第160話 リスクの正体
モンスターが現れる様になった区域に、発注数が少なく予約のみで購入可能な希少なフィギュアを片手に抱えながら瀕死の魔物に触れていく男の姿があった。
その男の名は『帯広 太知』
横には『西織 七海』という女性が並走している。
そして二人の少し前を走っている男は『加藤 勇気』だ。
帯広は自分が今どうして魔物に触れて走っているのか、こんな状況になっているのかなどはもうあまり考えていなかった。
考えたとしても分からないからだ。
なんか魔物があらわれ、なんか加藤にしか見えない人達に瀕死の魔物に触れろと命令され、なんか強くなった。帯広にとってはこの程度の認識だ。
あと分かっているのは、彼らが自分達をプレイヤーと言っている事。そしてこのプレイヤー達が帯広達を同行させている理由は、プレイヤーとはまた違う力を持った帯広達の事を知る為だ。
どうしてこんな事をさせるのかなど聞きたいのだが、加藤しか彼らとコミュニケーションが取れない上に、加藤が聞いても彼らはあまり答えてくれない。
なのでもう心を無にして命令通りに従うしかなかった。
そしてそれが5時間近く続いていたある時。
加藤が動きを止めたので、疲労していた帯広と西檻も立ち止まり息を整える。
「はぁ…はぁ…動くのは疲れますけど、ずっとグロいモンスターの死体に触れて回ってたからかもう慣れてきましたね」
「や、やっと休憩…?」
「眼鏡かけたリーダーっぽいおっさんが誰かと通話する為に止まっただけみたいだ」
この5時間で3人はお互い気兼ねなく話せる間柄になっており、もう二人は加藤の言葉を疑ったりなど一切しなかった。
といっても透明な人(梅垣)に抱えられて空を飛んで以来はもう透明な人がいるというのは信じており、この時点で既に3人は同じ境遇の仲間同士だと心が繋がり信じあっていた。
加藤は耳を澄ませて今の状況についての話を聞く。
「ちょっと話が聞こえたけど、どうやらこれから本当のリーダーと『強欲』って人が帰って来るみたい。そんでそれを迎えに移動するって」
「本当のリーダーって…確かドラゴンに乗ってやってきた人?私達はそのドラゴンすらも見えませんでしたが、加藤さん凄い慌ててましたね」(145話)
西檻はその時の事を思い出して小さく笑い、加藤はそれを少し恥ずかしがる。だが直ぐに加藤は冷静に戻り、今の状況を二人に告げる。
「なんかメガネの人が、その二人が帰って来るって話を皆にしたら全員喜び始めた」
「へぇ~人望ある人なんだね」
リーダー…私は彼らの姿を見えないけどどんな人達なんだろう…
帯広と同じ疑問をあとの2人も抱きながら、グループはそのリーダーとやらに合流しに向かった。
プレイヤーでは無い3人の身体能力は既に人外の域にまで到達していたが、それでも周囲を取り囲むプレイヤーには敵わず、3人は息を荒げながら走った。
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それと同時刻、内野達はクエスト範囲内に入り田村達のグループと合流しようとしていた。
自衛隊のお陰で道中に魔物は少なく、一同には会話しながら動く余裕があった。
そこで内野の隣を並走していた新島は内野に話し掛ける。内野の更に隣には工藤もいたが、工藤はこの話を静かに聞いていた。
「ねぇ…内野君はあの闇の中で見た
「アレ…?」
「え、君も
だから≪ッ!?だ、誰…?おい、そこに誰かいるのか!?≫なんて言ったんでしょ?」
「いや…それは何か気配がしただけで、俺は何もされてない。ってか新島は見えたのか?
てっきり俺の幻覚だったのかと思ってたのだが…」
「…ハッキリと目が合ったの」
怖い話を聞いた時の様な恐怖が内野を襲った。
「しかも内野を連れて戻ろうとしてる私に着いて来てたよ、闇を出るまでずっと」
内野の隣にいる工藤まで震えだし、二人の身体には黒狼に襲われた時と同じぐらいの冷汗が流れる。
「…じょ、冗談よね?」
工藤が震えた声で新島にそう尋ねるが、新島は真剣な表情なまま首を横に振る。
それが冗談を言っている表情ではないのが二人には分かった。
「ちょっと…次内野に同じ様な事があったら今度こそ私が助けようって思ってたのに…そんなの聞いたら入れないじゃん…」
「俺もそんな得体の知れない奴と一緒に何時間もいたのだと思うと…闇がトラウマになりそう…」
「でもね、危害を加えてくる様子じゃなかったの。人なのか魔物なのかは分からないけど、どこか優し気な雰囲気があったし…」
「興味深い話をしているな」
3人の会話に川崎が入ってくる。そして他の者が口を開く間もなく川崎は嬉々として考察を始めた。
「闇の中に居た者というと、最初に思い浮かぶのは黒沼だな。
君と一緒に闇に飲まれたし、その時お互い近くにいたのだから内野君の傍にいるというのも納得できる。そして説得されて改心もしていたから優し気な雰囲気があるというのも納得出来る。
もしもこの考察が合っていれば、闇に吞まれた者も闇の中では動けるという事になるな」
「川崎さん、何だか楽しそうですね」
「異世界や能力の考察だとかが好きで日々行っているからな。それに今の話は自分の『怠惰』にも関係しそうな話だから尚更興味がそそられる」
川崎の表情はこれまでにないぐらい明るく、清水と堀越を除いたメンバーが見た初めての川崎の笑顔はこれとなった。
「今の「最初に思い浮かぶのは黒沼」という言い方的に他にも候補がいるんですか?」
「君の前にいたという『強欲』持ちのプレイヤーだ」
「「えっ…」」
一同は驚きの声を上げるが、川崎はそのまま話し続ける。
「もしもその正体が過去に『強欲』を持っていた者なら闇の中で生きているのも納得できる。
根拠としては弱いが、闇の中にいるという事はその者は自分の闇に呑まれたとも考えられる」
「じゃあ前の『強欲』が死んだのは自分の闇に呑まれたからって事ですか?」
内野の質問に、川崎は顎に指を充てて数秒何か考えると再びゆっくりと口を開く
「…君達はあの白い空間で、二人目の『強欲』が現われた理由の問いに対する黒幕の返答を覚えているか?」
「確か…「システムの穴を突かれたって所だね」ですよね?」
「ああ、この事から黒幕にとって想定外の事が起きたというのが分かる。
そこでだ…その想定外の事態が『強欲』の消え方についての事だったらどうだ?
魔物に殺される訳でも、クエストに耐えられず自ら命を絶った訳でもなく、ただ闇の暴走で呑まれて消えたとなると黒幕はどう思う?
奴は俺達を勝たせるつもりらしいし、こんな事で大事な駒消えるのは納得出来ないはずだ」
「あっ!それで二人目の大罪が現れたって事ですか!?」
「そう考えられるな」
川崎の話を聞いていた全員がその考察に納得した。言っていた張本人である川崎も、自分の考えの点と点が繋がり線になったのが嬉しいのか興奮を隠し切れずにいた。
表情は平静を装っているが声がいつもより上擦っている。
「こんなに興奮している川崎さんは、使徒の話を塗本の口から聞いた時以来だな」
傍に居た清水は小声でそんな事を言っている。心成しかそんな川崎を見ている清水の目もいつもの鋭いものから優しい目付きになっていた。
その間も清水は自分の考察を口にする。
「そうなれば内野君の能力に色々と制限があるのも頷ける。
『強欲』使用時の頭痛だったり気絶、ステータスが1ずつしか上がらないのも、全て同じ過ちをお繰り返さない為。前の『強欲』保持者と違い能力に制限を付けて内野君に付与したものだと考えられる」
「この理論だと…他の大罪には俺みたいな能力使用時のデメリットみたいなものは無いって事になりますね…」
自分にのみ与えられた制限の事を考えて内野が肩を少し落とすと、工藤がそれを慰める。
「まぁまぁ、『強欲』は制限が必要なほど凄い能力って事なんじゃないのかしら」
「そう考えれば悪い気はしないけども…」
嬉しいような残念なような感情、そんな複雑な感情を感じながらも内野は走り続けた。
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