第172話 臓器パズル

平塚が闇で消し飛ばしたのは肉塊の魔物の下部で、土台が無くなった魔物の身体はみるみるうちに崩れていく。

そしてさっきまで動いていた魔物の身体はもう動かず、そこにあるのはただの死体の山である。


肩車されている平塚は魔物が動かなくなるのを確認すると闇と剣を仕舞い、「降ろしてよいぞ」と肩車している下の者に言って降ろしてもらい地に足付ける。

そして手を振りながら内野達に向かってくる。


「君は…確か『強欲』の内野勇太君だったかのぉ?」


「そ、そうです!お久しぶりです平塚さん!」


自分の名前を覚えていた事と平塚と会えた事が嬉しく、内野はさっきまでの暗い感情を吹き飛ばすような元気良い返しをする。


「笹森から色々と聞いているが、君も色々巻き込まれて災難だったのぉ…でも今それだけ元気という事はもう解決したと見て良いのか?」


「は、はい。一応『強欲』を狙われていた問題は解決しました」


「そうかそうか、それは良かった。大罪の第一印象では君が一番だったから心配だったのじゃ。

あ、そういえば儂があの魔物のトドメを横取りしてしまった様だが大丈夫だったか?」


平塚は内野の周囲のメンバーの顔を軽く見回しながらそう言う。

田村は平塚と目が合うと一歩前に出て軽くお辞儀をする。


「あの魔物を倒して頂きありがとうございます。普通のスキルでは倒せなくて討伐を断念しようと思っていた所でしたので助かりました」


「ほほ~それは良かった」


平塚は顎に生えている髭をさわりながらそう言うと、さっき平塚を肩車していた者の方を向き直る。

その者は短髪で中性的な顔立ちをしており、元の色が分からないぐらい血塗れのシャツを着ている。なので顔と服からは性別が分からず、大体内野と同じ年だという事しか分からなかった。


「じじい、今度はこっちの方からに臭いがする」


「うむ、それじゃあ次はそっちに行くとしよう。一咲いちさも少し休んどれ」


「うん、コンビニから飯取ってくる」


一咲と呼ばれる血塗れの者は一人で近くにあるコンビニへと歩いて行く。声も男にしては高く、女性にしては低いので性別は分からない。ただ一咲という名前から何となく女性なのだと予想した。


内野は取り敢えず一咲の言っていた「臭い」と言うのが気になり、それについて尋ねてみる。


「今…あの人臭いって言いました?それって何の臭いですか?」


「ああ、実はあの子は血の匂いに敏感なんじゃ。誰の血か嗅ぎ分けたりするのは無理だが、匂いが濃い方向が分かる。

血の匂いが強い方向は、そこに強い魔物かプレイヤーがいて戦闘が起きている可能性が高いから、普段のクエストでも儂は基本的にああして一咲の鼻に従って行動しているのじゃ」


「あ、それでこの死体の塊の魔物の場所が分かったんですね!」


「うむ、この肉塊の魔物は特に強い血の匂いを放っているみたいでな。儂らは今こうして肉塊の魔物を狩って回っているのだ」


確かにこの魔物の近くにいるだけで血の匂いを強く感じる、でもそれは遥か遠くから感じ取れるほどのものじゃないし、あの人は本当に凄い鼻を持っているんだな。

って、今の平塚さんの言い方だとまるで…


「もしや他の所にもあの肉塊の魔物が?」


内野よりも先に梅垣が平塚にそう尋ねる。そして平塚に首を縦に振った。


「そうじゃ、あの死体を集めて大きくなる悪食な魔物を既に二体倒しておる。

さっきそこのメガネの者も言っていたが、あの魔物は何故か普通のスキルではどれだけ攻撃しても再生を続けられて殺せない。

今の所見つかっている殺す手段は儂の『憤怒』で魔物の下部を破壊する方法しか無く、それで儂がこの魔物を殺して回っているのじゃ。

…こうしてこの魔物のみを狙って二人で行動するのはレベルを上げる効率が悪いがのぉ」


平塚は難色を顔に示しながらそう言う。


レベル上げ効率が悪いのにこの魔物を狩っているのは、単純に鼻のレーダーがこの魔物に潰されるからなのか?


内野の疑問の答え合わせをするように、先程平塚達がやってきた方向からもう一人走ってきた。


それは首に三つのカメラを掛けているメガネの20代前半の男。運動神経が無い者の独特のフォームでこちらに走ってくる。


梅垣は魔力感知で予め分かっていたみたいだが、何となく平塚の仲間だと分かっていたからか警戒している様子は無い。

その男は内野達には一切目を向けず一直線に死体の山へと突っ走ると、首に掛けたカメラでその死体の山を撮り始める。


「ヒャホーーーーー!宝の山だー!

やっぱりこの魔物に吸収された死体は身体が再生して全ての傷が無くなるから標本に相応しいぃ!全部持って帰れないのが悔しいなァ!」


カメラの男は死体の山から一匹一匹の魔物の死体を引っこ抜くと、それを道路に綺麗に並べていく。

そしてこれでもかと思うぐらい色んな方向からカメラで死体を撮影する。


「彼の名前は生見なまみ けん。彼は大学院で生物の研究をしている者でな…プレイヤーになってからは魔物を解剖したりしたりし、魔物の身体について調べておる。

儂は彼に頼まれてこの死体で身体が形成されている魔物を狩っているのだ」


「な、中々個性的な人だね…」


新島のぽつりと言った一言にこの場にいた全員が心の中で同意していた。

だがその「個性的な人」という感想は、次の瞬間には弱いものになっていた。


なんと生見という男はインベントリから出した剣で先程並べた魔物の腹を搔っ捌いて臓器を一つ一つ外に出し始める。

そしてその取り出した臓器を身体の中にあった通りに床に並べる。まるで臓器のパズルを組んでいる様だ。


それを見た一同の感想は「個性的な人」から「狂っている人」へとグレードアップする。

流石にこれには死体に慣れていている皆も僅かに顔を顰めていた。


おぇ…な、なんだよあれ…


「く、狂ってる…」


「ッ!?」


内野がぼそりとそう言った瞬間、臓器パズルを組んでいるメガネの男はカッと目を見開いて内野の方を見る。

そしてゆっくりと立ち上がり始める。


「今…私を狂っていると?君は生き物の解剖を狂っていると評価するのかい?」


「え…」


「今私達が見たこともない自分の身体の構造について知れているのは、過去に人間を解剖をした者がいるからだぞ?

人間だけじゃない、他の生き物の身体についてもそうだ。過去に解剖を行った者がいるから今ではあらゆる生き物の身体構造が解明さているのだ。君はそんな先人達の行為を「狂っている」と侮辱するつもりか?」


狂ってると言われた事に怒っているのか、生見はゆっくり内野に近づき詰め寄ろうとする。

生見の大きく見開いた目と目が合うと内野は少しだけその者に恐怖を覚える。


だがそこで平塚が手を伸ばしてメガネの男の行く手を阻む。


「生見、それ以上彼らに近づくでない」


「平塚さん…彼は私の行いを狂っていると評価したのですよ?

曲がりなりにも生物の解剖と研究に誇りを持っているので、素人にそんな事を言われたら頭に血が上るんですよ」


「…彼は解剖に対してではなく、臓器をパズルのピースみたいに並べていった事にそう評価してのではないか?そうじゃろ内野君?」


平塚はそう言いながらチラッと内野に目を合わせる。「話を合わせて」と何となく言っている様で、内野は直ぐに「そうです!」と言って首を何度も縦に振る。

すると生見は一瞬フリーズし、大きく見開いた目をいったん閉じると肩の力を抜いた。


「そうだったのか…これは申し訳ない。あれは時間が無いから手っ取り早く魔物の臓器の位置を確認する為に行っている行動だ。

それが死体で遊んでいる様に見えてしまったのか。それは確かに狂っていると言われても仕方が無い事だ、早とちりしてしまい申し訳ない」


さっきまでの怒りは何処にやら、今は心から内野に申し訳ないと思っているのが誰から見ても分かる安らかな顔になっている。


この人絶対ヤバイ人だ…迂闊にこの人の逆鱗に触れる様な事を言わない様に扱いには常に気を付けないと…

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