第133話 1防衛クエスト 横浜
内野が木村の肩から手を放すと同時に、空と雲が赤くなった。この場にいるプレイヤー全員は直ぐに空を見上げるが、一般人達は一切その異変に気が付いていない。
なので空の色が変化してざわめきが起きたのはこの公園内のみであった。
「ッ!?これってまさか!」
「…クエストが始まった…?」
「そうみたいだ…俺の魔力感知に魔力の反応が増えている!直ぐに川崎さんと田村さんの所へ行くぞ!」
梅垣の言葉に従い、一同のみならず近辺にいた者全員が動き出した。十数人が一斉に動き出したのに、一般人はまるで何も見えていないかの様な反応だ。だが見えていないにしては、「突然人が消えた!」という反応も一切無い。
田村の方へ走りながらも、試しに大橋が「おーい!」と大声で老夫婦に向かって声を掛けてみるが、何も反応は無い。
「俺達の声が聞こえていないし、姿が見えてもいないのか!?」
「多分そうでしょう…田村さんがさっき言ってた通りですね」
走りながらそんな話をしていると、突如梅垣は跳躍して飛び上がり木の上に乗った。跳躍している最中に両手に剣を出し、流れるような動きで木の上を移動していく。
何事かと周囲のプレイヤーが思っていた次の瞬間、虫の魔物の死体が木の上から落ちてきた。梅垣がこっちに転移してきたばかりの魔物を即座に殺したのだ。
「凄い速い動きでしたね!流石梅垣さ…」
「キャーーーー!」
「うわぁぁ!何だよこのデカい虫!突然変異のカブト!?」
「うぇぇぇぇえん!ママーー!」
松平が梅垣の動きを称賛していると、一般人達がその虫の死体を見て騒ぎ出した。
子供ぐらいの大きさがある甲殻類の虫の死体で、確かに一般人達にも魔物は見えている様だった。
そして騒ぎは公園だけでは無かった。至る所から叫び声や車のクラクションなどが聞こえてくる。耳を傾けるまでもなく魔物が人を襲っているのが全員分かった。
ほんの十数秒で、近辺にいるほとんどのプレイヤーが川崎の所に集まった。この場に居ない者を挙げるとすれば、ターゲットである二階堂と、先程黒い鎧の者を追いかけに行ったフードの女性くらいであった。
「二階堂達ターゲットは、空が赤くなった途端に転移して消えた。スマホで連絡は取り合えているから、俺は直ぐにターゲットの救出に向かう。作成開始だ!」
川崎は手短に話を済ませると身体から闇を出す。その闇はどんどん生き物の形へと変化していき、灰色のドラゴンになった。
創作物で見るドラゴンのイメージと一緒で、大きなトカゲに翼が生えた様な魔物。トラックと同程度の大きさのそのドラゴンに川崎はスマホを片手に持ちながら跨ると、直ぐに上空へと羽ばたいていく。
普通の魔物同様に川崎の出したドラゴンは一般人には見えていなかった。見えていたら先程の比にならない騒ぎが起きていただろう。
川崎不在時のリーダーである田村は皆の前に出る
「それでは江口さん、『魔力探知』をお願いします。範囲は寄せたりしなくて良いですよ」
「分かりました」
江口は木曜日の話し合いで内野と最後の方に話した中年男性で、あの時は柔らかい表情で口調もまったりとしていたが、今はあの時と違って声がハキハキしていた。
江口は『魔力探知』を発動させる。この魔力探知スキルは工藤の兜についている効果の名前は同じだが効果の内容は少し異なる。
スキル発動時に範囲内にいる全ての魔力の反応が可視化出来る様になるというものだ。工藤の兜同様に、光の色で人間か魔物か判別、光の濃薄で対象との距離、光量でMPの多さが分かる。
江口のスキルレベルだと通常は半径1,5㎞程の範囲だが、無詠唱なら同じ消費MPでも一方向にのみ範囲を寄せて5㎞程度に伸ばせたり出来る。今回は田村の指示通り範囲を寄せてないので、現在江口に見える魔力の反応はスキル発動時に半径1,5㎞にいた魔物のみ。
(あくまでスキル発動時に可視化の効果を付けるので、スキル発動後に範囲に入ってきた対象は見えない。だが逆も然り、一度魔力の光の可視化されれば対象が範囲から離れても効果は続く)
「使徒らしき反応は無し。今はそこまでの数はおらず、今見える魔物の強さなら2手に分かれても余裕そうです」
「分かりました。それでは怠惰側はあらかじめ決めていた私側と清水さん側の二つのグループに分かれてください。
強欲側は特に決めていませんが、内野君と慎二君は私の方について来てもらいます。残りの方々は自由に分かれてください、人数の偏りさえなければ何でも良いです」
急遽二つのグループに分かれる事になる。と言っても清水が目の合った強欲グループ側の者を「来い」と手を引いて適当に20人選んだので1分もせずにグループ分けは終わる。
分かれ方は以下の様になった。
〔田村グループ〕
内野、慎二、新島、工藤、松野、川柳、大橋
〔清水グループ〕
飯田、松平、梅垣、木村、泉、森田、尾花、進上
清水グループが病院のある方に向かうので、尾花は自ら清水のグループへ入った。
そしてグループが決まり次第直ぐに近辺の魔物を倒しに向かう。
〈田村グループ〉
内野のいる田村グループは公園から離れ近くの道路へと出る。案の定道路で騒ぎが起きており、所々から叫び声が聞こえてくる。
先ず最初に目に入ったのはサソリの魔物。以前内野が遭遇した魔物と同じ種類で、内野達が駆けつけた頃には既に一般人が二人ほどサソリに腹を貫かれて倒れていた。
「ああああああ!」
「誰か!誰か助けくれ!」
その近くにいる者達が叫びながら魔物から逃げる。だがサソリの尻尾はかなり伸び、逃げ惑う人々を次々と殺していく。
先頭を走っていた田村は走りながら剣を取り出すと、すぐさま伸びているサソリの尻尾を切断する。
そして魔物が反応する前に他の怠惰メンバーがサソリの腕と足を切り飛ばした。
「それでは皆さん、一度この魔物に触れて下さい。そうするだけで魔物を倒した時にレベルが上がります」
腕・脚・尻尾が無くなった魔物はもうほとんど動く事も抵抗も出来ず、容易に全員が魔物の身体に触れられた。そして全員が触れ次第、直ちにサソリの頭部辺りを巨大なハンマーで粉砕して殺した。
その一連の流れの間、プレイヤー達の姿が見えない一般人達は何が起きたのか理解できなかった。腰を抜かして動けずにいた男性は、目の前で急にサソリの身体がボロボロになっていき、最後ぺしゃんこに潰れる瞬間まで全て見ていた。
だがその者も、他の魔物に襲われて逃げてきている人々の声が近づいて来くると、直ぐに立ち上がり逃げ出す。
だがサソリに攻撃されて倒れている人は数人おり、中にはまだ生きている者も一人いた。その者は逃げ惑う人々に対して必死に「助けて…」と、今にも消え入る様な声で助けを求めていた。
その者に気が付いた工藤は急いで駆け付ける。工藤のスキルを知っている強欲側のメンバーはヒールを使うつもりなのだと何となく分かったが、ある者が工藤の腕を引っ張り動きを止める。
工藤の腕を掴んだのは内野であった。まさか内野に止められるなど思っておらず、工藤は少し声を荒げる。
「どうして止めるの!?早くヒールしないとこの人死んじゃう!」
「それは分かってる…でも…プレイヤー以外にヒールを使うのは…」
内野が続きを口にしようとした直後、田村が重傷を負っていた者の首を剣で刎ねた。
強欲側のメンバーはその思わぬ行動に目を見開いて驚き、その場で固まる。
「ほう…内野君は私が思っていた以上に見込みがありそうですね。今回ヒールを使える者がほとんどターゲットになっているので、レベルが低い者のヒールでもかなり貴重なんですよ。なので彼女のヒールを阻止したのは英断ですよ」
工藤は自分が助けようとしていた者を目の前で殺され、震えた声で田村に尋ねる。
「…ど、どうしてその人を殺したん…ですか…?」
「楽にしてあげるべきでしたから殺しました。この混乱の中で救急車が来てくれるだなんてまさか思っていませんよね?」
「で、でも…まだ生きて…」
「この人に生き地獄を味合わせない為です、割り切って下さい。
それよりも今ので大まかな流れは分かったでしょうし、この調子で進みますよ。強欲メンバーは私達が動けなくした瀕死状態の魔物に触れていって下さい、最後尾の者が最後にその魔物を殺すので安心してくださいね」
驚いて身体が固まっている者達を置いて、田村達前線組は前へと走り出した。置いていけれない様に続々と皆走り出す。
強欲側のメンバーの中で最初に走り出せたのは大橋と川柳だった。二人は今いる強欲グループの中でもクエスト歴がかなり長かったので状況判断が早かった。それに続いて続々とクエスト歴が長い者から走って行った。
工藤はその場で下を向いて立ち止まっており、当然工藤の腕を掴んでいる内野もその場にいた。
そしてその二人を心配して松野と新島も傍にいた。
工藤の腕が震えているのが分かるけど…目の前で人が死んだから?あの人を救えなかったのが悔しいから?
それとも…あんな判断をした俺が怖いのか?
てか…俺の言葉を田村さんが遮ってくれなかったら、さっき工藤に『勿体無い』って言おうとしてた…かも…
内野が口にしようとしていた「それは分かってる…でも…プレイヤー以外にヒールを使うのは…」に続く言葉が『勿体無い』だと気が付いてしまい、内野はそんな自分に少し嫌気がさした。
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