第132話 虐殺の始まり

今回のクエストについてへと話は戻る。


「クエスト開始まではこの公園で待機だ。だからそれまでは自由…なのだが、騒ぎは起こさないように頼む。プレイヤーには性格に難がある者も多いし…」


「だぁーーーーー!!」


川崎の声に被さる様に、誰かの声とパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。音の方向を見てみると、公園外の道路で真っ黒の鎧に身を包んだある者がパトカーに追われているのが見えた。

黒の鎧を着ている者の足はパトカーに引けを取らないぐらい早く、あれがプレイヤーだというのは一目で分かった。


ここにいるプレイヤーって事は川崎さんの仲間の人か?


そう思い横目で川崎を見てみると、川崎も内野の方を見ており二人の目が合う。


「…あれは俺のグループの奴じゃないな。レベル80以上じゃないと買えない『黒曜の鎧』を全身に纏っているし、強欲グループの者でもない…だろ?」


「た、多分そうです。あんな人見たこと無いので」


「よし。他グループのプレイヤーとコンタクト出来る機会だ、原井はあいつを追いかけ、何処のグループなのか聞き出してこい、その時に怠惰と強欲グループがこの公園に集まっているという情報も渡して良いぞ」


「…」


川崎の傍にずっといたフードを被っている若い女性はコクンと頷き、直ぐ隠密スキルで姿を隠して黒い鎧の者を追いかけていく。


一体あの鎧の人が何だったのかは分からないが…多分鎧を街中で着てたせいで警察に追われてたんだろうな。




川崎と分かれて皆の元に戻ると、さっきまでのメンバーに飯田・松平・大橋も加わっていた。

リーダーを辞め普通のプレイヤーとしてクエストに参加できるからか、飯田はいつもより晴れやかな表情であった。


「川崎さんには頭が上がらないね。話を聞く限り僕と違って頭も良いらしいし、何より強い。そんな人にトップに立ってもらえてありがたいよ」


「怠惰の強い方達と協力出来て安心ですね。それにしても、現実世界で合うのが始めてだからか何か凄い違和感というか…新鮮な感じがしますね」


松平の言う新鮮な感じというのは何となく皆も感じていた。普段クエストでは武器を持っていたり防具を身に着けている状態の皆を見ているので、プレイヤー全員が私服という事にどうしても違和感を覚えていた。

仲間同士が現実世界で会っているこの状況が、もしもクエストと関係無い時であったら、きっと全員が楽しい一日を過ごせたであろう。

だが生憎これから始まるのは、大勢の人が死ぬであろうクエスト。残念ながら心の底から仲間との会話を楽しむことは出来ない。


その後はクエストが始まるまで仲間内で話して時間を潰していたが、途中で一般人の老夫婦に「今日は随分と人が多いけど、何かイベントでもあるんですか?」と聞かれる。

その老人らだけでなく、普段ここに来ているであろう人達も今日ここにいる人数の多さには違和感を覚えている様子があった。


内野達は「僕らは待ち合わせ場所としてここに集まっているだけです」と答えて場を乗り切る。老夫婦が立ち去るのを確認した後、工藤が口を開く。


「そりゃあいつもここに来てる人は疑問に思うよね。ここにいるプレイヤーは結構な数だし」


松野に同意だと一同が小さく頷いていると、何故か新島だけは首を傾けていた。


「どうしたの?何か疑問でも?」


「…皆はさ、川崎さんがどうして〔集合場所に人が集まりすぎて変に思われないよう、出来るだけ一般人には俺達は赤の他人同士だと思われるよう行動してくれ〕と指示を出したと思う?

クエストが始まってからは私達は全員で動くんだし、結局一般人には私達が一つのグループだとバレちゃうよね」


言われてみれば確かにそうだ。

クエストが始まったら確実にバレる事を、わざわざクエストが始まるまで隠す必要なんてあるのか?

でも川崎さんが無駄な指示をするとは思えない…


内野達がそう頭を悩ませている間も新島は言葉を続ける。


「それに昨日から考えてたんだけど、クエストが始まったら私達がスキルを使い魔物達と戦っているのが大勢の目にとまるんだよね。それって大丈夫なのかな?

きっとそんな光景見たら動画を撮られてSNSとかで拡散されちゃうだろうし…」


「それは問題無い、と川崎さんは考えていますよ」


突然仲間内の集まりの外から声がする。一同がそちらを向くと、そこには缶コーヒー片手に近づいて来ている田村がいた。

田村の顔を知らない内野と梅垣以外は顔を見合わせていた。


「川崎さんと言ったって事は…プレイヤー…?」


「そうですよ。

で、今そこの女性が述べた疑問について答えましょう。川崎さんがあんな指示を出した理由…結論から言えば、クエストを受けている最中は私達がプレイヤーだと一般人にバレる心配が少ないからです。

そもそも私達が魔物と戦うプレイヤーだと世間にバレたら、困るのはクエストの黒幕。たとえプレイヤーがクエストの場所を口にしなくても、プレイヤーの顔が世間にバレていたら、プレイヤーが大人数集まっている場所でクエストが始まると悟られてしまう。そうなればクエスト開始前に範囲から多くの人々が避難するでしょう。

そうなるのは黒幕も不本意でしょうし、きっと黒幕はクエスト中で私達がプレイヤーだとバレないように何か細工されるでしょう。

例えば、1ターン目のクエストみたいにスマホだとかカメラは全部消えたり、我々の姿が一般人に見えなくなったり。これらが考えられますね」


「確かにそれを聞くとクエスト中にプレイヤーだとバレる心配は少なそうですね。

それじゃあ川崎さんの指示は、クエスト前に私達がプレイヤーだとバレるのを避けるためだけにある…という事ですか?」


「そういう事です。

10回もクエストがあるので、クエストが始まる前には必ず近くに不審な集団がいたと広まると、いずれ私達の身元がバレる可能性があります。赤の他人のフリをするというのはそれを避けるための指示です」


新島と田村のやり取りのお陰で一同は川崎の指示に納得出来た。そしてそれと同時に松野は何かを思いついたようで、手を挙げて田村に意見する。


「それじゃあ俺達の事が世間に知れ渡ったら、皆は俺達の集まっている場所でクエストが起こるって分かる様になるんですよね?

そうなれば多くの人がクエストから逃れられて犠牲者も少なくなりますし、そっちのほうが絶対に良くないですか?」


松野の意見を聞いた一同は「確かに!」と良い案だと思うが、田村は首を横に振った。


「確かにそうですが、それでは私達に不都合が事が起こります。顔が知れ渡るのは日常生活に支障を来たし、間違いなくトラブルの元になるんですよ。

「自分の生活より他人の命の方が大切だ!」と思う方は…まぁ…クエスト前に毎回何か騒ぎを起こせば、間違いなく顔を知られて今後クエストから避難させられる人は増えそうですしそれを良いんじゃないんですかね。ルール違反に適応されてステータス没収の可能性はありますけど。

それに私達と協力をしたいのならば、そんな行動はしないでもらいたいです。警察だとかに邪魔される原因になる行動をした者は追い出させてもらいます」


缶コーヒーを飲み終えた田村は近くのゴミ箱に缶を捨てて立ち去ろうとすると、何か思い出したかの様に振り返って内野に話しかける。


「あ、そういえばここに来たのは内野君に言っておかないといけない事があったからなんですよ。

今回のクエストでの『強欲』の使用は私が認めた敵に対してのみ行って下さい。木曜日の話し合いで、『強欲』使用時に発生する気絶だとかのリスクは転移の度にリセットされるという結論になったので、基本的にクエスト終盤で使ってもらいます。

ただ、途中で使徒など強い魔物を吞み込めそうになった時は話は変わりますがね」


「分かりました」


それだけ言うと田村は急ぎ足で元の場所へ戻って行った。田村の姿が見えなくなった辺りで、木村は内野の方を向く。


「…さっきの松野さんの作戦通りにしたら、少しでも死傷者を減らせるんでしょうかね?」


「ま、まさかやるつもりなの!?」


「…正直アリだと思ってます」


内野から少し目を逸らしながら小声で木村はそう言う。

それをしてしまえば木村は怠惰グループと共に行動出来なくなるので、内野は焦って木村の肩を掴み説得しようとする。


「一人でクエストを受けるなんて危険すぎるって!多くの人を救いたいのは分かるけど、そんな行動を出来るほど俺達はまだ強くないんだよ!?」


一応周囲に声が響かない様に声量を調整しているが、それでも数人の一般人からの視線は集めてしまった。

でも今はあまりそれを気にしていられない状況。内野は木村の目を見ようとするが、木村は内野と目を合わせないまま喋る。


「それは分かっていますけど…救えるはずの命を救わないでいるなんて無理です…

黒狼のクエストの時は内野先輩に説得されてあの作戦に乗りましたけど、今ではあの時の事を後悔しています。あの作戦に乗ってしまった時点で僕もと変わらない…そう思うと悔しくて堪らないんです。

多数の為に少数を切り捨て良い理由なんてあっちゃダメなはずなのに…」


木村は悔しさを顔に出ししながら拳に力を入れていた。というのが誰なのかは分からなかったが、木村の正義感には何か過去が関係しているのは何となく察する事が出来た。


内野の肩を掴む力が少し緩まると、木村は先程よりも少し視線を内野に合わせる。


「…勝手な事を言ってごめんなさい、でも僕は先輩みたいにはなれません。

先輩はあの時「新規プレイヤー数人よりもベテラン1人の命の価値の方が高い」と言いましたが、やっぱり僕にはそんな考え方出来ません。(66話)

命に価値を付けて冷静に動くなんて僕には…」


内野は過去の自身の言葉を聞き、思わず「あ…」と声を漏らす。


命の価値…そうだ、たしか俺そんな事を言って木村君を説得したんだ。

…くそ、田村さんに命の優先順位を決めろとか言われて悩んでたのが…馬鹿らしいな。前のクエストの段階では既にその考え方が出来てたっていうのに…


自分の過去の言葉によって自身の矛盾に気が付いてしまったのだ。

黒狼のクエストの時は平然と『命の優先順位』という言葉を自身で出せたのに、それを忘れたかの様に昨日の夜は『命の優先順位』を考えて心を痛めていた。


…比較対象が〔松野or見知らぬ新規プレイヤー達〕か〔大切な家族や友人orクエストの仲間〕の差、この差で心の痛み方がここまで変わるんだな。

田村さんは英雄気取りの考え方は辞めておけと言ってたけど…それはもう問題無さそうだ…


内野はこれを安心すべきか悲しむべきなのか分からないでいたが、取り敢えず木村の肩から手を放す。木村の正義感は自分には無いモノなので、そんな自分なんかが止めて良いと思えなかったのだ。




時刻は10:22、そして秒針は43秒を指している。

キリの良い時間では無いので、この場にいる誰一人として時計に目を向けていなかった。


内野の仲間達は二人のやり取りを見守っている。

川崎はスマホを耳に充てて何者かと通話している。

その他のプレイヤーは各々自由に時間を潰している。

一般人はまったりと平和な土日を過ごしている。



この『一秒後』に世界の歴史に名を刻む事になる大事件が起こると予知していた者は、プレイヤー含め誰一人いなかった。

これから始まる魔物による大虐殺は『第一回目の大虐殺』でしかなく、今後長きに続く絶望の始まりとして歴史に名を残す事になる。

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