第178話 玉押し

先ずこの作戦で最初に成功させなければならないのは、使徒を高速道路の入り口に誘導する事だった。


川崎は内野の作戦を聞いてそれをベースに改良を加え、その役割を行う者を振り分けた。

使徒に付きっきりで行動するメンバーは川崎、清水、柏原、平塚、原井、梅垣の6人だった。それ以外のメンバーには他の役割があるのでここにはおらず、使徒の誘導はこの6人で行わねばならない。


川崎は鳥型の魔物の背に乗っている。川崎が誘導する入り口への経路を確認しながら、一同に使徒の誘導方向を指示している。


「もう少しこっち側だ!奥の方に建物が並んでいるが突っ切る事になる!」


「「了解」」


川崎の指示通りに他3人のメンバーは使徒の転がる軌道を操作する。

軌道の操作と言っても清水が蹴ったりして横に軌道を曲げるだけだ。高速道路への入り口はほぼこのまま直進なので、あとは使徒が急に横に曲がったりしなければ作戦の一段階目はクリアだ。


だがそう一筋縄にはいかず、使徒は入り口を目前にして少しだけ横に軌道を曲げる。


「させるかよっ!」


柏原が身を挺したタックルを当てた事で使徒の転がる軌道は元に戻り、見事高速道路への誘導は成功した。

入り口の料金所や看板などを全て蹴散らしながら使徒は転がり続ける。

流石にクエストが始まって7時間経過しているので高速道路を走っている車は無いが、ドライバーが魔物に殺されて停車している車や、パニックにより起きた車の事故の跡などは多数あった。


使徒は転がってそれすらも全て踏みつぶして進む。


「ここからはMP削りね、皆任せたよ~」


薫森は使徒が高速道路上に到達すると使徒の真横を並走する。そして薫森は走りながら自分の真横の壁の上に『シャドウウェポン』を使い紫色の光を出す。

以前内野と戦った時は紫色の光を出したあとそこから武器を出していたが、今回のこれは攻撃が役割ではなく、光を常に使徒の真横で出すのが目的。なのでスキルを使用しても紫色の光から槍などの武器は出なかった。



その紫色の光を見ていたのは高架下を走っている内野、新島、佐々木、田村、美海の5人だった。


5人は薫森の『シャドウウェポン』の光のサインを見ながらもひたすら前へと走っている。


「作戦の2段階目、相手のMP削りに入りましたね。これが完了したら『魔力感知』を持っている梅垣さんが赤色の発煙筒を落としてくれるので、その後私がメテオで道を破壊します」


田村から川崎の作戦が伝言で伝えられる。

ここからは上のメンバーに相手のMPを削ってもらい、十分削れたと梅垣が判断したら発煙筒で合図を出す。

その合図が出されたら田村が道を破壊し、内野がその下で『強欲』を使い、動けなくなった内野を新島が避難させる。

そして使徒が落下してきたら目が良い美海がその落下の軌道を見て、軌道の修正を田村と共に行う。

これが作戦の流れだ。


ほとんど内野の作戦通りだが、川崎が内野の作戦の穴を埋めてくれた箇所もいくつかある。

相手を落とす時にピンポイントに『強欲』の中に落とせるとは思えず、多少はズレが発生すると想定されるので、そこを美海と田村で軌道修正するというのも川崎の案。それに薫森がシャドウウェポンでサインを出し続ける事で場所の把握を簡単にするというのもそうだ。


「俺達はその発煙筒が見え、尚且つ相手の先回りをして『強欲』を使えるぐらいの距離を維持しないといけない…という事ですね」


「ええ。時間は30分も無いですし無駄な時間は使えませんよ」


あとは上のメンバーがどれだけ早くMPを削ってくれるかに掛かってるな…皆さん頼みましたよ!


内野達は心の中で皆を応援して祈る事しか出来なかった。





この時、使徒のMPを削る役のメンバーは平塚の『憤怒』をメインに順調に相手にMPを使わせていた。

雑に使うと周囲への被害が大きくなるので、一刀ずつ闇を綺麗に細く整えてから闇を振るっている。

『憤怒』の闇が触れそうになると使徒は黒い岩を出してそれを防ぐので、その繰り返しだ。

だが回数を4回ほど重ねると使徒もこのままではまずいのかと思ったのか、横に逸れて高速道路の壁を突き破ろうとする。


「塗本!梅垣!」


「任せてください!」

「分かってる!」


使徒が高速道路から落ちるのを防ぐ為に川崎は塗本を呼び出して、梅垣と共にそれを防がせる。

二人が蹴りや殴りで軌道を元に戻すと、今度は逆の方向へと軌道がズレて再び落ちそうになる。


「おらっ!」

「…っ」

「ちっ…やっぱり中々のパワーだな」


今度はそれを柏原、原井、清水の3人が防ぎ、見事使徒が高速道路から落ちるのを防いだ。

そして再び平塚が『憤怒』で相手を攻撃しようとする事で相手は黒い岩を使う。それを繰り返し行っていた。




「あと3,4回使わせたらコイツはもう黒い岩を吐けなくなる!もう少しだ!」


10分経過した所で梅垣が皆にそう声を掛ける。

この10分間は同じ作業の繰り返しだったが、一度使徒の軌道を戻すのにもかなり体力を使い、常に気を張らないといけないので楽な作業ではなかった。

押し戻すには当然高速で回転している使徒に触れねばならないが、殻の端は刃物の様に鋭くなっている。なのでこれは刃物が付いている回転機械に触れるのと同義で、使徒を押す皆の手やブーツはボロボロになっていた。


だがここが踏ん張りどころだと皆が意識を再び固め直す。


そしてそれは使徒も同じだった。MPが枯渇していくなか、一体どうすればこの状況を脱する事が出来るのか考えていた。

考えると言っても知能の高い魔物ではないのでほとんど本能によるものなので、そんな凝った作戦などは立てられない。出来る事とすればスキルの使い方を変える事ぐらいだった。



使徒はなんとこのMPを節約せねばならない局面で背中の4つの穴から黒い岩の頭を見せる。


「4つ飛んで来る!ここで一気に仕掛けてくるぞ!」


最初にそれに気が付いた川崎がそう警告するが、使徒は一向に岩を飛ばさない。

だが4つの穴から黒い岩の頭を見せ続けている。

そして使徒はその状態で転がる軌道を塗本と梅垣のいる方向に逸らし始めた。


〔こいつ…この局面で新しいスキルの使い方を覚えやがった!あの黒岩に触れるのは不味いっ!〕


「その黒岩に触れない様に抑えろ!」


回転して側面から向かってくる使徒を抑えるのには二人が全力を出して押さねばならない。だがそこで使徒に触れるタイミングを合わせるという工程を挟まなければならなくなり、二人の力だけでは抑えきれそうにはなかった。


「ちっ…俺も加勢する!」


ここで鳥型の魔物に乗って指示を出していた川崎が飛び降り、二人の加勢に入る。川崎は飛び降りて二人の近くに来ると左脚を闇で纏う。

すると次の瞬間には川崎の左脚は大きな魔物の腕になっており、その腕が使徒を殴り押す。


これは『怠惰』の応用技術で梅垣にとって初見の技だったが、今はそれに反応する暇が無い。3人の全力の押し返しのお陰でこちら側に落下しそうだったのは防げたが、使徒はその流れでもう片方の方へと軌道が逸れる。


反対側にいる川崎は直ぐには加勢に向かえないのでそっち側は柏原、原井、清水の3人で受け止めるしかない。


「ぐぬぅ…」

「っ…!」

「触れる所が少ねぇな…!」


使徒は更に頭を使い、黒岩の先っぽを出す穴を3人がいる方向のある穴に変えて、少しでも身体を押すスペースを減らしてくる。なので3人は限られたスペースで使徒の身体を押すしかなかった。


だがいくら物理攻撃力が高い清水がいてもこれでは厳しく、外壁スレスレの所まで3人は使徒に押しこまれてしまった。

薫森もそれに手を貸したい所だったが、常に『シャドウウェポン』を使って内野達に場所を知らせておかないとならず、それに皆の邪魔になりそうな魔物を殺す事だけで手一杯だった。

そうなるともうこの場で助けに向かえる者はもう平塚以外いなかったが、平塚が助けに行くためには一度『憤怒』を解除せねばならない。


時間にはまだ余裕はあるので焦る必要は無い様に思えるが、それは違う。

クエスト範囲に限りがあるのでこのまま高速道路を進み続ければクエスト範囲を囲う壁にたどり着いてしまうのだ。だから一同に残されている時間はあまり無い。


〔くっ…もう『強欲』で吞むのは諦めて儂の『憤怒』で確実に殺してしまった方が良いか?

このまま彼らを見殺しにするぐらいなら…〕


平塚は自らの独断で作戦を中止させようかと迷う。この使徒の能力の恐ろしさをこの場の誰よりも知っている平塚なので、確実にこの使徒を殺した方が良いという考えが浮かぶのは当然の事だった。



だがそんな平塚の迷いを貫き破壊する様に、一筋の矢がグネグネと軌道を変えながら高架下から飛んできた。その矢が3人が抑えているのを手伝う様に使徒の身体の側面に刺さると、使徒の身体が僅かに傾いて抑える3人の手助けをした。


一同が誰の援護かは分からずにいると、高架下から一人の女性が飛び上がってきた。


「みんな遅れてごめん!平塚さんのお仲間達と一緒に助けに来たよ!」


「「二階堂!?」」


下から飛んでやってきたのは二階堂で、その高架下には平塚の仲間である生見と一咲がいる。

さっきの矢は生見が放った『バーストショット』という相手を飛ばすスキルで、『千里眼』というスキルで高速道路上の光景が見えるので離れている高架下からでも攻撃を当てられたのだ。

一咲は生見がスナイプに集中できるように生見の下で肩車している。


「軸がブレない土台のお陰で私の矢は無事に当たったよ。間一髪の所だったから危なかった」


「んじゃあ私らも上に行くぞ」


一咲が建物の屋上まで一度飛び上がると、次の跳躍で高速道路へと上がってきた。これで助っ人が3人増えた。

しかも二階堂はさっきまで押されていた3人に触れると『ヒール』を唱え、3人の負傷が完全に回復した。

こうなればもう使徒を抑えるのは容易く、平塚は再び自分の役目に集中する事が出来た。


「感謝するぞ3人とも!これで心置きなく闇を振れるわい!」


平塚は闇を細く整え、そして縦に振り下ろした。

使徒はそれをガードしないわけにはいかず、さっきと同じ様に黒い岩を飛ばしてそれを打ち消す。


「今ので最後だ!奴はもう黒い岩を飛ばせない!」


ここで黒い岩を飛ばしてしまったので使徒にはもう一度この攻撃を出来るほどのMPは残って無い。

梅垣はそう言うとショップで買った赤い発煙筒を使い内野達に合図を送る。


すると数秒もしないうちに前方で大爆発が起こり、100メートルに渡り高速道路の道は完全に崩壊した。


そして壊れた道の端には田村が一人立っており、下のある者を見ている。


「さあ内野君!準備は良いですか!?」


「はい!」


壊れた高速道路の瓦礫の上には内野と新島の二人が立っている。

いよいよ作戦の最終段階へと迫ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る