第174話 闇作りのダンゴムシ

川崎達の元へ向かった内野達であったが、道中で異様なものを発見した。

横幅3メートル程の太い真っ黒の線が地面に書いてある様に見えるが、平塚が「これが奴の作り出した黒い空間だ」と言った事でこの正体が判明する。

その線は不自然なくらい真っ黒で、街の写真に誰かが黒のマーカーで線を引いたものを見ているのではないかと自分の目を疑う思う程である。


そこで佐々木は向こうから送られてきた情報を述べる。


「今回の憤怒の使徒はダンゴムシみたいな見た目で転がり移動するのですが、自分の触れた所を闇の空間にするらしくこれはその形跡みたいです。これを辿れば川崎達の元へと行けますね」


「触れた所を闇の空間にするって…まさか俺らはそいつに一度でも触れたら終わりだなんて事はないだろうな?」


「いや、どうやら命あるものの身体は触れても闇の空白にはならないいみたい。だから地面や壁に作られた黒いやつを気にして戦えば大丈夫らしい」


柏原が相手の作り出した黒の空間を凝視しながら質問し、それに佐々木が届いたメールを見ながら返答した。


すると平塚の傍でおにぎりを頬張っている一咲が平塚に向かって話しかける。


「前の奴はカマキリで、鎌を振り下ろした所にあの空間を作っていたな。空中にあの真っ黒のやつを作られると距離感が分からない事が多かったから、今回の奴はまだ戦いやすいんじゃないか?」


「うむ…だが時間が経つにつれてこちらの足場が無くなるというのはかなり動きにくいぞ。

それに使徒は特殊な能力だけでなく素の力も強い。吹き飛ばされた所が偶然黒い空間にされた場所だった…なんて事もありえるから細心の注意を払わねば即死じゃ」


「ダンゴムシ…ね。

甲殻類の魔物はまだあまり研究出来ていないから、これを機に色々調べ尽くしてしまおう…くくく…」


憤怒一同がそんな事を言う。

平塚の言葉で内野達は改めて使徒と戦うという事に対する覚悟を固め直す。


使徒という強大な敵を相手にするんだ…油断すれば一瞬で死ぬ。だが俺はまだここで死ねない、絶対に勝って生き残る!


「覚悟は出来ましたか?何としてでもここで使徒を殺し、生き残ると」


内野の心を読んだかのようなタイミングで田村が内野にそう言う。


「はい、大丈夫です」


「それは良かった…ですが、貴方が生き残る事が最も大切ですからね。すべきことを見誤らないで下さい」


田村からの警告に内野が無言で頷く。

内野の目を見て大丈夫だと判断したのか田村はそれ以上何も言わず、目を道の先に向ける。


「それならもう行きましょう。向こうは少しでも人手が欲しい所でしょうし」


こうして覚悟を固め直した一同は使徒との激闘が起きている所へと走り出した。





激しい戦闘音が聞こえてくる。

建物が倒壊する音、金属がぶつかり合う音、爆発音、誰かの怒号や叫び声。


そして音に近づくにつれて周囲の状況も悲惨なものになっていた。

憤怒の使徒がここで何往復もちょこまかと移動したからか、黒い空間が作り出されている範囲は広く、建物の壁も黒に染まっている。

使徒に壁に触れて作られた黒の空間はその壁が壊されてもそこにあり続けるというのも分かった。


そして何より目につくのは周囲に飛び散っている無数の岩だ。

サイズばらばらのゴツゴツとした岩が床や周囲に飛び散っており、地面は割れて建物の壁もボロボロになっている。その通りには一つたりとも無事な建物は残っていなかった。

当然血痕もそこら中にあり、中にはプレイヤーと思われる者の死体もあった。


だが内野達は足を止めずに走り続ける。

そしてある建物の角を曲がって高架下に着くと、そこは戦場。数十人ものプレイヤーが絶えず攻撃を与え、転がって動き回る黒い球体を囲んでいた。


長い事そこに止めているからか足場のほとんどが黒い空間になっており、プレイヤーはその黒い空間から数メートル離れて攻撃を浴びせている。



そこの少し離れた所の建物の屋上からそれを見下ろしている川崎と清水の姿が見えたので、内野達は真っ先に駆けつける。


「川崎さんと清水さん!今の状況は!?」


「おお、皆着いたか。…憤怒の平塚さんもよく来てくれた」


「儂らの所の使徒がいると聞いて一刻も早く殺さねばならないと思いなぁ…こちらこそよろしく頼む」


お互い握手を交わすと、誰かが口を挟む間もなく川崎は状況の説明を始める。


「最初にあの敵の注意点を言おう。

あの使徒の攻撃手段は3つ。転がる・岩を放出・バキュームだ。

転がるというのはその名の通りで、魔物と人間問わず転がってすり潰すというものだ。だがこの使徒は殻が触れた所に黒い空間を生成するから、奴の回転に巻き込まれて地面に触れてしまえば、いくら防御力が高かろうと死ぬ。

次のは周囲を見て分かる通りだが、転がりながら岩を放出してくる。転がりながらだから命中精度はそんなに良くないし、戦闘慣れしている者なら脅威にはならない」


ここまでに紹介された2つは、今の戦闘状況や周囲の状況を見ているだけで分かった。

このダンゴムシの殻には無数に穴が開いておりそこから岩を放出するというのも、転がった場所に黒い空間を作るというのも。

だが3つ目の攻撃手段というバキュームについては想像が出来なかった。


「そして3つ目のバキューム、注意を払っておかないと足元を掬われて即死の可能性がある危険な技だ。

今あのダンゴムシの周りの地面には黒い空間があるが、あいつはそこの中心で風のスキルを使って周囲のものを引き込もうとしてくる。それを知らずに近距離戦を仕掛けていた『嫉妬』側のプレイヤーは既にもうそれに掛かって何人も死んでいる。

あ、二階堂・薫森の2人は生きているから安心してくれ。ほら、あそこにいるぞ」


川崎が指差した方向を見ると、使徒を囲む役割に徹している2人の姿が見える。

だがそこで使徒の周囲の状況を見た時、一同はその仲間の二人の事よりもある者のスキルに目を奪われた。

もう散々見たので見慣れた、大罪の作り出す闇だ。


そしてその放たれている闇の中心には一人の女性がいる。

その女性は佐々木の報告にあった通り、『嫉妬』の大罪スキルを持つ高木愛冠ティアラ。相変わらずゴスロリ服を着ているので、纏っている闇も相まって存在感が他の者よりも突き抜けている。


だが闇を僅かに纏っているだけで何かやっている訳ではない。

それは他の者にも当てはまり、魔物を囲んでいるだけで特に誰も追撃に力を入れていない。使徒がその場から動こうとしたら攻撃をし、使徒をその場に止めているだけである。


「…何かを待っているのですか?」


内野の思っていた疑問を田村が口にすると、川崎と清水は頷く。


「ああ。次に奴が風スキルで周囲を引き込む為に殻を開けた時、ここから清水に槍を投げさせる。その為に俺達は二人でここで待機しているんだ。

俺が『オーバーパワー』を使って清水のステータスを底上げし、更にポーションの効果も載せれば流石に倒せるだろう」


「『オーバーパワー』?」


「…もう説明しても良さそうだな。だけどまだ他の者にはこの話はしないでくれ」


スキルについて尋ねてみると、何故か川崎は田村と目を合わせてそんな事を言う。一体何を言っているのかと内野、新島、梅垣の3人は分かっていないが、他の怠惰メンバーは何の話なのか分かっている様子。

何か口裏を合わせて情報を隠しているとしか思えないが、静かに3人は話を聞く。


「新しいスキルは3の倍数ごとに手に入る、スキルレベル3,6,9とな。だがスキルレベルをマックスにした時も強力なスキルが手に入るんだ。それも普通に手に入るものより強力なもので、それを俺達は上位スキルと呼んでいる。田村の『メテオ』もその上位スキルだ。

そして俺の『オーバーパワー』も上位スキルで、スキルを使った対象のステータスを一定時間強化出来るという効果を持っている」


スキルの効果は分かりこの作戦も分かったが、これを聞いて内野達が気になるのはそんな超重要な事を隠している理由だ。


「どうして今までこの事を…」


「待ってくれ、その話はこのクエストが終わった後じっくりしよう。使徒すらも一撃で両断出来る平塚さんが来てくれたわけだし、もう相手の行動を待たずに仕掛けても良いかもしれない。先ずは奴を殺す事に専念するぞ」


梅垣の言葉は川崎に遮られるが言う事はもっともなので、一先ずこの話は忘れて使徒に集中する事にした。

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