇が使徒の身体を吞み込んでいく。


使徒はそれでも転がり、高速道路の柱や建物に身体をぶつけてその闇を振り払おうとしているが……それは叶わない。1分も掛からない内に使徒の身体を闇は完全に包み込んだ。


この頃には内野の身体はもう闇を出すのをやめており、内野達の護衛としてずっと傍にいた佐々木が二人を使徒から少し離れた所に避難させていた。


「クエスト時間は残り17分…間に合ったぞ!使徒を完全に闇で吞み込めた!」


「あとは多分あの使徒を吞み込んだ闇が内野君の身体に帰ってくるはず…そうしたら相手を殺した事になる…」


新島は実際に内野が『強欲』で魔物を吞み込んだ所は見ていないが、以前内野から受けて説明で今後の流れは分かった。

だが闇は一向にその次の工程へと移らない。使徒を吞み込んだ闇は、丸まっている使徒の形そのままそこにあるのだ。


「梅垣君、奴の魔力は?」


「あの闇に包まれる前は僅かに魔力の反応があった。だが使徒が闇に包まれてからは一切魔力を感じない…が、包まれた瞬間に死んだとは思えないし、闇には包んだモノの魔力をこっち側からは見れなくするという性質があるのかもしれない」


「魔力の遮断か…だがこれはマズイぞ、この中途半端な状況は…考えうる最悪な状態かもしれない」


川崎は額に冷や汗を流しながら余裕気の無い表情でそう言う。何がそこまで川崎を心配せているのか分からず、柏原は首を横に傾ける。


「ん、時間内に殺しきれなさそうなら『憤怒』で殺せば良いんじゃ?」


「その予定だった。この作戦は失敗しても成功しても使徒を殺せるものだったんだ。

だが…あの闇に包まれた状況は『憤怒』の闇が通るのか?」


「え、それって…」


「もしも『憤怒』の闇が『強欲』の闇ごと中の使徒を切れなかったら、このまま使徒が生きたままタイムアップになる可能性がある」


川崎の感じている焦燥の念の原因、それは使徒を殺せないという最悪の想像だった。

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