第177話 重なる思考

内野の中で使徒を『強欲』で吞み込むと決めてから、最初に頭に浮かんできた懸念は内野の左指にハマっている指輪だった。


黒狼…お前がさっき俺に『強欲』を使わせなかった時に言っていた『コレハ…ダメダ……』ってやつのって対象が駄目だったって事か?それとも強欲の3回目の使用が駄目って事か?

今すぐ答えてくれ、また良い所で次お前に邪魔されたら今度こそ死人が出るかもしれない。

だから頼む…答えてくれ!


心の声が聞こえてくるのかは分からないが、心の中でそう黒狼に呼び掛ける。すると黒狼がそれに答える様に、指輪に掘られた狼の目が僅かに赤く光った。



いや…それどっちの反応だよ…

あ、じゃあ強欲の邪魔をしないならもう一度目を光らせてくれ。


内野がそう念じると指輪の目は再び赤く光る。

これでもうさっきの様な黒狼による妨害が起きないので最大の懸念は消えた。もしもここで黒狼からの返答が無ければ指を切り落としてでも指輪を外している所だったが、そうしなくて済んだので助かった。

次に内野は頭の中で問題点を上げていく。


あいつを『強欲』で吞み込むのには、絶対に解決しなければならない問題点が2つある。

一つは『強欲』使用時に自分は気絶してしまう為、相手の進路の先であらかじめ闇を出し、尚且つ新島に引っ張ってもらって避難させてもらないといけない事。つまり相手の先回りが出来る状況にしなければならないという事だ。

もう一つは『強欲』で吞み込めてもさっきみたいにあの黒い岩で防がれるかもしれない事。そうならない様にあらかじめ相手のMPを枯渇させておく必要がある。

この二つを満たせる作戦じゃないと駄目だ…何か…何か良い作戦は……っあ。


とあるモノが視界に入った瞬間、内野の頭の中にそれを使った作戦が流れ込んできた。



「おい内野、使徒がカモってどういう事だ?」


内野の護衛をしている佐々木はさっきの内野の言葉が気になりそれを尋ねる。佐々木の他にも周囲には吉本と柏原がおり、佐々木同様にその発言が気になっている様子だった。

田村、原井、梅垣は使徒を止める為に前に出たのでこの場にはいない。


「あいつって異空間を作れなくなったら特に何も脅威じゃなくなる気がしてな…」


「は?あの転がる突進力はヤバそうだし普通に脅威になるだろ。俺の物理攻撃力高めのステータスでもあの転がっているのを抑えるのは…少し避けたいと思うぐらいだ。も、勿論やろうと思えばやれるけどな!」


使徒は建物を破壊して進んでいるが、まるで何の障害物も無いかの様に思えるぐらいスピードが落ちない。それだけで相手のパワーがそこらの魔物の比では無い事が分かり、柏原はそれを警告する。


「いや…もしも俺の作戦がハマればあいつの動きを止める必要は無い。それにあいつの突進力がいくら高かろうと作戦には何の支障も無い」


内野が見ていたのは、今走っている場所の真上に掛かっている高速道路だった。

これを見ていたのは今回の作戦でこれが必要になるからである。


「高速道路にコイツを誘導し、『メテオ』で道を破壊して奴を上から落とす」


「いや落下の衝撃で殺せる訳が無いだろ!?」


「違う。あらかじめそこに『強欲』の闇と、保険に川崎さんの『怠惰』の闇を展開しておくんだ」


そこから内野が口にしたのは至ってシンプルな作戦。

高速道路の入り口がこの先にあるのでそこに誘導し、使徒に高速道路を走らせる。高速道路の先を田村の『メテオ』で破壊しておいて、そこから使徒を下へ落とす。

そのメテオで破壊された道の下で内野が『強欲』を使って闇を展開しておき、使徒の落下時間中に気絶して動けない内野を新島が避難させるというものだ。


高速道路なら進路を予測出来るから待ち伏せが簡単、それに高低差があるのである程度新島に引っ張ってもらい避難させてもらう時間も作れる。これで先程上げた一つ目の問題点は解決する。

もう一つの魔力を枯渇させねばならないという問題だが、これは平塚が『憤怒』で攻撃すれば相手が黒い岩を使ってくれるはずだから、魔力を枯渇させるのは容易い。


「…こういう作戦だ」


内野が口頭で作戦を伝えると、薫森がふむふむと頷きながら疑問を口にする。


「魔力を枯渇させるのは容易いっていうのには同意だけど、それならわざわざこんな作戦をしなくても良いんじゃないかな~」


「それは今の状況が最大のチャンスだから……って薫森!?」


何故かしれっとこのメンバーの中に澄ました顔で紛れ込んでいる薫森に驚きの声を上げる。

二階堂と共にいたはずの薫森だが今は二階堂の姿はなく今は一人。


「俺の監視役の二階堂さんはさっきの黒い岩騒動で撒いてきちゃった。

てか今は俺に驚いている場合じゃないでしょ?それよりもチャンスっていうのはどういう事?」


「…確かに使徒を殺すだけならこんな作戦をする必要はない。相手のMPを枯渇させられるのならばわざわざトドメを『強欲』で刺さなくても、平塚さんや清水さんの攻撃で十分だからな。

でも今の状況が『強欲』を使う最大のチャンスなんだ、今後訪れるか分からない使徒を呑み込むチャンスなんだ!」


「ああーチャンスって使徒を殺すチャンスじゃなくて、使徒の力を吸収するチャンスって事なのね。『強欲』持ちという肩書きに負けない強欲っぷりだね~

いいよ、その作戦乗った。って事でこれを川崎さん達に伝えて来るね~」


それだけ言うと薫森は走るスピードを上げて川崎達を追い駆け始めた。仮面メンバーで一番戦闘が得意というだけあり、建物を飛び移っていく動きには一切無駄はない。


川崎さんにこの作戦を拒否されたとしても、別に俺はそれでも構わない。ただ使徒を普通に殺す事になるだけだからマイナスになる訳じゃないし。

結局のところ俺は使徒の力を欲しがっているだけだから、その判断は川崎さんに任せよう…


全ての判断は川崎に任せ、内野達はただ使徒を追い駆け続けた。ただ、その間も内野は川崎に拒否されるかもしれない作戦の成功率を少しでも上げる為に頭を働かせ続けていた。

吉本に背負って動いてもらっている新島も内野と共に頭を働かせてそれに協力していた。




川崎は清水と共に鳥型の魔物の背に乗って使徒を追い駆けていた。清水は先程と同じようにそこから槍を投げていたが、その度に使徒は黒い岩を放出して槍を異空間へと吞み込む。

次に投擲する槍は低QPで買える槍で、それだと転がっている使徒の軌道を少し横に変えるだけで、使徒の殻を突き破れなかった。


「…安上がりの槍じゃ無理そうですね。かといってこれ以上黒槍を消されるのは避けたいです」


「清水、黒槍のストックは?」


「まだ4本ありますけど全部投げますか?」


「…梅垣君、今ので相手の魔力はどれだけ減った?」


川崎は地上で使徒に並走している梅垣に尋ねる。清水の攻撃が喰らわないので当然梅垣の攻撃も通用せず、梅垣は特に攻撃などは加えず相手の魔力を感じるのに集中していた。


「さっきの岩大量放出に比べたらほとんど減っていないが、今のサイズの黒岩ならあと10回ぐらいは出せる程度の魔力は残っている」


「槍4本じゃ無理だな…平塚さん、貴方の憤怒で殺るのは?」


次に川崎が尋ねるのは平塚であった。


「先程の様に異空間で憤怒の闇が飛び散って危険じゃが、儂の残りMPなら十分やり切れるぞ」


そうなるともうここは平塚さんに任せるべきか…俺達がいては満足に平塚さんがスキルを使えないだろうし。


そう頭では分かっているが、川崎の中にはまだ一つの考えがあった。

それは使徒を『強欲』か『怠惰』で吞み込むこと。奇しくも川崎も内野の様にこの使徒ならそれを狙えるのではないかと考えており、それが成功した時に得られるものを考えると、どうしてもその考えを消し去る事は出来なかった。


〔どちらの大罪スキルで倒しても大きなプラスになるのは確かだ。それにこんなチャンスはもうやって来ないかもしれない。

なんとなくだが作戦は頭に出来上がっているしやってみる価値はあるが……〕


「川崎さ~ん!内野君から一つ提案があるってさ~!」


川崎の迷いを見通したのかの様なタイミングで薫森の声がした。声がする方向は高速道路の外壁の方で、そこを見ると薫森が外壁の上を走っているのが見えた。上空を飛んでいる川崎達の高さに合わせる為にそこを走っているのだ。

それを見て川崎は魔物にそっちに寄る様に命令し、薫森の言葉を聞きにいく。


「内野君からの提案というのは?」


「『強欲』で奴を吞み込みたいってさ。黒沼を殺さずに説得したいとか言って本当にそれを成そうともしてたみたいだし、ほんと強欲な子だよね~」


「…そうだな」


薄っすらと川崎は笑みを浮かべていた。

内野の欲が判断に迷っていた川崎の背中を押したのだ。


〔やっぱり君は興味深い。俺達が持っている冷酷さを持っているのに、それと同時にありのままの考えと感情を曝け出せる純粋さも持っている。

それは俺には無いモノ…だからこそ俺に想像できない様な行動が出来るのだろう。『強欲』に選ばれたのが君で良かったと本当に思うよ…〕


「分かった、これから使徒を『強欲』で呑む作戦に移るぞ」


怠惰と強欲の意思が重なり合い、二人の作戦が合わさり強固になった作戦を実行する時がきた。

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