第153話 闇からの声
病院の駐車場にて、ボロボロな状態で地面に這いつくばる紫仮面を前に、川崎は無傷で余裕気に立っていた。少し離れた所ではシャドウコート係が終了した堀越が田村達に連絡をしている。
地面のコンクリートが削れたり柵が破れたり、周囲は激しい戦闘の後でボロボロになっていた。
紫仮面は折れた脚を必死に動かそうとするが、もはや気合でどうにかなるレベルの負傷では無く戦闘続行は不可能だった。
嘘だろ…『怠惰』は魔物を出す能力だし、本体に近づければ楽勝だと思っていたのに…
油断した…完全に油断したせいで反応が遅れた…こんなのタイマンでも最強じゃねぇかよ…
つい先日金髪の槍使い(清水)と戦ったが、その時は良い勝負が出来たから戦闘が楽しかった。やっぱり強い相手と戦う事こそが最高の快感だと思ってた。
でも…今は全然ワクワクしねぇ…
もっと『独王』で圧倒的な素早さを手に入れないと勝てるビジョンが浮かばないからだと思うが………『独王』でこれ以上の俺の強化は無理だ。
コイツを前にして黒沼の所に戻れないし、何よりクエスト最中に『独王』でプレイヤーからステータスを取るのは危険過ぎる。
『独王』には弱点があった。
そもそもこのスキルはスキル所持者が眷属を作り、その眷属のステータスを自由に分配できるというもの。
だが眷属が死ねばその分のステータスが消えてしまう。これこそが『独王』の弱点であった。
今はクエストの最中なので、黒沼がこっそり眷属にしたプレイヤー達もクエストに参加している。
そんな所でゴッソリと大量のステータスを奪ってしまえば、その時魔物と対峙していたプレイヤー達が死んでしまう。
それに眷属にされたプレイヤー達が気が付くほど奪ってしまえば、『独王』の存在を悟られる可能性がある。
これらの事から、今後も『独王』を使っていく為に、今ステータスを奪い過ぎる事だけは避けねばならなかった。
地面に這いつくばり動けない紫仮面を前にし、川崎は内野らのいる方向を見ながら腕を組む。
「どうした、これで終わりにするか?」
「ぐっ…今そんな所で突っ立ってる暇があるのか?」
「そっちはさっきまでの口調で喋る余裕は無いみたいだな」
「ちっ…分かってるのか?
お前が俺に勝っても、黒沼が『強欲』を手に入れたら俺らの勝ちなんだぞ?」
いつもの緩い口調で喋ったり黒沼をリーダーと言う余裕は無く、紫仮面は素の状態で話していた。
紫仮面のその言葉に川崎は黙って頷く。
その反応を見て、紫仮面の疑問は増えていくばかりだった。
「ならどうして此処に居る?
大罪とはいえ、内野は間違いなく黒沼に負けるぞ」
「負けるのは問題無い」
「は?戦闘に負けたら確実に『強欲の刃』で刺されてスキルを奪われるんだぞ?」
「内野君が『強欲の刃』で刺されるのも問題無い」
「…は?」
紫仮面は川崎の今言った言葉が理解が出来ず、開いた口が塞がらなかった。耳を疑う言葉で幻聴かと思ったが、川崎は確かにそう言った。
「いや…問題無いも何も…あれを刺されたらもう大罪じゃなくなるんだぞ!?
あ…そうか、分かったぞ!もしかしてあんたにとってはどっちが大罪になっても問題無いって事か?
二人の決闘で大罪に相応しい方を決めたいから、俺をわざわざここまで連れてきた。そういう事だな!?」
これで川崎の謎の行動の理由が分かった、と紫仮面は思っていたが、川崎は首を横に振る。
「内野君が大罪に相応しくない様な能無しだったらそうしてたかもしれないが…彼は違かった。
彼はまだ俺が無くしてしまった様な心を持っているし、頭の回転も速い。それでいて多少冷酷にもなれる。俺の仲間は及第点どころか逸材と評価しても良いレベルと言っていた」
「だ、だったら尚更分からねぇ!何故そんな奴をわざわざ一人にしたんだ!?」
「『強欲の刃』で刺されても大罪スキルは奪われないからだ。
だから初めからお前らの計画は、成功しようが失敗しようがこちらとしては特に何の問題でもなかった」
「ッ!?」
川崎から告げられたのは黒沼達の計画が全てひっくり返る衝撃の事実であり、それを聞いた紫仮面は開いた口が塞がらなかった。
そんな紫仮面を前にしても川崎は淡々と述べていく。
「こっちのグループでも実際に経験した俺しか知らない事だ。だから堀越から見ても、さっきの俺の行動は異常にしか見えなかっただろうな」
「分かった…それはもう信じるとしよう。だがその後はどうする?
『強欲の刃』で大罪スキルを奪えない事で自暴自棄になった黒沼が内野を殺すかもしれないぞ?」
「奴のテレポートの対策はしてあるし、『強欲の刃』が内野君に使われた時点で確実に事態は収束するから問題無い」
「使われた時点で収束…?」
「大罪が『強欲の刃』の刃で刺されると、そこから闇が溢れ出して周りのものを全て飲み込むんだ。だから黒沼が『強欲の刃』で内野君を刺せば黒沼はそれに呑まれる。
テレポートで一旦逃げる事は出来るかもしれないが、奴には『契りの指輪』でテレポート持ちの俺の魔物と繋げているから、逃げても直ぐに闇の中にぶち込める」
「…それじゃあ…もう黒沼が生き残れる道は『強欲の刃』を使わないという道だけなのか?」
「ああ。あれを内野君に使ってしまえば、もう奴は生きて帰って来ることは出来なくなる」
「…そんじゃあもう黒沼は終わりだな。あいつが『強欲』を諦めるとは思えない」
紫仮面が仲間の生還を諦める様な事を言ったタイミングで、突如病院の中から闇の塊が現れて川崎に向かってきた。
僅かに残っている人の形からその闇の塊の正体が塗本だと分かると、川崎は急いで駆け付けて闇の塊になった塗本を、一旦自分の身体へと戻す。
そして再び闇を出して塗本を形成し、何があったのか話を聞く。
「何があった!?」
「内野君のスキルが暴発しています!」
「ああ…『強欲の刃』で刺された後の闇の暴発か?それなら説明した通り何も問題は…」
「違います!『強欲の刃』は刺されていません!それなのに彼のスキルが暴走しているんです!」
「ッ!?」
大罪スキルの暴走だと!?
内野君よりも遥かにスキルを使っている俺でもそんな経験は無いぞ!
異常事態の報告を受け、川崎は紫仮面をその場に残して急いで内野達のいる地下室へと戻ろうと走り出す。
だがその直後、病院の地下からとてつもない量の闇が溢れ出してきた。
「ッ…!?闇の暴走が想定よりもデカい!」
地下から現れたその闇は僅か1分程度で中央病棟をまるまる呑み込む勢いで大きくなり、川崎達は内野を助けに行けずにその闇から離れる事しか出来なかった。
中央病棟をまるまる呑み込んだ所で闇の膨張は収まり、そこには大きな真っ黒の球体のみがある。
〔俺が『強欲の刃』で刺された時も、俺を中心として闇の球体が出来上がった。だが俺の時は半径10mも無い球体で、こんなに大きくなどなかった。
この差はなんだ…彼が特別な境遇にいる大罪だから違うのか?
いや、今はそんな事よりも…〕
「塗本!何があったのか詳しく話してくれ!」
「分かりました」
川崎は塗本から何があったのか話を聞いた。
内野が黒沼を説得した事から闇の発生までの全てを。
「なるほど…彼は自分の意思では無くて黒い指輪によってスキルが発動したと言っていたのだな」
「ええ。そして彼は…」
そんな風に二人が話している間も堀越も紫仮面が逃げない様に見張っていたが、ふと周囲を見てある事に気が付き塗本の話を遮って声を上げる。
「川崎さん!一般人にもこの闇は見えているみたいです!」
堀越の指差す方向を見ると、病院の敷地外のフェンスから「なにあの黒くて丸いやつ!」「え、こっちにもモンスターいるの!?」という話をしている人がいた。
明らかに内野が出した闇を見えている反応だ。
〔闇が見えているだと?
俺の出した魔物だとかは完全に見えていなかったのに何故彼のだけ見えている…〕
そんな疑問はあったが、川崎は今するべき事を頭にまとめて指示を出す。
「堀越は清水達を呼んできてくれ!紫仮面、お前は仲間にもう作戦終了だと伝えておけ」
「…はいはい。黒沼が呑まれた以上もう逆らう気は無いし従うよ」
______________________________
意識を取り戻した内野は目を開けるがそこには一切の光は無く、目を開けているのに目を瞑っているのかと錯覚するぐらい真っ暗であった
何も見えないし聞こえない、身体の感覚も無い。
なんだこれ…何があったんだっけ…
……そうだ、黒沼が俺を『強欲の刃』で刺した途端に闇が大きくなって吞まれたんだ。
闇に吞まれるってこんな感覚なのか…黒沼も今俺の近くにいて同じ感覚を味わっているのか?
内野は身体を起こそうとするが、身体の感覚が無く自分が動けているのかすらも分からない。
そこで内野ようやくこの事態の深刻さに気が付いた。
こ…これはやばい!
この闇はどこまで広がったんだ!てか俺以外の人が闇に呑まれても大丈夫なのか!?
とにかくここから出ないといけないのに…この状況じゃどうしようもない。何も出来ない。
「誰か…誰か…」
内野は身体の感覚が無いながらも、声を出して助けを求めようとする。だが何も聞こえない上に何も感じもしないので、自分が声を出せているのかも分からなかった。
こんな闇の中で助けを求めても誰にも聞こえないのは分かっていたが、他に何も出来ないので助けを求めようと声を出す事しか出来なかった。
________________________
《誰か…誰か…》
ッ!?
クエストを受けている最中で、怠惰メンバーが倒した魔物に触れて回っている時、新島は何処かで助けを求める声がした気がした。
しかもその声は聞き覚えのある男の声であった。
「う、内野君…?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます