第138話 5防衛クエスト 横浜
内野達と分かれて行動している清水グループは、最初の方は尾花の妹が入院している病院方面に向かっていた。
田村グループ同様の作戦で行動しており、20分足らずでクエスト開始前は2だった尾花のレベルは15になっていた。
だが次第に病院から離れた所にグループが移動し始め、建物の中にも魔物が現れるのが分かったので、尾花はこのグループから離脱して妹の病室に行く決意をする。
清水さん達が倒していった魔物は俺一人で何となる相手とはとても思えない。梅垣さんや飯田さんに「ついて行けない」と言われたから強い人との協力は無理だ。
でも…彼なら助っ人になってくれるかもしれない。
彼というのは木村の事であった。木村とはあまり面識が無かったが、クエストが始まる前の内野達との会話やグループでのメッセージを見て、彼の正義感の強さは分かったので尾花はそれを利用しようと考えていた。
尾花は離脱する旨を隣にいる木村に伝える。あわよくばこの話を聞いて他にも協力してくれる人が現れるかもしれないという打算で、わざと周囲の者にも聞こえるぐらい大きな声で話す。
「木村君、ある程度レベルが上がってきたから俺は離脱するよ」
「あ…もしかして妹さんの所に行くのですか?」
「ああ、あいつは俺に残された唯一の家族だからな…絶対に守らないといけないんだ」
少しでも彼に協力してもらえる確率を上げる為にこんな言い方をしたが、本当は両親は生きている。でも両親とはもう縁を切ったつもりだし、妹が俺に残された唯一の家族っていうのは違わない。
木村君、こんな卑怯な奴で申し訳ない…
尾花の話を聞いて、木村は走りながら何かを必死に考えていた。木村が悩んでいたのは、このままグループ行動をしてレベルを効率的に上げるか、尾花の協力をするかの二択であった。
尾花がここで自ら「協力してくれ」と言わなかったのは、木村から協力を名乗り出たという形なら少しでも罪悪感を減らせると考えたからだ。
だがもしも木村がここで協力してくれなさそうであれば、自分の口から「協力してくれ」と言う覚悟もあった。
さぁ…協力するって言ってくれ…
平静を装いながら尾花がそう強く念じていると、後ろから何者かに肩を叩かれる。
「僕でよければ妹さんのいる病院を守るのを協力するよ」
「ッ!?本当か!ありがたい!」
協力を名乗り出たのは進上であった。尾花は助っ人の登場に驚きながらも礼を言う。木村以外の者も協力してもらえないかと考えていたが、まさか本当に協力者が現れると思っていなかったので尾花の中の希望は大きくなった。
「…分かりました!僕も尾花さんに協力します!」
「木村君も…本当にありがとう!」
続いて木村までも協力者となり、3人はグループを抜けて尾花の妹のいる病院へと向かっていった。
幸い病院までの道中にいる魔物はグループ行動時に倒していたので魔物に遭遇しなかったが、病院の中には魔物が出現している様だった。血で赤く濡れた服を着ている者が何人も悲鳴をあげながら病院から出て来ている。
「妹さんは大丈夫でしょうか…」
「病院で働いている方には申し訳ないが、10時ちょっと前に妹のいる個室のドアを南京錠と鎖で封鎖しておいた。魔物もわざわざ閉ざされているドアを壊してまで一人を襲ったりしないだろうし、あいつの個室にピンポイントで魔物が現れていない限り大丈夫なはずだ。
先ずは窓から個室に入って安否の確認する、他の人を助けるのはその後しよう」
尾花はある程度対策をしていたので冷静を保っていた。だが一刻も早く妹の安否を確認したいので、逃げ惑う人々には目もくれずに壁を登っていった。
個室は2階だが、ある程度SPでステータスを上げていた3人は楽々跳躍で外壁に乗れた。
そして目的の場所に着いた3人は、窓越しに室内の様子を見る。
室内には、人工呼吸器とヘッドホンを付けたまま布団に横たわっている高校生ぐらいの女性の姿が見える。扉は南京錠で封鎖されたままで、特に女性には外傷は無い。それどころか外の異変にも気が付いておらず、ヘッドホンで聞いている音楽の鼻歌をルンルン気分で口ずさんでいた。
尾花はあらかじめ妹に〔誰が来ても南京錠を絶対に外してはいけない、俺がいない間はヘッドホンを外さない、何かあったら必ず俺に電話する〕と約束事をしていた。
当然どうしてなのか聞かれたが、「約束して!」と尾花の家族である妹ですら見たことのない必死な形相で頼まれたので、訳が分からないながらも妹はそれを承諾した。
「妹さんが無事で良かったですね!」
「ああ…ヘッドホンで音楽を聞かせてたお陰でまだ異変に気が付いていないみたいだし…本当に良かった…」
「それじゃあ魔物を倒しに行きましょうか」
尾花達は妹のいる部屋の一つ隣の部屋の窓を開けて侵入する。病室には両足を骨折していて動けない男性が取り残されていた。
「な、なんだよ…何で急に窓が空いたんだよ!透明な化け物でもいるのかよ!」
プレイヤーを認識出来ない男性は突然開いた窓に恐怖し震えていた。
「あ、ここに取り残されてる人が…」
「この人の足だとクエスト範囲外には逃げられない…助ける為にはこの病院にいる全ての魔物を倒す必要があるな…」
尾花は廊下に出るドアに手をかける。この時、尾花は自分の腕が震えているのに気が付き、そして自分の中にある恐怖を自覚した。
清水さん達が楽々倒した魔物の中には、きっとこの3人じゃ勝てない魔物もいる。そんな魔物がこの病院に現れたら…俺は妹を見捨てて逃げるのか?それとも最後まで戦って死ぬのか?
来るかもしれない決断の事を思うと尾花は腕を動かせず扉を開けられなかった。
だが、次の瞬間には扉は開いていた。尾花が開けたのではなく進上が開けたのだ。
「早く行こう、妹さんを助けるんでしょ?沢山の人を助けるんでしょ?」
進上は恐怖を全く感じていないのか、躊躇なく扉を開けて廊下へと出ていった。だが二人にはそんな進上がとても頼もしく思え、続いて二人も廊下へと足を踏み込めた。
そして病室に取り残された男性はまたしても勝手に開いた扉に怯えていた。
廊下を出ると何人かの死体だと思われるものがあった。だがほとんどミンチ状態であり死体の状態は酷いものである。もはや何人の死体かなのかすら分からない。
壁には熊のみたいな大型生物の爪で引っ掻かれた傷があり、壁や天井など至る所に血が飛び散っている。
そんな惨状を目にして冷静でいられるほど木村と尾花は強くなく、あまりの気持ち悪さに二人は吐瀉物を吐き出す。
尾花はまだ2回目のクエストなので当然。木村は一応フレイムリザードのクエストで人の首が無くなる瞬間を目にしていたが、今回のものはそれを遥かに超えるものだったので耐えられなかった。
だがそんな二人をよそに、進上だけが平然と廊下を歩いていく。
「廊下の端に二匹いるよ。二人とも準備して」
進上が確認したのは白い狼の魔物で、その二匹が人間の死体を食べているのが分かった。
そして進上が警告を出したと同時に一匹が進上らに気が付く。そして一匹が走り出すと、続けてその後をもう一匹が走り出した。
「あ、来るよ!二人共吐いてる場合じゃないからね!」
「ッ!?」
盾を持っている木村が前に出ようとした頃には、一匹の狼が進上の首に目掛けて飛び掛かってきていた。
そしてこの時、進上は手に武器を一切持っていなかった。
「避けてください!」
木村は無防備な状態の進上にそう叫ぶ。だが次の瞬間、飛び掛かってきていた狼の顎は引き裂かれて床に落ちていた。
さっきまで武器を持っていなかった進上だが、狼が飛んできたタイミングでインベントリから武器を出して魔物を切ったのだ。
もう一匹の狼は前の狼が倒れたので引こうとするが、血まみれの床で滑って方向転換が間に合わずにいた。
そんな隙を進上は見逃さず、すかさず前へと飛び掛かって狼の頭を切り飛ばした。
「やっぱり思った通りだ!武器を出していない状態なら間違った間合いで攻撃を仕掛けてくれるね。
あ、それとも魔物はプレイヤーか一般人かの違い何て分からないだろうし、一般人同様に簡単に殺せると思って油断してたのかな?」
進上のその素早い動きに二人は驚かされ啞然としていた。そしてこの場でただ一人、進上だけが笑みを浮かべていた。まるでこの状況を無邪気に楽しんでいるかのような純粋な笑顔。
どうしてそんな笑みを今の状況で出せたのかなんて分からなかったが、尾花の中にあった希望は確実に大きくなっていた。
この人がいれば…妹を守れるかもしれない!
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