第134話 2防衛クエスト 横浜

工藤の腕を掴んでいる内野。そしてその後ろには新島と松野、それと最後尾で魔物にとどめを刺す役割の怠惰グループの者が2人いた。

内野は優しく工藤の腕を引く。


「…行こう。このままじゃ置いてかれちゃう」


「う、うん…」


工藤は顔を上げて内野の顔を見る。何か言いたげな様子だったが工藤は何も語らず、内野に腕を掴まれたまま前へと進む。

何も言わないし振り払おうともしてこない。工藤が今何を考えているのか内野にはさっぱり分からなかった。


内野は何となく後ろにいる松野と新島の方を見てみると、二人とも並んで心配そうな表情で二人を見ていた。


3人は今俺の事をどう見てるんだろう。俺の事を心無い人だって思ってたりするのかな…



4人で田村達を追い駆ける。最後尾に怠惰グループのメンバー2人がいてくれてるので置いてきぼりにされる心配は無い。

さっきの気まずさのせいで特に会話は無く、新島と松野がボソボソ何か話しているのは聞こえた。走り出した頃にはもう腕を話していたが、工藤何も言わない。


走っていると既に何匹か瀕死状態の魔物がおり、全員がそれに触れると最後尾の者がトドメを刺していく。

これを3体目の魔物分繰り返した所で、内野は勢い良く前に転ぶ。突然内野が履いていたブレードシューズの底からスパイクの様に刃が出てきたのだ。

突然の靴の変化に内野が驚いていると、転んだのを心配して一番近くにいた新島が声をかけてくる。


「内野君大丈夫…って、その靴は私が渡したブレードシューズだよね?そんなスパイクみたいなの付いてたっけ?」


「いや、今急に生えてきた。これでブレードシューズって名前らしくなったけど、どうして今になってどうして刃が生えてきたんだろう…」


内野のその疑問に、最後尾にいた者の一人が答える。大きな斧を肩に担いでいる40代中年女性だ。


「それはブレードシューズだね。多分レベルが上がってアイテムの能力が発動するようになったんだと思う。

そのブレードシューズはたしかショップに無いレアアイテムだから、結構使えるアイテムだと思う。慣れると刃の大きさとか自由に変えられて、その刃で壁に引っ付いたりとか出来るから練習すると良いかもしれないね」


試しに内野が刃を無くそうと念じてみると、ブレードシューズの刃はすぐに引っ込んだ。

内野が立ち上がったのを見て、一同は止めた足を再び進める。


魔物に攻撃したり壁にも刺せたり、色々使い道がありそうだ。上手く活用出来るか分からないけど今度練習してみよう。

あ…そういえばブレードシューズみたいに効果が分からないアイテムと言えば…


内野は一つのアイテムの存在を思い出し、走りながらそのアイテムをインベントリから取り出す。内野が取り出したのは、使徒を倒して買えるようになった『哀狼の指輪』。これを取り出し左手の人差し指にはめる。


もしかしてこれも相応のレベルにならないと効果が発動しないのかもしれない。いつ発動するか分からないしクエストの最中は身に着けておこう。



その後も内野達は7,8体の瀕死の魔物に触れていった。内野達が苦戦するような魔物も田村達なら簡単に瀕死状態にでき、クエスト開始10分時点で内野は一切戦闘をせずにレベルが4上がっていた。

リーダーを任されるだけあり田村は他の者達の動きと比べて凄まじいもので、器用に魔物を殺さぬよう剣で四肢を切断していた。

現在この周囲にいる魔物は、強い方でもレベル40の人が一人でギリギリ勝てる程度の強さであり、田村達が苦戦するような相手は一切現れなかった。


魔物と戦い終わったタイミングで田村のスマホに通話がかかってきた。相手が清水だと分かると、田村はグループに一時待機の命令を出す。


「通話がきたのでステータスでもいじって少し待っていて下さい。

これ以降の効率を上げる為、強欲側プレイヤーの皆さんには今貯まったSPを全て敏捷性に振ってもらいます。次はもっとスピードを上げますからね」


少し休憩時間が出来たが、心から休息できる者は誰一人いなかった。内野達がこうして足を止めている間にも、魔物から逃げている者の叫び声などが絶えず聞こえるのだ、当然そんな状況で普通に休憩出来る者はいない。


強欲グループ全員は田村の指示通りにステータス画面を開いていたが、意識はすぐ傍で逃げ惑っている人々に向いていた。


内野達は道路の端で固まっており、近くを一般人達が走って通り過ぎたりする。だが全員が内野らプレイヤーを避けて通り過ぎていく、プレイヤーの事を見えていないはずなのにだ。


姿は見えていないのに俺達を避けてくれる…随分と都合が良い状態だな。でもこれで俺達が車に撥ねられる心配は無さそうだ。


内野がそう考えていると、他の強欲プレイヤーの話声が聞こえてくる。


「なぁ…休憩時間の間にあっちで襲われている人を助けにいかないか?」

「少しの間なら抜けても怒られないよな。俺らも飯田さんみたいに沢山の人を助けよう」


そんな二人の会話を遮る様、怠惰グループのメンバーの一人が口を挟む。


「だ、ダメですよ…ここで待機してろって田村さんに言われたじゃないですか…」


口を挟んだのは低身長のオドオドした女子中学生。グループ行動の時に真ん中辺りに位置しており、特に魔物に攻撃したりなどはしていなかった者だ。


「田村さんの言う通りにして下さい…じゃ、じゃないと貴方達はこのグループか追い出されちゃうんですよぉ…」


「少しぐらいなら良いだろ!?それに助けるついでに魔物も狩れるし、むしろレベル上げの為にもやるべきじゃないか!?」


「ち、違うんです…そうじゃ無いんです…貴方の目的が『人助け』なのが問題なんですよぉ…」


強欲グループの男の訴えに、少女はオドオドした口調のまま返す。この会話はグループにいる全員に聞こえているが、怠惰メンバーは誰もこのか弱い少女に助言をしようとしない。ただ見ているだけだった。


「た、確かに…目的が『人助け』でも『レベル上げ』でも、やる事は変わらないです…

でも…重要なのは貴方がどんな意思をもってその行為をするかなんです…行為自体はそこまで重要じゃないんですよぉ…」


「じゃあ…俺がレベル上げの為に魔物を倒すのはアリだけど、人助けの為に魔物を倒すのはダメって事か?」


「は、はい…そうです…」


「どうして!?」


「そ、それは…」

「それは日々の行動の積み重ねによってその者独自の思考回路が出来上がり、その思考回路によってその者が起こす行動が変わるからですよ」


男が詰め寄ってきたので少女はたじろいでしまい言葉が詰まっていたが、そこで一人の男の声が被さる。

それは通話が終わり帰ってきた田村のものであった。田村は右手に瀕死状態の鳥型魔物を持っており、それを少女に詰め寄っていた男の前に、ゴミを投げるのかの様に投げ置いた。


「高速で動きながら一般人達の首を千切り回っていた魔物です。一人の者がその魔物の餌食になりそうな所で私がこの魔物を落しました。

貴方達ならその者を助ける為に動いたかもしれませんが、私がこの魔物を落としたのは人助けの為ではありません。魔物を倒してレベルを上げる為です。同じ行動でもそれぞれ頭にあるものは異なる…これは日々の積み重ねで形成された思考回路の相違が原因となります。

誰かの為に動いていれば、その積み重ねによってその者の思考回路は徐々に『誰も見捨てない』というのを中心としたものになる。そうなってしまえばもう新しい思考回路に変える事は難しい…なので貴方が誰かの為に動こうとするのを止めたのですよ。手遅れになる前に」


「何で『誰も見捨てない』が中心になった思考回路になったらダメなんだ!?」


「…私達が個々の能力で一番重きを置いているのは何だと思いますか?戦闘センス?魔力操作の技術?頭の回転の速さ?

どれも重要ではありますが違いますが、最も見なければならないのは…


「…メンタルの強さ」


田村の最後に続く言葉を聞く前に、内野はそう呟いていた。その内野の答えが合っていたらしく、周囲の怠惰メンバーと田村は全員驚いた顔で内野を見ていた。


内野が田村の続く言葉を何となく予想できたのは、田村の言葉の中で『心の逃げ道』という言葉が一番印象に残っていたからだ。あくまでそこから連想しただけで、まさか本当に当たるなど内野も思っていなかった。


「おお…そうです、そうです内野君!

どんなに戦闘の才があってもメンタル…心が死んだ人間に価値は無い、心が死んだ者は、RPGゲームで例えれば〔戦う〕コマンドを押せなくなったただのお荷物。それならば、戦闘の才能が無いけどメンタルの強さで敵に抗える人間の方がよっぽど使えるんですよ。


そんな心の死んだ者に誰も蘇生石は使わない、それはつまりメンタルの死=復活出来ない駒になるという事です。『誰も見捨てない』が中心になった思考回路の持ち主は心が脆い、これは50回のクエスト経験から確実に言えるものです。

…なので私は、消失する駒にならない様に君達を育てる必要があるんですよ」


「…」


田村の言葉に男は何も言い返せない。男のみならず他の者も誰一人反論できなかった。全員がその考えが正しいと思った訳では無かったが、心の中では微かに納得してしまっていたのだ。

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