第152話 暴走

内野の意思に反して身体から出現した闇を見て、黒沼は急いで後ろに下がろうとする。

だが内野の左手は黒沼の手を離さない。


「まさか『強欲』を…!?手を離せ!さっきの話は全て噓だったのかよ!?」


「違う!俺の意思じゃない!多分この指輪のせいだ!」


何故か今だけ『哀狼の指輪』が赤く発光しているので、このアイテムによって『強欲』を使わされているのが内野は何となく分かった。

それが分かっても闇の出現を抑える事は出来なかったが、幸い自分でスキルを発動した時よりも闇の出現が遅かったので、内野はその僅かの時間でこの状況の打開策を考える。


さっきからインベントリに仕舞おうとしても指輪を仕舞えない!スキルの解除も出来ない!

ヤバい…このままじゃ黒沼が闇に呑まれる!


「『独王』で力を上げて俺の手を無理矢理引きはがせ!」


「だ、駄目だ!もう解除しちまったから眷属が居ない!」


「くっ…塗本さん!こっちに来てください!」


使徒の力ならどうにかなると考えて塗本に助けを求めた。

すると塗本は直ぐに駆けつけてくる。会話を聞いていたので大まかな流れは分かっていたが、流石に内野の身体から出ている闇には驚いていた。


「塗本さんの力で手を引き剥がすか、この黒い指輪が付いている指を切り落としてください!」


「ッ…無理矢理引っ張るから痛くても文句言わないで下さいね」


これで黒沼から離れられると内野は気を緩める。

だが塗本が両腕で二人の手を掴んで引き剝がそうとすると、指輪付近からもほんの少しだけ闇が現れる。そして小さな闇に塗本の手が触れると、突然塗本の手までも闇に戻ってしまった。

それだけではとどまらず、塗本の身体は侵食されていく様に身体形成前の闇へと戻っていく。


「な!何故身体が崩れるんだ!?や、ヤバイ…形を維持できなくて…崩れて…し…死ぬ…」


ものの数秒で口元まで闇に戻ってしまい、塗本は喋れなくなる。そして人の形をしている部分が脚と頭のみとなると、塗本は急いで地下を出て川崎の元へと戻って行った。


部屋に二人は取り残されるがその間も内野の闇は治まらず、黒沼の腕へと進行していく。内野はどうにかそれを防ぐ為に空いている手で鉄の剣を振るい腕の切断を試みる…が、闇に包まれた腕には鉄の剣の刃は通らない。


なので黒沼に自分で腕を切断する様に言う。一瞬顔が引き攣るが仕方が無いと割り切り、黒沼は自分の持っている剣で腕を切断しようと剣を振る。

だが一振りでは切断できずに刃は中途半端な所に止まり、黒沼は痛みで悶絶してこれ以上剣を振るえなかった。


「ぐ…ぐあぁぁぁぁぁぁ!お、俺にはこれ以上は無理だ…!」


「て、テレポートで逃げれないか!?」


「ダメだ…試してるのにスキルが使えない!それどころか他のスキルすらも発動出来ない…ち、力も抜ける…魔力を吸われてるんだ!

も、もうあれを使うしかない…」


そう言って黒沼が闇に吞まれていない方の手に出したのは、半透明の赤い球体。ちょうどさっき見たクエスト範囲を仕切る壁と同じ色であり、黒沼がそれを砕くと、黒いの身体は半透明の赤色の膜に包まれる。


「運を200にして入手したアイテムだ。クエスト範囲を仕切る壁と同じ性能のバリアを身体に張れるから、これであらゆるスキルや攻撃から身を守れる」


「そ、そんな物があったのか!」


「コストが高すぎるから最終兵器だが、今これを使うしか逃れられる方法が思い浮かばなかった。だがこれで闇に包まれても平気なはずなの…だ…が…」


確かにバリアは黒沼の身体を包んだが、闇はそのバリアの上を進行してきており、効果があるようには思えなかった。

闇の進行は黒沼の肩にまで進んでおり、じわじわと迫りくるその闇を直視した黒沼の顔は恐怖に染まる。


「は、話がちげぇぞ黒幕!これならどんな攻撃でも防げるんじゃなかったのか!?」


「お、落ち着け!バリアの上から包まれるだけなのかもしれないし…」


「やばいやばいやばいやばいやばい!闇に呑まれる…食われる!」


黒沼はパニックになり暴れるが、今更暴れた所でもう腕は引き剥がせない。


内野はMP切れで闇の進行を抑えられないかと思いつき、無駄に自分に『バリア』を重ねてかけてみる。

が、MP切れになっても闇は止まる気配が無い。


これでもダメかよ!

な、何か他に使えそうなアイテムは……あ


インベントリにあるアイテムを急いで確認していると、とあるアイテムに目がいく。それは先程川崎から貰った『強欲の刃』


も…もしも俺から『強欲』が無くなったらこの闇は止まるんじゃないか?


この黒沼と自分の身体を侵食していく闇を止める方法。たった一つだけ内野が思い付いたのは、『強欲の刃』で刺してもらい自分から『強欲』を無くすという方法だった。

『強欲の刃』で手に入るスキルは一つしかないが、もうこれ以外の方法は思い浮かばないので実行するしかない。


だがそれを実行するには『強欲』を捨てるという大きな決断をせねばならず、中々それを黒沼に伝えられずにいた。


黒沼に一旦『強欲』を奪ってもらい闇を止めてから、後で黒沼にスキルを返してもらう。

これが一番ベストだけど…黒沼は大人しく『強欲』返してくれるのか?

相手が信用出来る仲間だったらすんなり実行出来たが、黒沼はまだ説得して改心したばかり。これをするには不安が…


内野が迷っている間にも闇は広がり続けて、遂には黒沼の口元にまで到達して声を出せなくなっていた。そして時間と共に黒沼のパニックも大きくなり暴れる。

闇が少しずつ顔に近づいてくるのが酷く恐ろしく、近くで見れば見るほど奈落に落ちていく錯覚がして黒沼の心は恐怖に支配される。


〔助けてくれッ!これを止めてくれーーー!〕


そんな黒沼は闇に怯えながらもすがる様な目で内野の目を見て訴えかける。


も…もうやるしかない!俺が説得させたんだし、俺が黒沼の事を信じてやるしかない!


黒沼の目を見た内野は遂に決断をする。


「『強欲の刃』で俺を刺せ!」


「ッ!?」


「右腕はまだ動かせるだろ!?俺を刺すんだ!」


作戦を聞いて黒沼はハッとする。


〔そうか!『強欲』を奪えって事か!

俺が『強欲』を奪ったまま逃げる可能性もあるのにこんな方法を思いつくなんて…お前は俺と違って強いんだな。もっと早く出会えてたら俺も自分の手で人を殺さずに済んだかもしれない…〕


さっきまで敵同士だったのに、今では奇妙な事に友情さえ感じる。黒沼は自分を信じてくれる内野に応えたいと思い、友情に突き動かされるがままに決意を固める。


〔絶対に『強欲』はお前に返す!それだけじゃない…俺の目を覚ませてくれた恩もお前に返してやる!ここから俺は変わるんだ!〕


内野と黒沼は目と目で互いの思いを交わし合う。

そして内野が小さく頷いた所で、黒沼は『強欲の刃』を内野の腹に突き刺した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る