第150話 地下の決戦

塗本(使徒)は川崎の指示通りに黒沼に二個目の『契りの指輪』を付ける。


黒沼は折れた指と腹部を包む様にうずくまっており、指輪を付けられるのを抵抗もせずに内野達に視線を向ける。


「やっぱり大人しく『強欲』を渡すつもりなんか無かったか…まぁ、そうだよな…やっぱり誰だってそうするよな…

って事は俺は正常だよな…力に対する執着だって誰にでもあるものだよな…」


作戦が失敗して絶望的な状況であるのにも関わらず、黒沼は痛みをこらえながらも、何処か安心しているかの様な様子でゆっくりそう言う。


紫仮面も「やって…くれたね…」と武器の短剣を持ち、ゆっくりと立ち上がる。壊れて地面に落ちた仮面を気にする様子は無く、今にでも飛び掛かってきそうな雰囲気であった。


作戦が失敗したはずの二人に余裕がある事が気になり、内野は警戒を呼び掛ける。


「川崎さん、こいつらにはまだ作戦があるのかもしれません…」


「…塗本、階段付近で待機だ」


「はい」


川崎は内野の警告に返答せず、塗本に部屋を出る様指示を出した。まだ二人を取り押さえるのが終わっていないのに戦力である塗本を戦場から遠ざけた事に、敵だけでなく内野も驚く。


「川崎さん!?」


「内野君、俺が紫仮面を相手するから君は黒沼を相手してくれ」


「「…え?」」


味方の内野から見ても、敵の二人から見ても意味の分からない行動で、3人は困惑の声を出す。


本来ならばここで川崎が二人をダウンさせ、内野が『強欲の刃』で黒沼の『独王』を奪うという流れだ。

これが一番簡単な流れであるのにも関わらず、川崎はわざわざ内野と黒沼を戦わせようとしている。しかも相手は内野よりもレベルが上で強敵。最重要防衛対象である内野にさせる事とは到底思えなかった。


「い、いや…わざわざ俺がやる必要は…」


「着いて来い紫の奴。俺達は上でやろう」


川崎はまたしても内野の言葉を無視して紫仮面にそう言う。相手からしても意味の分からない行動だったが、これは相手からしたら願ったり叶ったりな提案であったので断りはしない。


「舐めてんのか知らないが…俺はあんたをリーダーから離せるならそれで良いぞ。

でも流石に馬鹿過ぎないか?小野寺から聞いてるだろうが、俺達は『独王』でステータスを強化出来る。

あんたの『怠惰』で使役しているあの人間には多少のステータスアップはあまり意味が無かったみたいだが、内野君は違うだろ?彼じゃあどうやっても『独王』で強くなっている俺達は倒せない」


「そんな事分かっている。いいから着いて来い」


「…ひひひ。タイマンかぁ~」


紫仮面は川崎と戦えるのが楽しみなのか小さく笑みを見せて笑うと、川崎の後をついて部屋から出ようとする。

一体川崎が何を考えているのか分からない状態のまま取り残されかける内野は、川崎の腕を強く掴んで引き止める。


「どういうつもりですか川崎さん!?」


「…後は君のやりたいようにすると良い。君の選択を見せてくれ」


「せ、選択…?」


川崎は掴まれていないもう片方で腕で軽く内野の肩をポンと叩いた後、内野に掴まれている方の手に一つの短剣をインベントリから出した。


その短剣の刃先は『強欲』『怠惰』使用時に現れる闇と同じで、一目でそれが『強欲の刃』だと分かった。


そしてその短剣を内野に渡すと、川崎はそのまま紫仮面と部屋を出ていった。

薄暗い備品倉庫には状況を理解出来ない二人、内野と黒沼が取り残される。


どうしてだ!?

川崎さんは何でこんな訳分からない事を!

川崎さんの言っていた選択っていうのは良く分からないけど、どんな理由があれ、明らかにこの状況はマズイ!


「その反応…川崎が何を考えているのかお前も分かっていないみたいだな。

つまりもうこれ以上の作戦はお前の頭には無い…って事だな?」


「ッ!?」


黒沼が立ち上がり始めたので、内野は直ぐに『強欲の刃』と鉄の剣を構えて戦闘態勢に入る。だが黒沼に勝てるビジョンは全く浮かばない。たった一つを除いて。


『独王』で強化された相手には普通の攻撃なんか通用しない。これは学校で襲われた時の梅垣さんの攻撃が小野寺に通用しなかったから確実に言える!

だとすると勝ち筋は二つしか………あ!?


ここで内野は、川崎の言っていた「選択」の意味が何となく分かった。


もしや…川崎さんは俺を試しているのか?

今の俺に残されている選択肢は

・『強欲』で黒沼を殺す

・『強欲の刃』で『独王』を取って相手の戦意を消失させる

この二つ。


木曜日の話し合いで黒沼を殺さない方の選択を取った俺が、追い詰められた状況でもあの時と同じ判断を取れるのか試しているのか?

そんなの馬鹿げてる…もしも俺が負けたら『強欲』を失うんだぞ。川崎さんもそのリスクは分かっているはずなのにどうして…



そんな長考にいつまでも浸っている暇など無く、黒沼は今にも動き出そうとする。


「今一度聞くぞ、『強欲』を渡すつもりはあるか?」


「もう俺の家族の安全は確保された。だから渡すつもりは無い。

だけど…お前が改心してくれたら終わるんだ。そうしたらこれ以降のクエストでも協力して…」


「今更止まれる訳が無いだろうが。

それに俺は自分の力で大罪を越してプレイヤーのトップに立つつもりだ。お前らと馴れ合いするだなんて選択肢はねぇ!」


黒沼は後ろ壁を蹴り、両腕を前に出しながら内野に飛び掛かる。内野が身体を逸らして攻撃を避けると、黒沼は勢い良く倉庫の扉にぶつかる。

倉庫の扉は激しく音を立てて黒沼ごと吹き飛び、廊下の壁にぶつかり倒れる。


防火扉が川崎によって開けられたので廊下へも多少は明かりは入っているが、明かりが置いてある倉庫と比べたら廊下は暗い。

一応階段の先には川崎の指示通り塗本が待機しているが、手を貸してくれる様子はない。


相手が飛び掛かっただけでこの威力なので、やはりこのままの真っ向勝負では勝てないと悟り、内野は再度説得を試みる。


「どうしてトップになりたいんだ!?」


「嫉妬を知らないお前に言っても無駄だ!」


態勢を立て直し、黒沼は走って内野に向かい走る。自由に動き回れるスペースなど無く、内野は簡単に距離を詰められてしまう。

黒沼は内野の身体を掴もうと手を出してくるが、内野はギリギリの所でそれを数発回避出来た。

床が少し滑りやすいので相手は思うように動けていなかったが、内野はブレードシューズで刃を床に食い込ませていたので思うように足を動かせていたのが大きい。


速いけど動きが単調で避けやすい。それに何だかいつもよりも身体が軽い。

どうする、これなら『強欲の刃』は刺せそうだが…これで奪えるスキルは一つだけ。だからこれを刺しても『独王』が手に入るかは分からない。


って…待てよ。さっき俺は残されている選択肢を

・『強欲』で黒沼を殺す

・『強欲の刃』で『独王』を取って相手の戦意を消失させる

この二つだと考えた。

でも、今考えた通り『強欲の刃』の作戦はこの状況では使えない。だから実質選択肢なんて無いよな…

それじゃあ川崎さんの言ってた選択って一体…


『強欲の刃』で刺すか刺さないか、この一瞬の迷いの内に内野はほんの少しだけ動きが鈍ってしまい、黒沼に両腕を掴まれてしまった。

それを振りほどく為に内野は相手の腹に蹴りを入れるが、内野のステータスではびくともしない。


「お前の力じゃ振りほどけないだろ!どうだ、『強欲の刃それ』を刺すか『強欲』を使って対抗してこないのか!?」


黒沼は挑発をしてくる。

だが内野はこの行動に違和感を感じた。


こいつが今『強欲の刃』で刺して来ないのは、欲しいスキルを確実に取れる訳じゃないからだろう。

特定のスキルを確実に奪うには目的のスキル以外を『スキル削除玉』での削除が必要。そして川崎さん曰くそれは本人の意思で使わせなきゃならない。

だから本来ここで黒沼は、俺を倒して無理やり『スキル削除玉』を使わせないといけないはずだ。

でもそうして来ないって事は…まだ説得の余地があるのかもしれない。


「お前こそ優位に立っているのに、どうして俺に無理やり『スキル削除玉』を使わせこないんだ。それぐらいの力なら俺の拷問なんか簡単に出来るだろうに」


「勘違いするなよ、お前とここで少し話をしておきたいだけだ。それが済んだら直ぐにスキルを奪う」


「話…?」


「お前と話して、俺の行動が間違っていない事を証明をしたい。俺の今までの行動が全て間違っていないとな」


「…」


またしても黒沼は内野に向かい自分の心境を話し始める。

さっきもそうだったが説得出来る可能性があるため、敵同士だというのに内野は相手の話を真剣に聞く。


「今の少しの攻防で分かっただろうが、俺は弱い。昔から運動音痴だったし、そんな俺がクエストでまともに戦える訳が無かった…」


こうして黒沼は自分を正当化する為の話を始めた。

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