第163話 光の使徒

川崎の組んだ精鋭メンバーは当然ほとんどのメンバーのステータスが高く、時間があまり無かったのでかなりのスピードで移動をしていた。なので新島と内野の敏捷性では到底それについて行く事は出来なかった。


なので二人は誰かに背負ってもらう事になる。さっき内野を背負っていた吉本に引き続きそれを任せようかと田村は提案したのだが


「ご、ごめんなさい…師匠として内野さんには私の全力を見せたいので…な…なので今回は背負わず前線で戦いたい…です」


と言われ断られたので、内野は佐々木に、新島は二階堂に背負ってもらう事となった。どちらも激しく動く戦闘スタイルでは無く、サポートだったり遠距離攻撃手段があるからこの二人が選定された。


なので今の陣形は『魔力探知』を持つ薫森を最前列に置き、真ん中には佐々木と二階堂以外の残ったメンバーというものである。

適度に強い魔物を探しているのだがそれでは曖昧なので川崎は条件を付けた。それは田村と同じぐらいの魔力の反応がする魔物という条件である。

そしてそれ以外の魔物との戦闘は極力避ける動きで行動していた。


ちなみに薫森の魔力探知は、今回の新規プレイヤーが持っていたスキルを『強欲の刃』で奪ったものである。

ロビーで帰還のテレポートが行われる数秒前に刺し、予め周囲には緑仮面の『幻影』を使っていたので、本人以外の誰にもバレる事無く盗めたという。

スキルを盗まれた新規プレイヤーがどうなったかは分からないが、クエストに参加していたら死亡している可能性がかなり高いだろう。


その話になった時、薫森は最前線を走りながらも余裕ぶった口調で独り言を言う。


「レベル1とはいえプレイヤーを殺せば普通の魔物を倒した時ぐらいレベルは上がるだろうし、それにそいつのQPも手に入る。どうせクエストで死ぬだろうし、あの時俺がパパッと殺しといた方が良かったかもね~

その人かなり年取ってたおっさんだし戦えると思えないもん、魔物に殺されるのよりもよっぽど楽だろうしやっときゃ良かった~」


聞いてて良い気分などしないので、内野と新島は無言のまま眉間にしわを寄せる。さっき小野寺達といた時に感じた温かい気持ちが消えるほど薫森に対する印象が悪くなった。

だが怠惰メンバーは薫森の言葉に対する不快感を抱いている様には見えず、普段通りの顔だった。


「確かに魔物に殺されるのと比べたらマシだ…」

内野を背負っている佐々木が言う。


「い、生き地獄を味わうぐらいなら…私もそっちの方が良い…な」

前を走っている吉本も同様に


「戦えない人はそうだね…クエストじゃない期間も不安に押しつぶされながら過ごす事になるだろうし…」

新島を背負っている二階堂もそんな事を言う。


穏便そうな3人が薫森寄りの意見だという事に、内野と新島はそれぞれの背中に乗りながら無言で驚いていた。


そうだ…そもそも俺が会った怠惰グループの人達は全員が魔物と戦える人。川崎さんや田村さんに着いて行けるベテランの人なんだ。

俺や新島とは考え方が違うのも当たり前か…


「ええ、数十回もクエストを受けている私達と考え方が違うのは当然です。ま、貴方も悲惨な死に方をする者を目の前で見たら直ぐに分かると思いますよ」


「そうですかね……って、田村さん!?」


内野の心の声に被せて話してきたのは田村であった。気が付けば田村は隣に並走しており、横を向くと田村と目が合う。


「え…もしかして声が漏れてました?」


「いえ、何となくそんな事考えているだろうと思い言ってみただけです」


そんな事も出来るのかと内野は感心していたが、内野を背負っている佐々木はそうではなかった。

田村の事が苦手な佐々木は〔ついにこの人読心術まで取得しちゃった…〕と顔が青くなっていた。

一応田村も佐々木の顔色の変化には気が付いていたが無視し、内野に目を合わせる。


「君が黒沼を説得で改心させようとしたというのを聞き、どうしても今一度君と話さねばならないと思いましてね」


この喋り出しからして厳しい言葉を掛けられると察した内野と佐々木は気が滅入る。佐々木に関しては自分に掛けられる言葉では無いが、過去のトラウマからか内野以上に冷や汗を流していた。


だがその後に続いた言葉は、二人が想像していた様な厳しいものではなかった。


「君の考え方を無理に変える様な事はもう言いませんが、これだけは言わせてください。

私達全員クエストに対する恐怖が全く無い訳ではない…とね。

私は死ぬのが怖いが、死ぬ時の痛みが怖いのではありません。息子を一人にしてしまうのが怖い、息子の成長をこの目で見続けられないのが怖いのです。

つまり…守りたい人の為に非情になっている者もいるのですよ。たった一つの人情を守る為に他全ての人情を捨てている者もいるのです」


田村の口から出たのは想像よりも優しい言葉。そしてそれはクエスト前半に掛けられた「思考回路の形成」という言葉よりも内野の心に刺さるものであった。(134話)


「敵すらも説得して助けたり、一般人を助けたりするのは貴方の勝手です、貴方の好きにしてください。

ただ、私達に残された人情は無駄にしないで下さい。私達が恐怖と戦って切り開いた道を無駄にしないで下さい」


「要するに…メンタル折れずに道を進みきれって事ですか?」


「はい、リタイアは私達の捧げた人情に対する冒涜だと思ってくださいね」


「…はい!」


そうだよな、皆怖いけど何かの為に戦っているんだ。田村さんは息子の為に戦っている…それを無下には出来ないし、絶対にしたくない!


内野は皆の想いを考えると、自分の心がより強固な折れないものへと変化していく様に感じた。

それを内野の表情から読み取り、田村は満足して元の位置へと戻って行った。


殺伐とした事を一切言わなかった田村らしくない忠告に他の怠惰グループのメンバー達も驚いており、田村の意外な一面を見たかのように笑みを浮かべている者もいる。



だが佐々木のみは更に田村に対する恐れが大きくなっていた。


〔田村さんの今の説得って、あの人がさっき休憩時間に読んでた【相手の人情に訴えかける説得法、無情な貴方もこれにて人気者!!】って本のやつだよな…

あんな良い事を言ってるけど、ただ内野を実験台にしたかっただけだよな…やっぱあの人怖い、嫌いだ!〕


佐々木は更に顔色が悪くなり、背中に内野がいるのを忘れて目を閉じながら大きく溜息をつく。



だが佐々木が溜息をついた直後、先頭の目の前に一本の細い光の線が現れたかと思うと、突如として目の前に大きな眩い閃光が走った。


「上から来る!横へ飛んで下さい!」


突然の光に一同は目を閉じるが、ある男の声で横に飛べと指示を出される。目が見えない一同は戸惑いながらもその指示通りに真横にステップを踏む。


するとその直後、さっきまで自分が居た場所からコンクリートが割れる大きな音がする。魔物の攻撃が飛んできたのが音からだけでも感じ取れた。


目があまり開けない内野は何が起きたのか理解できていなかったが、更に追い打ちをかけるかの様に情報が増える。


「恐らく『色欲』の使徒です!」


さっきの警告をした声と同じ者がそう言う。二回目聞いてようやく分かったがこれは塗本の声であった。


何故今塗本の声が聞こえるのかは分からないが、使徒という言葉を聞いて内野は一瞬にして背筋が凍る。この目くらましの間に敵に一瞬で距離を詰められ誰か殺されるかもしれないと思ったのだ。


だが皆の安否を確認する為に内野が声を出そうとすると、内野の下の佐々木が激しく動き始めたので声を出す間が無かった。



佐々木は閃光が現れた瞬間は目を閉じていたので、皆よりも早く目が見えていた。

塗本の声がしたのは、川崎が閃光で目を塞がれた瞬間に闇から塗本を出して周囲を見てもらったからだ。

なので今、目の前の状況をハッキリと認識出来ているのは塗本と佐々木だけである。



二人が上を見ると、赤く禍々しい空に大きな鳥の形をした光が見える。だがそれはただの光では無く、羽ばたいている、それもかなりのスピードで動いている。

そしてさっき避けた所を見ると、そこにはその光の鳥が放ったと思われる光の槍が刺さっていた。


だが上空の光の鳥はその攻撃を避けられるとは思っていなかったのか、羽ばたきながらもこっちを見つめていた。

一般人やそこらのプレイヤーなら避けられない攻撃だったので、それを全員に避けられるなど思っていなかったのだろう。



川崎達の目が開けるまであとほんの数秒。だがその数秒を耐えるのが鬼門になると佐々木と塗本は悟っていた。


〔絶対直ぐに追撃が来る!俺と塗本で全力で止めないと!〕


〔動ける人が少なすぎる…このままじゃ相手の攻撃によっては何人か致命傷を喰らってしまう!〕


そんな二人の思考通り、次の瞬間には先程の比にならない程の量の光の槍が空を覆いつくした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る