第157話 空白の時間

川崎は内野の表情の変化によって大体の察しが付いた。


「…蘇生石で黒沼を生き返らせようとしても何も反応しなかったし、ただ死んだのでは無く『強欲』で呑み込まれたようだな」


「はい…『独王』がスキル欄に書いてありますので…」


そうか…黒沼はあの闇に一緒に呑まれて死んだのか…

黒沼は改心してたからあのままなら仲間になれそうだったのに…クソ…これじゃあ小野寺との約束を守れてないじゃないか…


内野は救えなかった黒沼を思い後悔の念に駆られる。その心を読んだかのように川崎は口を開く。


「黒沼を救えなかったのは君の責任ではない、俺の責任だ。俺が君に強欲の刃で大罪が刺されたらどうなるか言っておけば…」


「いえ、あの時はもう黒沼に強欲の刃で刺してもらうという策しか思い浮かばなかったので、どっちみち俺の闇が暴発した時点でダメでした…」


「…どうしていきなり闇が暴発したのか、理由は判明しているか?塗本からは指輪がどうとか聞いたが」


川崎は内野の左指にはまっている指輪に目をやる。内野はそれで黒狼の指輪の事を思い出し、急いで指から外そうとする。

だが指輪は外れない。ガッチリと指に固定されておりピクリとも動かせない。


「その指輪って…確かクエストの途中で付けてたよね?それはどんな効果のアイテムなの?」


その様子を見て新島は指輪に視線を向けながら尋ねてくるので、他の者の為にも内野は簡単に説明する。


「これは使徒を倒した時にショップに並ぶようになった『哀狼の指輪』ってアイテム。効果は分からないけどQP1で買えたから取り敢えず買ってみた。

でも…恐らく俺が強欲の刃で刺される前に闇が暴発したのはこのアイテムのせいだ。この確か説明文に≪狼の魂≫がどうとかってあったから、この指輪に黒狼の魂が入ってるんだと思う。

それであいつが俺の身体を勝手に動かしてスキルを使った…っていうのが俺の考えだ」


「ほう、使徒のアイテムか。俺達の方じゃ手に入らなかったから効果が気になるものだ。

色んな身体に乗り移れるという能力を持った使徒を、少人数で倒すというのは難しくてな」


川崎は使徒のアイテムというのに興味を惹かれてか、さっきまでの反省の色は顔から消えていつも通りの様子に戻っていた。


だがその話を聞いていた松野は、少し納得がいかないかの様な顔をしていた。

指で目の前の何かをタップしている動きから松野がステータスボードを見ているというのは分かった。


「松野、何か気になる事でもあるのか?」


「えっと…使徒を少人数で倒したからショップにアイテムが追加されたんだよな」


「そう、確かお前も使徒を倒した判定になってるからショップにあるよな」


「ある、あるのだが…俺の所にあるのは『哀狼の雷牙』っていう武器だけだぞ。指輪なんて見つからん」


「…え?」


内野のショップにあって松野には『哀狼の指輪』が無い事が発覚し、川崎は眉を顰める。

内野は驚きながらもすぐさま自分のショップを開いて『哀狼の指輪』を確認していた。

するとやはり内野の所には二つの使徒アイテムの名前があった。


「使徒のアイテムだから特別なのかもしれないが、ターゲットを少人数で倒した時の報酬は必ず全員一緒になるはずだ。

内野君がイレギュラーなのか松野君がイレギュラーなのか確認したいから、他に使徒のアイテムを購入できる者に確認してみてくれないか?

頼めるかい松野君」


「分かりました!」


川崎の頼みに良い返事をし、松野は使徒を倒した判定になっていた松平・梅垣・進上に連絡を入れようとする。

その間に川崎は内野に説明しておかねばならない事を全て説明するつもりで、松野を除いた4人はベンチへと移動する。


相変わらず頭の中には救えなかった黒沼の最後の顔が浮かぶが、今はいち早く状況把握をせねばならないと割り切り



喉乾いていないかと気を使った工藤が自販機で買った飲み物を渡しき、内野はそれを呑みながらベンチに腰をかけて川崎から話を聞く。


「先ずは君の両親の安全は確保された事からだ。

あの闇のドームが形成されて黒沼が死んでからはもう紫仮面は降参し、大人しく他のメンバーにも作戦を中止する様に指示を出させた。

だからもう君の両親の心配は要らない。今はクエスト範囲外近くの避難所で眠っている」


「それは良かったのですが…どうして避難所に?」


「先ず話しておかねばならない事は、俺達の様に一度クエスト範囲内に入ったプレイヤーの姿は見えなくなり、逆に一度も入っていない者の姿は他の者にも見えるという事。

だから君の両親を連れ去った仮面達の姿は二人に見られており、会話までしている。

君の両親から見たら、仮面を付けている奴らに連れ去られたと思ったら透明な存在に救出されたって感じになるな」


「う…奴らが何言ったのかは分かりませんが、二人への言い訳が大変そうですね…」


「まぁそうだな。仮面の奴らは君の名前を出してしまったらしいから君は二人に問い詰められるだろう。そこの言い訳は君に何とかしてもらうしかない。

だが問題になるのは透明な存在に救出されたという所、そこばかりは言い訳のしようが無い」


「…ですよね。二人にどれだけ記憶があるかは分からないですけど、クエストやステータスの事を伏せてそこの説明は無理ですね」


「そこで思いついたのが、魔物のせいにして有耶無耶うやむやにするという作戦だ」


有耶無耶にする…?


そう聞いただけではどんな作戦なのか見当もつかなかった。


「気絶したとはいえ、内野君の両親には透明な存在に攫われた所までの記憶はあるはずだ。だからそれを全て魔物のせいにする。

君の両親の記憶は消せないが、救出されるタイミングの良さの不自然さを消すことは出来る。そのために魔物を大量に出して君の両親みたいな事例を無理矢理作る事にした」


「ああ…自分達だけじゃなくて他にも同じ被害に遭った人がいれば俺に対する疑念は湧かないという事ですか」


「そう、そしてこれは俺の出した魔物が一般人に見られないから出来る作戦だ

具体的に与えた命令は、「適度に見つけた人間を抱えてクエスト範囲内へと連れ戻せ」というもの。

この命令を与えた魔物数十匹が広範囲に広がる様にしてあるから、これで君の両親みたいに透明な存在に攫われたという者の供述は複数上がる様になる。

そうなれば君の両親も一被害者でしかなくなり、タイミングの良すぎる救出には何も言えないはずだ。

後は、魔物にクエスト範囲内に連れ去られそうなところを自衛隊に助けられて避難所に送られた、というシナリオになるようにした。

自衛隊には俺の魔物の姿は見られないから、実際にはただ避難所に君の両親を置いてきただけだけどな」


両親に疑念を出させない為にここまでやってくれるのか…これは川崎さんにしか出来ない方法だな。

でもこれで俺は仮面の奴らの言い訳を考えるだけで済む。それも小西の仲間がどうとかって言えば大丈夫だろうし、二人へ話す内容が簡単になったな。


両親の話は終わり、次は現在のクエストの状況についての話となる。


「君があの闇を発生させてからもう4時間半経過したが、今さっき…」


「え…よ、4時間半ですか?」


予想以上の時間が経過していたので、川崎の話を遮って内野は尋ねる。それは内野にとって思わずペットボトルの中の飲料水を溢してしまうほどの驚きであった。

空の色が少し暗くなっているとは思っていたがまさかこんなに時間が経過しているなどと思わなかった驚きもあるが。一番はその時間の間はクエストに参加せずにここで待機していたという事に驚いていた。


「クエスト時間が8時間しか無いのにどうして川崎さんはここで待機していたんですか!?

だって黒沼と会った時点でもうクエストが始まって1時間半は経過していましたし、そうなるともう…大体あと2時間しか残ってないじゃないですか!」


「安心してくれ、別に無駄に時間を過ごしていたわけじゃない。

俺は出した魔物が敵を殺しても少しレベルが上がるから、これでも待機時間でレベル10は上がった。

それに俺の仲間が他の大罪グループと遭遇したみたいで、その者達とスマホ越しで話したり、使徒の目撃情報などを交換したりする事が多かったんだ。

だからクエスト範囲だとか落ち着けない場所にいるよりも、ここに居る方が良かった。

それに…君が闇から出てきた時に直ぐに謝りたかったしな」


「だから4時間半もここに居たと…」


一応内野はこれで川崎が残った理由に納得できたので、川崎は直ぐに話を戻す。


「話の続きをしよう。

この4時間半で他の大罪グループと遭遇し、そして今ではもう他の大罪グループ全てと連絡が繋がる様になった。まだ大罪と通話で話せたのは『憤怒』と『色欲』だけだがな」


そうか。4時間半もあれば他グループのプレイヤーに何回も遭遇してもおかしくないし、一度何処かと遭遇出来れば連鎖的に他の大罪グループと繋がれる訳だ。




内野は数分前の様子から打って変わって冷静さを取り戻しており、静かに川崎の話に耳を傾けていた。


そしてそれを新島と工藤は傍から見ていた。

新島は4時間半も闇の中で内野を探し続けていたので精神と身体共に疲弊していて細かな所までは見えていなかった。

工藤はずっとここで待機していたので体力が有り余っており、内野の行動一つ一つをより詳細に見れていた。


それ故に今の内野とさっきまでの内野を比べてしまい、心の中に不安が渦巻いていた。


まただ…なんか今の内野を見てると不安になる…

さっき新島と一緒に闇から出てきた時や、黒沼が死んだと分かって内野の表情が暗くなるのを見た時は…酷いと思うけど正直ホッとした。

クエストで一般人にヒールを使うのを内野に止められてから少し敏感になっているのかな…


今の内野は何か違う気がする…

まるで頭の中から黒沼の事だとか全て消したみたいに…あまりにも普通過ぎる…


だが工藤はその不安を口にせず、ただ二人の様子を見つづけていた。

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