第171話 憤怒の両断

157話で、松野のショップには『哀狼の指輪』が無く、他の使徒を倒した判定になっていた松平・梅垣・進上に確認の連絡を入れるという話がありましたが、なんとそこの話の回収を忘れていました。


なので後の話で無理やり話を繋げます、申し訳ございません。

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死体を持った新島が肉塊の魔物の腕が届くギリギリのライン辺りまで来ると、敵の動きが僅かに変わった。

魔物は移動の為に使っていた腕で新島を捕まえようとし始めたので、前に進むスピードが落ちたのが少しだけ下がった。


「ッ!新島さん、死体を吉本さんに渡してください!」


それに気が付いた田村は吉本に死体を渡せと命じる。新島の魔物誘導の役割を吉本に渡せという事だ。

新島より動ける吉本の方がこの役が適任な上、田村達から見れば新島は内野と同じく防衛対象。新島にそんな危険な役割をさせるわけにはいかないので田村はその指示を出した。


新島自身もそれを理解していたので直ぐに魔物の死体を吉本へと投げ渡す。


〔私が敏捷性を上げても絶対にあそこの人達みたいには動けない。それはもう生まれながらの運動センスが無いから仕方が無い。

だからここは適任の吉本ちゃんにこの役を渡して、私は私にしか出来ない事をする!〕


新島はガードレールを飛び越えて歩道に入ると、魔物の真横へと走り出す。

本来ならば戦えない新島はもう退くべきだが、新島はそうしなかった。


「魔物の大きさを測ります、何方どなたか援護を!」


「分かった!俺が援護する!」


一同は新島の行動を疑問に思っていたが、それが魔物を確実に穴に落とす為のものだと分かりこの行動に納得出来た。

なので一番新島の近くにいた梅垣は援護を名乗り出て、新島が集中して魔物の横幅を測れるように腕を切り落としていった。


〔この魔物の横幅は底面が一番広くなってるから、ここで図るのは底面の広さだけで良い。

それに正面の幅は内野君からも見えるし、高さは周囲の建物から比較すれば分かる。だから後はここのサイズを間違わなければ穴に魔物を落とせる!〕


ぱっと見で長さが分かるほど新島の目は鍛えられてないが、ガードレールを比較にすることでおおよその広さを測る事が出来た。

そして幅が約ガードレールの支柱6個分だと分かり、新島は直ぐにそれを内野に伝えに行った。



新島が戻った頃には内野は穴を3メートル程の深さまで掘っていた。

さっきまでは手で地面を掻いて掘っていたが、ブレードシューズで面の広い刃を出してそれをスコップ代わりにして方が効率が良いと分かったので、今内野は犬の様に足で地面を掘っていた。

だが穴の幅がガードレールの支柱5個分しか無く、魔物を落とすのには足りていなかった。


「内野君!あとこっちにガードレールの支柱1.5個分ぐらい掘らないと駄目!」


「わ、分かった!」


新島の指示を聞いて内野は穴の広さを拡張する。

下で掘っている内野からは穴と魔物の比較は難しいが、上にいる新島なら正確に広さを測れてその都度上から内野に指示を出していった。



そして魔物との距離が残り10メートル程度になった所でようやく穴が完成した。

魔物を完全に埋められる深さでは無いが、これ以上掘ると近くに魔物が来た時にかかる圧力で穴が崩れる危険があったのでこれが限界だった。


内野が穴から抜け出した後、新島は近くの店から取ってきた洗剤を穴の壁に向かって垂らす。

壁を滑りやすくして少しでも魔物を落とせる確立を上げる為の行為で、戦闘を出来ない新島になりに考えた工夫だ。


「穴が出来ました!」


それを聞いて誘導役の吉本以外は魔物から離れる。そして吉本は迫りくる腕を回避しながら慎重に魔物を穴へと誘導する。

身体から多数生えている腕で地面を掴みズルズルと身体を引き摺って移動し、地面の真上を通る時は穴の端っこを腕を掴んで移動して落ちない様に身体を浮かせる。


「今です!腕を切り落としてください!」


田村の合図で全員が各々武器で魔物の腕を切り落とす。

すると身体を支える腕が無くなった魔物は綺麗に穴の中へと落下した。

そしてその瞬間に内野はスキルを発動して魔物にトドメを指す。


皆…後は任せた!


「強欲!」


相手に逃げる隙を与えない様、魔物が落ちた瞬間にスキルを発動する。

そして本日3回目のスキル発動なので、それと同時に内野の意識は途絶え……



なかった。身体を見れば分かる、スキルが発動しなかったのだ。


え……ちょ、何で闇が出ない!?今確かにスキルを…


『コレハ…ダメダ……』


ッ!?


強欲が発動せず内野が焦っていると、誰かの声が頭の中に響く様に聞こえた。

全く聞き覚えの無い声であったが、内野はその声の主が何となく分かった。


…またお前なのか黒狼?

黒沼の時の闇の暴発といい、また俺を邪魔するのか?


内野は左手の指に付いている『哀狼の指輪』を睨みつける。

指輪に掘られている狼の目は何故か赤く発光しており、まるで指輪の狼と目が合っているかの様な感覚がした。



「内野君!早くスキルを使いなさい!」


「だ…駄目です…スキルが出ません…またこの指輪のせいです!」


「「えっ!?」」


田村にスキルを使えと急かされ、内野がスキルを出せないと言うと全員が同時に声を出す。

内野が『強欲』を使えなければ作戦失敗だからそれも無理も無い。


そして内野がスキルを発動できずにもたついている内に、魔物は穴を壊しながら地表に上がってきた。


「…作戦は失敗です、内野君こっちに来なさい」


「…ごめんなさい」


皆あれだけ足止めしてくれたのに…こんな事で作戦失敗だなんて…


全員の頑張りを自分が無駄にしまったという悔しさと、指輪になって尚邪魔してくる黒狼に対する怒りが内野の中に入り混じる。

指輪を外そうとしてもやはり取れずインベストメントにも仕舞えないので、いっそ指輪を切り落として無理やり指輪を外してしまおうかとも思った。



内野がトコトコと下を向きながら田村達の元に着いた時にはもう肉塊の魔物は穴から出ており、変わらず一直線に何処かに向かっている。


「またその指輪が原因…ですか?」


「はい…『コレハ…ダメダ……』という声が聞こえ、その時に指輪が光っていたので恐らく黒狼の仕業です。ごめんなさい俺のせいで…」


「…貴方のせいではありません、無駄に自分を責める必要はありませんよ。

それに魔物を殺しきれなかった事などこれまでに何度もあったので、今更そんな事で不機嫌になったりなどしません」


田村はいつもと変わらない声と口調でそう言う。

なんとなくだが慰めてくれているのだと分かり、ようやく内野は田村の目を見れた。


「そ、そうです…私も何回か魔物を取り逃した事なんてあるので大丈夫ですよ」

「しゃあない、切り替えて他の魔物を狙おう」

「ははは、あんな汚い死体の塊を呑まずに済んでラッキーじゃねぇか」


吉本、佐々木、柏原もそう声を掛けてくれた。

新島は何も言わなかったが周りの皆を見た後に内野の目を見て小さく微笑む。まるで「誰も怒ってないから安心してね」と言っているかのような笑みだ。

残りの原井というまだ関りが無い女性も無表情で内野を見ていたが、怒っている様には見えなかった。


「それじゃあ他のメンバーと連絡を取って合流…」


「ッ!待て!高速でデカい魔力の反応が二つ近づいてきている!」


佐々木が他の別れたメンバーに連絡する為にスマホを取り出そうとすると、梅垣がそう警告しながら両手の剣を前に構える。

かなり強敵なのか梅垣の表情に余裕は無い。


ただならぬ雰囲気を感じ取った一同は直ぐに梅垣の向いている方向に武器を構える。


休みなく連戦かよ…かなりの強敵っぽいし中々キツイ状況だぞ!


「あと数秒で見えるはずだ…5、4、3、2、1…」


梅垣が秒読みをはじめ「1」と言った瞬間、建物の影から現れたのは二人の人影だった。一人がもう一人の事を肩車で背負っている。


あまりの速さに内野はその者の顔を見れなかったが、その二人は一切減速せずに高速でさっき内野が戦っていた魔物に突貫しようとしている事だけは分かった。

内野らが注意を呼び掛ける暇も無く、二人と肉塊の魔物の距離は目と鼻の先となる。



だがその瞬間、肩車されている上の者の剣に扇状の大きな闇が現れる。

上の者はその大きな闇を纏った剣で肉塊の魔物を払うと、闇に触れた部分が綺麗に消滅する。

そして田村達があれ程殺すのに苦労していた肉塊の魔物の身体はみるみるうちに崩れていった。




「…あれは憤怒だ。『憤怒』の平塚ひらつか げんだ」


その者の顔を視認出来た梅垣は内野の隣でそっとそう呟いていた。

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