第147話 残酷な世界
隠密スキルには以下の効果がある。
・姿が見えなくなる
・その者の発する音が周囲に聞こえなくなる(声、足音など)
・魔力探知に引っ掛からない
シャドウコートというのは数メートルに渡りその隠密スキルの効果を持つフィールドを作るというものだ。
例えると、スキル発動者の周囲の数メートルに大きな透明マントを被せる様なものだ。
なので範囲内にいる者同士、今回の場合だと堀越と川崎はコミュニケーションを取れる。
一方、範囲外にいる者とは会話は出来ないが、スマホのメールを使えばシャドウコート内に居ても指示は出せる。
なので内野達は川崎からスマホに届くメッセージで指示をもらっていた。
基本的に目的の場所に進むだけだが、幾つかの注意点を述べられる。
・相手に見張られていないかは工藤に兜で確認してもらっているが、怪しいプレイヤーの反応を見つけても気が付かないフリをする。監視者の存在はメッセージで皆に送り知らせるだけ。
・監視者には内野・工藤・清水の3人しかいないと思わせたいので、使徒レベルの敵が現れない限り、川崎と堀越は姿を見せないし戦わない
・移動中に相手から何か要望を言われれば、必ずそれに従う。例えば、清水はパーティーから外れろ、工藤は兜を外せ等々。
内野達はそれらを確認し、3人で遭遇した魔物を倒しながらクエスト範囲外へと向かっていた。
そしてクエスト範囲外に近づくほど、鳴り響く銃声の数と大きさが増えていた。
「SNSの情報通り、軍がクエスト範囲外の安全圏から銃をぶっ放してるみたいわね」
工藤はスマホで今のクエストに関する情報を確認していた。
クエストが始まりもう1時間は経過しており、自衛隊は既に動き出している。魔物の現れる場所を囲むように道を封鎖し、軍隊が徐々に外側から進行して人々を救出しているという。
自衛隊らはクエスト範囲が何処までかなど分からないが、ようやく一定のラインから魔物が来れないようになっているのに気が付いたらしく、その線を境に防御を硬くして現れた魔物を銃殺している。
本来ならば外側から魔物を殺していけば確実に進行は進むのだが、魔物は次から次へと現れる。それにより進行はあまり進めていなかった。
それに魔物の現れる範囲は15㎞×15㎞と広範囲であり、あまりの広さにこの段階で揃っている戦力ではとても足りず進行が出来ないという状況だ。
上から街の様子を見ようにも空にも魔物がいるので、この段階ではクエスト範囲中心の詳しい様子はその場にいる者のSNSの投稿でしか知ることは出来ない。
中にはこの状況下でもネットで配信をしている者もいる。当然これだけの騒ぎなので、それらの配信には普段の配信では有り得ない数の視聴者がおり、現状を語っていた。
『やばいってこれ…マジでモンスターが人を殺してる…ヘリで助けにきてくれよ…』
建物に身を潜めて助けを乞う者。
『見ろよこれ!本物の人間の死体だぞ!』
騒ぎを聞きつけて人間の死体を撮りにクエスト範囲内へと入った者。
『いたいたいいたいたいいたいたいいたいたい!あああああああああ!』
配信中に魔物に襲われ、魔物に食われている者。
『見て下さい、これが人を大量に殺しているというモンスターの姿です!』
カメラ付きドローンを操作し、安全圏からクエスト範囲内の映像を実況している者。
『このドラゴンみたいな生き物、突然暴れ始めたと思ったら急に死んだんだ。この顔の傷って明らかに誰かが…』
プレイヤーが殺したと思われる魔物の死体を撮影する者。
どれも悲痛な光景であった。
コメントでも『本当にこれが日本?』『同じ世界の出来事とは思えない』などと、信じられない者もかなり多いぐらい現実感の無い光景である。
内野も周囲の魔物を警戒しながら少しだけスマホで今の状況を調べていた。
今の所使徒と思われる魔物はSNSに載ってないな……
それも当然かもしれない。使徒を前にして、写真を撮ってSNSにアップする暇なんて無い。きっとその前に殺されるはずだ。
使徒の情報が無かったのをガッカリしていたが、ここで川崎からメッセージが届く。
〔こっちからは離れているから問題は無いのだが、実はターゲットの皆を救出した帰り際に、使徒と思われる奴が現れる瞬間を見た。空から撮っておいたから取り敢えず見てくれ〕
そこでメッセージと共に写真が送られてきた。
それに移っているのは海に生えている巨大なサボテン。タワーマンションぐらいの大きさのサボテンが海に生えているというシュールな写真で、一見コラ画像にしか見えない。
「このサボテンが使徒なんですか?」
〔戦ってはないから分からないが、使徒じゃなくても強力な敵ではあるのは確実だ。
サボテン自体は全く動かないが、コイツは人と魔物関係なく針を飛ばす。大型の魔物もいつも簡単に貫かれていたし、危険な魔物だ。
今回はコイツがいるのが海だったから人に向かって飛ぶ針は前面にあるものだけだった。
だがもしもコイツが使徒で、今後クエスト範囲中心にでも現れるものならば、大惨事は避けられないだろう〕
内野達の声は川崎に聞こえるので、内野は普通に声を出して川崎に尋ねる。そしてその質問に川崎はメッセージで返す。
このサボテンが移動したりしなければこちらの攻撃は当てられるだろうが、この大きさの敵を倒しきるのにはどれだけ攻撃しないとならないのだろう。
『強欲』で呑み込めれば楽だろうが…流石にこの大きさは無理だよな。
数十分程経過し、クエスト範囲外は目前に迫っていた。
ここら辺になると魔物は自衛隊に銃殺されており魔物とは戦闘にならなかった。
そしてここでようやくクエストが始まったと同時に空が赤くなった理由が判明した。それはクエスト範囲を仕切る壁が赤い透明な壁であったからだ。その赤い壁がクエスト範囲を包んでいたので、プレイヤーのみ空が赤くなった様に見えていた。
その赤い壁の外には自衛隊員が4,5人おり、道の真ん中には戦闘車両が一機ある。
彼らは逃げおおせてきた負傷者を何十人も介抱しており、目的は進行ではなく逃げてきた人々の救出である事が何となく察せられた。
酷い怪我を負っていても救急車などこの状況では来れないので、その場でどうにか応急処置を施して事態が収まるのを待っている様だ。
野次馬もぞろぞろと集まってはいるが、ほとんどの者が負傷者を目にしたら引き返していった。
事態を甘く見て興味本位で様子を見に来た者は、重傷の負傷者達を見て現実を目の当たりにし、ここにいてはならないと察知したからだ。
「…まだ私達の事は見ていないみたいだけど、クエスト範囲を抜けた後はどうなんだろう」
「普通に姿を見られる可能性もあるし、一般人のフリをする為にも兜とか武器は一旦仕舞うぞ」
清水の指示でクエスト関連の物を全てインベントリに仕舞ってから、内野達はクエスト範囲を仕切る壁に向かい歩く。
そして壁の目の前に着いた所で一旦手で壁が透けるのを確認してから、クエスト範囲を抜けた。
顔がクエスト範囲を抜けてからは空はいつも通りの色で、内野と工藤はまるで異世界から現実世界に帰って来たかのような安心感を覚える。
清水も少なからずこれと同じ様な感覚はあったが、クエスト歴が長く惨状に慣れてしまっているからかその感覚は弱かった。
こうしてクエスト範囲から抜けたが周囲の人からは何も声を掛けられず、クエスト範囲を抜けても見えない状態のままというのが分かった。
それならここで清水さん達がシャドウコートで消えても騒ぎは起きないな、それじゃあ…
「ッ!?待って!監視してる奴がいる!
さっきクエスト範囲を出る直前までは居なかったのに…」
兜を被りなおした工藤が小声でそう二人に言う。
「クエスト範囲を仕切るこの壁のせいかもしれないな。魔物を通さないみたいに、俺達のスキルも通さないのかもしれない。だからこの壁を跨いだ所にいる奴は見えなかったのかも」
「ど、どうしましょう…ここでシャドウコートに入って二人の姿が消えたら絶対に相手は作戦を変えてきますよ」
清水と内野のそのやり取りを静止するように川崎からメッセージが届く。
〔奴らの指示通りに内野君だけで先に進もう、二人はここで待機しててくれ。黒沼達を抑えるのを清水の分まで俺がやる〕
これを見るや否や清水は川崎の指示通りにする。
「それじゃあ後一人で行ってくれ、俺達はここで待機している」
「分かりました、行ってきます」
工藤は内野の方を不安気に見ていたが、作戦の為に引き止めたりなどせずに見送る。
「私もここで待ってるから…絶対に帰って来るのよ!」
「…うん!」
内野は工藤を不安にさせない為にも力強く返事し、前へと進んで行った。
_________________________
シャドウコートで姿を隠している川崎は、一人で歩く内野の後ろ姿を見て罪悪感を感じていた。
俺達はまだ彼の事をあまり知らないが、田村と同じ様に俺も内野君の事は高く評価している。
だが彼には黒沼を救いたいという甘さもまだ残っている。これは彼の心がまだ闇に染まっていない証拠だ。
俺は非情にならないとクエストを生き残る事は出来ないと悟り、そんな甘えはもう捨ててしまった。
戦えない者には手を差し伸べず、使える者だけを集中的に育てた。
使える者のみを蘇生石で生き返らせた。
プレイヤー上限があるから、あまりにも戦闘が出来ない者は間引いていった。
きっと酷い扱いをした彼らから見たら、俺は悪役だ。そこらの犯罪者よりも凶悪で強大な悪だ。
だがいくら悪と罵られようと、非情にならなきゃ生き残れない。だから俺はこのまま進み続ける。
だが…内野君達はどうだろう。
クエストの話を聞く限り俺の世界よりも精神的な負担は少なそうだし、もしかするとそこまでしなくても良いかもしれない。
俺達のサポート次第でどうにかなるかもしれない。
俺の筋書き通りにいけば、『強欲の刃』を使わず、尚且つ心を闇に染めないまま彼は『独王』を手に入れられる。
きっと俺は…誰よりも鬼畜だ。
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