第155話 心の弱者
数十分かけ、ようやく新島は同行している松野、怠惰メンバー3人と共にクエスト範囲外の壁が見える所まで来ていた。新島が動いてからは内野の声はあまり聞こえていなかったが、偶に≪ぁ…≫と掠れた声が聞こえてきていた。
ここに来るまでに数百もの人や魔物の死体を見かけたり、助けを求める声などが耳に届いてきたが、今の新島の頭に入ってくるのはテレパシーで聞こえる内野の声だけであり、新島は内野の事のみを考えて無我夢中で走っている。
内野の事のみを考えて行動しているこの状況で、新島はゴーレムクエスト時の事を思い出す。
どうして私は彼の為に動いてるんだろう…
黒狼の攻撃から内野君を庇ったあの時は、「助けなきゃ」って思った瞬間にはもう動いていた。
でも…正直あの段階じゃあ彼と一緒にいた時間も少なかったし、命を懸けてまで助けたいと思うほどの間柄じゃなかった。
今だってそう…何故か彼を助けなきゃって思ってからは勝手に身体が動いてた。
私もまだ昔みたいに誰かの為に動けるんだ…
自分の行動を振り返ってみて違和感を感じていたが、新島はそれが心底気持ち良かった。
まるで引き籠る前の自分に戻れたような気がしたからだ。
新島達が病院に到着した頃には病院の門前に自衛隊員が数名おり、病院への立ち入りを禁止していた。
だがこんなにも異質なものが魔物の出没する範囲外にあるのに、監視しているのはたった数名。この事からも今どれだけ魔物の対処に人員を割かねばならない状況なのかは分かった。
新島達の姿は一般人には見えないので一同は柵を飛び越え病院に入り、川崎の元に合流する。
そこでは川崎・清水の2人が何か話をしていたが、工藤の姿は見当たらない。
着くや否や新島は二人に工藤の場所を聞きだす。
「すみません、工藤ちゃんはもうあの闇の中に入ったんですか?」
「…君が『闇耐性』を持っている子だね?彼女なら今向こうにいる」
川崎が指差す方向は第二病棟の裏。新島は川崎に一礼してから一人で工藤がいるという場所へと向かおうとする、が川崎に呼び止められる。
「待ってくれ。一つだけ言っておくが、別に無理してあの闇の中に入る必要は無い。恐らく時間経過で消えるはずだからな」
「…分かりました」
入るか入らないかはさておき、新島はそう返事だけして工藤の元へ向かった。松野は川崎に何か話す為にその場に残っていた。
第二病棟裏まで来ると、出っ張っている壁の隅っこに体育座りで座っている工藤がいた。
下に向いているので顔は見えないが、顔を見なくても落ち込んでいるのは何となく分かった。
「工藤ちゃん…大丈夫?」
「ッ新島!?」
声を掛けられて新島が来たことにはじめて気が付き、工藤は急いで袖で顔を拭う。
震えた声と少し赤くなっている目から泣いていた事から、工藤がここで泣いていたのだと分かる。
「だ、大丈夫!?どうしたの?」
「ご…ごめん…私あの中に入れなかったの…怖くて…」
「工藤ちゃんに「内野君を助けに行って」とか勝手に言っちゃったのが悪いよ…ごめんね。でも川崎さんの言う事だと無理してあそこに行かなくても大丈夫だって言ってたし…」
「違うの…誰が悪いとか、行かなくて大丈夫そう、だとかじゃないの。私が内野を助けにあそこの中に入れなかったのが問題なの…」
工藤が思い浮かべたのは内野とファミレスで話した時に自分が発した言葉『ま、いつか内野を超えて強くなったら、今度はあたしが守ってやるわよ。あの兜で何処にいても、あんたを見つけ出してやるわ』(36話)
「私ね、現実世界の方で初めてあいつに会った時に「私が守る」だなんて偉そうな事言ったの…なのに…それなのにダメだった…
こんなんじゃきっと約束を守れない……」
弱い自分に対する怒りと悔しさで、工藤は無意識に両手に力が入る。
そんな様子を見て新島は工藤の隣に座って背中をさする。
工藤ちゃんの傍に居てあげた方が良いのかな…?
でも私は内野を…
≪い、嫌だ……帰りたい…元の世界に帰りたい…≫
新島がそんな事を考えていると突如内野の声が聞こえてきた。泣いているのか震え声であり、今まで聞いたことの無い程弱々しい声だ。
それは工藤も聞こえていたようで、二人はハッと顔を上げる。
「ちょっと…内野の声が…」
「き、聞こえるよ…」
≪ッ!?だ、誰…?おい、そこに誰かいるのか!?≫
二人が顔を見合わせていると、今度は内野が誰かを見えているかの様な発言をする。
その後も黙って内野の声に耳を傾けてはいたが、それっきり内野の声は聞こえなくなった。
「う、内野君…誰に話しかけててたの?」
「内野…闇の中で何が…」
新島は内野に話しかける様に、工藤は独り言を言う様に喋る。だが二人の声は内野には届かない。
しかし内野の助けを乞う震え声を聞き、新島の考えは変わっていた。
「工藤ちゃん、私はあの中に入って内野君を連れ出してくるよ」
「…え?それ本気…?」
「うん」
「『闇耐性』のレベルは上げられないし、もしかするとあの中に入ったら…」
「レベルが上げられないはさっき試したから分かってる。でもね、それでも行こうと思う」
「ちょ、ちょ…」
新島はそう言い切ると真っ先に川崎の元に向かっていったので、工藤も慌てて後を追い駆ける。
そして新島は川崎の元まで着くと、意思表明をする。
「川崎さん、私は内野君を助けにあの中に入ろうと思います」
「…さっきも言ったが時間経過であの闇は収まるはずだ。それでも行くのか?」
川崎に忠告されるが新島は引き下がるつもりはなく、真剣な眼差しで頷く。
「さっき泣いている内野君の声が聞こえました…なので私は彼を助けにいきます」
「俺は構わないが…彼から言いたい事があるみたいぞ」
川崎が松野の方に視線を向けると、松野は数歩前に出る。松野は少し言葉に詰まりながらも口を開く。
「ちょっと待って下さい。『闇耐性』があるからといって、あの中に入るなんて危険な事するべきじゃない…と思います」
「でも内野君が…」
「あいつの為にも行かないで欲しいんですよ…新島さんと工藤の二人は内野にとって大切な仲間だっていうのは今日一緒にいて分かったし、万が一自分の出した闇で仲間が死んだと分かったら…きっとあいつは自分を責める。
だから行かないでもらいたい…」
それは新島とは違う方面からの心配であった。
新島が内野を助けなければと思いながらここまで移動している間、松野も同様に内野の事を考えていた。
だがそこで松野は、二人を闇の中に行かせるべきじゃないのかもしれないという考えが微かに頭の中にあった。
そしてさっき川崎から闇が時間経過で消えるのを知り、この考え通りにすべきだと思い立ったのだ。
そんな松野の言葉を聞いて新島は少し悩むが、それでも意見は変わらなかった。
「そうだね…でもごめん、私は行くよ」
「ど、どうしてですか?待てばリスク無しで解決するのに…」
「待ってるだけでもリスクはあるよ。
さっきも言ったけど、彼は今闇の中で何かが見えているみたいなの。それが彼に何をするかも分からないし、このままじゃ取り返しが付かない事が起きるかもしれない。
彼の存在は私一人の存在よりも遥かに重要でしょ?なら私がリスクを取ってでもやるべきだと思う」
「…」
松野は何も返せず辺りに数拍静寂が流れる。次に声を出したのは川崎だった。だが川崎がするのはあくまでも忠告で、新島止めるつもりは無い。
「俺の『怠惰』から想定するに、闇に呑まれた者は蘇生石で生き返れない可能性がある。だから失敗すれば本当の死を迎える事になるかもしれないぞ」
「…それじゃあ死ぬのは二回目になりますね」
新島が命を掛ける覚悟も出来ているのは今の一答で分かり、川崎はその意思を尊重する事にした。
「そうか…ならせめて少しでも生還確率を上げる為に、この契りの指輪を付け、ロープを身体に巻いて行け。あまりにも長い時間帰って来なかった時に救出できる様にな。それと内野君がいる場所への最短ルートも教えておこう」
「はい、お願いします」
川崎は契りの指輪を手渡し、その間にも川崎は闇を出して魔物にロープを探させる。クエストの魔物と違って川崎が出す魔物は一般人には見えないので騒ぎになる事は無い。
その様子を工藤は黙って近くで見ていた。
自分と同じ境遇にいる新島が自分と違い闇に入る決意をした事は、工藤にとってとても眩しいものだった。
そしてその眩しさに感化され、工藤自身の心もほんの少しだけ変化していた。
「わ…わたしも行く…」
「え?」
工藤が震えた声で小さく呟いたあ。聞き取れなった新島が聞き返すと、工藤は顔を上げる。
「わ、私も一緒に行く…」
震え声であり明らかに闇に入るのを怖がっているのは分かった。だがそんな恐怖に屈せずに工藤は勇気を振り絞ってそう言う。
新島はその行動に敬意を払い、彼女の意思は尊重せねばならないと考える。が、新島はその提案を断る。
「…ごめんね工藤ちゃん。闇耐性のレベルを上げられないと分かった以上はあの中に入るのは一人の方が良いの。だから私一人で行かせて」
「え…な、なんで…」
「もしも私があの中に入って死んじゃった時、工藤ちゃんには彼を傍で支えてあげてほしいの。
松野君の言う通り、二人共死んじゃったら内野君の心の負担が大きいと思うから」
「そんな…」
新島の言葉に納得してしまい工藤は何も言い返せない。新島はそんな工藤の勇気を無下にしてしまったのに負い目を感じ、工藤に近づくと手を握る。
「さっきから辛い役割ばかり任せてごめんね…でも彼の為には…」
「分かってるわよ…大罪とかいうのに選ばれて内野は一番辛い役に立っちゃったし、そんなあいつの心を一番に考えての事だって」
「…」
「だからいいよ…あんたが行ってきて。任せたわよ…」
「…行ってきます」
工藤の手を放し、新島は闇のある方へと歩き出す。その背中を二人は各々異なる想いを抱きながら見守るしかなかった。
松野はこの選択が合っているのか悩みながら
工藤は自分の弱さを悔いながら
そしてそんな二人の様子を見ていた川崎にも、ようやく内野に対する罪悪感が少しだけ芽生えた。
内野君は黒沼を説得したみたいだが…こんなの予想していなかった。可能性としては当然頭にあったが、そんな事出来るだなんて思いもしなかった。だから頭の中から消していた。
…だから事態になっているのだろうか。俺がその可能性を考慮して作戦を立てられない程堕ちたからこうなってしまったのだろうか…
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