第151話 剥がれる仮面
美術のコンテストで最優秀賞獲得。テストで一位になる。体育の授業で注目を集める。友達間で一番最初に彼女を作る。ゲームのイベントでランキングに入る。
大小はあるが、俺から見ればどれも特別な存在になるということに変わりない。だから俺はこんな小さな特別であっても一つさえあれば満足出来たはずだ。
だが俺は何一つとして特別な存在になれなかった。勉強すら、運動すら、習い事すら、人との関係すら、ゲームすら、どの分野においても俺は特別になれなかった。
そして始めてステータスの力を手に入れた時、「遂に俺は特別な存在になれる!」という期待に心躍った。
アニメや漫画の主人公になれると思っていた。
だがクエストでも俺は特別な存在にはなれなかった。
やっぱり俺には才能が無かったんだ。上には上がいる。自分が到底到達出来ないであろう所にいる者を近くで見て俺は「またダメか」と諦めた。
ここでも自分の価値は並み以下だというのを痛感した。
そしてやはりスキルも一切特別なものは無かった。ここで『魔力探知』や『ヒール』みたいに何か一つでも他人から求められるスキルがあったら違かったかもしれない。
そんな俺のクエストでの価値は、全てステータスボードに書かれているものだけだ。
才能ある奴と違ってステータスの数値以上の活躍は見込めず、まるでステータスボードに載ってある数値が俺自身の点数を表しているかのように思えてしまった。
それ以降俺は
そして自分の価値が数値化されるのに耐えられず、メンタルが擦り切れていってしまった。
そうなって以降、もう俺は地道な努力で自分を変えるだなんて勤勉な行動など出来ず、『運』と『スキルガチャ』に縋る様になった。強力なスキルを手に入れて一発逆転を狙おうとしか考えられなくなったんだ。
狂気的にSPを運に、QPをスキルガチャに使っていった。誰も上げない運を上げたお陰で他のプレイヤーが持っていない『契りの指輪』だとか『魔力同化の首輪』がショップに並ぶ様になったが、それじゃあ俺の心は満たされなかった。
『傲慢』みたいに強力なスキルをひたすら欲して、俺はスキルガチャを回していった。
だがそんな俺を止めてくる奴らがいた。
「もう辞めよう…そんなギャンブルみたいなガチャなんかに縋らないでゆっくり強くなろう。こうしてクエストを数回受けても生き残っている訳だし、きっとこれからも生き残れるって…」
「まだ時間はある、少しずつ訓練でもしていけば絶対に強くなれるはずだ。これ以上逃げるなよ」
「弱いっつたら俺も弱いぞ。俺の存在価値なんて『ヒール』ぐらいだし焦んなくてもいいって」
「強力なスキルといっても、『傲慢』みたいに本人が強くないと機能しないものもある。だから少しは真っ当に強くなる努力をしよう、俺達もサポートするから」
「『契りの指輪』があるからクエストでは常に俺と一緒に動けるじゃ~ん。だから死なないって、焦んな焦んな」
仲間だ。そんな風になった俺を
だって命懸けのクエストでこんな
きっとこいつらは「弱い奴を助ける俺カッコいい」だなんて思って見下している、学校でも何度もそんな奴らに会ってきたからかそうとしか考えられなかった。
それに、そもそも俺は強くなりたかった訳じゃない。特別な存在になりたかったんだ。だからあいつらの間違った説得の言葉を鬱陶しく感じたんだと思う。
そしてそんな疑心暗鬼に吞まれていた中、俺は『独王』を手に入れてしまった。スキルを使ってその能力が判明すると、それは雑魚の俺に与えられた、俺が成り上がれる唯一の希望だと思った。
凡才の俺が特別になれる唯一の希望になった。
〔この力があれば椎名を越せる…プレイヤーのトップになれる!〕
そんな眩い希望が俺を盲目にさせた。俺はその希望の光を追いかける為、周りのもの全てを踏み台や駒にして強くなっていった。
俺が変わってしまったのはその光を見てからだ。
もしもここで『独王』を持っているという特別だけで満足していればまた別の道だっただろう。だが長年抑え続けていた俺の欲はこんなものでは収まらなかった。
クエストの最中に俺の能力を察して周囲に広めようとした一人のプレイヤーを誤って殺してしまった時、プレイヤーを殺すと魔物を殺すよりもレベルが上がりやすく、トドメを刺した者はその者の持っているQPも奪えると知ってしまった。
それ以降、俺はプレイヤーキルを成り上がる手段の一つに入れてしまった。
それから「『独王』で眷属にしたぞ」と仲間を脅して逆らえなくもした。全てはの『傲慢』を越して特別な存在になるという目標の為に…
「そして50回目のクエストが終わった所で他の大罪の存在を、お前の存在を知った。
クエスト歴も浅く初々しいお前を知り、更に大きなチャンスが舞い降りたと俺は歓喜し、お前の『強欲』を奪う為にここまでやってきた。
俺が変わったのも、今俺達が対峙しているのも、全て俺が希望を追い駆けた結果だ。
俺が希望を追い駆けたのは間違いだと思うか?
そんな希望抱かずに雑魚のままでいる方が正解だと思うか?
特別になりたいと思ったのは間違いだったのか?
最後に『強欲』を持っているお前の口から教えてくれ…」
黒沼は、ただ自分は間違っていないと安心したいが為に内野にこれまで自分のしてきた事や心境を語った。
黒沼は戦いの才能だけではなく、心も大して強くない凡人である。だから『強欲』を奪って引き返せなくなる前に自分の考えの正しさを証明しておきたかったのだ。
この話を聞き、内野は率直に自分の考えを素直に述べる。嘘などほんの少しも混じっていない純粋な感想だ。
「希望を追うのはきっと間違っていない…けど…お前は手段を間違えたんだ。それに仲間を信用できなかったお前が悪いと思う。
他の奴らの事は分からないけど…少なくとも小野寺はお前を本気で心配していた。俺が今こうして『強欲』を使わないのも全てあいつから頼まれたからだ」
「お、小野寺がお前に…?だがお前はどうしてあいつの頼みを…」
「あいつが本気でお前を仲間として見ていたのが分かったからだ。そんな仲間思いの奴の頼みを俺は断れなかった…」
「ッ…」
内野の首を掴んでいる黒沼の手の力が弱まる、仮面越しに僅かに見える口元と目元からだけでも、黒沼の動揺が窺えた。
もう少しで説得出来る…お互いスキルなんか奪わなくてもこの戦いに決着を付けられる!
黒沼と心が通じ合える気がし、内野は手に持っていた武器をインベントリに仕舞って説得を畳み掛ける。
「たった数分の話で俺は小野寺の本意が分かった、なのにどうしてお前は長い時間一緒にいて気が付かなかったんだ!」
「だ、だって…クエストにおいて全く価値がない俺とつるむだなんて…弱い奴を助けて優越感に浸りたいだけじゃ…」
「全く価値がないって…お前がそう考えてるだけだろ!?
他の奴らはそんな事を思ってなかったのに、仲間に目を向けず自分勝手にそう思い込んでいるだけだ!」
「さっきの少しの攻防だけで分かっただろ!
俺にはまるで戦闘の才能…クエストにおいて必要な才能がねぇんだよ!
そんなグズにはステータスでゴリ押す以外の戦闘方法は取れない…だから俺の価値はステータスの数値でしかない。
そんで当時の俺は魔物に攻撃すらあまり出来なかったからレベルもあまり上げられず、
先程から黒沼の言っている価値や点数をステータスでしか見れないという見方に対し、内野は憤りを覚える。
俺が無意識に「命の優先順位」を付けていたみたいに、人は出会った全ての人に価値を付けている。それは自分も例外じゃないだろう。
でも才能の無い者はそれが全てステータスでしか計れないだと?
そんなの間違ってる…プレイヤー以前に俺達は人だ!人の価値はそんなものだけじゃ計れない!
俺はクエストで価値が無いからって仲間を見捨てたりなんかしない!
「小野寺がお前を仲間だと思っていたように、あいつにとってお前は力以外にも価値のある存在だったんだ!
なのにお前が
こんな
感情を表に出し、内野は自分の思いを全て黒沼に叩きつけた。
薄暗い地下で声が少し反響して聞こえるのが、それがより一層黒沼の心へと直接響いて届いた。
黒沼は内野の首に手をかけているままだが、もはや内野の首に力を入れてない。
〔どうして…どうして敵の言葉なのにこんなに響くんだよ…
最初からそうだ。内野の「力より家族の方が大切だ」という言葉は、何故かこれが本心なのだとすんなりと俺の中に入ってきた。
それに「嫉妬の怖さを知らない」なんていうのも、普段の俺なら嘘だと一蹴していたはずだ。
どうしてなのか分からないが…その二つの言葉が本心だと分かったから、俺も自然と口を開いて話していた。
本来なら内野の協力相手が『怠惰』だと分かり次第、もう関係無いスキルは消せと脅して『強欲の刃』で刺すつもりだったのに…こんな対話をしてしまった…〕
黒沼自身もここで内野に対して本心を話してしまった理由は分からなかった。だが心はプレイヤーになって以来感じたことの無い程に澄んでおり、黒沼は自然と内野の首から手を放して仮面を取っていた。それに『独王』も完全に解除していた。
仮面の下にあるのは何の特徴も無い普通の顔、大学ぐらいの年齢の顔。
「……何でだろう。
『強欲』は奪えなかったのに、希望に手が届かなかったのに、特別になれなかったのに、どうしてこんなに晴れ晴れしいんだろう…」
「…自分が誰かにとっては特別の存在だったのだと気が付いたからじゃないか?
仲間に心から心配されるのって、仲間にとって黒沼が特別な存在じゃなきゃ起こりえない事だし」
お互い安堵の表情を浮かべながら微笑み合う。
十数分前では考えられなかった光景だ。
内野は小野寺の願い通りに事を進められ、誰一人手を掛けずに終えられた事に達成感を感じる。
黒沼はようやく仲間に真意で向き合える気がし、今すぐ仲間の全員に会いたいと思う。
「直ぐに作戦中止だって言わないとな、それに謝らないと…」
「…だな、一緒に上に行こう。川崎さんに「これが俺の選択だ」って言って来ないと」
内野は自分でも意識せずに、
黒沼もそれに応じて握手する為に手を前に出した。
…あれ…俺いつの間に握手を…
内野が勝手に動いた自分の身体に疑問を抱いたその瞬間、何者かの声が聞こえてくる。
《独王を奪え》
え…?
聞こえてきた声は男か女の声なのかも分からないものであった。近くには黒沼と、階段付近に塗本がいる。だがその両者の声ではなかった。
そして黒沼が何の反応もしてない事から、この声が自分にしか聞こえないものだと分かった。
《強欲を使え》
おい…待て、お前は…
《こいつを殺せ》
お前はまさか…
内野の目に入ったのは目の前にいる黒沼ではなく、左手の指につけている『哀狼の指輪』。
狼顔の装飾が掘っており目には赤色の宝石が埋まっているデザインのその指輪は、何故か目が赤い光に発光していた。
そしてその指輪に描かれた黒狼に目が合ったかと思うと、内野は身体から闇を発していた。
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