第176話 特大サイズのカモ
憤怒の使徒が作る黒い空間の名前を統一して異空間と呼ぶようにしました。
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『嫉妬』で作られた檻に入っている使徒に内野達は一度だけ攻撃を喰らわせ、これで10分以内に使徒が死んだ場合全員レベルが上がる様になった。
他のプレイヤー達も一度再度攻撃し直し、これより作戦は開始される。
作戦実行の合図は嫉妬の闇を解除した時。
その瞬間に清水と平塚の同時攻撃を喰らわせて使徒を殺すという作戦で、周囲の者は巻き込まれない様に少し使徒から距離を置いて作戦を見守る。平塚の近くにいるのは生見と一咲のみなので、今檻の近くにいるのは3人だ。
「てかこの作戦なら他の使徒も楽々殺せない?」
「一度『嫉妬』で動きを封じてしまえばもう勝ち確だしな」
「憤怒・嫉妬のコンビネーション最強じゃん!」
「憤怒のあのおじいちゃんは俺らの所の大罪と違って優しそうだな…俺もあっちが良かった…」
「皆、まだ倒してないんだから油断しないでね!」
この作戦が失敗すると思っていないのか余裕気な者が多く、そんな会話を聞いて
俊太もこの作戦が失敗すると思っていないのかそこまで深くは注意せず、愛冠にイチャイチャを迫られて頭を撫でる余裕もある。
俊太や嫉妬グループのプレイヤーと同じく、内野達もこの作戦が失敗するビジョンは見えなかったので少し気が緩んでいた。
「仮に一撃で殺せなくても間違いない相手は重傷を負うだろうし、この使徒は今回のクエストで倒せそうですね」
「となると残りの使徒は6体…いや、もしかすると他の所で使徒を殺せた奴がいるかもしれないし残り5体になってる可能性もあるな」
内野と佐々木がそんな事を話していると、突然何者かに後頭部に軽くチョップされる。
二人にチョップを喰らわせたのは二人の後ろにいた田村であった。
「その会話は使徒を殺した後にしましょう」
「た、田村さん…でももう作戦は成功した様なものじゃないですか。
平塚さんがいるっていうのもありますが、そもそも清水さんに『オーバーパワー』を掛けて貫けない魔物なんかいない…というかいる訳が無いじゃないですか」
「私もそうは思いますが、勝ちを確信していて痛い目を見た事だってあります。それに貴方にもその経験はありますよね?また繰り返すのですか?」
「う…すみません…」
田村に叱られて佐々木はばつの悪そうな顔をする。
今の会話を聞いて内野は気を引き締め直すが、一つ気になる事があった。
それは清水のステータスの話だ。
「なんか清水さんと『オーバーパワー』に絶大な信頼があるみたいですけど…そもそも清水さんの攻撃ステータスって幾つなんですか?
『独王』で防御力が上がっていた小野寺を素のパワーのみでボコボコに出来ていたので相当な攻撃力だとは思いますが…」
「ああ…恐らく今回のクエストで物理攻撃力が4桁にまで到達したと思いますよ」
「「ッ!?」」
「『物理攻撃補正』という上位パッシブスキルで物理攻撃力が2倍になるので本来は500ぐらいですがね。
その1000越えの攻撃力を『オーバーパワー』で更に倍にするので、大体物理攻撃力2000となります」
桁違いの数値にそれを知らなかった内野・新島・梅垣は驚きを隠せなかった。そしてそれと同時に佐々木達が清水の攻撃力へ信頼をおいている理由がわかった。
そんなのを防げる奴なんかいない…ていうか居てたまるか。そんなのいたら大罪以外殺すのが不可能みたいなもんだし…
平塚は念の為魔力水で僅かにMPを回復して準備が完了する。
それを見て俊太は建物の上で待機している二人に視線を送ると、清水は槍を上に掲げて「準備ok」というサインを出す。
「それじゃあ姫ちゃん、俺の秒読みに合わせて『嫉妬』を解除してね。ゼロって言った瞬間に剣を振り降ろすからそのタイミングでお願い」
「うん♥さっさと殺してイチャイチャしよー♥」
これより作戦は開始する。
「5,4,3…」
俊太の秒読みが進むにつれ、流石にさっきまでお喋りをしていた者達にも緊張が走る。
だがそれは作戦の失敗を考えての緊張ではなく、二人の攻撃がどれ程のものか気になるといった好奇心による緊張だった。
「2,1…0!」
俊太はゼロと言った瞬間に右手の剣を振り下ろすと、使徒を囲んでいた闇の檻が消えて愛冠の元に戻ろうとする。
そしてそれと同時に二人の攻撃が始まった。
平塚は長さ3メートルにも渡る長剣に闇を纏わせ、その剣を横に振るう。剣を振ると闇の長さは更に10メートル程度に伸び、それが球を両断するように丸まっている使徒へと迫る。
屋上では川崎に『オーバーパワー』を掛けてもらい能力が上がった清水が槍を投擲していた。
投げる時に清水は『雷爆』という攻撃が当たると雷の爆発が起こるスキルを使っており、清水が投げた黒光りする槍は黄色の雷を纏っていた。
上からは雷を纏った槍。横からは全てを切断する闇が迫っている。嫉妬による檻が無くても、流石の使徒も今からこれを回避するのは不可能。
なのでこの攻撃に当たり使徒は確実に死ぬ…
と誰しもが思っていた。
だがそんな皆の考えは次の使徒の行動によって打ち砕かれた。
使徒は殻にある穴から岩を放出する。だが今回放出された岩は先程までのものとは違い真っ黒で、その黒さはこの場にいる全員が何度の視認しているもと同じだった。
大罪スキルの闇ではない、使徒が作る異空間の黒さだ。
使徒がその黒い岩を周囲に放つと、そこでその岩の効果が発揮される。なんと岩の飛んだ軌道に黒い空間が出来上がったのだ。
一斉に20個ほどの岩が周囲に飛び散り、使徒の周囲の空間には異空間が形成される。
「不味いッ!?」
平塚は直ぐに『憤怒』による攻撃をやめようとするが間に合わない。
異空間が使徒の周りに形成された事で使徒に迫っていた平塚の闇はそれに触れてしまい、闇は形を維持できずに破裂して弾け飛んだ。
そして不運な事に、その飛び散った闇が清水の放った槍に触れてしまい槍が完全に消滅してしまい、逆に異空間に守られていた使徒には少ししか当たらなかった。
足の1,2本はその闇に触れて無くなるが、14本のうちの1,2,本など大したダメージにはならない。身体の所々にも当たっているが、相手の動きを止められるほどではない。
だが一番の不運は、幾つかの岩が愛冠と俊太の方に飛んだことだった。愛冠が急いで嫉妬の闇で自分達を包んでガードしたが、闇の表面には異空間が出来てしまい闇を解除しても愛冠達はそこから身動きできなくなってしまった。
この黒い岩は内野達の方へも幾つか飛んで来る。ガードしたりするのは危険なので全員が岩を回避する。
距離があったから全員避けられたが、もう少し近くにいたら新島あたりは避けられなかったであろう。
な…なんだよこの岩、軌道上に異空間を作るのか!
その能力のせいで作戦も地形も無茶苦茶だ!二人の攻撃が防がれ、その上俺達も迂闊には近づけなくなった!回り込んでもう一度捕まえないと!
内野が作戦の失敗を察し動き出すよりも先に、ある男の声がした。
「『嫉妬』でもう一度奴を閉じ込めろ!」
その声の主は、この不測の事態に最初に動き出した川崎の声であった。川崎は愛冠に敵を捕らえろと命令しながら翼を持つ魔物を『怠惰』で出すと、清水と共にその魔物の背中の上に飛び乗り使徒を追う。
突然の命令と想定外の事態に困惑しながらも、愛冠は異空間の間を縫って再び闇の柱を出して使徒を閉じ込めようとする。
だが今回はさっきと違い使徒の周囲には敵の作り出した異空間があり、愛冠はそれ避けてグネグネと曲がった柱を作らなければならなかった。
更に愛冠の視界のほとんどが異空間が占めておりあまり視界を確保できなかったので正確の位置に柱を作れなかった。
当然相手は当然柱を作るのを待ってくれず、使徒は転がってその場から逃げ出す。
「ちっ…」
愛冠はこの状況では使徒を捕まえられないとなんとなく分かり舌打ちをする。
身動きできないので愛冠と俊太は使徒の追跡に参加出来ない、使徒の追跡は他のメンバーに任された。
一同は使徒を本気で追い駆ける。もう足並みを揃えたりする暇などは無く、敏捷性が早い者から前に出る。
そこで梅垣は屋上の上に飛び乗り、屋上の上からある事を叫び皆に伝える。
「今の攻撃であいつの魔力はかなり減った!もうさっきみたいに大量に異空間は作れないはずだ!」
『魔力感知』で判明した情報だ。
つまりあと一回使徒を捕まえられれば今度こそ殺せるという事で、皆はさっきの黒い岩の放出をあまり恐れず追い駆ける。
クソ…俺の敏捷性じゃ付いて行けても追い付けない!これじゃあ…大罪なのに何も出来ないじゃないか…
大罪であるのにも関わらずただ走って使徒を追い駆ける事しか出来ないことに、内野は自分の力の無さを感じ、同時に他プレイヤーに申し訳なく思っていた。
だが新島は違った。
彼女が同行しているのは『強欲』を使って動けなくなる内野を闇から引っ張り出せるからであり、そもそも戦力には数えられていない。
それを理解していたためこの場で唯一戦闘の事に囚われず、彼女は一歩早く他の者が気が付かずにいた事に気が付けた。
「ねぇ…内野君」
「な、なに?」
「あの使徒って転がった所に異空間を作るはずだけど、今は作ってないよね?」
新島に言われて地面を見て見ると確かにそうで、今の使徒は転がった所に異空間を作っていなかった。
梅垣さんは黒い岩の放出で使徒の魔力がかなり減ったと言っていた。
岩を飛ばすのにはそこまで魔力を使わないだろうし、多分魔力を大量に使う事になったのは異空間生成の方だ。異空間生成には魔力をかなり使わないといけないのだろう。
そして魔力が少なくなった今、あいつは魔力が完全に無くなってしまわない様に異空間を生成するのをやめたと考えるのが妥当。次捕まった時にあの技で逃げられなくなるからな。
そうなるとこの敵は…異空間を作れなくなった敵は…
「魔力が完全に無くなったら転がるしか能が無い敵…カモだ…」
内野は次第にこれはピンチではなく、チャンスなのでは無いかと思えてきた。
圧倒的ステータスを誇る使徒が、魔力が無くなれば転がるしか能が無い敵。そう考えるともう相手の事がカモにしか見えなくなった。
『強欲』で吞み込む特大で極上のカモに。
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