第135話 3防衛クエスト 横浜

その後、田村から先程の通話で得られた情報を開示される。

一つは、現実世界でもクエストの最中はMPの自動回復がある事。

もう一つは魔物が増加し続けている事。これは向こう側のグループにいる梅垣が魔力感知で感じ取ったもので、クエスト開始から10分経った今でも魔物は新たに増え続けているという。


これにより新たに現れる魔物の強さがどうなるのか分からず、二手に分かれる前に魔力探知で見た魔物の強さはもう信じられなくなった。

一応こちら側にも『魔力探知』を使える者はいるが、随時近くに転移してくる魔物の強さを見るのには『魔力感知』が必要。


なのでこれ以降はもう少し慎重に動こうという話になったのだが、工藤の兜があれば問題無いと内野が言った事で作戦はそのまま続行となった。

この工藤の兜の能力を聞くと、怠惰グループのメンバーはその効果を称賛する。


「魔力探知の効果が付いた装備がここまで使い勝手が良いなんてな」

「これならスキルの方の魔力探知要らずだな!」


いつもならこの称賛の声に工藤は良い気になり調子に乗りそうだが、工藤は一般人へのヒールを阻止されてからずっと意気消沈したままだった。

そんな工藤が心配で、新島は優しく声を掛ける。


「工藤ちゃん…大丈夫?」


「私…大丈夫じゃないかも…」


工藤の弱気なその言葉に新島は少し驚く。それもそのはず、内野は以前から弱気な工藤を知っていたが、新島はクエストの時の強気な工藤しか知らないのだ。

だから少しでも本当の工藤を知っている内野が慰めるべきなのだろうが、内野は工藤に掛ける言葉が見つからずただ黙って見てるしかなかった。


「…クエストの時はいつも通り強気に振る舞っていれば大丈夫だと思ってたの。虚勢の強気であっても、これを表に出してさえいれば何とか魔物と戦えた。だから私はこれまで戦って来れたの。

でも…今はそれすら出来ない…これからが不安で……」


工藤の声は今ここにいる40人全員に聞こえている。だがそれすら気にしていられないほど今の工藤には余裕がなかった。


「さっきの内野の判断が正しいのは分かってる……でも…私はきっとそんな判断は出来ない…今だって誰かの叫び声が響く度に胸が痛くなる…

…そしてこんな弱い私だけ置いてきぼりにされちゃうんじゃないかって思えてきて…怖くて不安で堪らないの…」


工藤のその涙ぐんだ声に周囲は静まり返る。相変わらず周囲では叫び声だとかパトカーのサイレンの音は鳴り響いていたが、プレイヤーが集まっているこの場は静まり返っていた。

そして工藤と同じ事を思っていた強欲グループの者も、工藤の「置いてきぼりにされちゃう」という言葉を聞いて心の中に不安が募っていた。その不安を顔に露わにしている者も数多くいる。


松野は肘で隣にいる内野の身体を少し押し、小声で話し掛ける。


「お前が慰めに行かなくて良いのか?」


「…」


そうだよな、俺がやらないと駄目だよな。…でも何て言えば良いんだ?


内野が慰めの言葉を掛けられない理由、それは自分の変化に内野自身でさえも付いて行けてなかった事が原因であった。


俺だって工藤を慰めたい、大丈夫だって言ってやりたい。でも…俺も自分の変化に付いて行けてない、だから工藤を置いてきぼりにしないだなんて無責任に言えないんだ。

工藤は「誰かの叫び声が響く度に胸が痛くなる」って言ってたけど、俺は全くそんな事ない。ヒールを一般人に掛けるのは勿体無いという理由だけであの人を見殺しにしたけど、罪悪感などほとんど感じてない。

俺はこんな人間だったのか?英雄気取りの考え方を無くしただけでこんなにも変わってしまったのか?

もしかして正樹の言う通り、本当に俺は『内野勇太』じゃなくなっちゃったんじゃ…


そんな考えが頭を過った直後、内野は新島の言葉を思い出す。


〔どんなに君が変わったとしても、私は君を『内野 勇太』として見て、傍で支え続けるよ〕(117話)


そうだ、どれだけ変わっても俺は俺のままだ。

この変化だってクエストに適応しただけし俺の根本的な考え方は変わらない、そこは絶対に変えない。

いくら冷酷になろうと仲間だけは、大切な人達だけは絶対に誰一人置いてきぼりにしない。


決意を固めた内野はゆっくり工藤に歩み寄る。


「俺は絶対に皆を置いて行かない。クエストが不安なのは分かるけど、何があっても俺がいるから一緒に前に進もう。

クエストの度に心が擦り減っていくかもしれないけど、一緒に心の逃げ道を探していこう」


「心の逃げ道…」


「うん、最後まで心を生かす為に探そう」


「…絶対に置いて行かないでね」


工藤は不安げな表情のままだが内野に向かって微笑む。他の者達も完全に不安が払拭されたわけじゃなかったが、先程よりはマシな表情になっていた。


内野もその反応を見てホッとしていたが、先程の「絶対に皆を置いて行かない」という英雄気取りな言葉を口にした事に気が付き、恐る恐る田村の方を向く。


しまった!また長々と何か言われるんじゃ…


田村は内野が自分の方を見ているのに気が付き、何を考えているのか察する。


「仲間思いなのは良い事ですよ。なので君が思っているような事は今は言わないので安心して下さい。

君が咄嗟に正しい判断が出来るのは分かりましたし、今は強く縛るつもりはありません。ですが…それも程々にしておいて下さいね」


「はい」


田村からは特に何も言われず、今度こそ内野は胸を撫で下ろせた。そして田村は指揮する。


「それでは魔力探知効果の兜を持っている彼女を先頭にして進みましょう…と言いたい所ですが、大丈夫そうですか?

敵のいる方向と敵の強さを報告するだけなのでそこまで難しくないですが、先頭に立つのが怖いなら兜を他の者に預けても良いのですよ」


「内野や新島が近くにいるなら…なんとかやれると思います」


田村のその投げかけにまたしても工藤は不安げな表情になったが、新島と内野の方をチラリと見ると不安は顔から消えて答える。


「では内野君達は前の方へ、それ以外の方は先程のポジションで行動してください」


内野・工藤・新島・松野は前の方に行く。

この時に松野から「やれば出来るじゃん。さっきの慰める時のセリフ格好良かったぜ」と松野は言ってき、内野は自分の言葉を思い出して少し顔を赤くしながら松野の足をわざと踏む。


「ギッ!痛いわ!本当の事言っただけだろ!?」


「ブレードシューズに刃が出て無くて良かったな」


「ふふ…やっぱり二人は仲良しなんだね」


二人のやり取りを見て新島はそんな事を言う。そんな緊張感が無いやり取りを横で聞いていた工藤は、胸の底にあったもう一つの不安が薄れていっていた。


そうだ、内野は内野のままよね。さっきは少し変わっちゃった気がしたけど、よくよく考えたら内野っていつもクエストの時は雰囲気変わるもん。きっとさっきのもそれと同じだよね。

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