第149話 嫉妬の仮面
クエスト範囲外なので当然魔物もおらず、ものの数分で黒沼がいる廃病院にまで到着してしまった。
病棟は3つあり、黒沼がいるのは中央病棟という一番大きな建物の地下だと言う。
今の時点で人質救出グループがどれ程進んでいるのか分からず、更には相手に川崎の能力もバレてしまっているので内野の中には不安しかなかった。
遂に着いちゃった…スマホを没収されてからは川崎さんと連絡する手段も無くなったし、本当にこれで大丈夫なのか心配だ…
そんな不安が顔に出ており、紫仮面は内野の顔を覗き込む。
「少し怖くなってきちゃった?
それも無理ないよ。なんたって超重要スキルの『強欲』が無くなっちゃうんだもん。不安になるのは良く分かるよ。
でも奪うのは『強欲』だけだから安心して。君はただ大罪から普通のプレイヤーになるだけだよ」
紫仮面は子供をあやすかの様に内野の背中をさする。武器も手に持っておらず油断しているとしか思えない状態である。
そして内野は背中を押されるがまま廃病院へと足を踏み入れた。
頭の中では時間稼ぎの方法を考えていたが、あまり良い案が思いつかないまま時間が経ち、気が付けば内野は廃病院の地下階段を下っていた。
廃病院で照明など付かないので明かりは紫仮面の懐中電灯だけである。
そして地下階段を下りきった所で、紫仮面は防火扉を閉めて階段を塞ぐ。他に誰一人地下階に入って来れない様にする為のもので、この行為から相手の警戒の高さが窺えた。
ただでさえ暗かった廊下が真っ暗になり、前に進むのには紫仮面の懐中電灯の光だけが頼りになる。
「この先の部屋にリーダーがいるんだ」
いよいよだ、遂に奴と対面する事になる。
まだ向こうのグループの準備が整ってない可能性もあるから、黒沼に対面したら俺の頭の中にある時間稼ぎ案で少しでも時間を稼ぐぞ。
そして川崎さん…あとは任せますよ!
そんな事を考えていると、紫仮面は足を止めて内野にその場で「座って」と指示を出してきた。
「取り敢えずそこで座って、しゃがむだけで良いから」
「え?」
「いいからいいから」
紫仮面に言われるがまま内野はその場でしゃがむ。
一体何をするのかと疑問に思っていると、その直後、地下廊下の壁や床のどこもかしもが紫色に光だした。
以前紫仮面が使っていたスキルだと内野が視認した次の瞬間には、その光から無数の槍が飛び出してき、内野と紫仮面のいる箇所以外は槍だらけになった。
廊下は針地獄ならぬ槍地獄といえる状態である。
「なっ!?」
「驚かせてごめんね~
君の傍に隠密スキルで隠れている奴がいないか確認したんだ。今この地下室で君と俺の居る場所以外に人が居られるスペースは無いし、誰かが当たった感覚も無い。これでステルスの心配はもう無くなったね。
疑ってごめんよ~別にリーダーと対面させる前に暴れられない様に君を負傷させたりだとかはしないから安心して」
「な、なんだ…良かった…」
口ではそう言うが全然良くなどなく、内野の心はこれまでに無いぐらい乱れていた。
ここに川崎さん達が避けられるスペースなんて無いぞ!かといって槍を壊して無理にスペースを確保した形跡も無い。
もしかしてステルスがバレない様にこの無数の槍を身体で受けたのか!?
いや、紫仮面は当たった感覚が無いって言ってたしそれは無いか。もしかすると何かのスキルで逃れてくれたのかもしれない。
傍に隠れてくれているのに姿が見えない事がとてももどかしかったが、相手はそんな内野を待ってはくれない。
内野の考えが纏まらないまま、紫仮面は黒沼がいるという部屋の扉に手をかける。
扉上のプレートには備品倉庫と書いており、扉も体育館の金属扉の様な大きなものだった。
そして紫仮面はゆっくりと扉を開ける。劣化した扉だからか金属の擦れる音が酷く、元々自身の中にあった不安も重なり不快感がかなり大きかった。
「…遂に来たか、内野勇太」
普通の体育館倉庫並みの広さの部屋に、一人椅子に座っている男がいる。以前見た黒い仮面の男。
仮面達のリーダーである『黒沼 浩司』だ。
地下なので外の光は入って来ず、その上廃病院で部屋の電気など付かないので明かりは部屋に二つ置かれているランプだけだった。
そんな薄暗い空間だからか、その付けている黒仮面が以前よりも禍々しく感じる。
「
「少なくともこの階には確実にいないよ。それにさっき手に入れた『魔力探知』でも探ったけどつけて来てる奴は誰もいなかった。
さっきメッセージを送った通り『怠惰』の川崎が協力者みたいだけど、そいつらもここらにいる様には思えない」
「…怪しいな。まさか全く抵抗もせずに『強欲』を渡そうと言うのか?」
黒沼は内野の方を向き訪ねてくる。
紫仮面が廊下でスキルを使ってから内野の頭の中にあったのは作戦への不安だった。だがそれを顔には極力出さず、対話で時間稼ぎをする。
「そうだ。こんな力なんかより家族の方が大切だからな」
「俺としてはその方がありがたいが…理解出来んな。もしも『強欲』が無くなればお前は普通のプレイヤーに戻るんだぞ?特別な存在として居たくないのか?」
「普通のプレイヤーか…多分俺に限ってはそれ以下になるだろうな」
「ん?どうしてだ?」
「『強欲』の能力は相手のステータスやスキルを奪うというもの。だから『強欲』がお前の手に渡ればそれで手に入れたスキルだとかが全部お前に移る可能性がある。
それに何故か俺はSPを使ってもステータスが1ずつしか上がらないし、スキルレベルを上げても新しいスキルが手に入らない。だから間違いなく普通のプレイヤー以下になる」
「「ッ!?」」
強欲の能力を聞くと、黒沼は思わず立ち上がり驚き、紫仮面は目を輝かせて内野を見ていた。
「凄い!凄いよその能力!なんて『独王』と相性が良いスキルなんだ!
このスキルがあれば『独王』の欠点を…」
紫仮面は子供の様にはしゃぎながら内野の肩を掴んで揺らす。それを黒沼が制止する。
「待て
それよりも今の話を聞いて更にお前を理解出来なくなった。何故その可能性があるのにお前は『強欲』を差し出そうと思った?」
「クエストが全て終わったら蘇生石で俺を生き返らせるって川崎さんが約束してくれたから『強欲』を渡す気になったんだ。
俺が死んでも家族さえ生きていればまたいつもの日常に戻れるけど、ここでプレイヤーじゃない二人が死んだらもう終わり。だから渋々ここまで来た。
…まぁ、今の話は『強欲』が無くなったら俺も蘇生石で生き返れる様になるという前提だけどな」
内野の発言を聞いて、黒沼は落ち着いた声のトークのままだが片手で頭を抑えて難色を示す。
「…プレイヤーの力よりも家族と過ごす日常の方が大事という事か。俺には理解出来んな。
俺はプレイヤーになりたての頃、数回のクエストで自分の才能の無さに気が付いたが、才能溢れる者…紫苑や『傲慢』の椎名には嫉妬などしなかった。いつらは遥か上の存在なんだと思い、追い付こうとすら思わなかった。
だがこの『独王』の能力を手に入れ、無能な俺でも才能ある者を追い越せるかもしれないという希望が生まれてしまった。その希望を見てしまってからは、もう引き返すだなんて考えは俺の頭に浮かばなかった。上の者の力に嫉妬して追い駆け続けた。
俺は…力持つ者に対する嫉妬に駆られてしまった。それを抑える事など出来なかった。
だからお前が不思議でならない。嫉妬に動かされたりしないのか?
その力を失った時に襲ってくる嫉妬が怖くないのか?
それよりも本当に他人が大切なのか?」
黒沼は途中から自分の本心を語り始める。この問いはまるで同じプレイヤーとして内野と対等に並び答えを乞っているかの様なものであった。
その黒沼の本意が伝わり、内野は一旦作戦の不安や、時間稼ぎの嘘を付くなどという事を忘れて真剣に嫉妬について考えてみる。
強い人への嫉妬……梅垣さんみたいな動きが出来たら良いなって憧れはあったけど、それは嫉妬じゃない気がする。
プレイヤーになる前の自分を思い返しても、交流関係が狭くて酷い人生だったが誰かに嫉妬とかはしなかった。
クラスの彼女持ち陽キャを見ても「自分には無理だと」感じるだけで、自分もそうなりたいなどと嫉妬すら現れずに終わった。
正樹と一緒にサッカー部に入ってあいつにだけサッカーの才能があると分かった時も、俺は「おめでたい」と思うだけで終わった。
こうして振り返ってみると分かるな。俺は上の者を見ても嫉妬すらせず、憧れを憧れで終わらせて努力も何もしない無気力人間だったって。
でもプレイヤーになってからは、「特別な存在」になりたいと思いゴーレムを倒しに向かったり、「ヒーロー」みたいに真子ちゃんを助けたりした。
思えば自分の欲のままに動いたのはこれが初めてかもしれない。
だから俺が無気力人間じゃなくなったのはプレイヤーになってからという事になるが、俺はまだプレイヤー歴が短すぎて嫉妬の怖さを知れていないかも…
内野は今までの自分を考えなおしてみて思った事を黒沼に告げる。
「俺はプレイヤーになるまで無気力な人間だったからか、お前の抱いた様な強い嫉妬なんて現れた事無い。だから嫉妬の怖さを俺はまだ知らない。
俺が家族の方が大切だって言えるのは…それを知らないからかもしれないな」
この言葉は時間稼ぎのための嘘では無く本心であったが、それを理解出来ないのか黒沼は黙り込んでいた。
紫仮面も二人の邪魔をせず黙っていたので、その場に沈黙が流れる。
だがその沈黙は、黒沼のスマホに掛かってきた通話により破られる。
黒沼は通話の相手を確認すると、直ぐにその通話に出る。
「何があt…」
〔人質を奴らに連れ去られた!〕
「ッ!?」
黒沼が内野達の作戦に気が付き『強欲の刃』を取り出そうとした所で、突如内野の右靴の側面から闇が現れた。
強欲と怠惰の時に現れる闇であり、その闇が大きくなって人間の形が形成されたかと思うと、一番近くにいた内野が反応出来ない程の速さで紫仮面の顔を殴る。
ガード出来なかった紫仮面は殴られた方向に吹き飛ばされ、顔を抑えて地面に這いつくばる。
そして人型の闇は回し蹴りで黒沼の腹部を蹴って怯ませた後、片手に持った指輪を素早く黒沼の人差し指に入れ、その指を関節の曲がる逆方向へと折った。指が変な方向に折れた事で指輪は外せなくなる。
「ぐああああぁぁぁぁぁ!
馬鹿な!『独王』で物理防御はかなり上がっているのにッ!」
誰の仕業かなど考えるまでもなく内野は分かった。そして廊下から聞こえてくると足音から作戦の成功を確信する。
廊下の足音が止まると倉庫の扉が開き、足音の正体が判明する。
「内野君、時間稼ぎご苦労様。塗本、黒沼に『契りの指輪』は着けたか?」
「ええ。指も折ったのでそう簡単には外せませんが、指を切断して外される可能性もあるので念のためもう一つ着けておきます」
回し蹴りした頃にはもうその人型の闇は完全に塗本(使徒)の姿になっており、廊下から現れた川崎とそんな会話をする。
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